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本編② 津軽18話

久しぶりに帰った自宅。
誰が手配してくれたのかはわからないが、ハウスクリーニングもされていた。

サトコ
「はあぁぁぁ···」

整えられたベッドに沈む。
こうしてベッドに沈むのは、最近3度目。
津軽さんをビンタしたのは、2度目。

(私の公安刑事としてのキャリアは終わったんだろうか···)
(もう津軽班に居場所はない···)

サトコ
「······」

枕に左頬を埋め、右手を見つめる。

サトコ
「あなたなんてもう、顔も見たくありません!」

津軽
······

津軽さんは終始何も言わなかった。
その顔を見ることはできなくて、どんな顔をしているのかはわからなかった。

サトコ
「顔、見とけばよかったかな」

(津軽さんに嵌められそうになった)
(それが銀室長の指示であっても、津軽さんは私を助けてはくれなかった)

サトコ
「こんなことをするなら、初めから公安学校の生徒を入れなければいいのに」

怒りや不満、様々な思いが入り乱れるけれど。
心の根底にあるのはーー

(結局、私がそれだけの存在でしかなかったってこと)
(その程度にしかなれなかったってこと)

サトコ
「はあぁ···」

無力感と言えばいいのだろうか。
己の存在の小ささを突き付けられるのは、やはり辛い。

サトコ
「······」

(そういえば···)

病院を出る時、百瀬さんからファイルを押し付けられた。

百瀬
「今回の突入の報告書、作っとけ」

(捜査からは外したいけど、面倒事は押し付けたいってことか)
(これが公安での最後の事件になるかもしれないし···)

花巻監督と芹香さんのことを考えれば、顛末は見届けたい。

サトコ
「···やるか」

本当なら、とても仕事する気にはなれないところだけれど。
気力を振り絞りファイルに目を通す。

(ん?これ···小水靖文は以前、女優の付き人だった?)

捜査資料を見て、あることが引っかかる。
ひとつの情報に目を通しながら、私はスマホを手に取っていた。

木下莉子
『サトコちゃん?どうかした?』

サトコ
「莉子さん、今から超特急で調べてもらいたいことがあるんですが···」

結局、この日は気が休まることがないまま朝を迎えた。

処分が下らない限りは、私は登庁しなければならない。
科捜研に寄ってから、少し遅れて公安課に顔を出す。

(そのうち異動の話でもくるのかな)

サトコ
「···おはようございます」

津軽
おはよう

(津軽さん···)

不在でいてくれればと願ったけれど、こんな時に限って朝からいる。
見たくないと思いながらも、チラッと顔を見ると。

津軽
······

(マ、マスクしてる!?)

津軽さんはその長く重い睫毛を伏せて、決して私の方を見ようとはしない。

(まさか、顔も見たくないって言ったから?)

<選択してください>

見なかったふりをする

(向こうが見ないなら、こっちも見なかったことにしよう)
(下手にツッコんで面倒なことになっても嫌だし···)

気付かなかったふりで、私は前を向いた。

顔をよくよく見る

(本当に私のせい?)

その顔を凝視すれば、津軽さんが視線に気付かないわけがない。
けれど彼は頑なに、こちらを向こうとはしなかった。

(うん、多分···いや、絶対に私のせいだ···)

風邪ひいてるのか聞く

(だからってマスクで顔を隠すなんてことしないよね)
(だとしたら···)

サトコ
「風邪でもひいたんですか?」

津軽
君が、それを聞く?

顔を見ないまま返事だけが返される。

(ってことは、やっぱり私が顔を見たくないって言ったから?)

皆がマスク姿の津軽さんを見て見ぬふりしているのが余計に居たたまれない。
私の素知らぬふりでやり過ごすしかない···と決めると、横から肘鉄が飛んできた。

百瀬
「報告書」

サトコ
「昨日、資料を渡したのは報告書を作るためじゃないですよね?」

百瀬
「······」

百瀬さんと視線がぶつかる。
その目と沈黙は肯定を意味していた。

百瀬
「午後から小水靖文の取り調べだ」

サトコ
「それなら、これを」

朝、科捜研の莉子さんから受け取ってきたDNA鑑定書を百瀬さんに見せた。

助手である小水の取り調べは津軽さん同席のもと百瀬さん主導で行われる。

百瀬
「この氷川の部屋を荒らしたのも、お前の仕業だろ」
「実行犯から、お前の名前が出ている」

小水靖文
「······」

サトコ
「花巻監督の家に行ったとき、あなたに会いましたよね」

百瀬
「その時に情報を抜かれたんじゃないかと思って、こいつの部屋を荒らした···違うか?」

小水靖文
「······」

(黙秘で通す気?)

小水はずっと机を見つめている。
元から無表情な男だったが、今は魂が抜けているようにも見えた。

津軽
これを

津軽さんが私にファイルを差し出す。
中に入っているのは、さっき私が渡したDNA鑑定書。

(私が話を進めていいってこと?)

百瀬
「······」

百瀬さんが口を開く様子もないので、私がファイルを開いて見せた。

サトコ
「あなたと花巻芹香さんのDNA鑑定書です」
「花巻芹香さんは、あなたの娘ですね」

小水靖文
「······」

一点を凝視していた小水の視線が初めて動いた。
DNA鑑定書を見ている。

小水靖文
「···どうして、気付いた」

サトコ
「あなたの過去は調査済みです。これに右手の親指の付け根にあるホクロ」
「芹香さんは両手の同じ場所にホクロがある」

小水靖文
「···鑑定書が誤っている可能性は?俺はあの女を刺したんだぞ」

百瀬
「花巻芹香は花巻富士夫を庇って刺された」

小水靖文
「···っ」

百瀬
「しかも会場に仕掛けられた爆弾は、真下にだけは被害が及ばないタイプのものだった」

机に置いた小水の拳が握られるのが分かった。

サトコ
「あなたは花巻芹香と親子関係にあることを知られることを警戒していた」
「その一方で、父親の顔をしている花巻監督を許容できなくなっていた」

小水靖文
「何だと···?」

小水の視線が睨むように私に移る。

サトコ
「あなたと初めてすれ違った時、手にファンデーションがついたんです」
「その理由が、その時はわかりませんでしたが···」
「そのホクロを隠すためのファンデーションだったんですね」

小水靖文
「あいつが···!あいつが芹香の才能を認めないから悪いんだ!」
「俺ばっかりじゃない···芹香の才能まで認めないから、俺は···!」

百瀬
「···落ちたな」

小水は机を叩きながら、積年の想いを吐き出すように話を始める。

小水靖文
「あの男は俺の駒として動いてればよかったのに!」
「それを···何もかも自分の手柄のような顔で!玲子も芹香も手に入れて···!」

サトコ
「玲子···女優の花巻玲子ですね?」

小水靖文
「···ああ」

(やっぱり···昨日私が莉子さんに連絡するきっかけになったのは、このこと)
(小水靖文はもともと花巻玲子の付き人で、この業界に入って来ていた)

この付き人期間と芹香さんの年齢、そして親指のホクロが2人を結び付けた。

(認知は花巻富士夫がしてるから、小水と芹香さんの間には現実として何も存在しない)

その現実が小水を犯行に駆り立てたのではないだろうか。
あくまで想像でしかないけれど。

百瀬
「お前が『赤の徒』に関する情報を花巻富士夫のPCに入れていたのは、いざという時のため」
「花巻富士夫はPCを使えないから、利用されていることに気付くはずもないと考えたんだろう」

小水靖文
「···ああ」

津軽
今日はここまででいい。『赤の徒』については、後日聞かせてもらう

小水靖文
「芹香は···芹香は大丈夫なのか!?」

サトコ
「芹香さんは···」

津軽
行くよ

答えは津軽さんに遮られる。

(言うなってこと?)

津軽さんを見ると、取調室を出ると同時にマスクをしている。

(芹香さんは今朝意識が戻って、順調に快復しているそう)
(小水が『赤の徒』も幹部だって裏も取れて、こっちも芋づる式に捜査が進むと思う)
(全て順調、問題は解決する···)

津軽
······

この人との問題以外は。

to be continued

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