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本編② 津軽8話

私は花巻芹香さんと共に撮影現場の裏手にやって来た。

(『ちょっと話せる?』って、何だろう?)
(『津軽くんと一緒にいた人』って言ってたし、これは俗に言う恋敵へのけん制!?)

花巻芹香
「あの人のことだけど」

サトコ
「は、はい」

(やっぱり津軽さんのこと!)

花巻芹香
「あの人、どこの劇団?どんな経歴なの?」

サトコ
「え?いえ、津軽さんは役者じゃなくて···顔だけはいいですけど」

津軽
ちょっと、顔だけって、なに

インカムから津軽さんの声が聞こえてきて黙殺する。

花巻芹香
「津軽くん?」

サトコ
「津軽さんの話じゃないんですか?」

花巻芹香
「津軽くんじゃなくて、あの人。今日、あなたが連れて来た金髪の男の子!」

サトコ
「ああ、ノアのこと···!ノアが何か?」

津軽
えー、俺よりノアの話って、どういうこと

(津軽さん、うるさいな···)

茶々を入れるような声が鬱陶しいが、態度に出すわけにもいかず笑顔を貼り付かせる。

花巻芹香
「あの子なんて呼べない。パパに一気に気に入られたのよ!」
「あんなに早くパパの心を掴むなんてスゴイ!」
「私でさえ、どんなに言っても映画には出してもらえないのに···」

サトコ
「花巻監督、芹香さんを溺愛してるって話を聞きましたけど」

花巻芹香
「もちろん、パパは私を愛してくれてる。パパは何でも買ってくれる」

津軽
いいなー。俺もそんなパパ欲しー

(お願いだから、黙って···真面目な話をしてるんだから!)

花巻芹香
「作品に出すこと以外は···ね」

サトコ
「監督、作品には厳しい方なんですね」

花巻芹香
「そう!それなのよ!」

芹香さんは私の手をガッととると、上下に大きく振る。

花巻芹香
「パパは自分の作品にだけは妥協しない人なの!」
「だから私はパパの作品に出るまでは、一人前として認められない···」
「それまでは、“親の七光り” と “二世タレント” から抜け出せないのよ!」

彼女は根が素直な人なのだろう。
まくしたてられ面食らったのは事実だが、事例自体はめずらしくないので、スッと頭に入った。

(花巻監督の娘っていうのも大変なんだな)

サトコ
「私、本屋でSERiCaさんの写真集に並んでる人たちを見かけました」
「ポスターの芹香さん、凄く素敵でしたよ。通りを歩く人が足を止めて振り返るくらいに」

津軽
1冊買ってきてくれればよかったのに

(え、SERiCaの写真集に興味あるの?)

何だか面白くない気持ちが湧いたものの、それは闇に葬っておく。

花巻芹香
「私はいっつも、そこそこだよ」
「素晴らしい!の賞賛のあとには、花巻監督の娘だからね···って言葉が付くんだから」

芹香さんは私の手を離すと、はーっと深い溜息を吐いた。

花巻芹香
「私はパパの娘···ちょっと顔がいいとかスタイルがいいとかじゃダメなのよ」
「輝くような、世間を圧倒するような芸術的才能がなくちゃいけない!」
「血が繋がってるなら受け継がれなくちゃいけないのに···」

サトコ
「芹香さん···」

背の高い美女がうなだれてるだけで、なんだか切ない気持ちになる。
どういう言葉をかけるべきか考えていると···ふと、芹香さんの手が気になった。

サトコ
「あの、全然関係のない話で恐縮なんですが」

花巻芹香
「ん?」

沈んだ空気を変えるために、敢えて話題を切り替えてみる。

サトコ
「芹香さん、両手の親指の全く同じところにホクロがあるんですね」

花巻芹香
「ああ、これ。面白いでしょ?ほんとに左右対称なの!」

芹香さんが両親指を私に見せてくれた時、ノアがこちらに駆け寄ってきた。

ノア
「おねえちゃん!これから監督がお家でご飯食べさせてくれるって!」

サトコ
「え、花巻監督のお宅で?」

ノア
「すっごいご馳走が出るんだってー」

サトコ
「でも、今日現場に来たばかりなのに···」

(任務としては有り難い流れだけど···)

前のめりになれば怪しまれる。
チラッと芹香さんの様子を窺うと、彼女は再び私の両手を掴んできた。

花巻芹香
「ぜひ、来て!ノアくんのこと、もっと知りたいの!」

ノア
「いこう、おねえちゃん!」

花巻芹香
「ウチで撮影とかもよくやってるから、気にしないで」

サトコ
「芹香さんが、そう言ってくれるなら···」

(よし、自然な流れで花巻邸に入れる!)
(やりましたよ、津軽さん!)
(津軽さん···?)

少し前からインカム越しの津軽さんの茶々が聞こえない。

<選択してください>

インカムを確かめる

(インカムが壊れた?)

髪を直すフリをしてインカムを確認する。

(ノイズは聞こえる···壊れてない?)
(ちょっと離れて場所で確認しよう)

芹香さんが離れてから、私は人気のない場所に移動した。

現場の隅に移動する

(ここで話すのはマズイよね)

芹香さんが離れるのを見て、私はそっと現場の隅に行く。

津軽の名を呼ぶ

サトコ
「つが···」

(ここで名前を呼ぶのはマズイか)

芹香さんが離れてから、私は人のいない現場の隅に移動する。

サトコ
「聞こえてますか?」

津軽
ん?ああ···一瞬、寝落ちてた

サトコ
「真面目に仕事してください!これから花巻監督の家に行きます」

津軽
了解。通信はこのままで

サトコ
「はい」

(初日で花巻監督の家まで行けるなんて···ノアのおかげ、ありがとう!)

スタッフを家に招くことに慣れているのだろう。
私たちが花巻邸に着いた時には、すっかりホームパーティーの準備が整っていた。

ノア
「ぜんぶ、おいしそー!」

花巻富士夫
「ノア、いいねー!その顔も撮らせて!」

花巻芹香
「食べるところ、私にも見せて!」

広いリビングに並んだ料理を見て、ノアが大はしゃぎになる。
今日1日ですっかり人気者になったノアが皆の注意を引いている。

(今なら···)

私はスッ···とリビングから出た。

花巻監督の書斎はすぐに見つかった。
機械に疎いというだけあって、そのPCの中を探るのは簡単なこと。

(『赤の徒』との通信履歴関連は削除されてるけど、復元は簡単···)
(ロックされたフォルダの解除もすぐにできたし、中には『赤の徒』関連の画像がいっぱい)

それらをDLするのは、ほんの数分のことだった。
すぐに立ち去ろうと書斎から一歩踏み出した、その時。

監督助手
「君は···」

サトコ
「!」

背の高い監督助手と出くわしてしまった。

サトコ
「あの、お手洗いを探してるんですが···」

監督助手
「ああ、トイレならこの廊下を真っ直ぐに言って左ですよ」

サトコ
「ありがとうございます。助かりました」

(怪しまれてないよね···?)

監督助手の彼はすぐに歩き出して、私を気にしている様子はなかった。
廊下の突き当りまで行き、手に入れたデータを津軽さんに送信する。

津軽
『届いたよ。よくできました』

サトコ
「怪しまれない頃合いを見計らって離脱します」

津軽
『お迎え行くよ』

(初日で花巻邸に入って、『赤の徒』に関するデータまで手に入れられた)
(順調と言えば順調だけど···順調すぎる)

そこに引っかかりを覚えながら、1時間後にノアを連れて花巻邸を出た。

津軽
おつかれ

津軽さんが運転席、私とノアが後部座席に座り車が走り出す。

サトコ
「一瞬寝落ちたって言ってましたけど、運転大丈夫ですか?」

津軽
平気、平気。短時間の睡眠ほど効果があるんだって

ノア
「あのね、こんど、幼稚園で保育参観があるんだよ」

ジュニアシートに座ったノアが足をパタパタさせながら話し始める。

サトコ
「そうなんだ。幼稚園楽しい?」

ノア
「たのしー」

(ノアの保育参観って、施設の人が行くのかな)

ノア
「あねえちゃん、来て」

サトコ
「え?」

ノア
「保育参観、おねえちゃんに来てほしー」

サトコ
「ええと···」

津軽
いいんじゃない?おねちゃんなんだし

バッグミラー越しに津軽さんと目が合う。

(捜査のためにも、ノアとの距離は保っておけってこと?)

サトコ
「じゃあ、行っちゃおうかな」

ノア
「やったー!」

津軽
幼稚園なんて楽しそうだねー

サトコ
「津軽さんも行きましょうよ」

津軽
え?

ちょうど車が信号で止まり、運転席の彼が振り返った。

津軽
···俺もいいの?

サトコ
「え?いいに決まってるじゃないですか」
「ね、ノア?」

ノア
「えー···おじさんもー?」

サトコ
「ちょ、ノア!」

津軽
そんな顔されたら、絶対に行かなくちゃね

(子ども相手でも、やっぱり津軽さんは津軽さんだ···)

ノア
「ま、いっか。みんな、パパとママで来るっていってたし」

はにかんだように笑うノアが可愛かった。

to be continued

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