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だから僕はうまく恋ができない 加賀

振り返らなくても、そこにいるのが誰なのか “怒りのオーラ” でわかる。

加賀
言い訳だけは聞いてやる

サトコ
「ひぃ···」

(やっぱり加賀さんだった···蹴っ飛ばす勢いで机ドンしてくる人なんて他にいない···)
(ダメだ、怖くて振り返れない···)

振り返ったが最後、アイアンクローか何か炸裂する···そんな気がする。

サトコ
「あ、あの···決して言い訳じゃないんですが!」
「つ、津軽さんのはですね···断ったんですけど聞き入れてもらえなくて!」

加賀
······

サトコ
「あの時点ではバレンタインの予定もなく、それ以上言えなくて」
「あ、っていうか今もまだ予定はないですが···!」
「あの、ちなみに今年のバレンタイン、加賀さんは···」

加賀
テメェは何年、ここにいる

サトコ
「へ···?公安課に配属されてからは、まだ···」

加賀
そっちじゃねぇ。ここだ

サトコ
「ここ···?」

加賀さんが、自分の隣を指す。

サトコ
「···あっ!」
「そ、それはつまり、バレンタインは一緒に過ごすっていうお誘い···!?」

加賀
言わなきゃわかんねぇのか

サトコ
「普通はわかんないです···」

加賀
なら、さっさと卒業しろ

(卒業って···加賀さんの隣を!?)

サトコ
「しません!一生卒業するつもりないです!」
「後生ですからそれだけは···!」

加賀
なら、やることはわかってるな

サトコ
「やること···」

加賀
どうすりゃ俺の怒りが鎮まるか、足りねぇ頭で考えろ

サトコ
「あ···」

足りない頭で考えなくても、獲物を狩るときのその表情を見て、瞬時に理解したのだった···

(やっぱりこうなった···)

翌朝、ベッドに横たわりながら、窓際で煙草を吸う加賀さんを恨めしい気持ちで見つめる。

サトコ
「う、動けない···」

加賀
軟弱だな
今日捜査あんだろ。やれんのか

サトコ
「根性でどうにかします···」
「加賀さん、私が今日捜査あるって知ってて昨夜あんなに···」

加賀
途中でへばらなかったことだけは褒めてやる

煙草を吸い終わると、加賀さんが寝室を出て行く。
けだるい身体に鞭打ちベッドから這い出ると、私も加賀さんを追って寝室のドアを開け···

壁伝いに歩いていくと、キッチンからコーヒーのいい香りがしてきた。

加賀
食うだろ

サトコ
「あ···フレンチトースト!ありがとうございます!」
「あの、加賀さん···ご機嫌はもう直ったでしょうか···?」

加賀
今後のテメェの行動次第だな
うまく奴をかわしてみろよ

サトコ
「私が、津軽さんを···」

加賀
二度と俺を怒らせんじゃねぇ

(ダメだ、この様子だと怒りは収まってない···!)
(きっと津軽さんからのお誘いをちゃんと断るまで、このお怒りは続く···!)

しかもこれは完全に、『テメェでどうにかしろ』という意味だ。

(手助けナシの状態で、ひとりで津軽さんをどうにかしろ、か···)
(でもやらないと、加賀さんとの平和なバレンタインはない···!)

どんな手を使ってでもバレンタインまでに、津軽さんのお誘いを断る決心をした。

その日、加賀さんにいじめられた身体を引き摺るようにして出勤した。
通常業務や捜査を終えて公安課ルームに戻ってくると、ぐったりとデスクに突っ伏す。

(捜査で津軽さんと一緒だったから、断るチャンスだと思ったのに)
(14日の話をしようとすると、うまいこと逃げられる···)

サトコ
「はぁ···一体どうすれば···」

黒澤
ややっ、サトコさん、大きなため息ですね!よかったら話聞きましょうか?

東雲
どうせ “T-day” のことで悩んでるんでしょ

サトコ
「“T-day” ···?」

(あ、“津軽高臣” だから···)
(でもいくら黒澤さんたちとはいえ班も違うし、仕事に関係ない話だし···)

サトコ
「なんでもないんです。すみません、ため息なんてついちゃって」

黒澤
まったまた~、オレたちとサトコさんの仲じゃないですか
オレは忘れませんよ!公安学校で一緒に苦楽を共にしたあの2年間を!

サトコ
「いや、黒澤さん、教官じゃないから苦楽はあまり共にしてないですよね···?」

東雲
学校には入り浸ってたけどね

黒澤
それにしても、サトコさんも大変ですね。上司が津軽さんみたいな人だと

東雲
まあでも、一歩間違えばDVな兵吾さんの方がマシだとか言ってる時点で
キミ、ちょっとおかしいよね

サトコ
「そんな、真面目な顔して···」

(でも加賀さんのああいう態度には、愛情があるから···)
(···あるよね!?)

サトコ
「いや、ある···ある!だから私に、ひとりで解決しろって言ったんだ···!」

東雲
なに急に。自己暗示?
まあ、こっちは別にキミが14日に誰と過ごそうと興味もないけど
あとがめんどくさいから、あの人のご機嫌、損ねないでね

サトコ
「え···」

言いたいことだけ言うと、東雲さんはさっさと公安課ルームを出て行った。

黒澤
サトコさん、何かあったらいつでも相談に乗りますよ

サトコ
「はい···ありがとうございます···」

(今の東雲さんの言葉、何か引っかかる···)
(『あの人のご機嫌を損ねないでね』···?)

でもいったい何が引っかかるのか、自分の気持ちなのにはっきりとしない。
もやもやしたものを抱えつつ、仕事に戻るしかなかった。

バレンタイン前日、買い込んだ材料でチョコレート作りを始める。
これまで何度か津軽さんに接触を試みたものの、すべて軽々とかわされてしまっていた。

サトコ
「はあ···こんな気持ちでバレンタインを迎えなきゃいけないなんて···」

一方で、チョコを溶かしながら浮かんでくるのは東雲さんの言葉だ。

(加賀さんは普段から機嫌悪いこと多いのに、あえて『損ねないでね』って···)
(つまり、私が津軽さんの誘いを断ればいいってこと···だよね)

サトコ
「でもそもそも、なんで津軽さんは私を誘ったんだろう」
「津軽さんなら、バレンタインを一緒に過ごしたいって人はたくさんいるのに」

そこまで考えて、ようやくハッとする。

(もしかして私、どこかで間違えてる···?)
(そうだ、誘いを断る前に···まずは津軽さんが何を考えてるのか探らなきゃいけなかったんだ)

バレンタインという一大イベントの陰に隠れて、それを完全に見逃していた。

(そうとわかれば···急いでチョコ作って明日に備えよう!)

翌日の2月14日。
午前の仕事が終わった公安課ルームで、津軽さんが近付いてくる。

津軽
ウサちゃん、仕事が終わったら8時にココ集合ね

サトコ
「あっ···」

加賀
······

断ろうと立ち上がりかけたときにはもう、津軽さんは公安課を出て行ってしまっていた。

(は、早い···!加賀さん、今の聞いていたよね)
(津軽さん、わざと加賀さんの前で誘ってきた···?)

慌てて公安課を出て津軽さんを探したけど、もうその姿はどこにもなかった。

そして運命の、夜8時。

(なぜ···なぜこんなことに)

津軽
いやあ、こんな日にこんなハプニングが起こるなんて、もう運命じゃない?

サトコ
「運命って言うか、なんか策略的なものを感じるんですけど」

さっきまで公安課にいたはずの私は今、津軽さんと共に資料室に閉じ込められていた。

(津軽さんに『残ってる仕事手伝って』って言われて、のこのこついてきた自分が情けない···)
(ほんの一瞬でも)
(『バレンタインに誘ったのは仕事のためだったんだ』って思ったおめでたい自分···)

サトコ
「とにかく、ここから出ませんか?」

津軽
でもねぇ、外から鍵がかかってるみたいで開かないんだよね

サトコ
「まだこんな時間なのに、鍵かけられるなんておかしいですよ」

(スマホを持ってるから、最悪外と連絡は取れるけど)
(でもなにかおかしい···あまりにもできすぎてるというか)

津軽
まあまあ、野暮なことは考えないで
···せっかくだし、既成事実でも作っておく?

サトコ
「···へっ!?」

津軽
まさか、意味を知らないわけじゃないよね?
それに、いくら上司とは言え男とふたりきりになって何もない···なんて思ってないでしょ?

いつもの読めない笑みを浮かべながら、津軽さんが追い詰めるように歩いてくる。
逃げるように後退りながら、必死に頭の中を整理していた。

(落ち着け···今日までのことを思い出せ)
(この状況は、やっぱり何かおかしい···それに、あの時の加賀さんの言葉···)

ご機嫌は直ったかと尋ねる私に、『今後のテメェの行動次第だな』と答えた。

(今後の行動次第···それは、つまり···)

壁際まで追い詰められ、ごくりと喉を鳴らしてから津軽さんを正面から見つめる。

サトコ
「···その前に、ひとつ聞かせてください」

津軽
ん?何?

サトコ
「鍵をかけたの、百瀬さんですよね?」

津軽
何でそう思うの?

サトコ
「百瀬さんは、津軽さんの命令ならなんでもやります」
「私と津軽さんをふたりきりにするのは不本意でしょうけど、それでも」

津軽
バレンタインの夜の奇跡だとは思わない?

サトコ
「思いません。津軽さんが私を誘う理由がわかりませんから」
「だから、教えてください。目的はなんですか?」

津軽
君とふたりきりになりたかった。そう言っても信用してくれない?

サトコ
「それなら、今まで何度もチャンスありましたよね?」
「私、今日のお誘いを断ろうとずっと津軽さんを追いかけてました」

(でも津軽さんはふたりきりになるどころか、私と接触するのをうまく避けてた)
(つまり··· “既成事実を作る” ことが目的じゃない)

真っ直ぐ目を逸らさず尋ねると、津軽さんがふっと目を細める。

津軽
なるほど。ちゃんと躾けられてるね

サトコ
「え?」

そのとき、乱暴に資料室のドアが開いた。
ドアの前に立っていたのは···

加賀
津軽。テメェの目的はなんだ?

石神
上司が部下に断れない状況を作るのはパワーハラスメントだ

サトコ
「加賀警視···石神警視!」

石神
そのうえ、大事な部下にその片棒を担がせようとするとはな

百瀬
「···」

サトコ
「百瀬さん!やっぱり···!」

津軽
あーあ、意外と早かったね

百瀬
「すみません」

津軽
いや、いいよ。こうなるだろうとは思ってたし
その前に既成事実作っておきたかったんだけどなー

加賀
······

津軽
兵吾くんって、本気で怒ってる時無言になるよね

石神
いい加減、吐け。お前の目的は?

津軽
さあ?純粋な恋心かも

加賀
ねぇな

石神
あるはずないだろう

サトコ
「あの、否定が早すぎませんか···?」

声を揃えて否定するふたりを笑いながら、津軽さんがポケットから紙を取り出す。
折りたたまれたそれは、“採点用紙” と書かれていた。

津軽
ハニトラに引っかからなかった点は、まあまあの評価かな

サトコ
「ハニトラ?津軽さんからの···?」

津軽
ウサちゃん、意外にちゃんと周り見えてるんだね

サトコ
「 “意外” に···」
「じゃあ今回のは、私がハニトラに引っかかるかどうかのテストだったんですか!?」

津軽
そういうこと

(な、なんか、そのわりには本気で私を落とす気はなかったような···)
(結局、津軽さんの “遊び” に振り回されただけだったかも)

加賀
もういいだろ。さっさと出ろ

サトコ
「あ、は、はい」

津軽
ねえ兵吾くん。ウサちゃんをちゃんと躾けてくれてありがとね
使えない部下を持つのは大変だから、兵吾くんが教育しといてくれて助かったよ

加賀
······

サトコ
「あ、あの···」

石神
···お前も、面倒な上司に目を付けられたな

サトコ
「それは、どっちのことですか···?」

石神
···あのふたりのやり取りを見ていればわかるだろう

見えない火花を散らすふたりにため息をつくと、石神さんは公安課へと戻って行った···

無事に資料室から脱出した後、加賀さんと時間をずらして退勤し···
加賀さんの部屋にお邪魔すると、そのまま寝室へと連れ込まれた。

加賀
テメェは何やってんだ

サトコ
「誠に申し訳ございません···」

加賀
あいつとふたりきりになるのは?

サトコ
「自殺行為です···」

淀みなく答える私に、加賀さんはようやく納得してくれた。
私を突き飛ばすようにベッドに押し倒して、自分のネクタイを緩める。

加賀
クズが

サトコ
「すみません···」

加賀
相変わらずの駄犬っぷりだな

サトコ
「で、でも、加賀さん以外の犬にはなってません!」

加賀
ならさっさとウサギも卒業しろ

サトコ
「それはなんとも···津軽さんが卒業させてくれないことには」

言いかけた私の口を、加賀さんがキスで塞ぐ。
ほんの一瞬苛立ったように激しくなったけど、すぐに優しいキスに戻った。

加賀
他の男の名前出してんじゃねぇ

サトコ
「···すみません」

加賀
何ニヤけてやがる

サトコ
「だって···」

(絶対言ってくれないし、私も命が惜しいから言わないけど)
(これって、きっと···)

私の手に手を重ね、加賀さんがベッドの上に縫い付ける。
脚の間に膝を入れられれば、もう加賀さんしか見えない。

加賀
簡単に罠に落ちてんなよ

サトコ
「お、落ちません···加賀さん以外には···」

加賀
どうだかな

今度は、ご褒美のようなキス。
首に腕を絡めて自分からも求めると、髪や頬を加賀さんの手が滑る。

加賀
テメェは、ここにいりゃいい

サトコ
「それって、この先もずっとここにいてもいい、ってことですよね···?」

加賀
意味も分かんねぇなら、捨て駒からやり直しだな

サトコ
「またあの地獄の日々に戻るのは嫌なので、そう思っておきます」

加賀
···勝手にしろ
『この先もずっと』いられるように、せいぜい気抜くんじゃねぇぞ

慈しむように、肌を這う唇。
愛されていると実感しながら、愛しい人の体温を身体の奥に感じる夜だった。

日付が変わる、少し前。
持ってきた手作りチョコを渡すと、加賀さんに鼻で笑われた。

加賀
毎年よく作るもんだな

サトコ
「去年はうっかり、バレンタインしない宣言しちゃったので···」

加賀
別にしなくていいだろ、バレンタインなんざ

(···って言いながら、ちょっと喜んでる?)
(加賀さんの気持ちは、理解するのにすごく時間がかかるけど)

その分、わかったときは何よりも嬉しい。

(ああ···それにしても、今年のバレンタインも波瀾万丈だった···)
(カレが妬くと大変なことになり···)

サトコ
「···ん?」

加賀
なんだ

サトコ
「い、いえ···なんかデジャヴ···」

私の言葉など全く気にせず、加賀さんはチョコのラッピングを解いている。

(···大変なことになるけど···)
(それでも嬉しいし、いっか)

“加賀さんの女” として少しずつ成長していると実感できた、今年のバレンタインだった。

Happy End

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