カテゴリー

俺の駄犬が他の男とキスした話(後) 加賀4話

············

男の声
「話が違う!お嬢を拉致ればこっちの取り分は増えるって話だっただろ!?」

女の声
「あなたには、うちの組織が那古組を吸収したあと相応の立場を用意してる」
「これ以上、何が必要だって言うの?」

男の声
「協力してくれた奴に金を払う必要がある!それに、お嬢だって····」

(何···何の話、を···)
(お嬢···?それに、この声は···)

うっすら目を開けて、周りの状況の把握に努める。
手足を縛られ、隣にはまだ目を覚まさない那古さんが横になっていた。

(この声、男は矢野···女はエレン)
(マスクで顔は隠してたけど、バンからでてきたのはやっぱり矢野だったんだ)

言い争いの中で、ふたりが部屋を出て行く。
確実に足音が遠ざかったのを確認して起き上がると、那古さんが目を覚ました。

那古絢未
「ここ、は···」

サトコ
「大丈夫ですか?怪我は?」

那古絢未
「萌木さん···」
「私、男に車に連れ込まれて」

サトコ
「あなたを連れ去ったのは、那古組の矢野という男です。知ってますか?」

那古絢未
「矢野···?」

サトコ
「他の組織と繋がってて、那古組を売ろうとしてるみたいです」
「とにかく、今はここから逃げるのが先ですね」

那古絢未
「でも縛られて···」

ガン!と踵を床に叩きつけると、靴のつま先から刃先が飛び出す。
それで先に那古さんの縄を切り、そのあと逆に那古さんに私の縄を切ってもらった。

サトコ
「足の縄も切りますね。ここ、何階かな···2階くらいなら飛び降りれるんだけど」

那古絢未
「······」
「萌木さん···あなた、何者ですか?」

サトコ
「え···」

(那古さん、加賀さんが公安刑事だって知ってるはずだよね)
(私もそうです···って言ってもいいのかな。でも···)

サトコ
「···ごめんなさい。今はまず無事にここから脱出することを考えましょう」

那古絢未
「···そうですね。あなたとは話したいことがたくさんあるわ」
「だけど、逃げるって言っても···きゃっ」

立ち上がりかけた那古さんが、バランスを崩して転んでしまう。
困ったように立ち上がろうとして、顔をしかめた。

サトコ
「那古さん?」

那古絢未
「足が···」

(捻った···?これじゃ走れない···私が抱えて逃げるしか)
(誰とも出くわさなければ大丈夫だけど、万が一···)

そのとき、微かに足音が近付いてくるのが耳に届いた。
とっさに那古さんを背中に隠し、ドアを見据える。

那古絢未
「萌木さん···?」

サトコ
「しっ」

(···足音はひとり分···それならなんとかなる)
(ドアが開いた瞬間に、こっちから先に仕掛けて···)

近くに転がっていた木材を手に取り、ドアが開くのを待つ。
開いた瞬間、構えた木材を振り下ろす···---!

奥野譲弥
「待て待て!俺だ!」

サトコ
「···奥野さん!?どうしてここに···」

奥野譲弥
「記者の情報舐めんなよ。いいから早く、矢野たちが戻ってくる前に逃げるぞ!」

奥野さんに那古さんを背負ってもらうと、戻ってきたふたりが退路を塞いだ。

エレン
「困るのよね。うちの大事な人質を勝手に連れて行かれちゃ」

サトコ
「エレン···!」

エレン
「あら、私のこと知ってるの?あなたまさか、刑事?」
「そっちの男は···記者、ってところかしら」

矢野
「エレン、そんなことはどうでもいい!お嬢に逃げられちゃ俺も終わりだ!」

エレン
「わかってるわよ」

冷たい音とともに、エレンが懐から銃を取り出す。
銃口がこちらに向き、奥野さんと那古さんが息を飲むのが分かった。

那古絢未
「あなた···私にそんなことをして、どうなるか分かっているの···!?」

エレン
「安心して、あなたは殺さないから。殺してしまったら、那古組は手に入らないもの」
「でも、そっちのふたりは邪魔ね」

サトコ
「···奥野さん」

ぐっと奥歯を噛みしめ、ふたりをかばうように奥野さんの前に立ちはだかった。

(加賀さんに連絡できなかった···那古さんはここにいるって)
(···だけど、いつまでも頼ってばかりいられない!)
(私が、私が何とかしなきゃ)

奥野譲弥
「氷川、ダメだ!」

サトコ
「···市民を守るのが私の役目ですから」
「奥野さん、那古さんをお願いします」

(奥野さんなら隙をついて逃げられる···きっと大丈夫)
(私は···)

まっすぐこちらに向けられた銃口に、ごくりと唾を飲み込んだ。

(銃口から目を離さなければ、弾の軌道は予測できる···)
(あとはタイミング···大丈夫、急所と脚さえ外れれば銃を奪える)

腕の一本くらい撃たれるのを覚悟して、大きく息を吸った。

サトコ
「奥野さん!走っ···」

ガッシャーン!

エレン
「!」

突然、投げ込まれた石によって窓ガラスが割れた。
エレンと矢野の意識が逸れた瞬間、エレンにつかみかかり銃を奪う。

サトコ
「大人しくしなさい!」

エレン
「くっ···何よ!どうなってるの!」

加賀
喚くな

サトコ
「!!!」

ドアが勢いよく蹴破られると、
そこには銃を構えた加賀さんがいた。

サトコ
「どうして···」

那古組組長
「絢未!無事か!?」

那古絢未
「お父様···!?」

よく見ると、加賀さんの後ろにはいかつい男たちが勢ぞろいしている。

矢野
「く、組長···!なんでここに···」

那古組組長
「まさかお前がうちを売ろうとしていたとはな、矢野」
「この落とし前のつけ方はわかってるな?」

矢野
「······っ」

加賀さんの後ろから現れた組員たちによって、那古さんは無事保護された。
その傍らで、加賀さんは私が確保したエレンに手錠をかける。

那古絢未
「兵吾さん···なぜ父と···」

奥野譲弥
「···那古組と手を組んだのか。公安が」

加賀
公安じゃねぇ。俺個人だ

サトコ
「···エレンを公安で確保する代わりに、矢野を那古組に引き渡すんですか!?」

加賀
そういう取り決めをした
こっちは、あの女の組織が今後どういう動きをするかわかればいい
矢野はオマケみてぇなもんだ。那古組で好きにすりゃいいだろ

奥野譲弥
「だからって、公安が極道と組むなんて···!」

加賀
事件を未然に防げるなら、多少の犠牲は仕方ねぇ
綺麗ごとだけじゃやっていけねぇ。部外者は黙ってろ

奥野譲弥
「······!」

(極道と手を組む···加賀さんらしいけど、石神さんが知ったらきっと激怒するだろうな···)

安心したせいか、腰が抜けたようにその場に座り込む。
乱暴に片に上着を掛けられ、見上げると加賀さんが立っていた。

サトコ
「加賀···さん···」

加賀
クズなりに根性見せたじゃねぇか

ぐしゃっと頭を撫でれられ、涙が零れそうだった。
まるで、『よくやった』と褒めてくれているような温かい手だったからーーー

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする