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俺の駄犬が他の男とキスした話(前) 加賀5話

加賀さんに秘密を作ってしまった翌朝。
目を覚ますと隣にその姿はなく、散々いじめられて痛む腰を押さえながら寝室を出た。

(いたたたた···加賀さん、もしかして仕事行っちゃったのかな)

思った通り、リビングには先に行くと記されたメモと、手作りの朝ごはん。

サトコ
「美味しそう···加賀さんって野菜嫌いな割に結構料理するよね···」
「もし加賀さんと一緒に住んだら、毎朝こうやって···」

(···いやいや!今、すっごく調子のいい妄想しちゃった!)
(もし同棲したら、私だって加賀さんにご飯作ってあげたい···!)

サトコ
「···って、そうじゃなくて!」
「と、とにかく私もご飯食べて出勤の準備···」

そう思ったところで、スマホが着信を告げる。

(···奥野さんだ)
(仕事のことかな···今は会いたくない、けど···)

でも、そういうわけにもいかない。
意を決して、通話ボタンを押した。

その日のお昼休み。

奥野譲弥
「昨日は本当にすまなかった!」

サトコ
「お、奥野さん···!謝らないでください!」
「あれは、事故というか···そもそも私が悪いんですから」

奥野譲弥
「いや、俺は自分が不甲斐ねぇ」
「ベッドの上でバランスを崩したお前ひとり受け止められないとは」

サトコ
「そ、そのことはあまり大きな声では···!」
「そもそもラブホに入ったのも、あの···キスしてしまったのも」
「仕事中でのことで···お互い、他意はなかったんですから」

奥野さんが謝る必要はないし、お互いに欲しい情報は取れた。

(それでも···それでももし、私が奥野さんに言いたいことがあるとすれば···)

サトコ
「···加賀さんには、その···い、言わないでもらえますか···?」

奥野譲弥
「······」

サトコ
「奥野さんに恋人がいたら、彼女にも申し訳ないですし···」

奥野譲弥
「···ああ」

どことなく切ない微笑みを浮かべたあと、奥野さんが私にメニューを差し出した。

奥野譲弥
「奢りだ。好きなものを食え」

サトコ
「えっ?でもこの前も、おでん···」

奥野譲弥
「元気が出ないときは、食うのが一番だろ?」
「腹が減ってると余計に悪い方へ考えちまうからな」

サトコ
「はい···ありがとうございます···」
「じゃあ、今日のAランチのカツ丼セットにします!」

奥野譲弥
「色気ねぇ選択だな」

サトコ
「Bのサンドイッチセットでも捨てがたいですけど···」
「やっぱり、体力つけるにはがっつり食べないと!」

カラ元気だったけど笑ってみせると、奥野さんもようやくホッとしたようだ。

(協力者になってもらってから、奥野さんには気を遣わせてばっかりだな)
(私が未熟だと、周りに迷惑がかかる···過ぎたことは忘れて、刑事としての職務を全うしよう)

このときは、奥野さんとのことはこれで解決したのだと思っていた···ーー

奥野さんと別れて戻ると、廊下でバッタリ、加賀さんに出くわした。

サトコ
「あ···お疲れ様です」

加賀
ああ
···飯食ってきたのか

サトコ
「えっ···は、はい!社食で···!」

とっさに嘘をついてしまったのは、奥野さんに会っていたことを知られないためだった。

(今回の “那古組の内情を調べる” っていう仕事は終わったし、奥野さんのことも話したい)
(でも今話せば、ラブホテルのことやキスのことも引き出されちゃいそうで···)

もう少し気持ちの整理をしてから話そうと思うのに、加賀さんと目を合わせられない。

加賀
······

サトコ
「あ、あの···それじゃ、午後からの仕事があるので」

加賀
···ああ

加賀さんはそれ以上は何も言わず、廊下を歩いて行った。

(なんか···嫌だな、こんな自分)
(やむを得ないとはいえ、加賀さんに隠し事して···)

職務上、お互いに言えないことはたくさんある。
だけど今回のは仕事半分、プライベート半分だ。

(ちゃんと話せばいい···分かってるのに)
(あの時の奥野さんとのキスを忘れられないうちは、どうしても···)

東雲
ねえ、邪魔なんだけど

サトコ
「わっ」

迷惑そうな声に飛びのくと、東雲さんが顔をしかめていた。

東雲
廊下の真ん中で立ち尽くさないでくれる

サトコ
「す、すみません···!東雲さん、お昼休憩ですか?」

東雲
そ。たまには外で食べようと思って

サトコ
「いいですね。何食べたんですか?」

東雲
サンドイッチセット。カツ丼もあったけど、さすがに昼からは重いし

サトコ
「サンドイッチ···カツ丼···?」

東雲
サンドイッチにはサラダもついてたしね。肉ばっかり食べてると肌荒れするから
昼間からカツ丼をガツガツ食べるなんて、信じられないよね

(そのランチセット、私もさっき···)
(······えっ?)

まさか···

東雲
正直、人の恋路に口出すガラじゃないんだけど

めずらしく真剣な東雲さんの表情に、心臓が嫌な音を立てる。

東雲
兵吾さんなら、正直に話せばお仕置き一回で許してくれるんじゃない?

サトコ
「東雲···さん···」

東雲
詳しい事情は知らないけど、仕事だったなら仕方ないでしょ
ま、あとはキミの勝手だからどうでもいいけど

サトコ
「あ、あの喫茶店に···いたんですか···!?」

東雲
キミたちは全然気付いてなかったけどね
上司がふたりも店内にいるのに気付かないって、刑事として終わってない?

(上司が···ふたり···)
(つまり、東雲さんだけじゃなくて···)

その意味に気付いた瞬間、一気に血の気が引いた。

(加賀さん···!)

必死に探し回り、資料室でようやく加賀さんを見つけた。

サトコ
「かっ、加賀さん···!」

加賀
······

無言でこちらを振り向いた加賀さんに、何を言っていいか分からない。

(でも、何か言わなきゃ···何かっ···)

サトコ
「わ、私、あの···」

加賀
仕事上、言えねぇこともある

サトコ
「え···」

加賀
俺も、お前にすべて話してるわけじゃねぇ
だがそれは、必要ねぇと判断したからだ
···お前は?

サトコ
「······!」

ずっと目を合わせられなかった私とは対照的に、加賀さんは決して目を逸らさない。

(私は···加賀さんに嫌われたくないからって、誤魔化して···)
(秘密にしてただけじゃない···嘘までついた···)

加賀
信用できねぇ奴と一緒にいる意味、あんのか

サトコ
「か···」

加賀
···ねぇよな

冷たく響くその言葉を残して、加賀さんは資料片手に部屋を出て行った。

(信用できない人と一緒にいる意味···)
(自分に嘘をついた私を···加賀さんはもう、信用できないって···)
(もう···一緒にいる意味は、ない···って···---)

頭の中が真っ白になって、何も考えられない。
···二度と戻らないかもしれない、あの人の背中。
それを思い出せば思い出すほど、手が驚くほど冷たくなっていくのを感じていたーーー

to be continued

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