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本編② 津軽13話

朝。目覚めると全く見覚えのない天井で一瞬焦った。

(そうだ、昨日、後藤さんに拾ってもらって···)

自分の部屋が荒らされたことを思い出し、さっそく気が重くなる。

後藤
おはよう

サトコ
「おはようございます。ソファ借りてもらえて助かりました」

後藤
今日は大丈夫なのか?

サトコ
「はい。今日は早めに手を打ちます」

後藤
もし、また困ることがあれば言ってくれ

サトコ
「ありがとうございます!」

(後藤さんには助けてもらってばっかり···恩返ししなくちゃ)

後藤
朝飯、コンビニで適当に買ってきたから。好きなものを食って出ろ

サトコ
「すみません。わざわざ」

後藤
片付けてもらった礼だ

後藤さんと朝の支度をしているのが不思議な気分だった。
ひと通りの用意を終えて、最後に腕時計を着けようとして電池が切れていることに気が付く。

サトコ
「あ···」

(予備の腕時計は家なんだった。今日は、電池を替えに行く時間あるかな)

後藤
時計、止まったのか?

サトコ
「電池切れみたいなので。後で時計屋さんに行ってきます」

後藤
それまで困るだろう。ちょっと待ってろ

後藤さんは寝室の方に行くと、1本の腕時計を手に戻ってきた。

後藤
これを使え」

サトコ
「いいんですか?高そうな時計ですけど···」

後藤
大したもんじゃない。今、忙しんだろう?返すのは、いつでもいいから

(実際、何かあった時にスマホじゃ時間確認できないかもしれないし)

サトコ
「お借りします。重ね重ね、ありがとうございます」

後藤
気にするな

ベルトの太い男物の時計をすると、少し照れ臭かった。

登庁し、自分の席に着く。

(津軽さんが来たら、昨日のこと報告しないと)

スマホで撮っておいた部屋の写真を見て、報告内容について整理していると。

百瀬
「匂う」

サトコ
「!?」

突然、百瀬さんの顔が視界に飛び込んできた。

サトコ
「き、昨日はちゃんとシャワー浴びましたよ」

百瀬
「後藤の匂い」

サトコ
「!」

(な、何で!?)

百瀬
「特にこれ」

百瀬さんが鼻先を腕時計に近づける。

サトコ
「百瀬さん、本当に犬なんですか!?」

百瀬
「あぁ?」

サトコ
「これ、後藤さんに借りたものなんです。本当に匂いでわかったわけじゃないですよね?」

百瀬
「文句あんのか」

(なんで睨まれるの?)

サトコ
「文句はないですけど、理由が知りたいです」

百瀬
「だから匂いだっっつってんだろ」

(本当に犬なのか···)

そう思うと諦めた時、頭の上にズシッと重みが乗った。

百瀬
「津軽さん」

サトコ
「津軽さん」

同時に名前を呼ぶと、俺が呼んだのが先だと言うように睨まれる。

(ほんとに津軽さんの忠犬だな)

サトコ
「あの、重いんですが···」

頭を動かすと、津軽さんの顔が横に来る。

津軽
······

(あ、あれ?無表情?何か怒ってる?)

普段と違う津軽さんの様子に戸惑っていると···

両腕が後ろから回された。

(こ、これだと、抱き締められてるみたいな···っ)

サトコ
「つ、津軽さん!?」

津軽
これか。誠二くんの匂いがするってヤツ

津軽さんの温もりを感じない指先が、後藤さんの時計を外してしまった。

サトコ
「あ···」

津軽
これ、着けてなさい

津軽さんは自分の腕時計を外すと、それを私の腕に巻きつけた。

サトコ
「津軽さんの時計···でも、津軽さんは···」

津軽
会話を盗聴される可能性だってあるからね。こんなの着けちゃダメだよ

サトコ
「でも、後藤さんがそんなこと···」

津軽
するわけない?油断は禁物。誠二くんは公安課のエースなんだから

(後藤さんがそんなことをするなんて、とても考えられないけど)

それは言わずに胸に収めておく。

津軽
これは俺から返しておくよ

津軽さんの髪が耳をくすぐる。
彼が動くと、サラッとしたその頬が私の頬を擦った。

(最近、ちょっと距離が近すぎるような···っ)

病室で目覚めた時、給湯室、そして今。
普通だったら、顔が真っ赤になりそうな状況だけれど。

百瀬
「······」

百瀬さんの殺意に満ちた視線が突き刺さり、顔半分は赤く半分は青ざめた気分だった。

サトコ
「津軽さん!」

公安課を出た津軽さんを捕まえる。

津軽
時計、気に入った?

サトコ
「え?ええ、まあ···それより報告したいことが合って」

津軽
俺が貸してあげた時計より重要なことって、どんなことよ

(なぜ、そこに不満を持つのか···)

サトコ
「昨日、私の部屋が荒らされました。『忠告だ』という文書も」

津軽
ああ、そう。じゃあ、報告書にして提出して

サトコ
「はい。それで、私の部屋は···」

津軽
調べるように言っておくから、それが終わるまでは戻らないで
察庁の近くにホテルとって。宿泊代は経費で落としていい

サトコ
「いいんですか?この辺のホテル、かなり高いですけど」

津軽
今夜も誠二くんちに泊まるわけにはいかないでしょ

サトコ
「!」

(後藤さんの部屋に泊まったの、バレバレだったんだ···)

<選択してください>

後藤さんはいいって···

サトコ
「でも、後藤さんは困ったらいつでもと」

津軽
誠二くんだって夜はケダモノなんだよ

サトコ
「ど、どういう意味ですか?」

津軽
そのままの意味

サトコ
「······」

(深くツッコまない方がよさそう···)

津軽さんの部屋は···

サトコ
「あの、津軽さんの部屋とかは···」

津軽
ん?

サトコ
「な、何でもないです!」

(何言ってるんだろ、私は···)

津軽
荒らされた部屋と同じ建物の部屋は危ないよ

サトコ
「あ、そうですよね···」

ホテル暮らし楽しみます

サトコ
「ホテル暮らしを楽しみます」

津軽
ルームサービスは経費にならないからね

サトコ
「それは残念です···」

津軽
「基本的に、ホテルの部屋には誰も入れないようにね」

サトコ
「はい」

(少しは心配してくれてるのかな)

津軽さんが歩き出すと、借りた時計の時針がちょうどお昼の12時を指した。

午後は銀室長同席の捜査会議。
今日はこれまでの報告書と証拠を元に、捜査方針を決定する日だった。

津軽
氷川が得た証拠を元に、花巻富士夫を第一容疑者とし引っ張りたいと考えています

百瀬
「これが花巻富士夫のPCから収集したデータの一覧です」

資料に目を通した銀室長が小さく頷く。


「その線で進めろ」

今現在の情報から判断すれば、花巻監督が『赤の徒』と関与していることは間違いない。
けれどーー

(この証拠の信ぴょう性自体が···)

銀室長は絶対的な存在。
会議の流れが決まってる中で、意義を唱えることなど許されないのかもしれない。

(でも、これが冤罪につながったら···)

サトコ
「待ってください」


「······」

津軽
「······」

無言の重圧に声が張り付きそうになるも、何とか自分を奮い立たせる。

サトコ
「助手の話によれば、花巻監督は重度の機械音痴とのことです」
「ですが、今回証拠は全てデータ化、フォルダもロックされた上に履歴も隠蔽された」
「花巻富士夫が関わっているにしても、他に主犯となる人物が···」


「存在すると思うなら、それを証明する証拠を持ってこい」
「新人の憶測に付き合う時間はない」

サトコ
「ですが、不確かな証拠を元に捜査を進めるのは···!」

津軽さんの反応を見ようと、そちらに顔を向けると。

津軽
氷川。あまり場を乱すようなら、退室させるよ

サトコ
「!」

完全に息の根を止められたも同然。
明日の新作映画試写会パーティーで、花巻監督を確保することが決まった。

to be continued

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