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本編① 津軽15話

捜査会議があった日の夜。
私はまた津軽さんとノアと一緒に銭湯から帰っていた。

ノア
「おねえちゃんは辛いものは好きじゃないんだってば」

津軽
明太胡麻チョコレートは好き

ノア
「おじさんがムリに食べさせてるだけでしょ」

津軽
お兄さん
ウサちゃんのパンツの柄も知らないくせに

ノア
「おじさん、知ってるの?」

サトコ
「知らないよ!」

津軽
ベージュの地味パン

サトコ
「どうして、それを!?」

津軽
俺のベッドを占領したのは、誰だっけ?

サトコ
「あの時、パンツ見たんですか!?」

津軽
パンツ見せるなんてセクハラだよね

ノア
「おねえちゃん、かわいいパンツ持ってないの?今度、一緒に買いに行こうか?」

(パンツのことで、ノアに哀れまれてる?)

津軽
パンツなら俺が選んであげるよ

ノア
「選ぶのは、わたし!わたしの方がかわいいの選べる!」

津軽
お子サマパンツには用はないよ

ノア
「おじさんのパンツだって···」

津軽
そこまで

ノア
「むぐっ」

津軽さんがノアの口を手で覆った。

(津軽さんのパンツ··いや、考えない!)

サトコ
「パンツは自分で選びます!」

ジュースを買ういつもの自販機が見えてきたとき。

ノア
「ねえ···なんか、タイコの音が聞こえるよ」

サトコ
「これ、祭囃子だよ」

ノア
「まつりばやし?」

津軽
ああ、今日が祭りの日か

サトコ
「そういえば、前に津軽さん···」

津軽
近々、ここの近くでお祭りがあるらしいよ

サトコ
「行くんですか?」

津軽
そんなに暇だと思う?

サトコ
「お祭りがあるって言ってたの、今日だったんですね」

ノア
「お祭り行きたい!」

サトコ
「ええと···どうしましょう、津軽さん」

津軽
少しならいいんじゃない?

ノア
「やったー!」

ノアは私たちの間で飛び跳ねた。

ノア
「わぁ···すごい!」

サトコ
「お祭り、久しぶり···」

津軽
神社は大きくないのに、祭りは結構デカいね

夜の暗さの中に提灯の灯りが道を作っている。
ぼんやりとした明かりは幻想的で、その空間にいるノアも1枚の絵画のようだった。

ノア
「食べるものや遊ぶ場所がいっぱいある!なにからしよう!?」

津軽
なにからしよう?」

2人の視線が私に向けられる。

(私に選べってこと?)

<選択してください>

ワタアメを食べる

(ノアは初めてのお祭りだし、ぱっと身で楽しめるものがいいよね)

近くを見回し、ぴったりのものを見つける。

サトコ
「レインボーワタアメにしよう!」

ノア
「あのおっきくてふわふわでキレイなの!?」

サトコ
「そう、あれだよ!」

津軽
あれ、甘いだけで味はイマイチだよね

サトコ
「津軽さんに味のことは言われたくないです···」

射的をする

(そういえば、津軽さんは···)

津軽
俺が祭りで一番好きなのは射的

サトコ
「射的にしましょう!」

ノア
「射的って、なに?」

サトコ
「鉄砲で玩具やお菓子を撃つの」

ノア
「やってみたい!」

津軽
ウサちゃんって本当に俺が好きだよね」

サトコ
「···上司に敬意を払っただけです」

まずはお参りから

(そうだ、お祭りに来たら、まず最初にすべきなのは···)

サトコ
「神社にお参りしてから、お祭り楽しもうね」

ノア
「お参りって?」

サトコ
「ここにいる神様にご挨拶するんだよ。神様のためのお祭りだからね」

ノア
「神様なんているの?」

サトコ
「それは···」

ノアの生まれを考えると、返答に詰まる。
するとーーー

津軽
ウサちゃんって結構義理堅いんだよね

津軽さんが助け舟を出してくれた。

(ありがとうございます···)

ノアと津軽さん、2人の意見をスピーカーで聞きながら縁日を楽しむ。

津軽
ウサちゃん、よくそんなにお腹に入るね

サトコ
「津軽さんだって、よくそんな珍味なものばっかり食べられますね」
「ハラペーニョかき氷とか、イチゴ風味ヤキソバとか」

津軽
ウサちゃんも一口食べればよかったのに

サトコ
「基本的にお腹いっぱいなので」

津軽
まだイカ焼き持ってるくせに

サトコ
「これはノアに一口あげようと···」
「ね、ノア···」
「ノア!?」

私たちの間にいるはずのノアの姿がない。

津軽
フラリとどっかいったな。これだから子どもは

サトコ
「呑気なこと言ってる場合じゃないです!迷子になったら···!」

津軽
この状態、迷子って言うんじゃないの?

サトコ
「つべこべ言ってないで、ノアを探しますよ!」

津軽
ウサちゃんって、時々口の利き方知らないよね

緊張感のない津軽さんの背を押し、手分けしてノアを探すことにした。

(いったい、どこに行ったの!?)

時間が経つほど人は増える。
子どもが好きそうな屋台を中心に見て回るも、なかなか見つからない。

(津軽さんから連絡もないし···万が一、研究所の人間に鉢合わせたりしたら···!)

焦燥感ばかりが募った、その時。

津軽
ヒヨコぴょこぴょこみぴょこぴょこって言える?

ノア
「ヒヨコって、いろんな色のがいるんだねぇ」

(津軽さんとノア!)

2人が並んで座りこんでいるのはカラーヒヨコの屋台だった。

(カラーヒヨコと言えば···)

津軽
動物愛護ね。ウサちゃん、カラーヒヨコは知ってる?

サトコ
「カラーヒヨコというと···ヒヨコの毛をスプレーで染める···」

(あの時からカラーヒヨコの話してたっけ。興味あったのかな)
(···じゃなくて!見つけたなら見つけたって連絡してよ!)

サトコ
「もう!」

一言文句を言おうと2人の背後に立つとーー

津軽
フツウのヒヨコは黄色。こいつらは人工的に色が付けられてんの

ノア
「どうやって?」

津軽
昔はスプレーで色づけてたけど、最近じゃ卵の段階で色づけしてるらしいね

ノア
「ふーん···わたしみたい」

サトコ
「!」

ノアの言葉が聞こえてきた瞬間、掛けようとしていた言葉が引っ込んだ。
顔が強張るのがわかる。

(ノアは自分の境遇を知ってるの?)
(ヒトを楽しませるために人工的に造られたヒヨコと、遺伝子操作で造られた自分を重ね合わせて···)

そのことを客観的に語るノアに、悲しみでは表現しきれない複雑な感情に胸が詰まる。

ノア
「···色が付いたヒヨコなんてヘンなの」
「って言ったら、わたしもヘンか」

津軽
お前はヒヨコとは違うだろ

ノア
「似たようなもんでしょ」

津軽
このヒヨコは生まれも死に方も選べない
だけど、あそこから逃げたお前は死に方を選べる
いい気分だろ、きっと。自分で選ぶのは

ノア
「···そうだね」

表情のなかったノアの顔に微笑が浮かんだ。

ノア
「死ぬ時はキレイなお花畑がいいなー。おじさんは?」

津軽
お兄さんはねー、殺されちゃうからな~

サトコ
「!?」

(殺されるって···)

ノア
「おまわりさんだから?」

津軽
まあね

サトコ
「······」
「私は3人の子どもと10人の孫に囲まれながら畳の上で死にたいですね」

ノア
「おねえちゃん」

津軽
おねえちゃん

サトコ
「私はおねえちゃんだから、全然怒ってないですよ」
「勝手にどっかに行って、見つけたのに全然連絡くれなかったことなんて」

津軽
じゃ、そろそろ帰ろっか

ノア
「えー、もっと遊びたいー」

サトコ
「そこは2人とも謝るところでしょう!?」

ノア
「おこってないって言ったよ」

津軽
言ったよ

サトコ
「~っ、こんな時ばっかり結託しないでください!」

笑いながら、私たちは帰路に就く。
けれどーー

(死に方···か)

己の境遇を淡々と語るノアと、『殺されて死ぬ』と言った津軽さんのことが頭から離れなかった。

to be continued

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