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だから僕はうまく恋ができない 黒澤

サトコ
「黒澤さん···?」

ずいっと顔を寄せてくる透くんに、それ以上の言葉は途切れる。

(ち、近い···!)

黒澤
サトコさん、オレ···

サトコ
「は、はい···」

(どうしたんだろう?すごく真剣な瞳で···)

次の言葉に身構えてしまう。
そのまま彼の瞳を見つめ返していると、ガシッと肩を掴まれた。

黒澤
今年はバレンタイン、オレにやらせてください!

サトコ
「え···」
「えー!?」

(何かと思ったらバレンタイン···!?)

一気に肩の力が抜け、ポカンと透くんを見つめる。
しかし、当の本人は熱弁を続けていた。

黒澤
日本のバレンタインは女性が男性にチョコなどを贈る日、と言われていますが···
今年は、この黒澤透が!盛大に!
全力でサトコさんとのバレンタインを盛り上げます!

サトコ
「それは嬉しいけど、どうして急にそんな?」

黒澤
オレがどーっしても、サトコさんを喜ばせたいんです!

サトコ
「う、うん、ありがとう···!」

透くんの圧に圧されるように頷き返す。
すると、それを見ていた透くんは、肩を掴んでいた手にさらに力を込めた。

黒澤
だから···
津軽さんじゃなくてオレを選んでくださいよぉぉぉ!

サトコ
「えええっ!?」

(さっきの津軽さんとの会話を気にして、こんな宣言したってこと!?)

サトコ
「黒澤さん、落ち着いてください!」

透くんを宥めるように彼の背を軽く叩く。
ちらっと見上げるような視線は、気のせいか涙目だった。

黒澤
落ち着いてられないですよぉ···せっかくのそんな大事なイベントを···

サトコ
「最初から津軽さんの誘いは断るつもりでしたから」

黒澤
え、そうなんですか?

サトコ
「明日、ちゃんと津軽さんには断るつもりで···」

黒澤
······
も~!そうじゃないかって、オレは信じてましたよ~!

(ほ、本当に···?)

黒澤
あ、でもさっきの宣言は実行しますから!
楽しみにしててくださいね

嬉しそうに頬を綻ばせる彼につられて、私も笑ってしまうのだった。

翌日。

津軽
え、断る?無理だけど

サトコ
「え···」

バレンタインの断りを告げると、津軽さんにサラッと返されたのはそんな言葉だった。

(私も無理です!)
(だって、昨日透くんにも言ったし!)

サトコ
「それはその、なぜでしょうか?」

津軽
だって···
お仕事だから、諦めて

サトコ
「お仕事···」

(それなら最初からそう言ってくださいー!)

津軽さんの単なる気まぐれかと思っていたのに、それは誤算だった。

(透くんに何て伝えよう···)
(てっきり断れるものだと思ってたから、この状況は予想外すぎる)

ふと、昨夜の嬉しそうな顔をしていた透くんの姿を思い出す。

(すごく、言い辛い···)

LIDEに仕事だった旨を打ち込もうとして、指が止まる。

(なんて言えば透くんを傷つけずに···)
(いや、傷つけないことは無理でも、せめて軽傷程度には···)

その時、LIDEが着信を告げる。

(透くんからだ!)

送られてきたそれは、可愛くまとめられたスケジュール表だった。

(ショッピングの後は、一緒にチョコを食べて、ディナーは···って)
(これってまさか、バレンタインデー当日のデート計画!?)
(ど、どうしよう···悩んでる間に早く相談すればよかった···!)

スマホだけを手に取り、ひと気のない場所を目指して公安課を出た。

罪悪感を覚えつつ、透くんへと電話を掛ける。
すると、3コール目が鳴り終わる前にそれは途切れる。

黒澤
あ、サトコさん?予定あんな感じでどうですか?

(うわぁ、声が弾んでる)
(ますます言い辛い···!)

<選択してください>

正直に話す

サトコ
「透くん、ごめんなさい!」
「バレンタイン当日、津軽さんに仕事って言われて···断れませんでした···」

黒澤
仕事···

サトコ
「紛らわしい言い方だったし、仕事だなんて思ってなくて···」

黒澤
大丈夫ですよ
じゃあ、別の日に改めて一緒に過ごしましょう

計画を褒める

サトコ
「うん、見たよ。すごく細かく考えてくれて驚いた」

黒澤
···サトコさん、何かありました?

平静を装うも電話口からは、窺うような透くんの声。

(電話越しに気付かれるなんて、まだまだだなぁ···)
(自分から言い出さなきゃいけなかったのに)

サトコ
「ごめんね···実は津軽さんからの誘い、仕事の話で···断れなかった」

黒澤
なるほど、津軽さんらしいですね
じゃあ、別の日に改めて一緒に過ごしましょう

とにかく謝る

サトコ
「ごめん!本当にごめん···!」

黒澤
え、どうしました?デートプラン気に入らなかったですか!?

サトコ
「そうじゃなくて、その···」
「津軽さんの誘い、断れなくて!」

黒澤
え···

一瞬、電話の向こうで寂しそうな顔をする透くんの表情が過ってしまった。

サトコ
「ごめんなさい。仕事の話をあんな言い方してたみたいで···それで···」

黒澤
なるほど、そういうことでしたか···
じゃあ、別の日に改めて一緒に過ごしましょう

サトコ
「いいの···?」

黒澤
仕事なら仕方ないですよ

(昨日の雰囲気だと、駄々こねられるかもとかちょっと思ってたけど)
(そうだよね、透くんがわかってくれないわけない···)

サトコ
「···ありがとう」

黒澤
いえ、そうなると次の候補日を考えないとですね!

そうして話し出す透くんの声にはいつもの明るさが戻る。
それがまた、申し訳なさを助長させていった。

バレンタインデー前日の夜。
レシピを確認しながら、材料を測っていた。

(せめてあんなに嬉しそうにしていた透くんに、手作りチョコくらいは渡したい···!)

チョコレートを刻みながら、お菓子作りに励む。
それでも明日のことを思うと、自然とため息が零れた。

(いやいや、せめて渡すだけでも···)

それで少しでも透くんが嬉しそうな顔を見せてくれたらいい。
そんな願いを込めながら、チョコの甘い香りに包まれていった。

ついにやってきたバレンタインデー当日。
齧りつくようにデスクへと向かっていた。

(これが終わったら、あとはそっちをまとめて···)

頭の中でタスク処理をしながら、黙々と作業を進めていく。
渡された仕事が、徐々に片付いていくのを実感していた矢先だった。

津軽
ウーサちゃん、これ追加ね

サトコ
「!」

津軽
つい溜め込んでてさ。でも、今のペースなら余裕だよね?

(こ、このやろう···!)

つい上司に向かって睨みそうになりながら、書類を受け取る。

津軽
明日の朝までに終わらせてくれればいいよ
夜は長いから

サトコ
「徹夜なんてする気ありません!!」
「日付が変わる前までに絶対終わらせます」

津軽
どうせ用事ないんでしょ?

サトコ
「津軽さんも、どうせ用事ないんですよね?」

津軽
あー、かわいくない。モモ、どう思う?

百瀬
「焼肉屋の割引券ありますよ」

津軽
あ、そっち?俺の用事を作ってくれようとしてくれてる感じ?
そういうことを聞いたんじゃないんだけど

(でも、本当にこの量は···)
(定時は諦めるとして、日付が変わる前には透くんの家に···!)

寒々とした空気の中、足早に彼の家へと向かう。
時間を確認すれば、もう23時を回ろうとしていた。

(なんとか退庁できたけど、もうこんな時間···!)

まだ彼の家は見えてこない。
そして、LIDEにメッセージを送っても返信は返ってこなかった。

(そもそも家にいるのかな?)
(それとも透くんも何か仕事してたり?)

ギリギリまで今日中に会いに行けるか分からなかった。
だから、会う約束も取り付けていない。

(でも、1番いる可能性が高いのは家だろうし、行くしかない!)

自然と少し駆け足になりながら、透くんの家に向かった。

(灯りついてないな···)

透くんの家の前にやってきて、暗いままの窓を眺める。
スマホを確認しても、折り返しの連絡は来ていなかった。

(やっぱり、今日は会えないのかも···)

ふぅ、と息を吐けば白く煙って消えていく。
鞄の中から小袋を取り出すと、それをドアの取っ手に引っ掛けた。

(こうしていれば、せめてチョコは受け取ってはもらえるよね?)
(あ、でもこれが私からだって分からないと手を付けないかも···)
(手紙かLIDEで一言何か添えた方が···)

そんなことを考えながら、取っ手からぶら下がるそれを眺めていた時だった。

???
「サトコさん?」

サトコ
「!」
「透くん···!」

驚きながら振り返る。
目を丸くしながらこちらを見つめる彼の手には、コンビニ袋が提げられていた。

黒澤
仕事、終わったんですか?

サトコ
「う、うん···それで、これだけでも渡そうと思って···」

黒澤

取っ手にぶら下げていた袋を差し出すと、さらに彼の目が見開かれる。

黒澤
寒いですし、上がっていきませんか?

彼の言葉に甘え部屋に上がると、ふわっと甘い香りがした。

(あれ、何の匂いだろう···?)

黒澤
何か温かいものでも飲みますか?
あ、もしかしてご飯もまだだったりします?

キッチンからそんな風に問いかけてくる透くん。
コンビニで買ってきたものを仕舞おうと、彼が開けた冷蔵庫を見てハッとした。

サトコ
「透くん、それって···」

黒澤
あ、あー!気にしないでください!

サトコ
「でもそれ、チョコレートケーキなんじゃ···」

(しかも部屋に残ってるこの匂い···)
(そういえば、デートの工程表の中にチョコを食べる!ってあったような···)
(それにバレンタイン、オレにやらせてって···)
(もしかして、透くんの手作り···?)

チョコレートケーキに手を伸ばそうとする私に、透くんは苦笑いを浮かべる。

黒澤
これはその、試作のようなものなので!
でも、作ってみると、やっぱり買ったほうが美味しいですよね!
サトコさんが来るなんて知らなくて、あ!今からコンビニでケーキ買って

サトコ
「全部食べます!」

黒澤
···え?

サトコ
「透くんが作ってくれたケーキなら、全部食べるよ!」
「むしろ食べさせてください!」

黒澤
······

一瞬考え込むように透くんは視線を逸らした。
そして、おずおずと冷蔵庫からケーキを取り出す。

黒澤
少し硬くなってるかもしれませんが、いいんですか?

サトコ
「全く問題ありません!」

早速食べる準備を整えると、フォークで一口ケーキを掬った。
それを頬張ると、甘すぎないチョコの味がほろほろと口の中で溶けていく。

サトコ
「美味しい···!」

黒澤
本当ですか?

サトコ
「本当だよ。透くんも食べよう?」

黒澤
え?

サトコ
「ほら、あの計画だと『一緒にチョコを食べる』だったでしょ」

黒澤

はい、そうでしたね
じゃあ、サトコさんにあ~ん、ってしてもらいたいです★

サトコ
「え!」

黒澤
その方が、一緒に食べてる~って感じしません?

サトコ
「じゃ、じゃあ···」

フォークでケーキを掬い、ニコニコ笑顔の透くんの口元へ運ぶ。

サトコ
「はい、あーん···」

黒澤
あ~っん!
ん!サトコさんに食べさせてもらうと倍美味しいですね

サトコ
「それは、良かったです···」

(こんなに嬉しそうな顔されると···)

何となく恥ずかしくて彼の目を直視できなかった。
すると、透くんも用意していたフォークでケーキを掬う。

黒澤
サトコさんもはい、あ~ん

サトコ
「え、私も?」

黒澤
一緒に、ね?

サトコ
「う···」

ふっと微笑む彼の笑顔に負け、フォークを口に含んだ。
口の中に広がっていくチョコの風味は、確かに先ほどよりも甘い。

サトコ
「やっぱり、美味しいです」

黒澤
ふふっ、嬉しいなぁ
さっきまで、津軽さんに対しての羨ましさで床を転げまわりそうだったのに

サトコ
「ご、ごめん···」

黒澤
それはもういいんです
ただ、改めて気付かされたというか···

サトコ
「気付く?」

黒澤
はい。サトコさんといると、自分の中のいろんな感情にいつも驚くんです
知らないモノばかりで、戸惑うことも多いですけど

(それは、私が透くんに何かしてあげられてるって思ってもいいのかな?)
(そうだったなら、嬉しい···)

サトコ
「私も同じだよ。私も、透くんにいろんな感情貰ってる気がする」

黒澤
サトコさん···
はっ!でもそんな戸惑いを喜んでるオレって···!
実はMだったんじゃ!
サトコさんのおかげで開く新たな扉···

サトコ
「······」

(感動しかけた私の気持ちを返してほしい···)

黒澤
私も同じってことは、もしかしてサトコさんも···

サトコ
「そこは一緒にしないで!」

笑い合いながら食べるチョコレートケーキは、気付けば随分と小さくなっていた。
透くんは私が渡した袋をそっと撫でながら呟く。

黒澤
サトコさんのチョコは超大事に食べます

サトコ
「ふふっ、でも早めに食べてね」

黒澤
本当は、このまま永久保存したいところですけど···

サトコ
「食べ物だから!」

不意に彼の視線がスッと私に流される。
その瞳に捉えられて、思わず言葉を飲み込んだ。

黒澤
それくらい大事に食べますよ

サトコ
「透、くん···」

そっと近づいてくる瞳に静かに瞼を閉じる。
触れ合う唇からは、やはりチョコの味がした。

黒澤
いつも以上に、キスが甘いですね

サトコ
「チョコレートケーキ食べたばかりだし···」

黒澤
このまま、サトコさんも食べたくなりそう

サトコ
「!」

再び唇が塞がれれば、甘さを増すそれに思考を絡み取られていく。
包み込まれたまま後ろへと倒れていき、視界の端で変わりかける日付を見たのだった。

数日後。

黒澤
うぅ···

わずかに腫れたように見える頬を抑えながら、透くんは呻いていた。

石神
虫歯とは、不摂生の証拠だ

加賀
情けねぇ

(甘党の二大巨頭にそれを言われるとは···)

黒澤
でも、でも、これは、愛の勲章なので···!!

全員
「?」

ポカンとした空気の中、透くんは扉へと手を掛ける。
そしてふっとキメ顔をして、室内を振り返った。

黒澤
愛って···時には痛く苦しいんです···★

全員
「······」

彼が出て行き、パタリと閉まる扉。
それをそこにいる全員がただただ冷めた目で静かに見つめるのだった。

Happy End

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