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カレ×Kiss 後藤1話

砂浜の向こうに広がるのは穏やかな日本海。
もう少し季節が進めば、浜辺に立っているのも寒くなりそうな浜辺で。
私はダイビングの旅行者として数週間滞在していた。

海女A
「あらぁ、カッパちゃん!今日も早いのねぇ」

サトコ
「朝の海は澄んでいて潜りやすいから···個々の海、本当に綺麗ですよね」

海女B
「 “あれ” さえなければ、景色ももっといいんだけどねぇ」

一斉に顔を向けた先あるのは、海の向こうに浮かぶ一層の船。
あの船こそが、私がこの漁村に滞在している理由だった。

海女A
「また来てる···カッパちゃんも気を付けてね」

サトコ
「はい」

(今日で19日目···津軽さんに報告しないと)

不審船をバックにセルフィーで写真を撮る。

(もうすぐ任務に就いて20日なんて早い···)
(もしかしたら···って思ったけど、結構長引いちゃったなぁ)

始まりは、津軽班初めての単独任務を任された、あの時ーー

津軽
はい、プレゼント

スッと津軽さんから差し出された1冊のファイル。

(これは···きっと面倒なことを押し付けるやつだ!)

サトコ
「あ、津軽さんからのプレゼントでしたら、百瀬さん、どうぞ」

百瀬
「······」

サトコ
「百瀬さーん、津軽さんからのプレゼントですよ~」

百瀬
「······」

耳元で再度呟くと、本気のデコピンが飛んできた。

サトコ
「~っ!」

津軽
人の好意は素直に受け取らなきゃいけないって、学校で習わなかった?
はい

おでこを押さえる頭の上に津軽さんが書類を置く。

(こうなっては、もう逃げられない···)

ファイルがずり落ちる前にキャッチして、その中を確認すると···。

サトコ
「日本海に出現する不審船の調査···?」

津軽
ほんとは外事の担当なんだけど、向こうも人手不足らしくて、お手伝い案件
問題の船は、この1ヶ月の間に何度も姿を見せてるらしいよ
まだ被害は報告されてないけど、その前に動くのが俺たちのお仕事だから

サトコ
「この不審船の目的を突き止めるのが、今回の私の任務なんですね」

津軽
ダイビング旅行者を装っての潜入捜査だから、“長野のカッパ” ちゃんには、ぴったりでしょ

サトコ
「まぁ、泳ぎは得意ですけど···この任務、私ひとりで行くんですか?」

百瀬さんがチラリともこちらを振り返らないことを気にしながら尋ねる。

津軽
俺と二人旅したい気持ちはわかるけど、別件抱えちゃってて~
単独任務デビュー、おめでとう

サトコ
「はぁ···」

津軽
漁村への潜入にプラスして、謎の船の調査だからね。ワクワクするなぁ

百瀬
「二時間ドラマみたいだな」

(百瀬さん、ここで発言する!?)

津軽
海辺の崖には気を付けて

サトコ
「犯人と対峙するシーンですか?」

津軽
まあ、そういうこと。さてさて、でっきるっかな~♪

サトコ
「······」

(部下を任務に出す人が、こんな気楽なテンションでいいんだろうか···)

いつもの津軽さんだとは思いながら、公安学校時代との差を感じてしまう。

(いやいや、津軽さんのテンションに引っ張られてはいけない!)
(初めての単独任務、決して簡単な内容じゃないんだから気を引き締めて行かないと!)

資料に目を通せば、意外と長引く任務になるかもしれないと気が付く。

(不審船の動き方にかかってるわけだし、長期化する可能性があるなら···)

私がさり気なく視線を送るのは···

後藤
······

(任務中は、なかなか連絡できないだろうし、知らせておきたいな)

もちろん、恋人とはいえ任務の詳細について話すことはできない。
けれど、しばらく離れることだけは知らせておきたかった。

(今すぐ動くと、津軽さんの目もあるし···あとで、コーヒーでも持って行きがてら話そう)

お昼の後、皆さんにコーヒーを運び、最後に向かったのが誠二さんのデスク。

サトコ
「どうぞ」

後藤
ああ、ありがとう

コーヒーの香りに顔を上げた誠二さんと目が合う。

(こういう時、さりげなく微笑んでくれるのが、また···!)

しばらくは見られなくなりそうなので、しっかり目に焼き付けておく。

サトコ
「それから、確認してもらいたい書類があるんですが···」

後藤
俺にか?

サトコ
「はい」

私はメモを忍び込ませたファイルを渡す。
メモには『潜入捜査でしばらく離れます』と書いておいた。

後藤
···そうか

メモを確認した誠二さんがコクリと頷いた。

後藤
この件については、わかった。できれば詳しく話を聞きたいんだが···
あとで時間取れるか?

話しながら、誠二さんは手元のメモに『今夜食事に行こう』と書いている。

サトコ
「はい。大丈夫です」

約束を取り付け、笑顔で頷くと···

東雲
ねえ、なんか暑くない?

加賀
ウゼェの間違いだろ

黒澤
いやー、この部屋のどっかが局地的にアチチなにかもしれませんね~

(う、なんだか視線が···勘づかれてる?)

サトコ
「じゃ、じゃあ、あとで···」

後藤
ああ

周りのことは気にしていなさそうな誠二さんに頭を下げて席に戻ろうとすると。
ちょうどお昼に行っていた津軽さんが戻ってきた。

津軽
ちょっとこの部屋、息苦しくない?

その整った顔で、あからさまに嫌そうな顔をしてくる。

(···視線がこっちに向けられた気がするけど···気のせいってことにしておこう!)

津軽
ねぇ、誠二くんはどう思う?暑くない?

サトコ
「!」

後藤
いや、俺は別に何ともないですね

津軽
ふーん···ま、むさ苦しいメンツばっかりだから仕方ないか~

ポーカーフェイスでクリアしてくれた誠二さんのおかげで、これ以上の追及は逃れることができた。

(油断ならない···ひとりでの任務は緊張するけど)
(津軽さんの目がないって意味では、少しは落ち着けるのかも)

そんなことを考えながら、私は任務の準備に取り掛かった。

(この分だと1ヶ月かかるかもしれないし、きちんと話してから行けてよかった)

不審船は何を目的としているのか···海の向こうで、ほとんど動きがない。
海女さんたちにはすでに見慣れた光景なのか、彼女たちはとってきた貝の仕分けを始めた。

海女A
「海女白く浮かぶは~♪あの夫婦岩~♪」

海女B
「若き乙女が出会う鳥~♪」

(貝の仕分けの時に皆さんが歌う、この地域に伝わる民謡···)

どうやら悲恋の歌らしく、大昔にこの辺りで駆け落ちしようとした男女を謳った歌らしい。

サトコ
「手と手を取りて、岩屋に秘する~♪番に焦がれりゃ、夢現···」

海女A
「あら、カッパちゃんも覚えたの」

サトコ
「皆さんの歌を毎朝聴いていたら、何となく···」

海女B
「駆け落ちなんて、ロマンチックよね~。そういえばカッパちゃんは、いい人いるの?」

サトコ
「え···」

海女A
「いないなら、うちの若い漁師連中が放っておかないわよ」

サトコ
「いえ、私には···」

東京で今でも仕事に励んでいるだろう誠二さんの顔を思い浮かべた時。

???
「あったぞ、武者小路くん!」

(むしゃのこうじ···?)

大層な名前と共に、私の横を4、50代の男性が駆け抜けていく。
そして男性はそのまま浜辺にある岸壁に、うっとりとした顔で抱きついた。

(岩フェチ···?)

???
「待ってください、先生!」

謎の男性を追いかけるように飛んでくる声。

(ん?この声···)

聞き覚えがあるレベルじゃない。
絶対に聞き間違えるはずがない。

(誠二さん!?)

後藤
岸壁にいきなり抱きついたら、目立ちますよ

(やっぱり誠二さん!しかも眼鏡バージョン!)

サトコ
「······」

後藤

砂浜を走ってきた誠二さんが私に気が付いた。

後藤
······

アイコンタクトを交わし、任務中であることを確認する。
そして、そのまま言葉は交わさずにすれ違った。

(驚いた···誠二さんと、こんなところで会うなんて···)
(武者小路くんって呼ばれてたし、誠二さんも潜入捜査中みたい)

まさか潜入先で誠二さんに会うことになると思わず、戸惑い半分、嬉しさ半分。

???
「武者小路くんも、ここをよく見てくれ!」

後藤
わかりましたから、少し声を抑えてください

(さっき、あの人のこと “先生” って呼んでたよね)
(どんな関係なのかな···)

気にはなるけど尋ねることはできず、ずっと見ているわけにもいかず。
後ろ髪を引かれるような思いで、私はその場をあとにした。

不審船についての情報を各所で集め、滞在している旅館に戻ると。
私の部屋のドア前に、ひとりの男性が立っていた。

???
「うーん···」

(あの人···誠二さんが “先生” って呼んでいた人じゃ···)

サトコ
「あの···」

後藤
先生、また部屋、間違ってます

???
「え?あ、だから、鍵が合わないのか」

男性の元に誠二さんが駆け寄ってきて、状況的に無視はできなくなる。

(知り合いだってことがバレないように、さりげなく···)

サトコ
「そこは私の部屋ですよ」

後藤
すみません。先生は極度の方向音痴で

???
「はは、素敵な女性の部屋だから、引き付けられちゃたのかも」
「花の蜜に誘われるムシみたいにね」

サトコ
「はぁ···」

(岩に抱きつく変な人だと思ってたけど···意外と軽い?)

後藤
先生、初対面の女性に、そういうことは···

???
「そうだね。まずはお互い、知り合わないと」
「私は慶葉大学宇宙工学科の教授で、藤村龍之介といいます」
「こっちは助手の武者小路誠一郎くん」

後藤
···どうも

サトコ
「ど、どうも···」

(武者小路誠一郎くん···なぜ、そんな長い偽名を···)

サトコ
「私は長野海子といいます。海女さんたちには “カッパちゃん” って呼ばれてます」

藤村龍之介
「カッパちゃん!それまた、どうして···」

サトコ
「ダイビング旅行で来てるんです。海に潜るのが得意だから···」

後藤
カッパという···わけですか

サトコ
「はい」

(お互いに敬語って···任務中だとはわかってても、ソワソワする!)

藤村龍之介
「僕たちも、こちらの宿にしばらくお世話になるんです」
「よろしくね、カッパちゃん」

サトコ
「よろしくお願いします」

さっそく砕けた口調になる藤村さんに、
後ろの誠二さんの眉間にかすかにシワが寄るのを見つけながら。
潜入捜査は、まだまだ続くーー

to be continued

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