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だから僕はうまく恋ができない 東雲

東雲
残業、お疲れ様

サトコ
「お、お疲れ様です···」

(急にこの距離の近さは心臓に悪いー!)

前髪が落とす僅かな陰の下から覗く視線に、ぐっと言葉が詰まる。
歩さんの瞳の中に自分の姿が映っているのまで、ばっちりと見えてしまった。

(頭がくらっとしてきた···まさか毒キノ···)
(じゃなくて、どうしてこんな状況に!?)

サトコ
「えっと、何か忘れ物、ですか?」

東雲
······

(む、無言!?)
(じーっと見つめられるのも嬉しいですけど-!)
(いや、でもやっぱりもしかして···)
(さっきの津軽さんとの会話を怒ってる、とか···)

サトコ
「あの、さっきのはですね!」

東雲
ここ誤字

サトコ
「え?」

歩さんにトントン、とデスクに広げていた資料の書き込みを指摘される。

サトコ
「あ、気付きませんでした···ありがとうございます」

早速書き直し始めると、それをまた隣からじっと覗き込まれる。

東雲
書き順、間違ってない?

サトコ
「え、どうでしたっけ?」

東雲
それくらい自分で調べなよ

サトコ
「ハイ···」

(突き放すようなことは言いつつも、何か言いたげというか···)
(···ここはやっぱり、私から切り出そう!)

書き順を調べようとしたスマホを置き、勢い良く歩さんに頭を下げる。

サトコ
「すみませんでした!」

東雲
何が?

サトコ
「14日のこと、すぐに津軽さんにあの場で断れなくて、すみません···!」

東雲
あぁ···そのこと

(···あれ?思ってたのと反応が違う?)

東雲
いいよ、オレも用事あるし

サトコ
「えっ」

東雲
だから気にしないで

サトコ
「ええっ!?」

(用事って、それはお仕事ですか!?)
(そそそそれとも、プライベート···!?)

そんなことを考えている間に、歩さんは帰り支度を整えてしまう。

東雲
じゃあ、残業頑張ってね

<選択してください>

ありがとうございます

サトコ
「ありがとうございます···」

(用事が何か、なんて聞いても簡単には教えてくれなさそう···)
(むしろ、『教える必要ない』なんて言われたらショックだし···)

東雲
何?

サトコ
「な、なんでもないです!」

用事って?

サトコ
「用事って···」

東雲
え?

サトコ
「い、いえ、やっぱり何でもないです!」

(捜査の話だったりしたら歩さんも答え辛いよね!うん!)
(そういうことにしておこう!)

もう帰るんですか?

サトコ
「もう帰るんですか?」

東雲
オレは誰かさんと違って、仕事も残ってないから

サトコ
「うぅ···」

(一瞬でも一緒に帰れるかもと、とか考えた自分が愚かだった···)

サトコ
「残業、頑張ります!」

東雲
ん、お疲れ様

歩さんはそのまま出て行き、悶々と1人になった室内で考え込む。
その時、スマホにメッセージの着信が入った。

サトコ
「津軽さんから?」

『14日、予定入っちゃった』
『サトコちゃんと一緒に過ごしたかったのに残念』
『でも、寂しくないように仕事は用意しておいたからよろしく☆』

(そこはちゃんと上司なの何ーー!?)
(あ、いやでも待って、仕事はともかく···)
(これって、津軽さんに拘束されなくなったってこと!?)

そのまま歩さんへと14日がフリーになったことをLIDEで連絡した。
しかし、既読だけついて特に返信が来る様子はない。

(······)
(うん、いつも通り!)

先程までの真意の掴めない行動よりは、
その素っ気ない態度に、よほど安心してしまうのだった。

キッチンにはチョコレートの甘い匂いが充満していた。
ボールの中で溶けていくチョコを見ながら、ふと津軽さんのメッセージが頭を過る。

(でも、急に予定が変わるって、何か動きでもあったのかな?)

ここ最近、津軽班のミーティング中に出た話を1つ1つ思い出していく。
どれも思い当たるようで、大して絞り込めない。

(まだ私まで下ろすほどの話じゃないってこと?)
(それとも、実はただプライベートの用事が入ったとか···)

サトコ
「う~ん···」
「まぁ、とにかく14日が空いたのはラッキーってことだよね!」
「あとはタイミング見計らって、このチョコを···」

(いっぱい貰うのは分かってるけど、1番歩さんのことを考えてるのは私······のハズ!)
(そうそう、歩さんに食べてもらうチョコ···チョコ~···)

サトコ
「はっ!」

気付けば目の前にキノコ傘型のチョコ菓子が大量生産されていた。

(いけない!つい考えすぎて!)

これを出したら、どんな目に合うか分からない。
しかし何度作り直しても、チョコはキノコの形を全く崩さないのだった···

(結局、ほぼ徹夜してしまった···)

キノコチョコ地獄からの脱出はなかなかの困難を極めた。

(でも、まだ日付はあるし、今日チャレンジすればきっと大丈夫!うん!)

ふと歩さんに視線を向ければ、やはりキノコに見えてくる。
そんな幻覚を振り払うように頭を振れば、津軽さんが彼に歩み寄って行った。

津軽
歩くん、ギロッポンの件、よろしくちゃ~ん

(ギロッポンって、2人で六本木に?)

東雲
分かりました

黒澤
いや~楽しみですね★
お店もバレンタイン限定仕様になっている、とっておきの場所を探しました!

津軽
女の子たちは喜びそう?

黒澤
う~ん、逆に喜ぶんじゃないですか?

津軽
逆に?

東雲
透、たまに外すからコワ···

黒澤
だーいじょぶですって!信じてください、この黒澤透を!この澄んだ目に賭けて!

東雲
濁ってる

(会話は大分おちゃらけてるけど、この雰囲気って)
(まさか···)

津軽
抜け駆けはなしだからね

東雲
そう言ってる本人が1番抜け駆けしそうですけど

黒澤
男女のア・レ・コ・レは集団戦勝負ですよ!

(やっぱり合コンの話!?)
(しかも、バレンタインデー限定ってことは14日の予定って···)

歩さんにも、津軽さんにも用事があると言われたその日。
それが今話している合コンの話だとしたら辻褄があってしまう。

(今までにない仕打ち···!)
(仕事ならまだしも、まさかバレンタインというイベント当日にそんな···)

1人打ちひしがれながら、先日の津軽さんとの会話を思い出す。
その時、こちらを睨んでいた彼の視線と共に。

(あの場で断れなかったばっかりにー!)

あの時きちんと断っていたら、今とは違う状況になっていたのかもしれない。
そう思うと猛烈に頭を抱えそうだった。

津軽
どこもかしこもバレンタインムードだよね

黒澤
正月がひと段落着くとすぐ世の中がピンク色~って感じですよね
何もかもがロマンチックに見えます···★

東雲
あそこでチョコレートの叩き売りしてる

黒澤
見えません!見えなければそんなものは存在していません!

津軽
哲学だなぁ

(き、気になり過ぎてついてきちゃった···!)

鞄に忍ばせたチョコを庁内で渡すことができないまま、とっぷりと日は暮れてしまった。
結局今は、合コン会場へと向かうらしい歩さんを尾行している。

(合コンもちょっと···いやだいぶ気になるけど!)
(それ以上にやっぱりチョコを渡さないと今日は終われないというか···)
(今年こそは手作りチョコを渡すって決めてたし!)
(この3人を尾行するからには、気合を入れなければ···)

すると、ギラギラとネオン煌めくお店へと入って行く。
お店の看板には『キャバレーピーチっ子』と書かれていた。

(な、なんでキャバレー···!?)

タイミングをずらして店内に入ると、光の交差するスタイリッシュな空間。
不審に思われないよう、さりげなく視線を彷徨わせてながら歩さんたちを探した。

(なんか···あんまりイメージじゃないような···)
(津軽さんくらいの人たちだと実はこういうところで···!?)
(むしろ、それがよりプライベートっぽいというか···)
(···あ、いた!)

店内の一角で、女性たちを向き合いながらお酒を酌み交わしている。

(ま、まごうことなき合コンだー!!)
(ううん、いつもみたいに仕事かもしれないし···)

女性1
「肌キレ~イ!ねえねえ、触っていい?」

東雲
もちろん

女性1
「キャーッ!すっごいすべすべ~!」

女の人の白い指が歩さんの頬に触れている。
盛り上がっているその様子を見ると、何だか虚しく思えてきた。

(······仕事だとしても、そうじゃなかったとしても)
(すっごく楽しそうだし、今日はやっぱりチョコ渡せないかも)

適当に頼んでいたお酒に一口だけ口をつけるも、味はほとんど感じなかった。
グラスを空けて席を立ち、店の出口へと向かった。

(気付かれないうちに、さっさと帰ろ···)

出口へと向かう足取りは覚束なかった。

(私が勝手に後をつけたのに···)
(いっそ知らないまま今日を過ごした方が、まだよかった···?)

入り口のガラス戸に手を置いた瞬間、後ろから人影が自分を覆う。

???
「落ち込みすぎ」

サトコ
「え?」

聞き覚えのありすぎる声にそっと後ろへと視線を向ける。
その先にあった、こちらを見つめる彼の視線に息が詰まった。

サトコ
「歩さん···」
「え、嘘···幻?」

東雲
違う

じっと見つめる彼の顔は呆れたように私を見下ろしている。
その表情がまさに彼らしくて、逆に現実味が強かった。

サトコ
「いやだって···さっきまで向こうで···」

東雲
こっち来て

サトコ
「わっ!」

言葉が終わるより先に腕を引かれ、柱の陰へと引き込まれる。

サトコ
「······」

東雲
······

そこは視線も遮られ、津軽さんたちの姿も見えない。
隠れるように身を寄せながら、その近さにユーカリの香りが鼻を掠めた。

サトコ
「···戻らなくていいんですか?」

東雲
······
言っておくけど

サトコ
「はい?」

東雲
これ、捜査だから

サトコ
「は、はい···?」

東雲
津軽班の人員が足りないって話が来て
こういう場なら、女のキミは論外だし
百瀬さんは別案件で手一杯だから
たまたま目をつけられたオレや透が駆り出されただけ

サトコ
「えっと···」

途端の早口に面食らう。

(······もしかして)

サトコ
「今、ちょっと焦ってるんですか···?」

東雲
は!?

サトコ
「そうですよね!?焦ってますよね!?」
「私がほんとの合コンだと勘違いするかもって心配してくれたんですか!?」

東雲
うるさい!

(歩さん···)

東雲
そもそも合コンって名目でもない
男女の人数が同じだけだから

サトコ
「うんうん」

東雲
······
ウザ

サトコ
「いひゃひゃ···」

きゅっとほっぺを抓られる。
けど、歩さんが懸命に早口で説明してくれるのがなんだか嬉しくて、
傷みなんてほとんど感じなかった。

東雲
まぁ、この日にこの会をセッティングしたのは、オレの都合だけど

サトコ
「ひょうなんれふか?」

(急に津軽さんから入った断りの連絡···)
(それってもしかして、歩さんがこうして仕組んだからってこと?)

サトコ
「れも、よはったれふ」
「わざわざぬけへひれくれへ、あいがほうございまふ」

東雲
······

すると、歩さんは抓んでいた手を離す。

サトコ
「へへ···戻らなくて大丈夫ですか?」
「津軽さんが探しに···」
「っ!」

先程まで意地悪していた私の頬に、歩さんの手が添えられる。
まるで大事なものに触れるように、親指が熱い頬の表面をゆっくりと撫でた。

(···ま、まるでキッスする前、みたいな···)

東雲
···意地悪しすぎた
ごめん

サトコ
「え?」

東雲
捜査とはいえ、キミに秘密にしていたのは悪かったと思ってる

(歩さんがこんな素直に···!?まさか毒キノコでも食べたんじゃ···)

東雲
今何か失礼なこと考えたでしょ

サトコ
「そんな!滅相もない!」

東雲
でも、キミも悪い
オレのこと好きっていう割にはわかってないし

その言葉にまた、ぐうの音も出ない。
すると、そんな私の手が歩さんの手によって絡め取られる。

東雲
行くよ

サトコ
「行くって、どこにですか?」

東雲
ついてくれば分かる

サトコ
「ここって···」

歩さんに連れて来られた先は、ラグジュアリーホテルだった。
清潔感のある室内と、ところどころ散りばめられた高級感のある装飾に目を見張る。

東雲
シャワー浴びてきたら

(高級ホテル!)
(お風呂!!)
(シャワーを勧められる!!!)
(つつつつつつまりそれって···!!)

忙しない鼓動の音に思考を掻き混ぜられ、気付けばシャワーを浴びていた。
ほとんど記憶のないまま身体を洗って出ると、入れ違うように歩さんがバスルームへと入って行く。

東雲
······

一瞬、視線が交わるも、特に言葉もなくすれ違う。
そして所在なさげにベッドへと腰掛けると、やがてシャワーの音が静かに聞こえてきた。

(な、なんか緊張してきた···)
(こういう時、どう待っていればいいの···?)

スマホを触ったり、部屋の中を見回してみたりするも、とにかく落ち着かない。
しかし、そんなことをしているうちにシャワーの音も止んでしまった。
浴槽の扉が開くと同時に、つい反射的にベッドから立ち上がる。

東雲
えっ、なんで立ってんの

サトコ
「歩さんが戻ってくるまで座るわけには!」

東雲
ふーん
座ってた跡がベッドについてるけど

サトコ
「うっ!こ、このベッドがすごくふかふかで気持ちよくてつい···」
「さすが歩さんが選んだホテル···」

ベッドに手を滑らせていると、ふいにシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。
次の瞬間には後ろから腕を回され、優しく抱きしめられていた。

サトコ
「!」

バクバクとなり始める心臓に、声が出ない。

(その心臓の音、どうか聞こえませんように···!)

東雲
···キミだけじゃないから
今日のコト期待してたのって

サトコ
「あ···」

そのまま歩さんと共にベッドへと倒れ込む。
背中から感じる熱に、ただぎゅっと手を握り締めていた。

(期待って、それって···)

東雲
あー···いーね。そこ

サトコ
「······」

なぜか気付けば、歩さんの背中をマッサージしていた。

(あれ??)
(どうしてこんなことに···??)

ぐっぐ、と背中を押していけば、歩さんは気持ち良さそうに声を出す。

東雲
んー···もうちょい右。もう少し優しく···あー、それそれ

サトコ
「······」

(いっそのこと懐かしい展開···)
(さっき感じた甘い雰囲気は一体!?)
(カムバックさっきの歩さーーん!!)

期待した自分にガックリと肩を落としながら、マッサージを続けていく。

(まぁ、一緒に過ごせてるだけでも)
(でもこうやって触れていると、細いけどやっぱり筋肉の付き方が男の人っていうか···)

サトコ
「この辺りとか凝ってます?」

東雲
······

サトコ
「あれ?歩さーん?」

東雲
······

サトコ
「おーい」
「···」
「もしかして、私のゴッドハンドが歩さんを眠らせて···」

東雲
ずうずうし···

サトコ
「あ、起きてたんですか?」
「気持ちよくて寝ちゃったのかと思いました」

東雲
······
油断しない方がいいんじゃない

(えっ)

急に身体を起こした彼に唇を奪われる。
突然のことに目を丸くしていると、ふっと髪を一房掬われた。

東雲
本当に、マッサージだけで終わると思った?

サトコ
「え?」

東雲
言ったでしょ
期待してるのはキミだけじゃない···って

サトコ
「!」

彼の手の中にあった髪の毛が、ゆっくり頬を撫でていく。

東雲
オレのことわかってないのはそういうところ
···終わらせるつもりないから、今夜

再び口づけられ、気付けば身体の力も抜けていく。
そのまま包み込まれるように、背中からベッドへと倒れ込んでいった。

サトコ
「んん···」

思考は熱でぼやけてくる。

サトコ
「歩さん···」

東雲
···うん
わかってる···

そしてまた口づけを交わそうとしたその時、時計の文字盤が目に入った。

(もうすぐ日付が変わる···)

サトコ
「あっ」

東雲
急に何?

サトコ
「チョコが鞄の中にあるんです」

ずっと渡したかったチョコレートの所在を思い出す。
すると、歩さんはなぜか怪訝そうな顔を浮かべた。

東雲
チョコレートプレイはちょっと···

サトコ
「ちっ」
「違いますからーーー!!」

必死で否定する私に彼はまた、そっと口づけを落とす。
普段ビターな彼の態度も、そればかりはどこまでも甘く感じられたのだった。

Happy End

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