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本編② 津軽11話

津軽
銀室長んちの子なんだよね

サトコ
「はい···!?」

バットを大きく空振らせながら、いつもと同じ声でサラッと告げる。

(銀室長んちの子って···)

サトコ
「津軽さん、銀さんの子なんですか!?」

(歳から考えて、銀室長がかなり若い頃に···)

若気の至りをした銀室長を想像しようとしてできず、思考が停止する。

津軽
はあ?君、何言ってんの

サトコ
「津軽さんが言ったんですよ。銀さんちの子だって」

津軽
だから、俺は引き取られたの。銀さんちに

サトコ
「ああ、なるほど···」

(そっか、そういう線の方が自然か)
(でも銀室長の家に引き取られたって)
(どうして···)

軽く言われた割に話題自体は重いような気がして、続きを聞いていいのかもわからない。

津軽
小学生の頃、事件で家族を亡くしてさ
親戚はいたんだけど、誰も引き取りたがらなくて
あっちこっち、たらい回しにされた

サトコ
「···そう、だったんですか」

突然切り出された津軽さんの過去話。
彼は前を向いたまま、ひたすらにバットを振っている。

(どうして急に、こんな話を···?)

津軽
ロクなもん食ってこなかったし
ほら、あれ、隠れ貧困的なやつ?
まあ、よく知らない親戚の子どもに誰も金使いたくないよね

どう言葉を挟めばいいのかわからずにいると、
これまでとは違う音が聞こえてきた。

(ボールが擦り始めてる···)

サトコ
「ええと、その···銀室長が親戚という訳ではないんですよね?」

津軽
銀さんは俺の父さんの友達
中3の時、補導されて
いよいよ行き場がなくなって···
最後に引き取ってくれたのが、銀さん

バットとボールの距離が徐々に徐々に···近くなっている。

津軽
銀さんがいなかったら
俺は逮捕する側じゃなくて逮捕される側だった
だから···

ぐっと強くグリップを握り直すのがわかった。
その表情は淡々としたものだけれど、津軽さんは没頭するように一点を見つめている。

津軽
あの人の不可能を、俺が可能にしてあげたいと思ってる
あの人が黒だって言うなら
俺は白を黒く塗りつぶすよ

勢いよく振ったバットのど真ん中にボールが命中した。
ボールは大きく弧を描きーー

アナウンス
『ピロピロリーン♪ホームラン、おめでとう、おめでとうー!』

(不可能を可能にした···)

津軽
ふぅ

バットを地面に立てた津軽さんが肩で息を吐いた。

(銀室長のためなら、どんなことでもする)
(···白を黒くしてでも、それを貫き通す)

このホームランは津軽さんの覚悟の体現なのだろう。
それほどまでに、彼は銀室長に恩義を感じている。

黒澤
あそこまで忠実だと、何か弱みでも握られてるのかも

(違う···弱みを握られてるんじゃない)
(この人は銀室長を裏切れないんじゃなくて···)
(裏切らないんだ)

津軽
······

あまり感情の揺れがなくて、その思考が読みづらい理由が分かった気がする。

(津軽さんの中心にあるのは、津軽さん自身じゃなくて銀室長···)
(だから、津軽さんを見ても···)

彼自身は彼の中にいないのかもしれないーー
そう思うと怖さに似たものに心臓を鷲掴まれた。
胸を過ぎる、部屋は心の話。

(あの整えられた津軽さんの部屋は、貫かれた銀さんへの忠誠心)
(玄関脇のゴチャゴチャの部屋が、全部隅に追いやった津軽さん自身だとしたら)

サトコ
「······」

津軽
あー、肩いた
あとで湿布貼って

サトコ
「無理するからですよ」

深刻な話をしたくせに、津軽さんはいつもと同じ調子で私にバットを預けてくる。

(どういう反応をすればいいのか···)
(そもそも反応を求められてるのかどうかすら不明だけど)

サトコ
「どうして、私にそんな話を?」

津軽
話を聞くことはできる···って、言ったから?

風が吹くと、その前髪が揺れる。
見えた顔にはかすかに汗が滲んでいた。

<選択してください>

タオル、どうぞ

サトコ
「タオル、よかったらどうぞ」

ハンドタオルを渡すと、津軽さんはそれを額に当てた。

津軽
いい匂いがする

サトコ
「柔軟剤の香りですかね?」

津軽
女の子の匂い

サトコ
「···そういう言い方、変態っぽいですよ」

津軽
やらしいね、ウサちゃんは

サトコ
「私ですか!?」

津軽さんでも汗かくんですね

サトコ
「···津軽さんも汗かくんですね」

津軽
俺は秀樹くんと違ってサイボーグじゃないからね~

サトコ
「でも、津軽さんも体温ない人ですよね」

津軽
体温なかったら死んでるでしょ

サトコ
「変温動物っぽいって言いたいんです」

津軽
ウサちゃんって変な子

サトコ
「変って、津軽さんに言われたくないですよ」

明後日筋肉痛ですね

サトコ
「明後日は筋肉痛ですね」

津軽
明日ね

サトコ
「明後日かも」

津軽
ああ、千本ノックしてから帰りたいんだ?仕方ないなぁ

サトコ
「今夜!今夜にはきますよ、筋肉痛!」

津軽さんは涼しい顔で、その肩を軽く回した。

津軽
あ、俺これからモモと捜査だから

ひらひらと手を振って、津軽さんは一足先にバッティングセンターを出て行く。

サトコ
「······」

(何だろ、この気持ち···)

沸き起こる様々な感情を、すぐに整理できなかった。

バッティングセンターのあとは警察庁に戻り、書類仕事を片付けた。
何度も津軽さんの話を思い返しながら。

颯馬
帰りですか?

サトコ
「颯馬さん」

警察庁を出ると、後ろから声をかけてくれたのは颯馬さんだった。

颯馬
お疲れさま。頑張ってますね

サトコ
「まだまだです。頑張ろうと思える場所があるだけ、いいのかもしれませんけど」

公安学校の卒業生はことごとく捜査から外されているーー
その話を聞いた時に颯馬さんはいなかったけれど、当然知っているだろう。

颯馬
今日はずっと内勤ですか?

サトコ
「途中で少し外に出ましたけど、報告書作ってました」

颯馬
そうですか。何か困ったことがあったら、いつでも言ってくださいね

サトコ
「ありがとうございます」

(私は今でも教官方に支えられてる)
(恩も感じてるし、教官方の役に立ちたいと思ってる)
(だけど、教官方のために白を黒く塗りつぶせるかと聞かれたら···)

サトコ
「······」

(多分、出来ない気がする)
(ああ、そうか···そういうことか···)

わかった気がする。
津軽さんが、私に過去の話をした真意が。

颯馬
···大丈夫ですか?

無意識に立ち止まった私の顔を颯馬さんに覗き込まれた。
何度か瞬きをしてから、頷く。

サトコ
「大丈夫です。お疲れさまでした」

颯馬
······

小さく頭を下げて歩き出す。
颯馬さんの視線を背中に感じたけれど、今、言えることは何もなかった。

(津軽さんは銀室長のために、白を黒にできる人)
(でも、私はそれができない)
(そうしなければいけない世界に生きてない)

つまりいる場所が違うのだとーー線を引かれた。
いや、正確には一線があることを教えられた。

(話だけでも聞きますなんて言って、距離を詰め過ぎたと思われた?)
(牽制、されたのかな···)

津軽さんのことを知れたこと自体は嬉しかったけれど。
確実に空けられた距離を思えば、帰る足取りは重かった。

帰ると、差出人の書かれていない手紙がポストに入っていた。
不審に思いながら、部屋で確認しようと玄関のドアに手を掛けるとーー

(え···開いてる···?)
(今朝、カギ閉め忘れた?いや、そんなことは···)

答えは悩む間もなく出た。

サトコ
「!」

荒らされた室内。
リビングの入り口で固まると、ばさりと差出人不明の封筒が手から滑り落ちる。

(何か関係が···)

室内に人がいないことを確認してから、封筒の中を見てみると。
そこには赤い文字で『忠告だ』と書かれていたーー

to be continued

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