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だから僕はうまく恋ができない 颯馬

颯馬
そろそろ終わりそうですね

サトコ
「颯馬さん!?」

振り向くと、颯馬さんが机に手をついたまま微笑んでいた。
穏やかな笑顔とは裏腹に、机に置かれて手にはやけに力が籠っている。

(なんか嫌な予感···)

サトコ
「···ちょうど今終わったところです」

颯馬
それでは帰りましょうか

サトコ
「えっ」

改めて微笑んだ颯馬さんのもう片方の手には、私のバッグとコートが握られていた。

(い、いつの間に···)
(もしかして、監視されてた?)

仕事が片付いた頃合いを見計らって現れたところを見ると、その可能性は高い。

颯馬
さあ、行きますよ

サトコ
「あ、ちょ、待って···!」

(これってもはや拉致···いや、誘拐なんじゃ···!)

有無を言わせず手を取られ、引きずられるように公安課を出た。

颯馬
どうぞ

一緒に颯馬さんの家に帰宅すると、コーヒーを淹れてくれた。

サトコ
「ありがとうございます」

颯馬
遅くまで大変でしたね

サトコ
「チョコ奉行の仕事が思いのほか手間取ってしまって」

颯馬
仕分け作業、ご苦労様でした

一緒にソファに座り、颯馬さんもコーヒーを片手に私を労ってくれる。
でもその視線は、心なしか冷たい。

(冷たいって言うより、責めるような目だよね···)

そう感じる理由には、もちろん心当たりがある。

(やっぱりあの事を気にしてるんだろうな)

サトコ
「···バレンタインのことなんですけど」

颯馬
コーヒー、おかわり淹れましょうか

サトコ
「え?い、いえ、大丈夫です!」

(うぅ···思い切って自分から切り出したのに、思いっきりスルーされた)
(でもここで怯んでちゃダメだ)

私は仕切り直すように姿勢を正す。

サトコ
「あの!」

颯馬
はい

サトコ
「津軽さんに誘われた件は、もちろん断りますから!」

颯馬
ええ、当然です

きっぱりと宣言したものの、颯馬さんの反応は拍子抜けするほど穏やかだった。

(でも、逆にその笑顔が怖い···)

颯馬
2月14日という日は、年に一度しか訪れません

サトコ
「···はい」

颯馬
1/365の貴重なその日は、今年も貴女のために何かしたいと思っています

サトコ
「颯馬さん···」

颯馬
ですので、他に予定を入れたりしないでくださいね

サトコ
「はい、絶対に入れません!」

(私だって颯馬さんのためにチョコを作って渡したい)
(そのためにも、津軽さんとのデートは何がなんでも断らなくては!)

翌日ーー

サトコ
「おはようございます」

津軽
おはよう、ウサちゃん

サトコ
「津軽さん、ちょっとよろしいでしょうか」

津軽
何?

登庁後、早速津軽さんを捕まえた。

サトコ
「昨日のお話なんですが···」

津軽
あ···!忘れてた

サトコ
「?」

津軽
今日は朝から銀さんに呼ばれてたんだった

サトコ
「え···」

津軽
ごめんね~急がなきゃ

サトコ
「あ、あの···!」

(うっ、逃げられた!)

颯馬
······

そそくさと出て行った津軽さんと入れ替わるように、颯馬さんがやってきた。

颯馬
随分とお急ぎの用でしたが、何か緊急事態でも?

サトコ
「···銀室長からの呼び出しだそうです」

颯馬
部下の話を聞く暇もないとは、大変そうですね

サトコ
「そう···ですね」

(津軽さんに逃げられたってこと、分かってるよね···絶対)
(というよりこの目···『早く断れ』って言ってる···!)

意地悪な微笑みに隠された真意を感じ、思わず背中が寒くなった。

その後も津軽さんとの追いかけっこは続きーー

サトコ
「津軽さん、ちょっと待ってください!」

津軽
ごめんね~、これから警視庁にお出かけなんだ

サトコ
「またそうやって逃げるんですか···!」

津軽
はははっ

(もう···!)

意気込んで追いかけようとしたその時ーー

百瀬
「···」

サトコ
「うわっ」

いきなり百瀬さんが現れ、私の前に立ちはだかった。

サトコ
「ちょ、どいてください!」

百瀬
「廊下は走るな」

サトコ
「でも···」

百瀬
「ガキでも知ってる常識だ」

サトコ
「急ぎの用なんです!」

津軽
モモ、ナイスフォロー

百瀬
「···」

サトコ
「あっ、津軽さん!」

百瀬さんの口元が一瞬緩んだその時には、もう津軽さんの姿は消えていた。

(はぁ···また逃げられた···)

津軽
バイバ~イ

サトコ
「待ってください···お話が······」

津軽
はははっ

サトコ
「津軽さんっ!!」

(ハッ!)

自分の叫び声で目を覚ました私は、反射的にガバッと身を起こした。

(なんてこと···夢にまで見るなんて···)
(しかも夢の中でも逃げられてるし···!)

サトコ
「あぁ、悪夢だ···」

頭を抱えると同時に、颯馬さんの冷たい微笑みが脳裏に浮かぶ。

サトコ
「バレンタインまであと3日···グズグズしてられない」
「今日こそ絶対にはっきりと断ってみせる!」

目覚めの悪さを払拭するように、決意を新たにした。

サトコ
「というわけでさぁ、夢にまで見ちゃって···」

千葉
「津軽さんの?」

サトコ
「うん···」

鳴子
「アハハ!それは災難だったね~」

サトコ
「もう、笑い事じゃないんだから」

鳴子
「ごめんごめん。それで未だ捕まらずなの?」

サトコ
「うん···今日こそって思ったのに、結局また体よく逃げられた」

お昼休み、食堂で居合わせた鳴子と千葉さんに思わず愚痴ってしまった。

千葉
「それでか···」

サトコ
「?」

千葉
「いや、最近氷川が津軽さんを狙ってるって噂が聞こえてきたから」

サトコ
「えっ?」

(私が津軽さんを狙ってる!?)

サトコ
「ちょ···何それ···そんな噂が流れてるの!?」

鳴子
「毎日のように庁内でも追いかけっこしてたら、そう思われても仕方ないかも」

サトコ
「そんな···!」

千葉
「まあでも、あくまで噂なわけだし」

サトコ
「そ、それはそうだけど···」

(そんな噂、ぜーーーったい颯馬さんの耳に入れたくない···!)

そう思ったその時だったーー

???
「へぇ、そのような噂が···」

(···この声は)

颯馬
なかなか興味深いお話ですね

サトコ
「!」

恐る恐る振り返ると、颯馬さんが凍てつくような笑みを浮かべていた。

鳴子
「なんか急に冷気が···」

千葉
「···窓でも開いてるのかな」

(た、確かに寒い···寒いのに汗が···!)

突然放たれた颯馬さんのブリザードに、3人とも不安げに目が泳ぐ。

颯馬
氷川さん、少しお話ししましょうか

サトコ
「は、はい···」

鳴子
「···」

千葉
「窓、確認してくる···」

憐れむような目を向けられながら、鳴子たちの元を離れた。

(またしても拉致···いや、これは強制連行だ···)

颯馬
どういうコトですか?

サトコ
「っ!」

廊下に出るなり、物陰に引き込まれ壁際に追い込まれた。

(···庁内で壁ドンなんて、本気で怒られちゃったかも)

颯馬
妙な噂は命取りになりますよ?

サトコ
「すみません···今度こそきちんと断ります」

颯馬
何なら私から津軽さんに伝えましょうか?

サトコ
「いえ!これは私の問題です。自分で何とかします」

颯馬
何とか···ですか

サトコ
「は、はい、私に任せてください!」

颯馬
分かりました。では、よろしくお願いしますね

サトコ
「···はい」

私が頷くのを確認すると、颯馬さんは何事もなかったように去って行った。

(ふぅ···)

ひとまずホッと息をつくも、安心はできない。

(自分で何とかするなんて言っちゃったけど···)
(あの津軽さんを捕まえて説得するには、一体どうすればいいんだろう?)

バレンタイン2日前、お互いに休みだった鳴子とチョコを作ることに。

サトコ
「鳴子は今年も一柳さんにあげるの?」

鳴子
「もちろん!といいたいところだけど、今年は渡さないことにしたんだ」

サトコ
「え?なんで!?」

鳴子
「毎年どんなに頑張っても、山ほど届くチョコの中に埋もれちゃうのよ」

サトコ
「確かに一柳さんのモテっぷりも、毎年凄いもんね」

鳴子
「だから今年は敢えて渡さずに、逆目立ち作戦!」

サトコ
「なるほど···」

鳴子
「押してダメなら引いてみろ!ってね」

(押してダメなら······そっか、それだ···!!)

(鳴子の作戦をヒントに、今日こそ···今度の今度こそ決着を付けよう!)

14日を前日に控え、その機会を窺っているとーー

津軽
ウサちゃん、明日のことなんだけど···

津軽さんがいつものようにわざわざみんなの前で切り出した。

(よし、今だ···!)

サトコ
「デートのことでしたら大丈夫ですよ。予定は空けてあります」

津軽
ん?あ、そう。ならよかった

颯馬
···

一瞬、颯馬さんの視線を感じるも、私は構わず続ける。

サトコ
「楽しみにしてますね」

津軽
ああ、俺もだよ

サトコ
「でも津軽さん、ちゃんと責任取って下さるんですよね?」

百瀬
「!?」

津軽
···責任?

私の言葉に、津軽さんより先に百瀬さんが驚いた。
他の皆も興味津々で見守っている。

サトコ
「デートに誘って下さるってことは、その先のことも考えて下さってるんですよね?」

津軽
その先···?

サトコ
「つまりその···結婚ですよ!」

津軽
は?

黒澤
けっ···けけけ!

サトコ
「私、結婚を考えて下さる人としかお付き合いしないって決めてるんです」

津軽

サトコ
「結婚式の日取りは捜査の進行を見ながら決めないとまずいですよね」
「その前に親への顔合わせもしないと···そうそう、結婚式は和装洋装どちらにします?」
「席順も考えなきゃいけないし、それから···」

津軽
わ、わかった、もうからかわないから!

サトコ
「そうですか、なら明日はナシでよろしくお願いします」

津軽
うっわ~やられた···

石神
津軽、お前の負けだな

津軽
···女の子って怖いな

颯馬
···

ぼやく津軽さんを見て、颯馬さんがニヤリと小さく笑ったのが分かった。

14日当日、約束通り仕事終わりに颯馬さんの家にお邪魔した。

サトコ
「はい、これチョコレートです」

颯馬
ありがとうございます。こちらも準備できていますよ

サトコ
「うわぁ、すごいご馳走!」

颯馬
今日は非番でしたし、今年も貴女のために何かしたいと思っていたので

ダイニングのテーブルには、颯馬さんの手料理がたくさん並べられている。

颯馬
昨日のご褒美でもあります。よく頑張りましたね

サトコ
「ありがとうございます。題して、押してダメなら押しまくれ!作戦です」

颯馬
見事な攻めでした

サトコ
「デートに誘っただけで結婚を迫られたら、さすがに引きますよね」

颯馬
人にもよるでしょうが、津軽さんには堪えたようですね

(颯馬さんはどうなんだろう···?)
(もし私が結婚を迫ったりしたら···)

颯馬
乾杯しましょうか、バレンタインの夜に、2人の未来でも思い描きながら

サトコ
「え···」

颯馬
ふふ、乾杯

サトコ
「乾杯···」

颯馬さんはいつものように私の心を読んだかのように意味深な言葉を添えて乾杯してくれた。

(颯馬さんがどんな2人の未来を思い描いてくれたのかは分からないけど···)

サトコ
「今年も無事にこうして2人でバレンタインデーを過ごせてよかったです」

颯馬
ええ

サトコ
「津軽さんの件で一時はどうなるかと···夢にまで見るくらいストレスでしたから」

颯馬
···夢?

颯馬さんは笑顔のまま小首を傾げた。

(この冷え切った笑顔···ま、まずい···)

颯馬
俺以外の男の···夢?

サトコ
「っ!」

繰り返されると同時に、ソファに押し倒された。
真上から見下ろされ、圧のあるその視線に身動きが出来なくなる。

颯馬
俺以外の男に『結婚』を持ち出したことさえ許しがたいのに

サトコ
「え···」

颯馬
攻めとしては見事でしたが、緊急時の対策ももちろんしていたんですよね?

サトコ
「緊急時···?」

颯馬
もしあそこで津軽さんがOKしたらどうするつもりだったんですか?

サトコ
「そ、それは···」

颯馬
まさか何の対策もなしに実行したとでも?

(うっ···重い女を演じれば怯むに決まってるって思って···)

ゆっくりと下りてくる颯馬さんの顔が、目の前まで迫る。
息がかかる距離で、颯馬さんの冷たい指先に頬を撫でられる。
そのまま顔の輪郭をなぞるように撫でられ、顎を通って唇に触れられる。

颯馬
貴女はそんなに簡単に他の男に結婚を口にするんですか?

サトコ
「か、簡単になんて···」

颯馬
その上、夢まで見ていたとは···

サトコ
「···」

妖しく撫でられながらの詰問に何も返せなくなると、颯馬さんはフッと口角を上げた。

颯馬
いっそ、夢か現か、分からないぐらいにしてみる?

(ひっ!?)

冷静でありながら色っぽく微笑んだ颯馬さんの唇が、あっという間に私の唇を塞いだ。
押し入ってくる柔らかな舌は、向けられた冷たい視線とは裏腹な熱を帯びている。

颯馬
どう?夢を見ているような気分になってきた?

サトコ
「んんっ···」

熱い舌がゆっくりと首すじを這い、鼻先で耳たぶを弄ばれる。
思わず身体をよじった瞬間、するりとセーターの下に颯馬さんの手が忍び込む。

颯馬
たとえ夢でも許さない

サトコ
「···っ」

颯馬
サトコの脳内に入れるのは俺だけだ

サトコ
「あっ···ん···っ!」

颯馬
もちろん結婚なんて言葉も、俺以外の男に向けちゃダメだよ
わかった?

サトコ
「ん···あぁっ」

返事の代わりに、私の身体は大きく弓なりにのけぞった。
その姿に、颯馬さんは満足そうに微笑む。

颯馬
ふふ、きちんと理解できたみたいだ

襲ってくる快感に、身も心も脳内も、私の全てが颯馬さんで満たされていった。

Happy End

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