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本編② 津軽10話

この日は朝から書類仕事だった。
先日の撮影現場と花巻邸潜入の件についての報告書を作っていた。

(状況証拠から考えると、花巻監督が『赤の徒』と関わっているのは間違いない)
(気になるのは簡単に証拠が揃いすぎてたこと)

サトコ
「······」

(状況証拠以外のものが揃わないと、確実なことは言えないケースが···)

報告書をほぼ仕上げ、ふとめずらしく誰にも邪魔されなかったことに気が付く。

(そっか。百瀬さんは捜査に出てるし、津軽さんは···)

津軽
······

津軽さんは自分のデスクで頬杖をついていた。

(めずらしいな。じっとしてるなんて)
(まあ、津軽さんだっていつかは仕事してるから警視なんだろうけど)

当たり前のことを考えてる自分がちょとおかしい。

(でも···)

津軽
······

津軽さんは片手で謎のお菓子を食べ続けている。
その間、左手に持っているペンは少しも動いていない。

(左利きだったんだ。ん?でも右手を主に使ってる時もあったような···)
(もしかして、両利き?)

そんなことを私が観察しながら考えてる間も。
津軽さんは何も考えずに、頬杖をつきながらお菓子を食べる動作を繰り返していた。

一息入れようと給湯室に行くと、津軽さんの姿があった。

サトコ
「珍しいですね。津軽さんが給湯室にいるなんて」

津軽
なんかノド渇いちゃって。今日は人が少ないからね~

サトコ
「変なお菓子ばっかり食べるからですよ。津軽さんの胃、丈夫ですよね」
「お茶、私が淹れます」

津軽
そう言ってくるの待ってた

サトコ
「だと思いました。給湯室で突っ立ってても、お茶は出ませんから」

お茶を淹れると、津軽さんはこの場で口をつけた。
席に戻る気配はなく、私もここでお茶を飲む。

津軽
······

(2人でいるのに、ちょっかい出してこないのも、めずらしい)

カップを口につけたまま、お茶を飲むことなく考え事をしているようだった。

(さっきから、ずっとこんな顔してる。津軽班に来てから初めてかも)

サトコ
「···その、考えてることを口に出すだけで整理されるって話聞いたことあります」

津軽
ん?

カップを口元に運んだまま、視線だけがこちらに動く。

サトコ
「銀室では他班にもあまり話ができないから」
「聞くだけなら、いつでもできますよ」

津軽
ん-···

視線を前に戻し、目を伏せた津軽さんがゴクリとお茶を飲んだ。

サトコ
「ほら、私の長所はおきあがりこぼし的なところなので、しんどい話でも大丈夫です」
「あと、お腹空いたら言ってください!おにぎり差し入れます!」

津軽
君さ···

トン、とカップを近くの台に置いた。
そしてこちらを向くと、どんどん近づいてくる。

(え?え···?)

津軽
······

近付かれる分だけ後ろに下がれば、壁にぶつかる。
整った無表情が至近距離で私を見下ろしていた。

(出過ぎたこと言ったって、怒られる?)

無言の圧迫感に固まっているとーー突然、肩が重くなった。
津軽さんの髪が私の頬をくすぐる。

サトコ
「あ、あの!?」

彼の額が私の肩に乗せられている。
身長差があるので、窮屈そうだ。

津軽
···君って、バカだよね

サトコ
「失礼ですね!?」

津軽
···じゃなかった。君って人のことばかりだよね

サトコ
「むしろそれ、どうやって間違えるんですか···?」

津軽
バカと、ばかり

サトコ
「普通、間違えないです」

津軽
お節介だし、お人好しだし、苦労性だし融通きかないし···
ああ、こういうのバカって言うのかな

サトコ
「悪口ですか!?」

どういう流れだと津軽さんの方を向くと、息が一瞬止まった。

(少しでも動いたら、唇が触れそう···)

津軽
そういうの、全部直さなくていいって意味

サトコ
「はぁ···」

よく意味が分からず首を傾げると、頬に軽く唇が触れてびくっとする。

サトコ
「つめたっ!」

津軽
ついでにストレス解消、付き合ってくれる?

冷たい唇の持ち主との会話は、相変わらず先が読めない。

津軽
っらー!!

(また空振り···)

真っ昼間のバッティングセンターに津軽さんの声だけが響く。
野球は詳しくないが、彼がただバットを振り回しているのは分かる。

津軽
クソっ

悔しそうにバットを床に叩きつける姿に、何となく笑ってしまった。

<選択してください>

ガラ悪いですよ

サトコ
「ガラ悪いですよ」

津軽
当たらないバットが悪い

サトコ
「悪いのは津軽さんの腕···」

津軽
丸腰でここに立ちたいって?

サトコ
「サンドバッグは勘弁してください···」

運動神経悪いんですね

サトコ
「津軽さん、運動神経悪いんですね」

津軽
悪いのはボールとバット

サトコ
「···そう思いたいなら、それでもいいですけど」

津軽
え、ウサちゃんがバットになりたいって?

サトコ
「言ってません!」

次は当たりますよ

サトコ
「次は当たりますよ」

津軽
うん

言うと同時にまた空振りする。

サトコ
「次こそ!」

津軽
ちょっと気が散るから黙っててくれる?

サトコ
「······」

(見込みがないところ励ましたのに、この対応···釈然としない···)

また何回か空振ったところで、津軽さんは肩で息を吐いた。

津軽
交代。ウサちゃんの番

サトコ
「よしっ」

張り切ってバッターボックスに立つのは何度目だろうか。
発射されたボールめがけてバットを振るものの···

津軽
はい、空振りー
はは、ヘタクソ

サトコ
「津軽さんだって、かすりもしないじゃないですか」

津軽
俺は···ホームラン狙うから

サトコ
「···なんて無茶を。身の程を知らないって怖いですね」

津軽
無理でも無茶でも、そっちの方が燃えるよ

(また空振ってますが···まあ、信じる者は救われるって言うし)
(真っ昼間の勤務中から、バッティングセンターかぁ···)
(こういうのストレス解消というより、ストレス障害?大丈夫なのかな)

私はと言えば早々に諦め、バットを振り続ける姿を眺める。

津軽
次こそ、いくぞー

(まあ、本人は楽しそうだしいいのかな)

サトコ
「かっとばせ、つっ・が・る!」

津軽
あのさー

サトコ
「やっぱり諦めます?」

津軽
そのままで聞いて欲しいんだけど

サトコ
「はい?」

(あれだけ空振りが続いてるのに、よくやるなぁ)
(起き上がりこぼしは津軽さんの方なのか、そもそも打つ気がもうないのか)

津軽
俺さ

サトコ
「はい」

津軽
銀室長んちの子なんだよね

バットを振り切った津軽さんが、また大きく空振りした。

to be continued

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