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俺の駄犬が他の男とキスした話(前) 加賀1話

津軽
ウサちゃん、ナコグミって知ってる?

いつもと変わらない朝。
出勤してきた私を呼び止めると、直属の上司は突然そう切り出した。

サトコ
「ナコグミ···?」

津軽
そう。ナコグミ

サトコ
「ナコ···グミ···」
「···津軽さんが最近ハマってるお菓子とか?」

津軽
ぶはっ

サトコ
「!?」

百瀬
「···バカじゃねーの」

サトコ
「えっ?違うんですか?」

(グミっていうから、てっきり···)

津軽
今回、うちの班の担当になった “那古組” のこと
最近急に勢力を伸ばしてきてね。ちょっと注意しとこうかってことになって
今のところ大きな動きはないんだけど、内実を調べなきゃいけないんだよね

サトコ
「那古組、ですか」

津軽
そう。ってことでウサちゃん、ひとりでできるよね?

サトコ
「へっ?」

“那古組” の簡単な情報が書かれた資料を渡され、唖然と津軽さんを見上げる。

サトコ
「···極道じゃないですか!」

津軽
そりゃそうでしょ、 “組” っていうくらいなんだから
それとも、本気で俺が最近ハマってるお菓子だと思った?

サトコ
「うっ···」
「というか、こういうのってバディ組ませますよね···?」

津軽
内情を探るだけだよ?簡単なお仕事でしょ?

サトコ
「津軽さんが言うと、ほんとにそう聞こえます···」
「でも、普通は···」

津軽
普通はどうか知らないけど、これがうちの班のやり方
どうしてもって言うなら仕方ないな···はい、これが君のバディ

津軽さんが差し出したのは、最近人気が出てきている “はじっこパンダ” のキーホルダーだった。

(···なんでこんなの持ってるんだろう)

津軽
協力者をうまく使えば数日で終わる仕事だよ。頑張って

サトコ
「はぁ···」

(協力者、かあ···ベテラン刑事はそういう人を何人も抱えてるんだよね)

それは利害関係が一致した相手だったり、いわゆる “エス” だったりする。

(でもどっちにしても、かなりの信頼関係がないと難しい···)
(私にもいつか、協力者ができる日が来るんだろうか···)

津軽
あ、悲しいことにウサちゃんには協力者がひとりもいないんだっけ

サトコ
「知ってて言ってますよね···」
「そういうわけなので、とりあえず今回は自分だけで頑張ります」

津軽
ま、それしかないよね

朝からため息をつきながら、とぼとぼ公安課へ向かった。

公安課に入ると、いつも最初に視線を向けるデスクがある。

加賀
······

(あっ、機嫌悪そう···)

ポチをにぎにぎしながらデスクで書類作業をしている加賀さんを見て、すべてを察する。
大嫌いな書類仕事は、きっと爽やかな朝を台無しにしてしまうほどイライラするのだろう。

(むしろ、徹夜明けの捜査帰りの方が生き生きしてるもんね···)
(加賀さん、今回の私のバディ、パンダですよ···)

加賀
······

私の視線に気が付いたのか、加賀さんがこちらを見た。
一瞬目が合ったものの、すぐにそらされてしまう。

(無視···!いや、用がないなら別の班だし仕方ないけど···!)

すごすごと自分のデスクに向かう途中、加賀さんの後ろを通りかかる。
少し過ぎたあたりで、背後から声が聞こえた。

加賀
おい

サトコ
「!」
「はい!はい!なんでしょう!」

加賀
······

東雲
前々から思ってたんだけど、うちの課って犬がいるよね

サトコ
「東雲さん、それは私が犬のように尻尾を振ってると遠回しに言ってます···?」

東雲
えっ、直接的に言ってるんだけど

黒澤
サトコさんってほんと、加賀さんに呼ばれたときはぴょんぴょん跳ねてますよね
まさに、加賀さんに忠実な犬!です!

サトコ
「黒澤さん···!あんまり大きな声で言わないでください···!」

黒澤
なんでですか?もしかして、今さら犬扱いが恥ずかしくなったとか···

サトコ
「それは全然平気なんですけど!」
「あんまり他の人に犬って言われると、うちの班長が···!」

東雲
犬扱いが平気って、キミ大丈夫?人間捨てたの?やめたの?

東雲さんに蔑まれながら、椅子に座る加賀さんの隣に立つ。
そのとき、ほんのりと覚えのない香りがした。

(これ···香水?なんだろう···すずらん?)

加賀
やる

加賀さんの声で、意識を戻される。
差し出されていたのは··· “はじっこパンダ” のがま口だった。

サトコ
「えっと···」

<選択してください>

好きなの?

サトコ
「···これ、好きなんですか?」

加賀
そう見えるか?

サトコ
「いえ、もしかして花ちゃんが最近ハマってるのかなって」

加賀
···花か

(···今絶対、『そうか、花にやりゃ喜んだかもな』って思ったな···)

なぜこれを?

サトコ
「なんでこれを私に···?」

加賀
俺が持ってちゃおかしいだろ

サトコ
「でもさっき津軽さんも持ってましたよ。ほら」

加賀
······

今回の私のバディである “はじパン” のキーホルダーを見せると、加賀さんの眉間のシワが濃くなる。

(しまった、津軽さんの名前を出すんじゃなかった)

流行ってます?

サトコ
「これ、班長たちの間で流行ってるんですかね···?」

後藤
何···?

ガタッと後藤さんがすかさず立ち上がる。

石神
後藤、俺は別に好きじゃない。買って来ようとするな

(さすが後藤さん、石神さん信者···)

加賀
もらいもんだ。いらねぇからお前が持っとけ

サトコ
「もらいもの?」

加賀
使わねぇなら捨てろ

サトコ
「いえ!使います!」

“はじパン” のがま口を大事に胸に抱え、加賀さんの横に立ち尽くす。

サトコ
「それで、あの···呼び止めたのって、もしかしてこれだけのためですか?」

加賀
あ?

サトコ
「いえ···」

(そうだよね···いや、わかってたんだ···同じ職場にいながら、丸一日話せない日もあるし)
(話せただけ、今日はいい日だったと思おう···始まったばかりだけど)

はじパンのがま口を手に、今度こそ自分のデスクへ向かった。

その夜、津軽さんからもらった資料に書かれていた情報を頭に叩き込み、本庁を出た。

(とりあえず、この辺りが那古組のシマらしいんだけど)
(内実調査とは言っても、どこから手を付けていいか···)

酔っ払い
「おぉーぅ、姉ちゃんべっぴんさんだねえ!ちょっとおじさんと付き合わな~い?」

サトコ
「はい?」

酔っ払い
「いいねえいいねえ、その反応!おじさん、姉ちゃんのこと好きになっちゃいそう!」

サトコ
「そ、それはどうも···」

(逃げることも出来るけど、できれば目立ちたくないな···ここは穏便に···)

酔っ払い
「その反応!まんざらでもない感じ!?なんならこのままホテル行っちゃう!?」

サトコ
「はい!?」

手首を掴まれ、さすがに振り払おうとしたそのとき···

???
「みっともねぇな」

サトコ
「!」

(も、もしかして···)

加賀さん······だと思って振り返ったそこに立っていたのは、意外な人だった。

奥野譲弥
「何やってんだよ、オッサン。困ってるだろうが」

酔っ払い
「なんだいなんだい、兄ちゃん!邪魔すんなよぉー」

奥野譲弥
「はいはい。わかったから」

(···奥野さん!?な、なんでこんなところに···)
(それに、そのサングラスは···!?)

to be continued

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