カテゴリー

本編① 津軽10話

五ノ井博士が所属する研究所に忍び込んだ日の翌日。
私は莉子さんのいる科捜研を訪れていた。

サトコ
「デザイナーズベイビー?」

木下莉子
「···に近い技術かしら」

私が持ち帰ったUSBデータと廊下に座っている美少女を見て、莉子さんはそう言った。

サトコ
「というのは、つまり···遺伝子操作されてるってことですか?」

木下莉子
「今確認できるデータから推測だけど、ここに書いてあることが全て事実なら」
「これは完全にヒトが人工的に造ったヒトね」

サトコ
「あの子も···?」

部屋の外にいる金髪の美少女をチラリと見る。

木下莉子
「あの子にそっくりな子の成長データが入ってた」
「まあ、こういうケースではコピーみたいに同じ遺伝子構造の子が造られることもあるから」
「一概には言えないけどね」

サトコ
「そんなSFみたいなことが本当にあるんですか?」
「というより···あっていいんですか?法的にも倫理的にも」

研究所の地下で見た光景が目に焼き付いている。
ホルマリン漬けにされた、並んだ胎児。

(あんな映画みたいな光景が現実で···あそこで人間を造ってる···?)
(それであの子は人為的に造られた子?)

頭がついてこず、言葉が出てこない。

木下莉子
「当然、法的にも倫理的にも許されない」

莉子さんの様子はいつもと変わらなかった。

(こういう事態がそうそうあるわけない。なのに動揺はない···さすが)

その涼しくも理知的な声には厳しさだけが宿っている。

サトコ
「許されませんよね」

木下莉子
「だから、捜査しないと。あの子は捜査のために、こちらで保護する」

サトコ
「実は···あの子に会ったのは初めてじゃないんです」

木下莉子
「前に、どこで?」

サトコ
「デパートの玩具売り場で。迷子かと思ったら、母親らしき女性が連れて行きました」
「あの人は母親なんでしょうか?」

木下莉子
「遺伝学上の母親である可能性はあるけど、そういった場合は研究所の人間が高いわね」
「どちらにしろ、あなたが持ってきた大事な証拠を手離すわけにはいかない」

サトコ
「証拠···」

“ 証人 ” ではなく “ 証拠 ” という言い方が引っかかった。

百瀬
「運が良かったな」

サトコ
「それは、本当に···」

(任務の帰りの子どもを連れて来ちゃうなんて、本当なら言語道断の懲戒もの···)

それが手に入れたデータと “証拠” で首の皮一枚でつながりそうだ。

木下莉子
「運も実力のうちよ。モモっち」

百瀬
「運はいつか尽きます」

津軽
まあ、やらかしはやらかしだけど
ウサちゃんが貴重なデータと証拠を持ってきたのはホントだしね

ドアの近くで腕組みしていた津軽さんが私を見て微笑む。

(あれ、津軽さんの笑顔···)

大嫌いで見たくもなかった笑顔なのに、今はーー

(顔、見れるくらいには嫌じゃない···かも···?)

チラッと見ては落ち着かず、それでも気になり何度も視線を送ってしまう。

津軽
俺たちが手に入れたかった大きな一歩だ。よくやった

サトコ
「!」

(ほ、褒められた!?からかわれてない?)

目を丸くして息を飲んでいると、津軽さんが私の口に何かを放り込んだ。

サトコ
「!?」

(何、このニガ辛いの!)

サトコ
「むぐぐぐっ!」

百瀬
「津軽さん、呼び出しきました」

津軽
ああ。じゃ、またね

サトコ
「~っ!」

(私の口に何を入れたんですか!)

それを聞くことは叶わず、津軽さんは百瀬さんを連れて部屋を出て行った。

木下莉子
「高臣くん、相変わらずね。お水飲む?」

ペットボトルの水を受け取り、口の中にある謎の物体を流し込んだ。

サトコ
「はあ、はぁ···」

(マズかった···でも···)

サトコ
「莉子さん、褒められました!津軽さんに褒めてもらえました!」

木下莉子
「可愛いわねぇ。私もサトコちゃんみたいな新人、欲しくなっちゃう」

(今回の手柄は棚ぼた的なものだった)
(次は自分の力で成果を上げられるように頑張ろう!)

その日の夜、私にはまったく事前連絡のない状態で『津軽班新人歓迎会』が開かれた。

(といっても、新人は私だけなんだけど···)
(知らない人もたくさんいるし、まだ全然馴染めてないし···隅っこで大人しくしてよう)

ウーロン茶を手に端の方に行こうとすると。

津軽
おいで、主役

サトコ
「え···」

宴会のど真ん中にいる津軽さんが自分の隣の席をぽんぽんとしてくる。

(反対側に座ってる百瀬さんが、ものすっごく睨んでるんですが···)

<選択してください>

津軽の隣に行く

(でも百瀬さんと津軽さんだったら、津軽さんの言う事を優先すべき···)

勇気を出して津軽さんの横に移動する。

百瀬
「ちっ」

津軽
モモ

百瀬
「······」

津軽さんに名前を呼ばれると、百瀬さんはやっと視線を外してくれた。

(百瀬さん、津軽さんの言う事は本当によく聞くんだな)

津軽
ご褒美に好きなものをお食べ

サトコ
「ありがとうございます!」

遠慮する

(今、津軽さんの横に行くのは虎穴に飛び込むようなもの···)

サトコ
「いえ、私はここで」

津軽
ご褒美に、好きなもの好きなだけ頼んでいいよ

サトコ
「ほんとですか?じゃあ···」

『ご褒美』の一言に釣られて、いそいそと津軽さんの隣に行ってしまう。

全体の席替えを提案する

サトコ
「そうだ、全体の席替えをするのは、どうですか?」

百瀬
「必要ねぇ」

(もしかして、津軽さんの隣を譲りたくないとか?)

サトコ
「ええと、じゃあ···」

津軽
ほら、早く。ご褒美に好きなもの頼んでいいよ

サトコ
「は、はい」

津軽さんに急かされて、百瀬さんの様子にビクつきながら反対側に座る。

津軽
じゃ、乾杯しよっか

全員
「乾杯!」

皆さんと同じタイミングでグラスを掲げると、津軽班の一員になれたような気がして。

(きちんと結果を残せば、津軽班にも馴染んでいけるのかも!)

配属されて初めて希望の光が見えてきた。

津軽
ウサちゃん、ウーロン茶じゃなくて、こっちにしなよ

サトコ
「これ···カクテルですか?」

津軽
ウサちゃん用に作った “月の兎スペシャル” 

サトコ
「キレイな黄色ですね」

百瀬
「···」

百瀬さんの視線を受けながらも、 “月の兎スペシャル” を飲んでみると。

サトコ
「ん···甘くて、美味しい」

津軽
他のもあるよ

津軽さんに褒められたこと、認めてもらえる可能性があること、
津軽班の一員になれるかもしれないこと。

(私にも運が向いてきたのかも!)

浮かれた気持ちもあり、周りに勧められるままグラスを重ねてしまいーー

サトコ
「うぅ···っ」

(気持ち悪っ···)

津軽
ちゃんぽんしすぎだよ

(この声、津軽さん?)

頭も痛くて聞こえる声が遠い。
けれど、ずっと私の背中をさすってくれる重く温もりのない手だけは感じていた。

サトコ
「ん···」

(頭いた···)

寝返りをうつと違和感を覚える。

(何か···シーツの感じが、いつもと違う···?)

薄く目を開けると、見知らぬベッド。
見知らぬ天井。

サトコ
「え···」

(ここ、どこ!?)

津軽
あ、起きた?

サトコ
「!?」

ベッドに沈む私の耳を貫いたのは、津軽さんのーー私の上司の声だった。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする