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本編② 津軽6話

一度止んだ雨は夜になってまた降り出した。
雨音を聞きながら、私はベッドで死んでいたーー精神的に。

(バカ、私のバカ···何で、あんなことを···)

サトコ
「···もしよかったら、今からうちで炭酸おしるこ···飲みませんか?」

津軽
······

一瞬、沈黙が落ちた。
そしてーー

津軽
え?
今日はもう遅いからいいや

サトコ
「そ、そうですよね!もう遅いし!はははっ···!」

サトコ
「はああぁぁ···」

(誘って断れるなんて、恥ずかしいー!)
(津軽さんって、絶対私をそういう風に見てないよね···)
(まあ、私も少し前までは津軽さんを部屋に呼ぶなんて絶対お断り状態だったけど)

枕に押し付けていた顔を上げる。

サトコ
「私、やっぱり···」

(あああ、考えるだけでも恥ずかしくて死にそう!)
(ダメだ、心の中でも言えない!)

あの津軽さんのことが、“アレ” かもしれないなんて。
悶絶した私は、そのまま枕と布団に深く深く沈んだのだった。

次の日。
私は急遽、石神さんに呼び出しを受けた。

黒澤
あ、来ましたよ!

後藤
こっちだ

サトコ
「お待たせしました!」

喫茶店の奥に石神さん、後藤さん、黒澤さんの3人の姿がある。

(石神班から呼び出しなんて、何だろう···)

緊張しながら黒澤さんの隣に座ると、石神さんが正面になった。

後藤
何か飲むか?

サトコ
「ありがとうございます。じゃ、アイスコーヒーで」

黒澤
オレもロイヤルミルクティーのおかわりと、チーズケーキ追加で!

石神
どれだけ食べる気だ

黒澤
経費なんだからいいじゃないですか~
サトコさんもケーキ食べます?

サトコ
「いえ、私は飲み物だけで大丈夫です」

注文を済ませると、石神さんが軽く眼鏡を押し上げる。

石神
···最近、どうだ

黒澤
石神さん、そんな思春期の子を相手にした父親みたいな聞き方をしちゃダメですよ

石神
誰が父親だ

サトコ
「ええと、最近は···」

<選択してください>

元気です

サトコ
「とりあえず、元気でやってますが···」

石神
それはいいが、そういう意味ではない

サトコ
「あ、そ、そうですよね。私の元気になんて興味ないですよね」

石神
そういう意味でもない

後藤
アンタ、津軽班で苦労してるんじゃないのか?

(しまった、後藤さんに心配そうな顔をされてしまった!)

サトコ
「大丈夫ですよ、何とかやってます!」

疲れてます

サトコ
「最近は···疲れてます。でも皆、疲れてるのは同じですよね」

後藤
同じだから疲れて当たり前ってことはない。限界は、個々違う

石神
疲れてるのなら、きちんと休む時間は作れ

サトコ
「はい、わかりました。でも気力は充分あるので頑張れます!」

味覚が壊れそうです

サトコ
「···味覚が壊れそうです」

黒澤
津軽班ですから···
コツはなるべく口を開かないことですよ!

サトコ
「分かりました。頑張ります!」

後藤
それ以外は?

サトコ
「それ以外は特に···」

石神
仕事も問題ないか

サトコ
「詳しいことは話せませんが、問題なく進んでると思います」

石神
とりあえず、氷川だけ···か

後藤
そうなりますね

サトコ
「あの、何の話ですか?」

話が見えずに皆さんの顔を見ると、石神さんたちも顔を見合わせる。

黒澤
話しちゃっていいんじゃないですか?

後藤
いずれ耳に入るのでは

石神
···そうだな

コーヒーを一口飲んだ石神さんが真っ直ぐにこちらを見据えた。
その瞳は教官の時の眼差しに重なる。

石神
公安学校の卒業生がことごとく捜査から外されているそうだ

サトコ
「え···」

石神
お前は何か聞いてないか?

サトコ
「私は特に···あ!」

(そういえば、鳴子と千葉さん···)

鳴子
「私も書類整理でくたくた···」
「もう資料室はお腹いっぱい」

千葉
「氷川はちゃんと活躍してるみたいでよかった」

(2人とも捜査に出してもらえてないから、あんなことを···)

サトコ
「2人とも元気のない疲れ方をしてました」
「千葉さんは、私は “ちゃんと活躍してるみたいでよかった” って」

石神
そうか

サトコ
「どうして、公安学校の卒業生は捜査に出してもらえないんですか?」

石神
···おそらく、銀さんの意向だ

サトコ
「銀室長の?どうして···」

あの空気ごと威圧するような銀室長の姿が頭に思い浮かぶ。

後藤
···銀さんには銀さんなりの理由があるんだろう

後藤さんが苦々しそうに続ける。

黒澤
銀さんは昔、とあるエリート思考の公安刑事の判断ミスによって
部下を間接的に死なせてるんです
以来、即戦力にならない人事は公安刑事になるべきじゃないって考えで

サトコ
「というのは、つまり···」

後藤
選民意識の強いタイプを嫌っている

石神
公安学校の訓練生には選民意識の強いエリートタイプが多いのは否めないからな

サトコ
「そういえば···」

(私も干されてた頃···)

公安員B
「津軽さんも人が悪いよな。新人の氷川を使う気なんて、さらさらないだろ」

公安員C
「まぁ、ぶっちゃけどんだけ成績優秀でも、現場では使えないのがほとんどだし」

公安員A
「だから、十数年前のあの事件も···」

後藤
何かあったのか?

サトコ
「津軽班の人から、成績優秀でも現場ではほとんど使えないと言われたことがあります」
「その時に『十数年前のあの事件も』と言われたんですが、それが···」

黒澤
きっとオレが話した件ですね

サトコ
「そうだったんですか···」

(銀室長に廊下で言われた言葉は···)


「自分を特別な人間だと勘違いしないことだな」

(あれは私にはなくて、公安学校の卒業生に対して向けた言葉だったのかも)

サトコ
「でも鳴子や千葉さんがエリート思考だとは思いません」

石神
当然だ。俺たちは現場で使える人間を育ててきた。だが···

後藤
銀室は危険分子の芽は摘むという方針だからな

サトコ
「···会議でも、津軽さんが言ってました」
「危険分子の芽は見つけ次第潰しておくのが、うちの班の方針だって」

石神
やはり、津軽もそう言っていたか

サトコ
「···私だけ捜査に参加させてもらえてるのは、どうしてでしょうか?」

石神
津軽には津軽の考えがあるんだろうが···

黒澤
でも、あの人は昔から銀さんの下にいるから、完全銀派ですよね
あの人があそこまで忠実だと、何か弱みでも握られてるのかも

(津軽さんの弱み···想像できないなぁ)

黒澤
サトコさんを捜査に出してるのには、何か裏があったりして···

後藤
黒澤、むやみに不安にさせるようなことを言うな

黒澤
あ、すみません···

サトコ
「いえ、大丈夫です。私のことを心配して知らせてくれてたんですよね」
「ありがとうございます」

石神
難波室は凍結され、今は銀室の下にいるが···
俺たちは難波室の人間だ。相容れないものがある
お前も何かあったら、話せ

サトコ
「はい」

後藤
···石神さん、周さんから連絡が

石神
わかった。合流すると伝えろ

後藤
はい

伝票を持って石神さんたちが席を立ち、入れ替わるようにチョコケーキが運ばれてくる。

サトコ
「え、これ···」

黒澤
ここ、チョコケーキも絶品です★

(石神班は天使···!)

その後ろ姿に手を合わせてから、美味しいチョコケーキを頂いた。

公安課に戻ると、津軽さんはデスクにいた。

津軽
どこ行ってたの?

サトコ
「ちょっと外にお昼を食べに」

津軽
デザートにチョコ食べた?

サトコ
「え!ど、どうして···」

津軽
口の端っこについてるよ

サトコ
「!」

慌てて口元を拭う。
そんな私を見て津軽さんは笑っている。

(あれは悪意のある笑顔じゃない···と思いたい)
(普通に接してくれることにも、捜査に出してくれてるのにも、裏があるかもしれないなんて···)

サトコ
「······」

津軽
あれ?食あたり?それとも食べすぎ?

サトコ
「胃薬持ってるので、大丈夫です」

(津軽さんの協力者は、ほとんど女性···女の気持ちを扱うのが上手い)
(もし、私の気持ちが知られたら···)

サトコ
「胃薬、飲んできます」

津軽
お大事に~

胃が痛む。
この気持ちは絶対に知られちゃいけない。
彼に片思いしているなんて。

to be continued

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