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本編② 津軽9話

ノアの保育参観の日。
私はいつもより明るめのスーツを着て幼稚園に来ていた。

ノア
「パパは?」

(パパ···今日はすっかり、そういう気分なのかな)

ノアがパパとママが来るとお友達に言ってるなら、合わせるべきだろう。

サトコ
「パパは少し遅れて来るよ」

ノア
「そっかー。パパはいつもねぼすけだからなー」

もっともらしく言うノアに思わず笑ってしまう。

(津軽さんがほんとにノアの保育参観に来るとは思わなかったな)
(こういうの面倒臭いって一蹴する人だと思ってたけど)

思い出すのは、車の中の津軽さん。

津軽
···俺もいいの?

(あんなふうに聞いてきたのにもびっくりしたし)
(あの時の津軽さん、素で驚いてたよね?)

鼻で笑われて終わりだと思っていただけに、この展開が意外だった。

(津軽さんはまだまだ奥深いというか、分からない人だな)

幼稚園の先生
「はい、みんな、お仕度できたかなー?」

子どもたち
「はーい!」

子どもたちが先生のもとに集まると、教室のドアが開く。

津軽
遅れて、すみません

ノア
「あ、パパ!」

津軽
やあ、ノア

母親A
「あの人がノアくんのパパ!?」

母親B
「すっごいイケメン···!さすが、ノアくんのパパ!」

教室中の母親の視線が津軽さんに集まるのが分かった。

幼稚園の先生
「イケメン···」

(お母さんどころか先生まで!ほんとにイケメンなんだから···!)

幼稚園の先生
「あ、は、はい、じゃあみんなー。パパとママに得意なこと見せてあげましょうね」

(幼稚園児の得意なことって、どんなことなんだろ)

縄跳びや折り紙、お絵かき、工作···子供らしい発表が続くなか。

ノア
「素数を言います。2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31ーー」

サトコ
「そ、素数!?」

母親A
「ノアくん、すごい···」

津軽
あいつ···

ノアは延々と素数をそらんじて、もう1009までいっている。

幼稚園の先生
「ノ、ノアくん、ありがとう。とってもすごかったよ」

ノア
「うん」
「パパ、ママ、どうだった?」

サトコ
「すごかったよ。びっくりしたけど」

津軽
ガンバった、ガンバった

みんなから拍手されると、ノアは照れた顔で笑う。

(こういうところは、やっぱり子どもなんだな)

ノアの普通の子どもらしい一面を見ると、私もほっとして嬉しかった。

幼稚園の先生
「はい、じゃあ『親子おにぎり教室』を始めまーす!」
「パパとママと美味しいおにぎりを作ってくださいねー」

(おにぎりだったら簡単かな)

各家族に分かれ、テーブルの上にご飯とラップと塩が用意されていて、好きな具材は持参している。

ノア
「ねー、おにぎりって、どうやって作るの?」

サトコ
「ラップにご飯を乗せて、好きな具を入れて握ればいいんだよ」

ノア
「···ご飯がはみ出すよ」

津軽
ご飯がはみだすよ?

サトコ
「ちょ、津軽さんもおにぎりつくれないんですか!?」

津軽
これまでの人生、女の子が作ってくれたし

サトコ
「···でしょうね」

津軽
コレのどこがいけないの?

ノア
「いけないの?」

サトコ
「ご飯入れすぎなんですよ。もうちょっと減らして、ラップで包んでそっと握る···」

ノア
「なるほど、なるほどー」

津軽
こう?

サトコ
「いや、もっと三角になるように···」

深く考えずに津軽さんの手に自分の手を重ねてしまった。
相変わらず温もりの少ないサラッとした手に、津軽さんの手だと実感する。

(わ、私から手を握ってるみたいになってしまった···)
(どうしよう、汗ばんだら気持ちがバレる!)

サトコ
「と、とにかく目指すは丸じゃなくて三角です!」

津軽
丸いおにぎりもあるよ

サトコ
「でも、今日は三角なんです」

それだけ言うと、私はパッと手を離す。

ノア
「できたー!見て見て!このなかにウメボシとシャケと牛肉入ってるんだよ!」

サトコ
「うわー···中で味が混ざって楽しそうだねー···」

津軽
ノアのなんてテニスボールじゃん

ノア
「パパのグチャグチャよりマシ」

津軽
···ママに任せる。はい

サトコ
「え、あ、ちょ···」

(ママ!?津軽さんの口からママって···!)

<選択してください>

誰がママですか!

サトコ
「誰がママですか!」

津軽
ノア、誰だっけ?

ノア
「ママ、どうしたのー?」

ノアの可愛らしい顔で首を傾げられれば、これ以上は言えなくなる。

(今日はパパとママ役だし···)

サトコ
「どうもしないよ。おにぎり作ろうね」

任せてください

サトコ
「ま、任せてください」

津軽
はい、お任せします

(つい、流れで頷いてしまった!)
(でも今日はパパとママ役なんだし、大丈夫だよね?)

自分でやってください

サトコ
「自分でやってください」

津軽
えー、いつものママはもっと優しいのに
な?

ノア
「うん、やさしー」

(こんな時ばっかり、この2人は!)

サトコ
「わかりました。ママが握りますよ」

津軽
はい、お願いね

津軽さんの口から出た『ママ』の破壊力が強すぎて、後半の記憶はかなり薄くなってしまった。

おにぎり教室の後、子どもたちは園庭で自由に遊び始めた。

津軽
じゃ、俺はそろそろ行かないと

サトコ
「そうですね」

津軽さんは何とか時間を作り出し、ここに来てくれた。
私より一足先にここを出なくてはならない。

津軽
普通の子みたいにできるんだね、あいつも

津軽さんが目を細めて、他の子どもたちとサッカーをしているノアを見つめている。

(なんか、津軽さんの目···)

優しさと切なさが、ない交ぜになったような眼差しで、胸の奥が小さく絞られた。

(いつも子ども同士みたいなやりとりしてるけど、気にかけてるんだ)

サトコ
「そういえば津軽さん、おにぎり教室のおにぎり食べてないですよね」

津軽
俺のおにぎり、ママが食べちゃったもんね

サトコ
「端からシャケがこぼれ続けて、こぼれる先から食べるしかなかったから···」
「だからこれ、どうぞ···」

津軽
···作ってくれたの?

作っておいたおにぎりを渡すと、津軽さんは意外そうな顔をする。

サトコ
「これは、その···っ」
「べっ、別に津軽さんのために作ったんじゃないですからね!」

津軽
···何それ、沙織ちゃん?

サトコ
「え?沙織ちゃん?」

(どっかで聞いたような···)

津軽
別に君のために受け取るわけじゃないからね

サトコ
「!?」

謎のツンデレ返答をしながら、津軽さんはおにぎりを持って幼稚園を出て行ったのだった。

サトコ
「ああぁぁ···」

いつかの日と同じように、私はベッドにうつぶせになって呻いていた。

(なんで、あんなツンデレみたいなこと言っちゃったんだろう)
(普通に言えばよかったのに···)
(絶対変だと思われた···いや、もともとちょっとくらい変だと思われてるかもしれないけど)

サトコ
「はー···」

(今さらフォローのしようもない···)

枕に顔を埋めていると···枕の横に置いたスマホが震えた。

サトコ
「ん?津軽さんから···」

津軽
『夜食に貰ったおにぎり食べたよ。俺の好きな味』
『今まで食べたおにぎりの中で1番美味しかった』

サトコ
「!」

ガバッと起きて机に肘をつく。

(美味しかった···しかも、今まで食べた中で1番って···!)
(駄菓子屋で買った激辛酢イカで作ってみてよかった!)

津軽
『でもこれ、元々俺用じゃないんだよね~(笑)悪いね、ごちそうさま』

サトコ
「······」

(素直に津軽さんに作ったって言えば良かった···)

バレていれば尚更恥ずかしく、やっぱり恋は人をバカにする。

to be continued

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