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本編② 津軽12話

荒らされた部屋の中、私の手にあるのは『忠告だ』と赤い文字で書かれた紙。

(いったい、誰がこんなことを···)

オートロックの、それなりにセキュリティはしっかりしたマンションだ。
素人が簡単に入れる建物ではない。

(現場は触らない···でも、目で確認できるところを見れば、物は盗られてなさそう)
(忠告の手紙···わざわざ、私の部屋を狙って入った?)

サトコ
「······」

狙われているという事実を目の当たりにし、恐怖心が込み上げる。
身体を隅に置くことで安全を確保し、心を落ち着けるように深呼吸した。

(『赤の徒』が関係している可能性が高い···ということは、警察には連絡しない方がいい)
(とりあえず、津軽さんに連絡して指示を仰いで···)

津軽さんに電話をかけて、あることを思い出し即行で切る。

(津軽さんは捜査に出てるんだった!邪魔はできない···)
(『間違いです』ってメッセージを送って···)

サトコ
「···もうこんな時間だしな」

時計はもうすぐ10時を回ろうとしている。

(現場は保存しておいて、明日口頭で報告して指示をもらおう)
(今夜はネカフェにでも泊ればいいや)

そう思い、しっかり鍵をかけて部屋を出たもののーー

(ネカフェどころか、近くのビジホまで全部満室だった···)

サトコ
「一晩くらい公園で過ごしても大丈夫···もう寒くないし、この辺は比較的治安も···」

悪くない···と言い聞かせると同時に、少し離れたところから酔っ払いの奇声が聞こえた。

サトコ
「いいんだ、眠らなければ···」

ベンチの上で膝を抱えた、その時。

後藤
氷川?

サトコ
「後藤さん!?」

後藤
こんなところで···待ち合わせ、じゃないよな?

周囲を確認するように見回す後藤さんに小さく頷く。

サトコ
「今夜はここで夜を明かそうかなと···」

後藤
···なぜだ

サトコ
「いろいろありまして」

『赤の徒』関連の可能性を考えれば、後藤さんに詳しく事情を説明するわけにはいかなかった。

後藤
事情があるのは分かった
だが、こんなところで寝るのは危ない

サトコ
「私も出来れば避けたかったんですが、ネカフェもビジホもいっぱいで···」
「基本的に寝ないつもりなので、大丈夫です!」

ご心配なく!と笑ってみせたが、後藤さんは心配そうな表情を崩さなかった。

後藤
···俺の家に来るか?

サトコ
「え···?」

後藤
その、変な意味じゃなくてだな。寝る場所くらいだったら提供できるという意味だ
何だったら、俺が外で寝ても···

サトコ
「とんでもないです!その、じゃあ、部屋の隅で構わないので、ご迷惑じゃなかったら···」

後藤
ああ。どうしてもここに居るというなら、俺もここで夜を明かすつもりだったからよかった

サトコ
「後藤さん···」

冗談めかして笑うけれど、後藤さんなら本当にそうするだろう。

(ありがとうございます!)

その優しさに心の中で手を合わせ、後藤さんに拾われた。

後藤
散らかってて悪い

サトコ
「いえ、そんな···」
「え···」

よくある『全然きれいですよ』という言葉は喉の奥に消えた。

(足の踏み場がない···)

決して “汚い” のではなく、“散らかっている” 状態だった。
ソファには洗濯だけされたクシャクシャの服が積み重なっている。

後藤
···その、ソファは服を退ければ使えるから

サトコ
「わ、私は大丈夫ですが···あの、どこに何があるか、わかるんですか?」

後藤
まあ、大体は···な

後藤さんが一瞬、遠い目をする。

(見つからないモノ、あるんだ···)
(津軽さんの部屋より後藤さんの部屋が散らかってるっていうのは、ちょっと意外だな)

短期間で2人の男性の部屋に上がることなど滅多になく、思わず比べてしまう。
津軽さんの部屋はリビングだけは綺麗だった。

(私が封筒バラまいて散らかしちゃったくらいだし)

自分に自分で驚いて、動揺してよろけると。
ガタッとサイドボードに肘がぶつかった。

サトコ
「あ!」

サイドボードからバサバサッと郵便の束が落ちて、慌てて拾う。

(ん?同じ人からの郵便物が溜まってる?)
(未央···さん?女性からの手紙?)

(そういえば、未央さんが誰なのか···聞けないままだった···)

後藤
氷川?

サトコ
「あ、はい」

後藤さんの声に、目の前の散らかりに意識を戻す。

サトコ
「少しだけ···片付けてもいいですか?」

後藤
いや、掃除させるために呼んだわけじゃない

サトコ
「私が借りるソファの周りだけ、軽く」

後藤
ああ···

申し訳なさそうな顔をする後藤さんに笑顔を向け、私は大きなゴミ袋を手にした。

(カロリーブックのチーズ味、フルーツ味、サラダ味···)
(固形とゼリーの栄養食品の箱ばっかり)

サトコ
「あ、これ “飲むおにぎり” !後藤さん、食べたんですか?」

後藤
ああ。それは “飲むおにぎり” というより、“飲む海苔” だった

サトコ
「 “飲む海苔” ···」

私にだけ任せておくのは悪いと思ったのか、後藤さんもゴミの仕分けをしている。

サトコ
「後藤さん、ちゃんと食べてますか?」

頭の中で津軽さんの『お節介』という声が響いたが、聞かずにはいられなかった。

後藤
家には寝に帰るだけだからな

サトコ
「公安って、本当に大変な仕事なんですね」

(津軽さんはおかしなものばかり食べてるし、後藤さんは栄養食ばかり)
(どっちがいいのかって言われたら、後藤さんの方がマシなのかもしれないけど)

サトコ
「明日の朝、朝ご飯作ってもいいですか?」

後藤
冷蔵庫の中、水とカロリーブックしかないんだ

サトコ
「···身体、大事にしてください」

後藤
···面目ない

私たちが持つゴミ袋がぶつかって、片付けは一段落になる。

後藤
ブランケット持ってくる。買ったまま使ってないやつがあるから

サトコ
「すみません、ありがとうございます」

後藤さんが奥の部屋に行くと、カバンに入れたスマホが鳴った。

(津軽さんから!)

サトコ
「はい、氷川です」

津軽
さっきの何?どしたの?

百瀬
『津軽さん、時間ないです』

津軽
わかってるから、15秒。ウサちゃん、何の電話?

サトコ
「いえ、明日で大丈夫です」

(15秒で話せる内容じゃないし)

サトコ
「お忙しそうなので、これで···」

電話を切ろうとした、その時だった。

後藤
シャワー、先に浴びるか?

サトコ
「!」

津軽
ねえ、今の声って···

(ご、誤解される!?)

<選択してください>

テレビです!

サトコ
「テ、テレビです!」

津軽
けど、せい···

サトコ
「もうこんな時間だから寝ないと!おやすみなさい!」

何か聞こえました?

サトコ
「な、何か聞こえました?」

津軽
今の誠二くんの···

サトコ
「あれ?すみません、電波が悪いみたいで···」
「また、明日!おやすみなさい!」

おやすみなさい

サトコ
「また明日!おやすみなさい!」

半ば強引に慌てて通話を切ったものの、心臓はバクバクいっている。

(誤魔化せた?後藤さんとなんて···誤解されてないよね?)

後藤
タイミング、悪かったな

サトコ
「いえ、大丈夫ですよ!相手は津軽さんですから」

後藤
氷川は···津軽さんが好きなんだな

サトコ
「!!??」

突然の発言で、結んでいたゴミ袋を足に落としてしまった。
雑誌の角が足の甲に突き刺さる。

サトコ
「···っ!」

(痛い!)

サトコ
「そんっ、そっそっ···そんなわけは!」

後藤
津軽班に入った時は、いろいろ抱えていたようだが
今は津軽さんを信頼できてるみたいで、よかった

サトコ
「信頼···?」

(つまり、好きっていうのは『上司』としてって意味···)
(そ、そうだよね···!)

サトコ
「ええと、その、信頼というか···以前よりは津軽さんという人が分かってきたというか」

後藤
そうか

サトコ
「はい。それに···津軽さんには未央さんって人がいるんだし···」

津軽さんの部屋に積まれていた手紙の主を思い出し、ぽつりと呟くと。

後藤
みお···?

サトコ
「え、あ···その···」

独り言を拾われてしまい、どう説明したものか言葉に詰まる。

後藤
みおって、どんな字だ?

サトコ
「未来の “未” に、中央の “央” ですけど···」

後藤
···それはおそらく、“みお” ではなく “ひでひろ” だ

サトコ
「え?」

思わぬ人から思わぬ話が出てきて、思考が一旦停止した。

to be continued

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