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本編② 津軽1話

遺伝科学生物物理学研究所の一件を乗り越え、退院した翌日。
張り切って登庁すると。

石神
公安学校取り潰しの話が出ている

サトコ
「!?」

突然の発言に頭をガツンと叩かれた気分だった。

(公安学校取り潰しって···)

サトコ
「ど、どどど、どうして!?」

目に見えてうろたえる私に、かつての教官方は遠慮なく眉を顰める。

石神
顔や態度に出すのはやめろと言っただろう

加賀
いつまで訓練生気分でいやがる

サトコ
「すみません、事態が事態だったので···」
「だけど、どうして···もしかして、卒業生の出来が悪かったから···」

東雲
へぇ、わかってるんだ

サトコ
「そうなんですか!?」

颯馬
ただの噂ですよ

黒澤
オレが小耳に挟んだだけなんで

サトコ
「噂···そうなんですか···」

とりあえず落ち着いている教官方を見て、私も気持ちを落ち着ける。

サトコ
「ただの噂で終わるといいですね···」

東雲
卒業したんだから、潰れようと君は関係ないじゃん

サトコ
「そんなことありません!公安学校のおかげで、今の私があるんです」
「教官方の教えがあるから、この前の任務だって乗り切れたんですよ」
「その公安学校がなくなるなんて···」

(心の拠り所がなくなるみたいで···)

後藤
決まったことじゃない。心配するのは早い

サトコ
「そうですよね」

後藤さんの言葉に顔を上げて頷く。

石神
いつまでも訓練生気分でいるな

加賀
あそこが残ったって、テメェが帰る場所はねぇ

東雲
出戻りしたいなら別だけど

サトコ
「出戻りはしたくないですけど、たまには寄りたいです」

黒澤
元気をもらうために?

サトコ
「はい」

颯馬
いつか教官として戻るために?

サトコ
「え!いえ、そんな大それたことは全然···」

後藤
アンタなら、きっといい教官になる

サトコ
「はは、またまた···」

思わず頬が緩んでしまった時。
ガッと後ろから首に腕が回された。

サトコ
「ぐっ」

(く、苦しい!)

津軽
なに遊んでんの?サトコちゃんは、うちの子なんだけど

サトコ
「!」

(名前、忘れないでくれてる!)

そう、私の上司であるこの人は、最初の頃ーー

津軽
氷川って、誰だっけ?

(私の名前さえ憶えてくれてなくて)
(だけど···)

津軽
サトコ?

サトコ
「え···?」

津軽
···え、合ってるよね?

(あの時初めて、私の名前を呼んでくれた)

津軽さんのめずらしく困ったような戸惑うような顔は、きっとずっと忘れない。

(思い出すだけで、ふんわりと···意識が···飛ぶ!?)

サトコ
「···っ、く、くるし···っ」

津軽
ああ、ゴメン、ゴメン

津軽さんが腕を外してくれ、やっと深く呼吸ができる。

サトコ
「朝から窒息は勘弁してください···」

津軽
こんなところで脂売ってるからだよ。ちゃんとおうちに帰りなさい

今度は腕をずるずると引きずっていく。

東雲
あれ、要はハウスでしょ。完全に飼い慣らされてない?

加賀
多頭飼いか

(え、待って。百瀬さんはまだしも、私まで犬扱い?)

黒澤
でも、サトコさんはウサちゃんですよ

東雲
百瀬さんとの組み合わせによっては、そのうちサル扱いになってるかもね

後藤
犬猿の仲か

黒澤
···といえば、後藤さんと一柳警部補ですよね

(後藤さんと一柳さんのようになる、私と百瀬さん···)

サトコ
「···ちょっとかっこいい?」

津軽
なに夢見てんの。ウサちゃんは、俺のウサちゃん。サルになんかならない

サトコ
「はあ···」

好きなように言われている会話が遠くなり、津軽さんはズンズンと歩き続けた。

自分の席に連れて行かれるのかと思いきや···そのまま廊下まで出た。

サトコ
「どこに行くんですか?」

津軽
休日って何やってる?

サトコ
「え···」

(名前を呼ばれたことに浮かれてて、突然の話題転換にノーガードだった···)

サトコ
「休みの日は···」

<選択してください>

ほとんど寝てる

サトコ
「···ほとんど寝てますね」

津軽
朝も昼も夜も?

サトコ
「適当に起きて、ちょこちょこ食べて、好きな時にウトウト···1番好きな過ごし方です」

津軽
お迎え間際のおばあちゃんみたいだね

サトコ
「!?それ、私にもお迎え間際のおばあちゃんにも失礼ですよ!?」

録り溜めたテレビを見てる

サトコ
「録り溜めたテレビを見てますね、大体」

津軽
ほんとに?そんなに見るものある?

サトコ
「あ、最近は配信サービスを利用することが多いので、テレビはそんなでもないかも」
「コンビニで好きなお菓子を買ってきて鑑賞会するの、いいですよね~」

津軽
失恋女子みたいなことしてるんだね

サトコ
「そ、そうですか?」

津軽
女の子って失恋すると、アイスクリーム抱えてドラマ見るんでしょ?

サトコ
「それこそドラマの中の話だと思います···」

何してるか覚えてない···

サトコ
「そう言われると···何してるか覚えてない···」

津軽
もうそんなに老化が進んでるんだ···

サトコ
「ち、違います。休みを満喫してて記憶にないんですよ」

津軽
休みの日、生ける屍になるタイプ

サトコ
「ちゃんと元気に生きてますってば!」

津軽
君、まだ20代だよね?

サトコ
「そうですが···」

ふっと耳に息を吹きかけられ、軽く身を退く。

サトコ
「あの、もう腕を引っ張らなくても、ちゃんとついていきます···」

津軽
さっみし。華の20代の休みがそんななんて

サトコ
「さ、さみしくありません!」

津軽
ぼっちなのに?モモだって週末はデートで忙しいのに

サトコ
「それ、ほんとですか!?あの百瀬さんに彼女が!?」

(いったい、どんな人なの···百瀬さんと付き合える女性って···)

津軽
花巻富士夫って知ってる?

サトコ
「え、その人が百瀬さんのデート相手!?」

津軽
なわけないでしょ

津軽さんから冷たい一瞥を食らう。

(この人に冷静にツッコまれると、何かムカつく···)

サトコ
「確か···鬼才と呼ばれる映画監督ですよね?少し変人入ってるという···」

時々マスコミで騒がれる人出、私も関連のニュースを読んだことがあった。

津軽
知ってるんだ。映画好きな人?

サトコ
「まあ、フツウです」

津軽
君って、何でもフツウっぽいよね

サトコ
「どういう意味ですか?」

津軽
俺と映画デートしようか

サトコ
「は···?」

津軽
フツウじゃなくて、オシャレしてきてね

サトコ
「!?」

(つ、津軽さんとデート!?な、ななな、なんで!?)

その日の終業後。

鳴子
「なんで急に新しい服?」

サトコ
「ちょっと仕事で入り用で···」

鳴子
「そっかー、まあ、仕事だよね。仕事、仕事···か」
「私も書類整理でくたくた···」

(鳴子も疲れてるなぁ)

サトコ
「ごめんね。付き合ってもらっちゃって」

鳴子
「ううん。行きたいって言ったのは、私だし」
「こんな機会でもないと、職場と家の往復だけで毎日が終わっちゃうしね」
「もう資料室はお腹いっぱい」

サトコ
「そうそう、働く女子は忙しいんだよね」

(だから、休日にぼっちでも全然寂しくなんかない!)

心の中で津軽さんに反論していると、本屋の前に列ができていた。

サトコ
「誰かのサイン会?」

鳴子
「女優のSERiCaがファースト写真集出したんだって。そのイベントみたいだね」

サトコ
「ああ···」

日焼け止めやシャンプーのCMに出ている女優の顔が思い浮かぶ。

(確か8頭身で、シュッとした感じの美人)

鳴子
「持ち上げられてるけど、典型的な二世だよね~」

サトコ
「そうなの?」

鳴子
「知らない?」

鳴子
「SERiCaって、映画監督の花巻富士夫と女優の花巻玲子の娘なんだよ」

サトコ
「そうなの!?」

(今日、津軽さんと花巻監督の話したばっかりなのに)
(こういうの、シンクロニシティ?)

ポスターのSERiCaを見る。

(津軽さんくらい顔がいいと、こういう人じゃないと釣り合いがとれないんだろうなぁ)

なんて、呑気なことを考えていたーーこの先起こる出来事も知らずに。

to be continued

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