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だから僕はうまく恋ができない 後藤

後藤
行くのか?14日

サトコ
「誠二さん!?」

私の身体を囲うようにデスクに腕をつき、目の前に立っていたのは彼だった。

(思わず名前で呼んでしまった···良かった、誰もいなくて)

サトコ
「14日って···あの、津軽さんの···?」

後藤
ああ

(やっぱり聞こえてたんだ···)

近い距離で見つめてくる誠二さんの瞳は真剣そのもので。
私は小さく息を飲む。

サトコ
「あれは、その···」

後藤
······

行くわけないーーそう答えればいいだけなのに、気圧されてすぐに言葉が出てこない。

(あの場で断らなかったこと、もしかして怒ってたり···)

後藤
···立場上、断れないか?
それなら、俺が···

気色ばむ誠二さんに、私はブンブンと首を振る。

サトコ
「断ります!最初から行くつもり全然ないですし!」

後藤
···言えるか?あの人に

サトコ
「大丈夫です。そもそも仕事の話じゃないですから」
「言う時はバシッと言いますよ!」

後藤
そうか···

ふっと誠二さんが纏う空気が緩んだ。
手はデスクについたまま。
トン···と、そのおでこを私の肩口に預けてくる。

後藤
良かった

サトコ
「それを聞くために戻ってきたんですか?」

後藤
ああ

誠二さんが頷くと、髪が頬に触れて少しくすぐったい。

サトコ
「それならLIDEでも良かったのにこんな時間に戻ったら、家に帰るのが遅くなっちゃいます」

後藤
思いつかなかった

サトコ
「え?」

後藤
アンタが14日、どうするんだろうって。それしか考えられなくて
気付いたら、ここに来てた

サトコ
「誠二さん···」

(そこまで、私のことで···)

頭をいっぱいにしてくれたのだと思うと胸が熱くなる。

後藤
驚かせたか?

サトコ
「驚いたというより、怒らせちゃったかなと···」

後藤
怒る?ああ、津軽さんにか

サトコ
「いえ、私に···あの場ですぐに断れなかったので」

後藤
アンタは悪くない

顔を上げた誠二さんに、もう一度見つめられる。
さっきと同じ強い瞳だけれど、そこには誠二さんらしい温かさがあった。

(私が好きな誠二さんだ)

後藤
津軽さんは食わせ者だからな。アンタも大変だろう

サトコ
「はは、だんだん慣れてきましたけど」

後藤
怖がらせる気はなかったんだ。怒ってるのかと思わせたなら謝る

サトコ
「怒ってたんじゃなくて、妬いてくれたんですよね?」

後藤

嬉しさもあって直球で聞いてみると、彼はわずかにその目を見張る。

後藤
他の男とのデートなんて聞いたら妬くに決まってる
14日は俺と過ごしてくれるか?

サトコ
「私もそう言おうと思っていたところです」

後藤
決まりだな

微笑んだ誠二さんの手が頬に触れ、距離が縮まりかけ···

後藤
14日までお預けか

サトコ
「誰もいないとはいえ、課内ですからね」

後藤
頬にするくらいだったら···

一瞬迷う顔を見せた誠二さんだったが、やはり···と首を振った。

後藤
アンタも、もう帰れ。送ってく

サトコ
「それが、チョコの仕分けがまだで···」

後藤
自分の分は自分で持って帰るようにすればいい
どうしても、アンタがしなきゃいけないなら···そのときは俺も一緒に残る

(優しい···この優しさに報いるためにも、津軽さんにはハッキリ断ろう!)

そして翌日の朝ーー。

(百瀬さんがいない、この隙に!)

サトコ
「14日の件ですが、お断りします!」

津軽
あっそ

サトコ
「え、それだけ···ですか?たっぷりの事務仕事を押し付けられるとか」
「激マズお菓子を口に詰め込まれるとかは···」

津軽
そんなことをしたらパワハラでしょ

サトコ
「ごもっともです···」

(津軽さんの口から、そんなまともな発言が出てくるなんて驚いた···)

意外な反応に毒気を抜かれていると、その端正な顔が目の前にあった。

津軽
俺のお誘い断るなんてキミくらいのものだよ

(え···?)

頬に触れたのは冷たい唇の感触。

サトコ
「つ、冷たっ!津軽さん、死んでるんですか!?」

津軽
失礼な子だね。心が温かい人は唇が冷たいんだよ

サトコ
「それって手の話じゃ···?」

(こんなに唇が冷たい人っているんだ···)
(いや、それよりも!)

頬にキスされた事実がやっと追いついてきた。

(昨日、誠二さんだって我慢したのに!)

サトコ
「パワハラは気を遣うのに、セクハラはOKって、どういう···」

津軽
ボーナスの間違いでしょ?今のは、二人だけの秘密ね
皆に妬かれるとウサちゃんが可哀想だから

(皆に妬かれるって···男だらけの、この職場で···?)

どこから突っ込めばいいのか、分からずにいると。

後藤
おはようございます

(誠二さん!?)

津軽
誠二くん、おはよ

サトコ
「お、おは、おはようございます」

後藤
氷川、どうかしたか?

ぎこちなさを隠せなかった朝の挨拶に誠二さんが怪訝な顔を見せた。

サトコ
「いえ!どうもこうもありません!」

津軽
ウサちゃんは今日も元気なだけだよね

(誰のせいで、こんなことに···!)

津軽さんを睨みたい気持ちはあるけれど、それをすれば余計に面倒なことになるのは間違いなく。
私は誠二さんの視線を避けるように、席に着いた。

2月13日、バレンタインデー前日。

(結局、特別なアイディアは出ないまま前日になってしまった···)

考えたことと言えば、一応義理で配るチョコは売っているものを。
誠二さんには一柳さんから教えてもらったレシピに、
自分なりの工夫を加えて手作りしてみることにした。

(一柳さんのレシピがベースなだけあって、失敗はなくできそうだけど···)

チョコを型に流しながら思い出すのはーー

津軽
二人だけの秘密ね

(いやいや!誠二さんへのチョコを作ってるのに、津軽さんの顔が出てきてどうするの!)
(頬へのキスくらい、きっと大したことないって···外国では挨拶みたいなものだし···!)
(だけど、やっぱり···)

サトコ
「いっそのこと電話かLIDEで···でも、わざわざ言うほどのことでもない···?」

(あああ、もう、本当に···恨みますよ、津軽さん!)

消え切らない後ろめたさを抱えたまま作ったチョコは、
予定よりも少し苦めの出来になったのだった。

迎えたバレンタインデー当日。

(必死にチョコの仕分けした甲斐あって、約束の時間に間に合った!)

就業後、待ち合わせたのはいつも使う駅の隣の駅前。

後藤
······

サトコ
「誠二さ···っ」

待ち合わせ場所に既に来ている彼に声をを掛けようとすると。

女性A
「あの、もしよかったらなんですけど~」

後藤
···なにか

誠二さんが女子大生らしき女の子のグループに囲まれる。

(何事!?)

きゃっきゃと黄色い声が聞こえてきて、どうやら逆ナンされているらしい。

(普段公安課で男の人にモテてるところばかり見るけど)
(そういえば誠二さん、女の人にもすごくモテるんだった···!)

ハッと今さらすぎる事実を目の当たりにしながら、駆け寄るべきか迷う。
その間にもーー

後藤
約束してる相手がいる

誠二さんは少しの隙も見せずにキッパリと断ってくれた。
女性大生相手に少しも頬が緩まなかった誠二さんに見惚れていると、今度は···

男性A
「ああ゛!?俺のこと馬鹿にしてんのか!?」

男性B
「そ、そういうわけでは···ただ、そちらのおばあちゃんが先にバスの列に並んでいたから···」

後藤
······

男性二人のいざこざが始まり、誠二さんはその仲裁に向かってしまった。

後藤
俺も見てたが、お前が割り込んだのは間違いない

男性A
「あんだと!?」

後藤
納得いく説明ができるなら、聞いてやる

男性A
「!」

腕を組んだ誠二さんに見下ろされただけで、男がビクッと震えるのが分かった。

(そりゃそうなるよね···相手、公安刑事なんだから···)

急に大人しくなった男が去っていくと、誠二さんは助けた男性とおばあちゃんに手を握られた。

男性B
「ありがとうございました···!」

おばあちゃん
「ありがとうねぇ。これ、お礼のかりんとう饅頭だよ」

男性B
「僕からも、何かお礼を!」

後藤
いえ、気になさらずに

(誠二さん、老若男女にモテすぎ!)

サトコ
「お待たせしました!」

恋人を奪還すべく、私は全力で走った。

合流後、誠二さんが私を連れて向かった先はーー

サトコ
「わ、素敵···!」

駅前の繁華街から少し離れた場所にある隠れ家的レストラン。
バレンタインの夜だけあって店内はカップルで満席だった。

後藤
気に入ってくれたか?

サトコ
「はい!でも、こんな雑誌にも載ってないようなお店···見つけるの大変だったんじゃないですか?」

後藤
捜査の途中で、たまたま通りがかったんだ
予約は1週間前から店頭で···という形だったから、店に来れば予約できた

サトコ
「今日のために、わざわざここまで···1週間前って言うと···」

(ん?確か···公安課にダンボールが届いて、私がチョコ保管奉行に選ばれて)
(その日の夜中···)

サトコ
「夜、誠二さんが公安課に来た日···」
「もしかして、ここの予約をした帰り···だったんですか?」

後藤
ああ

少し決まりが悪そうに誠二さんが頭を掻いた。

後藤
予約しに行こうと思っていた日に、津軽さんがあんなことを言い出すから
どうしても、あの日のうちに話しておきたくなって···
余裕がないな。本当に、俺は

目を伏せる誠二さんに、私は大きく首を振る。

サトコ
「余裕がないのは私のほうです!公安課にも誠二さん宛てのチョコ、凄くいっぱい届いてるし」
「老若男女、ノラ猫にもモテる誠二さんだから···」

後藤
課に届くチョコは義理だろ。それに老若男女にノラ猫っていうのは···?

(自分のモテ加減を全然わかっていない···そこがまた誠二さんらしいけど)

サトコ
「その、まあ···いえ、いいんです。誠二さんの格好良さは私が一番知ってますから!」

後藤
そう···なのか?

話を区切ったところでちょうど料理が運ばれてきて、いったん私たちは食事に集中した。

サトコ
「オシャレなだけじゃなくて、料理まで美味しいなんて最高です···」

後藤
口に合ったなら良かった

嬉しそうに笑ってくれる誠二さんに、チクリと痛むのは例の秘密への罪悪感。

(誠二さんは、こんなにも私のことを考えてくれてる)
(そんな誠二さんに隠し事なんて···ダメだ、絶対!)

サトコ
「私、言わなきゃいけないことがあるんです!」

後藤
どうした?急に

サトコ
「津軽さんに14日の件を断った時に···」

面食らう誠二さんに、頬にキスされたことを報告する。

サトコ
「すみません···言った方がいいかなって、ずっと思ってたんですけど···」

後藤
知ってた

サトコ
「やっぱり知っ···え?」

(知ってたの!?)

サトコ
「···津軽さんが言ったんですか?」

(『二人の秘密』とか言っておきながら···あの人なら充分あり得る!)

後藤
あの朝のアンタの様子がおかしかったから、俺から津軽さんに聞いた
まあ、俺の顔を見ては、やけにいい笑顔を向けられるのが気になったというのもあるが···

サトコ
「···いかにも津軽さんらしいです。ほんとは言いたくて仕方なかったんですね···」

後藤
あの人のことだからな···

津軽さんのあの無駄に整った顔を同時に思い浮かべたのか、私たちは揃って頭を振っていた。

サトコ
「でも、やっぱりごめんなさい。もっと早く私の口から言うべきでした」

後藤
気にしなくていい。言えなかったのは···
それだけアンタが、俺のことを想ってくれているからだろう?

テーブルに置いていた手に誠二さんの手が重ねられた。
その手がいつもより熱く感じられるのは、私の手が冷たいからか。
それともーー

後藤
それに、そんな記憶は俺が上書きする
津軽さんからのキスなんて、今夜完全に忘れさせる

サトコ
「!」

ギュッと握られた手は、かなり強い力で。
そのあとの記憶は急に曖昧になってーー

後藤
サトコ···

サトコ
「ん、誠二さ···っ」

玄関に入るなり、唇を塞がれた。
靴を脱いでいる間も、コートを肩から落としている間も。

キスが止むことはなく、もつれるように寝室まで来てしまった。

後藤
···寒いか?

サトコ
「わからないです···」

後藤
俺もだ

外から返ってきたばかりの肌は当然冷たいはずだけれど。

(こんなキスを続けられたら···)

唇はすでに熱を持っている。
それが冷えた肌に押し当てられれば···

サトコ
「···っ」

後藤
···感じやすいな

サトコ
「そ、そういうこと言わないでくださいっ」

後藤
どうして?その方が俺は嬉しい

頬にキスが落とされ、唇は首筋へと滑っていく。
シャツのボタンは寝室に辿り着く前に、すでに外れている。

後藤
寒くなったら言ってくれ

ベッドがふくらはぎに当たったと思った時には、視界に天井が広がっていた。
軽く背中が跳ねると、彼の腕が後ろに滑り込んでくる。

サトコ
「誠二さんの頬···冷たいです···」

後藤
アンタが熱くしてくれるんだろ?

サトコ
「っ···」

キスが隙間なく頬を埋め、ひとつひとつの口づけが火を灯す。

(キスにこだわるのは、津軽さんの件があるからで···)

サトコ
「誠二さんって···結構負けず嫌いなんですよね」

後藤
負けず嫌い?

その髪に指を絡めながら言うと、意外そうな声が返ってきた。

サトコ
「だって、これは津軽さんが···」

後藤
ストップ

身体を起こした誠二さんが私の口に手を当てた。

後藤
俺も今、気付いたんだが

サトコ
「?」

後藤
俺は負けず嫌いなんじゃなくて···
かなり嫉妬深いらしい

サトコ
「え···」

日頃クールな誠二さんと、嫉妬という言葉は結びつかず、間抜けな返事をしてしまった。

後藤
ベッドの上で、他の男の名を呼ぶな

サトコ
「!」

いつもより強い口調で言われれば、それだけで鼓動が跳ねあがるようで。

(あ、チョコレート···)

今日のメインを思い出したけれど。

サトコ
「あの、チョ···」

後藤
待てない

サトコ
「いえ···」

制止の言葉だと思われたようで、先にキスで遮られる。

後藤
俺を呼んでくれ

他の言葉はいらないと、言外に匂わされる。

サトコ
「誠二さっ···」

応じるように呼べば、その肌が熱を帯びて。

後藤
サトコ···

掠れた声で呼び返され、もう一度口を開くと今度は声ごと口づけに飲み込まれた。

(本当に誠二さんのことしか考えられなくなる···)

後藤
···っ

サトコ
「ぁ···」

剥き出しの愛に抱かれる。
私にできるのは、ただ彼の名を呼び続けることだけだった。

翌日。
改めてチョコを渡す機会を窺っているとーー

公安員A
「これ、公安課の一同からです!」

後藤
何だ、これは···

どんっと誠二さんの机の横に置かれた大きなダンボール箱。

東雲
うわ、凄い数のチョコ。男から、こんなにチョコ貰う人初めて見た

黒澤
ちょっと待ったー!後藤さんへの愛が一番大きいのは、オレのチョコです!

加賀
クソデカイ邪魔なもんを持ち込むんじゃねぇ

颯馬
あんなに大きなハート型のチョコ、存在するんですね

石神
さすが、公安課のエースだな

後藤
······

(ちょっと、誠二さん愛されすぎじゃない!?)

津軽さんが『皆に妬かれるとウサちゃんが可哀想だから』なんて言ったけれど。

(誠二さんとの関係がバレたら···別の意味で、ここに居られない···?)

まだ渡せていないチョコが、その存在を主張するようにボロンとカバンから零れた。

Happy End

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