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俺の駄犬が他の男とキスした話(後) 加賀5話

気を失っている間にだいぶ遠くまで運ばれたらしく、今日は近くの旅館に泊まることになった。

(那古組が経営する旅館って言ってたけど···すごい、立派···)

那古絢未
「では私は、特別室ですので」

サトコ
「と、特別室···」

那古絢未
「あ、兵吾さんならご一緒しても」

加賀
俺はこいつと同室だ

サトコ
「ぐえっ」

後ろから突然首根っこを掴まれ、思い切り引き寄せられた。

サトコ
「ちょっ、加賀、さっ」

加賀
黙れ

サトコ
「苦、しっ···せめて、首っ、離しっ···」
「服の襟は首輪じゃないんですよっ···」

加賀
欲しいなら新しい首輪買ってやる

サトコ
「いりませんから、離っ···ちゃんと歩けますから!」

那古絢未
「······」

奥野譲弥
「······」

ずるずると引きずられる私を、奥野さんと那古さんが複雑そうに見ていた。

(はぁ、気持ちいい···)
(けど···)

サトコ
「···あの、加賀さん」

加賀
なんだ

サトコ
「この状況は、一体···」

加賀
珍しくもねぇだろ

サトコ
「いや、確かにそうですけど···」

ここは、部屋付きの露天風呂。
そして後ろには、まるで羽交い絞めにでもするように私の腰をホールドする···加賀さん。

(あれ···あれ?)
(あっという間に服を脱がされて、露天風呂に連行されたけど)

サトコ
「わ、私たち、どうして一緒にお風呂に入ってるんでしょう···?」

加賀
俺が入りたかったからだ

サトコ
「えっと···か、加賀さんは、その···付き合ってない女ともお風呂に入る、っていう···」

加賀
あ?

声色だけでわかる。『何言ってんだテメェは』と言われたのが。

(深く追求しちゃダメってこと···?もしかして私たち、これからはこういう関係になる···?)
(付き合ってないけど、身体だけの···)

聞きたいのに、加賀さんが何も言わないから私も何も言えない。
でも加賀さんの手は特に動くわけでもなく、ただただ私の身体を温めるように抱き締めていた。

サトコ
「···さっき死にそうになったなんて、こうしてると信じられないです」

加賀
あの状況で、俺が行かなきゃどうするつもりだった

サトコ
「···腕くらいなら、撃たれても仕方ないかなぁって」

加賀
三流だな

(確かに···加賀さんならきっと、自分も那古さんたちも無傷でいられる方法を取ってた)

サトコ
「でも···私にはあれが精一杯だったんです」

加賀
言っただろ。クズなりに身体張った方だ

サトコ
「はい···それは加賀さんの一番の誉め言葉だって知ってます」
「···別れても、仕事で繋がれるなら···これからも頑張ります」

加賀
···テメェはさっきから何言ってんだ

不可解だとでも言わんばかりの声に、頭に『?』が浮かんだ。

サトコ
「何って···」

加賀
別れてぇのか

サトコ
「ち、違います!絶対に別れたくないです···!」

加賀
なら、なんだってんだ

サトコ
「だって、加賀さんが···信用できない私とは、もう一緒にいられないって」

加賀
んなこと言ってねぇ

サトコ
「えっ?い、言いましたよ···!信用できない人と一緒にいる意味あるのか、って」

加賀
お前が俺を信用できねぇなら、少し離れて頭冷やした方がいいだろ

(私が、加賀さんを信用してない···?)

加賀
「···奥野とのこと、黙ってただろうが」

サトコ
「あ、あれは···」

加賀
俺を信用してねぇから話せねぇ。そういうことだ

サトコ
「信用してないっていうか···いくら仕事とはいえ、一緒にラブホ行ったり」
「その···事故でも、キスしたなんて言ったら···」

嫌われるかと思って、という言葉が出てこない。
今まで黙っていたことを初めて自分の口から言ったせいか、涙で視界が滲んだ。

加賀
テメェが鈍くせぇことくらいよく知ってる
だったい、気持ちがこもってない行為なんざ、何の意味もねぇだろ

サトコ
「それ、でもっ···」

加賀
キスってのは、こういうもんだ

私の肩を後ろに引いて振り向かせると、覚え込ませるように加賀さんが唇を合わせる。
角度を変えて何度も戻ってくるそのキスは久しぶりで、目に溜まっていた涙が頬を伝った。

(振られたわけじゃなかったんだ···私が空回りしてただけで···)

まだ “加賀さんの女” でいられる。
それが何よりも嬉しくて、切なくて。
涙を掬うように、加賀さんが私の目尻に唇を当てる。

サトコ
「ごめんなさい···黙ってて、ごめんなさい···」

加賀
んなもん、どうでもいい
覚えとけ。テメェのミスくらいじゃ今さらどうともならねぇ
その程度で愛想尽かすなら、とっくに捨ててる

サトコ
「はいっ···」

(秘密を作って嘘をついた私に、こんなに優しい言葉をかけてくれる)
(加賀さん···私···私···)

何があっても、最後まで付いていく。
その覚悟を新たにして、加賀さんにしがみついた。

一方その頃、
奥野はサトコと加賀の部屋の前に立っていた。
その表情は後悔と反省、そして苦悶に満ちている。

奥野譲弥
「···結局、俺が苦しめちまったんだな」

サトコと加賀の間に入っていけないことも、彼女には加賀しかいないこともわかっていた。
それなのに往生際悪く気持ちを伝えるなど、サトコを苦しめるだけの行為だった。

奥野譲弥
「···あいつが来た時の氷川の顔を、俺はさせてやれない」
「弱っているところを付け入るなんて、情けねぇ話だ」

一言謝ろうと思い、ドアをノックする。
だが返事はなく、試しにドアを開けてみるとカギはかかっていなかった。

奥野譲弥
「···氷川?いるのか?」

サトコ
『ぁっ···』

奥野譲弥
「······」

サトコ
『ひょ、ごさっ···だ、めっ···』

普段の表情からは想像できないほど、艶めかしい声。
それが意味するものは、ひとつしかない。

奥野譲弥
「···くそっ」

色々と想像してしまいそうになるのを必死に堪え、そっとドアを閉める。

奥野譲弥
「わざと開けてやがったな、あの男···」

サトコ
「ぁあっ···も、もうっ···」

加賀さんが動くたびにお湯が波立ち、激しさを物語るように水音も大きくなる。

加賀
まだだ

サトコ
「ど、してっ···」

加賀
テメェの啼き声、久しぶりだろうが

サトコ
「···---っ!」

夢中でしがみつき、その指先しか感じられない。
激しい快感が全身を突き抜けて、ぐったりと加賀さんの胸に寄り掛かった。

加賀
······

サトコ
「···加賀、さん···?」

(今、ちょっと笑ってた···?)

サトコ
「どう、したんですか···?」

加賀
···三度目はねぇって話だ

サトコ
「三度目···?」

(仏の顔も三度まで···ってこと···?)
(でも加賀さんの場合、一回目で一発アウトな感じがするけど)

サトコ
「あの···もしかして、私の嘘のことですか···?」
「こ、この前のが初めてですよ。まだ二度目もないです」

加賀
テメェじゃねぇ

サトコ
「え?じゃあ···」

加賀
駄犬は黙って、主人に腰振ってろ

サトコ
「んっ···」

お湯が揺らめいて、熱を帯びた加賀さんの唇が甘く口を塞ぐ。
後頭部を押さえつけられ、逃げられないまま何度も口内を掻き回された。

サトコ
「こ、腰、って···」
「尻尾、の間違いじゃ···」

加賀
今は腰で正解だろ

私を抱え上あげてお湯から出ると、露天風呂の縁に腰を下ろした加賀さんの上に座らされた。
お湯の中で散々いじめられてすっかり蕩けた部分をひと撫でされて、甘えるような声が零れる。

加賀
満足させてみせろよ、サトコ

サトコ
「っ······!」
「あ、ぁっ···!」

(こんなときに名前を呼ぶなんて、ずるいっ···)

でもその意地悪な言葉と表情の中に、私にだけ向けられる感情を見つけた。

(優しくて、激しい···加賀さんが、こんな目で見るのは、きっと···)
(私、だけ···)

加賀
······サトコ

サトコ
「ぁっーーー」

私の名前を呼ぶ声に、いっそう甘さを感じる。
今は加賀さんの激しさだけを感じていたくて、夢中で快感を分け合った。

Happy End

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