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俺の駄犬が他の男とキスした話(前) 加賀カレ目線

早朝の駅前。
少し先には、俺の上着を着た女。

加賀
タクシー来たらさっさと返せよ

那古絢未
「い・や・で・すっ」

加賀
······

那古絢未。那古組組長のひとり娘で、あまり身体は強くない。
世の中全ての男が自分に傅くのは当然だと思っている。

那古絢未
「ねえ兵吾さん、そばに来てください」

加賀
めんどくせぇ

那古絢未
「いいから、早く」

手招きするものの、自分から寄ってくる気配はない。
終始こんな感じで、これまでどれほど甘やかされてきたのかが窺い知れる。

(病弱、世の中の男は自分のもの、それに···俺の言う事は聞かねぇ)
(有能なエスでなけりゃシカトするところだが···全部が全部、あいつと正反対だな)

手招きする絢未を見ながら、思い出すのは数日前のサトコの姿。
呼び止めれば犬のようにぴょんぴょんと跳ねながら、尻尾を振って走ってくる。

那古絢未
「兵吾さん···?」

加賀
···いや

口元を微かに緩めたのを、絢未は見逃さなかったらしい。
いくら箱入りとはいえ、極道の中で生きてきた分、肝も据わり勘も働く。

那古絢未
「私以外のこと、考えてる···」

加賀
······

(···めんどくせぇ女だ)
(だが、情報源としては失ってもなんの得もねぇ)

こちらからすり寄ったりはしないが、拒みもしない。
絢未は今のところ、それで満足したらしい。

那古絢未
「ねえ、次はいつ会えますか?」

加賀
連絡する

那古絢未
「兵吾さんは、私に触れて言い数少ない男性···」
「あなたからの連絡なら、待ってもいいって思います」

伸ばされた手、頬に触れた唇。
絢未から香るすずらんの匂いには、この女の存在感を確かにしていた。

(だが···)

思い浮かぶのは、サトコの間抜けな笑顔。
自分には面倒な女より、わかりやすいあいつが一番合っていると感じた。

加賀
あの女は、俺のエスだ

どうやら駅前で絢未といたところを見かけたらしいサトコが、大きく目を見張る。
まさか、こんなにも簡単に教えられるとは考えていなかったのだろう。

(別に、お前に知られたところで仕事に支障は出ねぇ)

その一方で、サトコが驚いているように、バカ正直に話す必要もなかった。

(···だが、言わなきゃテメェがまた余計なこと考える)
(特に問題ねぇなら、話しといたほうが面倒も少ねぇ)

面倒···つまり、サトコが勝手にあれこれ悩むことだ。
絢未のわがままよりも書類確認よりも、今の自分にとってはそれが一番の面倒ごとだった。

サトコ
「加賀さんの協力者が、那古組のお嬢···」

加賀
納得したか

サトコ
「はい、一応···」

(テメェが笑わなくなりゃ、こっちの士気も下がる)
(駄犬は駄犬らしく、主人だけ信じてりゃいい)

加賀
ほかに聞きたいことは

絢未にキスされたのをキャンキャン喚くサトコを黙らせ、最後にもう一度尋ねる。
その瞬間、サトコは何かを考え込むように口を閉ざした。

(足りねぇ頭で何考えたって無駄だろ)

額を指で弾いてやると、サトコが目を丸くさせた。

サトコ
「な、何するんですか!?」

加賀
テメェの悩みなんざ、脳みそごと吹き飛ばしてやる

サトコ
「それは、事実上の死刑宣告ですか···?」

震えるサトコにもう一度キスをして、笑った。

(お前の不安が消えるまで、何度だって聞きに来い)
(今さらどんな醜態さらそうが、なんとも思わねぇよ)

サトコ
「謝らないでください。ラブホに入ったのも···キスしたことも」
「お互い、他意はなかった···ただの事故ですから」

加賀
······

歩と昼飯を食いにやってきた喫茶店に、追いかけるように入ってきたサトコと···奥野。
最近サトコに協力者ができたことには気付いていたが、奥野とまでは知らなかった。

(何度か言いかけてやめてたのは、このことか)
(···クズが)

サトコ
「あの···でも、加賀さんには言わないでもらえますか···?」

奥野譲弥
「···ああ」

正面に座っている歩が、ぶるぶると肩を震わせながら顔を伏せている。

加賀
···おい、笑いてぇならさっさと笑え

東雲
いやぁ、だって···今ここにオレたちがいるってバレたら面白くな···
···まずくないですか?

加賀
面白くはねぇな

言い直した歩にため息まじりに答え、アイスコーヒーを飲む。
いくら過去のこととはいえ、自分に好意を示した男とコソコソ会っていたことはやはり面白くない。

(あいつが協力者なら、堂々と言え)
(あのクズ···どこまで手をかけさせりゃ気が済む)

東雲
オレでも、隠しますけどね

俺の苛立ちに気付いたのか、笑いを堪えて歩が顔を上げる。

加賀
あ?

東雲
だってあの男、彼女を好きだって言ってた奇特な人ですよね?
あ、すみません。オレの目の前にも奇特な人がいた

加賀
喉つぶすぞ

東雲
それはあの子にやってあげてください。喜ぶから
自分を好きだった男と会ったなんて、わざわざ話します?
相手を不安にさせる···ことは、今回に限ってはないでしょうけど

加賀
······

東雲
いちいち面倒ごとが起きそうな方には持って行かないと思いますけどね

歩の言うことはもっともだ。
普通なら話さないだろうし、話す義務もない。

東雲
でも彼女、なんだかんだで嘘つけなそうですし
そのうち、勝手にボロ出して自白するんじゃないですか

加賀
······

東雲
まあ、実際こうしてすでにボロ出してるし
黙ってるのだって、きっと兵吾さんに嫌われたくないとかそういうのでしょ

加賀
···あいつの気持ちなんざ、言われなくてもわかってる

東雲
さすが。奇特な人間同士

(サトコが奥野とのことを黙ってるとしたら、それしかねぇ)
(だが···その程度で、この関係がどうにかなるとでも思ってんのか?)

奥野とラブホだのキスだのということ自体はムカつくが、単純にそれだけだ。
苛立ちが収まらない中、アイスコーヒーを飲み切る。

東雲
ところで、さっきから思ってたんですけど···

不意に、歩が真剣な表情になった。

東雲
ラブホで盗聴って、昔ふたりもやってませんでした?

加賀
···うるせぇ

東雲
デジャヴ

空のグラスを煽り、口に入ってきた氷を思い切り噛んだ。

to be continued

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