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本編② 津軽15話

薄暗い冷蔵庫の中。
どこの倉庫だかわからないけれど、周りには発泡スチロールの箱やダンボールが積まれている。

(全体的に生臭い···鮭とかが冷蔵されてるのかな)
(早くここを出ないと、体温が奪われて危険だ···)

縛られた手で倉庫のレバーを動かそうとするも。

サトコ
「ぐぬぬ···っ」

全体重をかけても、厳重に鍵が掛けられているのかビクともしない。
何度かトライしてみたが、体力が奪われただけだった。

(ダメだ···手がかじかんで動かなくなってきた)
(頭も寒くて回らない···)

ズルズルと扉の前に座り込む。
少しでも暖をとりたくて丸まったけれど、どこもかしこも冷たい。

サトコ
「ああ、ここで死ぬとかはナシで···」
「東京まで出てきて、苦労して公安学校卒業したのに···」
「配属先で人権はないし」
「先輩の百瀬さんは犬みたいなくせに人間扱いしてくれないし」
「津軽さんには嫌われたし!」
「そのうえキスシーンまで見せられるし!」
「幸せになりたい人生だった···」

ぎゅっとさらに身を丸めると、コロンと何かがポケットから落ちた。

(ん?なに?)

サトコ
「チンジャオロースチョコ···」

(今日着てるの、あの時の上着···ずっと入れっぱなしだったんだ)
(これをくれた時の津軽さん···)

津軽
疲れてる時には糖分と塩分
チンジャオロースチョコなら両方をいっぺんにとれるよ
ほら、元気出そう?

(頭を撫でて、子ども扱いって思ったけど)

今では、あののどかな時間が懐かしい。

サトコ
「変な人だけど、そんなに悪い人じゃないのかもって···」

津軽
夜食に貰ったおにぎり食べたよ。俺の好きな味
今まで食べたおにぎりの中で1番美味しかった

津軽
あの人の不可能を、俺が可能にしてあげたいと思ってる
あの人が黒だって言うなら
俺は白を黒く塗りつぶすよ

津軽
サトコ?

サトコ
「え···?」

津軽
···え、合ってるよね?
···違った?

サトコ
「合ってます···合ってます!!」
「もう1回言ってください!」

津軽
るっさいなー。名前呼んだだけじゃん

サトコ
「そっちだって近づいてきたくせに···イス蹴飛ばしたりして大人げない!」
「まあ、最終的に突き放すための、あれこれだったのかもしれないけど···」
「振り回すだけ、振り回すなんて」

目に焼き付いている津軽さんと芹香さんのキス。

(私の気持ちも知らずに···)
(いや、言ってないから当たり前だし、知られてても困るけど!)

サトコ
「もう嫌われてるんだし···」

溜息を吐くと、息は真っ白だった。

(踏んだり蹴ったり···)
(でも、転んだままで終わるのは嫌だ!)
(嫌われついでに、思ってることは言ってやりたい!)

かじかんで動かなくなっていた手を、気力を振り絞り握り締めた。

サトコ
「 “焼きウサギ” の起き上がりこぼし!可愛い···ありがとうございます」

津軽
君に似てるよね。倒れても起き上がるところとか

サトコ
「倒れても···起き上がる···倒れても、起き上がる!」

(元気が出るチョコ···か)

チンジャオロースチョコを口に放り込む。

サトコ
「ぐ···マズっ!」
「これだけ疲れてて、お腹空いてるのにマズイなんて!」
「生きてマズイって伝えてやる!」

勢いよく立ち上がったおかげで、倉庫の天井が見えた。
天井には小窓がひとつ。

(あそこから外に出られるかも!)
(ダンボールを積んで、ガラスを割れれば···!)

ダンボールを積み、ひとつのダンボールを壊して盾にする。
そして倉庫の隅にあったバールを手にすると、窓を壊して脱出口を確保した。

サトコ
「よし!」

窓から顔を出したところまではよかった。

(う···これ以上腕に力が入らない···っ)
(最悪、滑り落ちれば···!)

倉庫の屋根をずり落ちながら、受け身の態勢をとり、ついにーー

(落ちる!)

衝撃に備え目を瞑り、ぐっと歯を噛み締めた時。

???
「空から降ってきていいのは、美少女だけだよ」

サトコ
「え···」

力強い腕に抱き留められた。
伝わる、温もり。

津軽
何やってんの

サトコ
「津軽···さん?」

津軽
言う事聞かない悪い子だな

(どうして、津軽さんが···)

サトコ
「私···死んだ?」

津軽
は?

サトコ
「津軽さんを温かく感じるなんて···」

津軽
君が冷凍されてるからでしょ
ほら、これ羽織って

一旦私を下に降ろし、上着を着せてくれる。

(津軽さんの匂い···)

これまであまり意識したことがなかったけれど。
自分の身体が冷たく、温もりを通して匂いも伝わっているのかもしれない。

津軽
はい

サトコ
「え?」

津軽さんが私の前に屈んだ。

津軽
向こうに戻ったら動かなきゃいけないんだから、今のうちに休んでおきな

(負ぶってくれるってこと···)

<選択してください>

甘えさせてもらう

(どうしよう。この歳でおんぶはちょっと···)
(自分で歩きたいけど)

立ち上がろうとしたが、それだけで太ももが震えた。

(寒さに加えて、屋根を転がった時の衝撃がまだ···)
(このあとの事を考えたら、今は助けてもらった方がいいかも)

サトコ
「失礼します···」

津軽さんの背中に乗せてもらう。

自分で歩く

(でも、津軽さんとは気まずいし···)

頭を過ぎるのは、津軽さんと芹香さんのキス。

サトコ
「自分で歩きます」

立ち上がろうとしてすぐによろめき···結局、津軽さんの背中に倒れ込んでしまった。

サトコ
「す、すみません」

津軽
いいから

私を負ぶって津軽さんは立ち上がる。

私といていいんですか?

(あんな別れ方したのに、どうして···)
(それに、津軽さんは芹香さんと···)

サトコ
「私といていいんですか?」

津軽
俺だって、はるばるこんなとこ来たくないよ
だから、さっさと乗って

サトコ
「···わかりました」

急かされれば、これ以上余計なことは言えなかった。

津軽
お尻の大きさは左右非対称じゃないんだね

サトコ
「なっ···!」

(気まずいと思ってたのは、私だけ?すっかりいつも通りの津軽さん···)

サトコ
「···どうして、私の居場所が分かったんですか?」

津軽
ほんと君って間抜けだよね。盗聴器の話、忘れた?

サトコ
「盗聴器···」

津軽
会議を盗聴される可能性だってあるからね。こんなの着けちゃダメだよ

サトコ
「津軽さんの時計!もしかして盗聴器が···!」

津軽
発信器もね

サトコ
「···そうですか」

(まあ、結果的に助けてもらったんだから、文句は···)

サトコ
「待って」

津軽
ん?トイレでも行きたい?だったら、その辺で···

サトコ
「違います!盗聴器ってことは···」

(私の叫びが全部聞こえて!?私、何言ってたっけ!?)

津軽
嫌ってないから

サトコ
「え···」

津軽
モモは犬だけど、俺は嫌ってない

サトコ
「そ、そうですか···」

身体が温まってくると、津軽さんの温もりが薄れていく。
それが···寂しかった。

to be continued

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