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本編② 津軽7話

『赤の徒』に関する捜査は花巻監督の撮影現場への潜入以来、動きがなかった。

(私が関与していないところでは動いてるんだろうけど)
(最近、百瀬さんの姿あんまり見かけないし)

私はといえば、先日の津軽さんのデート待機中の報告書を制作していた。

(百瀬さんとの待機だったから、特筆することもない···)
(百瀬さんの知り合いに会ったことを書く···必要はないか)

それなりにまとめようと考えていると、デスクに置いた炭酸おしるこの缶が目に入った。
結局飲むタイミングを逃したまま、家と職場を行ったり来たりしている。

(炭酸おしるこ、美味しいって津軽さん言ってたけど、本当かな)
(津軽さん···か)

昨日から頭を過ぎるのは、喫茶店で石神さんたちから聞いた話。

石神
公安学校の卒業生がことごとく捜査から外されているそうだ

(廊下で釘を刺してくるくらいだから、銀室長は私のことも捜査から外したいはず)
(それができないのはきっと、五ノ井博士の一件でノアを見つけて、たまたま成果を上げたから)

公安学校首席入学卒業という箔も、もしかしたら役に立ってるのかもしれない。
今の私を捜査から外す名目がないだけ。

(例え、どんな小さなミスを犯せば、それで終わり)
(津軽さんのフォローだって、きっと···期待はできない)

サトコ
「······」

黒澤
でも、あの人か昔から銀さんの下にいるから、完全銀派ですよね
あの人があそこまで忠実だと、何か弱みでも握られてるのかも

(津軽さんにとっても銀室長が絶対であることはわかってる)
(昔から銀室長の下にいるって、いつ頃からなんだろう?)
(どれくらい前からの知り合いなのかな)

サトコ
「···知らないことばっかりだな」

現実を目の当たりにして、両手で頬杖をつくと。

津軽
うわ、ひどいブルドッグ顔

サトコ
「!?」

目の前に津軽さんの美形が飛び込んできて、思わず咽た。

サトコ
「げほっ」

津軽
ちょ、いきなり人に唾吐かない!

サトコ
「す、すみません!いきなり顔出すから!」

いつの間に隣に来ていたのか、津軽さんがすぐ横に椅子を引っ張て来ている。

津軽
はい、お土産

津軽さんが小さな紙袋を私の机の上に置いた。

サトコ
「出張に行ってたんですか?」

津軽
ちょっと、そこまでね

(どこかに行ってたことすら知らないし···当たり前なのかもしれないけど)

津軽さんがくれた紙袋を開けてみると、中に入っていたのは。

サトコ
「 “焼きウサギ” の起き上がりこぼし!可愛い···ありがとうございます」

津軽
君に似てるよね。倒れても起き上がるところとか

サトコ
「そうですか?」

津軽
ほら

津軽さんがプニッと私の頬をつつく。
押されれば顔を戻したくなるのが人情で、津軽さんが私の頬を押しては戻ってを繰り返す。

津軽
ね?起き上がりこぼし

サトコ
「津軽さんが、そういうことをするからですよ」

津軽
これ、ここに飾っておこっか

炭酸おしるこの横に “焼きウサギ” の起き上がりこぼしが置かれる。

津軽
これは君だけの特別なお土産だから、皆には内緒ね

サトコ
「は、はい···」

(私だけの特別なお土産なんて···)

そんなこと言われたら···と、気持ちが浮ついたのも一瞬ーー

サトコ
「な、何か裏が!?」

津軽
何言ってるの。人の好意は素直に受け取りなさい

サトコ
「じゃあ、これ···」

(本当に私のためのお土産?)

ツンと、“焼きウサギ” をつついて遊んでいると。

津軽
そうそう、これから来客があるから、よろしくね

サトコ
「え···でも今、裏はないって···」

津軽
裏なんてないよ?

席を立つ津軽さんの背中を、ただ信用できなのは···どうしようも、ない。

来客だと津軽さんに連れられてロビーに行くと···

ノア
「おねえちゃんっ!」

サトコ
「ノア!?」

駆けて私に抱きついてきたのは、五ノ井博士の一件で知り合った少年、ノアだった。

サトコ
「どうして、ここに···確か保護されて、それから···」

(詳しいことは知らされてないけど、安全な場所で暮らしているとは教えてもらってて)

サトコ
「元気そうで、よかった···」

ノア
「うん、おねえちゃんも!」

実際にその顔を見るとほっとして、思わず強く抱きしめた。

津軽
次の現場には、こいつ連れてってね

サトコ
「え!?でも、ノアを捜査に加えるのは···一般人を巻き込むのと同じじゃないんですか?」
「せっかく落ち着いた生活ができるようになったのに」

やや非難めいた口調になった自覚はある。
すると、津軽さんの視線がこちらに流れてきた。

津軽
ウサちゃんって、いつから俺のやり方に進言できるほど偉くなったんだっけ?

サトコ
「······」

細められて瞳は冷たい。

(そう言われたら、何も言えない···)

ノア
「おじさんのイジメっこ」

サトコ
「ノ、ノア!」

私の代わりにノアが津軽さんを睨む。

津軽
俺だけ悪者にして。これだから、子守りって損なんだよなー
そんなこと言われたら、インカムでフォローするのもやめちゃおっかなー

サトコ
「やめないでください!」

津軽
自信ないの?

<選択してください>

少し自信ない

サトコ
「···少しだけ。潜入捜査に子どもを連れて行くのは初めてなので」

津軽
子どもって予測不可能な動きするからね
でも、今回は俺がついてるから大丈夫
特別だからね。今回だけのスペシャルプラン

ノアが一緒だから

サトコ
「ノアが一緒だから···どうしても慎重になります」

津軽
ま、子連れだと、どこでも大変だからね
だけど、今回は俺がフォローするから
特別だからね。今回だけのスペシャルプラン

私には任せられませんか?

サトコ
「むしろ、私には任せられませんか?」

津軽
そういうわけじゃないけれど、ノアに何かあったらパニくるでしょ

サトコ
「それは···はい」

津軽
だから、今回は俺がついてるよ
特別だからね。今回だけのスペシャルプラン

津軽さんに背中をポンポンとされる。

(恩着せがましい···何て言ったらバチ当たるかな)

津軽
じゃ、明日ね

ノア
「は~い。お出かけだー」

ノアの明るい声が警察庁のロビーに響いた。

翌日、ノアの件は完全に杞憂で終わった。

花巻富士夫
「いいね、いいね!ノアに決まりだ!」

以前の現場で怒鳴られていた子役の代わりを、ノアが務めることになった。

ノア
「ガンバりまーす!」

(あの容貌に、全然物怖じしない性格。積極的で、演技にも興味津々···)
(ノアに役者って向いてるのかも)

私は現場の隅で状況を津軽さんにインカムで報告する。

サトコ
「ーーというわけで、すべて順調です」

津軽
報告書で子役に穴空きそうと思ってたけど、初日からか
幸先良いね。その調子でやって

サトコ
「はい」

(津軽さん、ノアが代役に選ばれることを最初から考えて···なるほど)

ノアを使うことに賛成はできないが、そういうことかと感心はする。
ノアの様子を見守っていると。

???
「あなた···津軽くんと一緒にいた人だよね」

後ろから声を掛けられ、はっと振り向く。

花巻芹香
「ちょっと、話せる?」

サトコ
「花巻芹香さん···」

芹香さんは撮影現場の裏の方を指差した。

to be continued

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