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本編② 津軽17話

花巻監督の助手ーー小水靖文に花巻芹香が刺された。
会場の駐車場には救急車が到着し、芹香さんが運ばれ花巻監督の取り乱した声が響く。

(監督助手の男が、どうして芹香さんを?)

監督助手の小水は公安員に連行されている。
そして当初のターゲットだった花巻監督は付き添いで救急車に乗っていく。
それが示す事実はーー

(津軽班のターゲットは最初から、監督助手の小水だった)
(会場では花巻監督を確保するって話だったけど)

サトコ
「······」

これが何を意味するかわからないほど、バカではない。

津軽
······

津軽さんは少し離れた場所で狼狽える花巻監督を眺めている。
実際に彼らを見ているのかどうかは、わからないが。

(···話すべきなんだよね)

サトコ
「···津軽さん」

津軽
これから病院に行くけど、一緒に行く?

サトコ
「え、行けるんですか?」

津軽
行きたければね

<選択してください>

行きます!

サトコ
「行きます!」

公安に所属するものが事件の被害者に付き添うことは滅多にない。
基本的に許されないはずだ。

(どうしてこんなこと言いだしたのか分からないけど、行けるなら行きたい)
(芹香さん、頑張って···)

先に話を···

(行きたいけど、話さなきゃいけないことがあるし···)

サトコ
「先に話したいことが···」

津軽
花巻芹香、もつかわからないよ

サトコ
「!」

(話はあとでもできる···今は芹香さんの快復を祈ろう!)

サトコ
「行きましょう!」

どうして行くんですか?

サトコ
「津軽さんはどうして行くんですか?」

津軽
花巻芹香も花巻富士夫も重要参考人だからね
この状況で目を離すわけにはいかない

仕事だからーーということらしいが、なら行くのは津軽さんじゃなくてもいい気がする。

(それでも津軽さんが行くなら、私も行こう)
(芹香さんの容態も気になるし、今夜のうちに津軽さんと話しておきたいから)

サトコ
「行きます」

芹香さんの容態が気になった私は津軽さんの横に並んだ。

花巻富士夫
「芹香、芹香···っ」

芹香さんは手術室に入り、花巻監督は廊下の椅子で祈るように手を合わせている。

医師
「花巻さん」

花巻富士夫
「せ、先生!芹香は!芹香は大丈夫なんですか!?」

医師
「状態は安定していますが、刺し傷が深くかなりの量の出血をしています」
「これから輸血を行います。芹香さんの血液型はB型で間違いありませんね?」

花巻富士夫
「はい」

サトコ
「え···?」

(芹香さんは、確か···)

花巻芹香
「津軽くんって、何型?」

津軽
AB

花巻芹香
「ウソ、私O型なの!」
「OとABって相性悪い~、やだ~っ」

(O型じゃないの···?)

医師はカルテを見ながら確認しているし、花巻監督も間違いないと言った。
彼女はきっとB型なのだろう。

(じゃあ、どうしてO型って···本人が勘違いしてた?)

医師が手術室に戻ると、沈黙が流れる。
顔を上げたり下げたりしていた花巻監督が、不意に私たちの方を見た。

花巻富士夫
「さっき···芹香の血液型を聞いた時、意外そうな顔をしてたね」

サトコ
「その···血液型占いの話をしている時に、O型と言っていたのを聞いたので」

花巻富士夫
「この件で、いずれ表に出ることになるかもな···」

花巻監督は手術中の赤いランプをじっと見つめたまま続ける。

花巻富士夫
「芹香は···私の子ではないんだ」

サトコ
「···!」

津軽
······

花巻富士夫
「妻の子だが、私の子ではない」

それがどういう関係を示すのか···様々な憶測はできるが、ここで聞くことでもなかった。

花巻富士夫
「でもね、芹香は私を父親だと思ってる。微塵も疑っていない」
「私だって···生まれたばかりのあの子を抱いて、育ててきたんだ」
「私は芹香の父親だ。それは胸を張って言える」

泣き腫らした顔で花巻監督がこちらに顔を向ける。

花巻富士夫
「芹香には、このことは言わないでおいてくれ!」
「あの子は何も悪くないんだ···」

サトコ
「···もちろんです。私たちから言う事はありません」

津軽
······

津軽さんを確認すると、彼は無言だった。
その考えは読めない。

(同じ考えだといいけど)

花巻富士夫
「芹香は私の娘なんだ···」

サトコ
「芹香さんにとっても、それはアイデンティティです」

花巻富士夫
「え?」

サトコ
「あなたの作品に出れるようになりたいと、その才能を引き継ぎたいと言ってました」
「あなたの娘だから、芹香さんは自分を磨いて輝いてる···」

私のお世辞ではない。
女優のSERiCaは、確かに実績を上げ世間に認められている。

花巻富士夫
「芹香がそんなことを···私の才能を···」

サトコ
「芹香さんの父親は、花巻監督しかいません」

花巻富士夫
「···ありがとう」

津軽
······

花巻監督と私が話している間、津軽さんはひと言も発しなかった。

芹香さんの手術は無事に終わった。
彼女は個室に移り、花巻監督も今夜は病院に泊まるらしい。

津軽
すっかり遅くなっちゃったね。そうそう、君の部屋、もう戻れるよ

サトコ
「そうですか」

(話さなくちゃ···な)

津軽さんとの間にあった気まずい空気が、どこかに行っていて。
できればこのまま、何もないフリで済ませたいけれど。

(それはできない。私は白を黒に塗りつぶせない)

サトコ
「いつから、助手が第一容疑者になっていたんですか?」

津軽
······

津軽さんが立ち止まる。
合わせて私も彼の3歩後ろで立ち止まった。

津軽
芹香とデートした時から

サトコ
「そう、ですか。じゃあ、私が監督の家で証拠を集めた時には分かってたんですね」
「監督じゃなくて、助手の方が犯人だって」

津軽
まぁ、そうなるかな

サトコ
「情報を共有しなかったのは、わざとですね?」
「捜査会議で異議を唱えたのにも関わらず、間違った流れで捜査を進めたのも」

津軽
······

(違うって、言ってくれればいいのに···)

あり得ないと分かっているのに、その背中に期待してしまう。

サトコ
「目的は···公安学校の卒業生である私を···」
「正式な目的で捜査から外すため」

津軽
······

(無言は肯定。まあ、そうだよね···)
(石田美さんたちが心配してくれた時に、もっとちゃんと考えてれば)
(私は、あの時···)

(あれは悪意のある笑顔じゃない···と思いたい)
(普通に接してくれることにも、捜査に出してくれてるのにも、裏があるかもしれないなんて···)

(津軽さんを信じたいと思ってた)
(そう思うこと自体が間違いだった。最初から···)

津軽
······

津軽さんは私を見ていない。

(私は結局、仲間じゃない)
(お飾りにすらなれなかった。だから···)

ーー切り捨てられる。

サトコ
「津軽さん」

津軽
······

サトコ
「こっち向いてください」

わざと明るい声で言う。
少しの間のあと、目を伏せたままの彼が振り返る。

サトコ
「二度目ですね。でも、今回は反射的なものじゃありません」

笑顔のまま近づいて、思い切り手を振り上げる。
パンッと響く、乾いた音。

津軽
······

サトコ
「あなたなんてもう、顔も見たくありません!」

彼の頬を張った手が痛い。
ジンジンと痺れる···手も、心もーー

to be continued

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