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カレ×Kiss 後藤2話

潜入先の漁村で誠二さんと会った翌日。
今朝も様子を見に浜辺に行くと、例の不審船の姿がある。

(また連絡しないと···)

警察に通報しては海上保安庁が介入し、姿を消してはまた現れる···の繰り返しだった。

(漁をしているようにも見えないし···毎日のようにやって来る目的は何?)
(いっそのこと船に忍び込めれば···なんて、映画の見すぎか)

私は公安刑事であって、敏腕エージェントではない。
謎の船の存在を歯がゆく思いながら、海を見つめていると。

海女A
「ふたりを分かつ、黒鉄の海~♪思いの丈は、かなたへと···」

海女B
「会えずに灼けた、悲しき緑青···凪いだ海へと、凪がれてゆく~♪」

(このままだと、不審船とこの民謡がセットで頭に残っちゃいそう)

海女A
「カッパちゃん、お茶に行くけど、一緒にどう?」

海女B
「あの大学教授って人から、美味しいお菓子もらったのよ」

サトコ
「じゃあ、ご一緒させてください」

(現地の人たちから新しい情報もでなくなってきたし、次の手を考えないと···)

海女さんたちの世間話に耳を傾けながら、休憩場所になっている海辺の食堂に向かった。

藤村龍之介
「皆さん、お疲れさまです」

海女A
「あら、先生」

海女B
「助手さんも来てたの」

後藤
どうも

食堂には先客として、藤村教授と誠二さんの姿があった。

藤村龍之介
「海女さんの朝は、ほんと早いよね」
「僕たちなんて、やっと朝ご飯食べ終わったばっかりなのに」

海女A
「先生たちも若いんだから、もっと身体動かさないと」

海女B
「カッパちゃん見習って、ダイビングでもしたら?」

藤村龍之介
「うーん、身体を動かすのはねぇ」

後藤
先生は、もう少し運動した方が走った時に足が攣らなくて済みますよ

サトコ
「そういえば···昨日、岩に抱きついてましたよね?」
「宇宙工学科の教授ってお話でしたけど、ここには何の研究で?」

海女A
「ええと、ほら···グリーンマン?」

海女B
「タフボーイじゃなかった?」

藤村龍之介
「そりゃ僕はタフボーイだけど、ハズレ。正解はグリーンタフ」

サトコ
「グリーンタフ?」

初めて聞く名称に首を傾げると、誠二さんと目が合った。

後藤
レアメタルの一種です

サトコ
「レアメタル···希少金属で、なかなか手に入らないっていうやつですよね」

藤村龍之介
「正確に言うなら、希少金属で非鉄金属のもの」
「様々な理由で産業界での流通や使用量が少ないものだね」
「レアメタルは日本独特の呼び方で、英語圏ではマイナーメタルって呼ばれてるんだ」

さすが大学教授、スラスラと言葉が出てくる。

サトコ
「そのグリーンタフの研究のために、こちらへ?」

藤村龍之介
「研究よりも、もっと大きな目的のためだよ!」
「この近隣の海底には、グリーンタフが眠っている地帯があるという調査結果が出たんだ」
「それについて深く掘り下げるために、ここに来たんだよ」

藤村教授がガタッと立ち上がって熱弁する。

(目の輝きが違う···)

サトコ
「私も詳しくないので、わからないんですが···」
「そういったレアメタルの発掘は、大企業や政府がするものじゃないんですか?」

後藤
レアメタルの抽出には金も時間もかかりますから
政府としても、なかなか予算をかけて採掘できないのが現状です

サトコ
「なるほど···」

眼鏡姿で、そう語る誠二さんは本当に大学教授の助手にしか見えなかった。

(さすが潜入捜査のプロ!)

藤村龍之介
「全く、国は全然わかってないんだよ···」

誠二さんの説明を受け、藤村教授は肩を落としてイスに座り直す。

藤村龍之介
「グリーンタフの価値は未知数···」
「この国が潤えば、もう少し変わってくるというのに···」

不意に重くなった声が、心に引っかかる。

(国···岸壁に抱きつきに行ったときは変な人かなと思ったけど)
(結構大きな視野を持ってる人なんだ?)

海女A
「何だか、難しい話だけど···そのグリーンなんたらが見つかったら···」

海女B
「この村もにぎわうかしらねぇ」

藤村龍之介
「もちろん!資源ていうのは、周りも潤すからね」

海女A
「あ、でも私たちの仕事ができなくなるのは勘弁よ」

海女B
「そうそう。この村の海女の伝統は長いんだから」

藤村龍之介
「本当に採掘が始まれば、そういうことも現地の人と話し合いながら進められると思うよ」

後藤
そういえば、皆さん作業している時に民謡を歌ってますよね
あれも代々伝わるものなんですか?

海女A
「ええ、そうよ。あの歌を歌えたら一人前の海女って呼ばれるわね」

海女B
「そいう意味では、カッパちゃんもいつでも海女になれるね!」

サトコ
「はは···物語がある歌だから、覚えやすかったんです」

藤村龍之介
「どういう話なの?」

サトコ
「昔、この村で駆け落ちしようとして悲恋に終わった男女の歌らしいですよ」

藤村龍之介
「駆け落ちか~。ロマンチックだねぇ」
「こういう漁村に来ると、行きずりの恋をしたくなるというか···」
「カッパちゃんは、夜の泳ぎも得意なの?」

サトコ
「は!?」

肩に回された手が生暖かい。

(最初は変な人かと思って、それから案外大きな視点を持ってる人なのかと思い直したけど···)
(これは典型的なオヤジタイプだ!)

縮められた距離にゾワリとしながらも、護身術で投げ飛ばすわけにはいかない。
やんわりと手から逃れようと身を捩ると···

後藤
先生、それくらいにしてはいかがですか
最近は大学でもセクハラ問題が注目されてますから

藤村龍之介
「そう?可愛い子には声をかけるのが礼儀だと思うけどねぇ」

(その考え自体がオヤジすぎる···)

さりげなく守ってくれた誠二さんを見る。

後藤
······

目だけで頷かれ、私も口元だけの微笑で返した。

(いつもだったら『やめろ』の一言で瞬殺だよね)
(紳士な誠二さん···神様、ありがとうございます···)

潜入捜査だからこそ味わえたシチュエーションに、心の中でこっそりと感謝する。

サトコ
「あ、せっかく皆さん揃ったから記念写真撮りませんか?」

藤村龍之介
「いいね、いいね~」

(潜入先で新しい人に会ったら、それも写真に収めなきゃいけないから···)

観光の記念という建前で、私は海女さんたちと藤村教授、
誠二さんとの1枚を写真に収めたのだった。

その日の夜。
暗くなった海の様子を見に、散歩の体で浜辺を歩く。

(灯りを消してるだけなのかもしれないけど、夜になると不審船の姿は見えなくなる···)
(翌朝には戻ってるのか、それとも···)

夜の間に何かをしているのか···動きのない日々に、頭の中を整理しながら歩いていると。

藤村龍之介
「僕だって、時にはひとりになりたいんだ!」

(藤村教授?)

声が聞こえて来たかと思うと、少し離れた場所を教授が走り去っていく。

(ひとりにって···)

前方を見れば、暗い中に現れる長身の影。

(誠二さん···)

後藤

向こうも私に気付いたのか、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

後藤
こんばんは

サトコ
「こ、こんばんは」

私たちの周りは静かとはいえ、浜辺の向こうでは猟師さんたちが酒盛りをしている。

(今の誠二さんは武者小路誠一郎さんってことだよね)

その油断のなさに、私も気を引き締めた。

サトコ
「あの、今、藤村教授が走り去っていったように見えたんですが···」

後藤
ああ、色々あって···教授は頭で描いた壮大な計画を、そのまま行動に移そうとするので
現実を教えると、拗ねてあんな感じになります

サトコ
「なるほど···」

(つまり、正論で諭されて走り出すってこと···)

サトコ
「藤村教授って、歳の割に子供っぽ···いえ、一直線なんですね」

後藤
ええ···ただ

サトコ
「ただ?」

誠二さんが、藤村教授が走り去っていった方を見て、その目を細める。

後藤
研究でも何でも···視野が狭くては、見つかる答えも見つけにくくなるものです

(視野···か)

サトコ
「追いかけなくていいんですか?」

後藤
こういうときは、しばらく放っておくのが一番です
明日の朝には、元気に朝食を食べてますよ

サトコ
「教授のこと、よくわかってるんですね。助手になられて長いんですか?」

後藤
いえ。まだ数週間といった新米です

(数週間···私がここに潜入捜査に来たのと同じような頃?)

後藤
······

目だけで尋ねると、コクリと頷かれた。

後藤
急な担当替えで、周りに連絡することも出来なくて、悪かったと思ってます

サトコ
「お仕事なら、きっと事情を分かってると思いますよ」

(こうやって間接的に二人の話をするのって新鮮だな)
(刑事じゃない誠二さんと知り合っているような···)

ある意味特殊なプレイのような気持になりドキドキする。

サトコ
「あの···武者小路さんのこと、少し聞いても?」

後藤
構いませんよ

チラッと誠二さんを見上げると、さすがのポーカーフェイス。
私のように頬がピクピクしていない。

サトコ
「ええと···ご趣味は?」

後藤
ふっ、そんな質問をされたのは初めてです

サトコ
「ダメでしたか?」

後藤
いえ、趣味はサボテンと滝の鑑賞を少々

サトコ
「素敵なご趣味ですね」

後藤
どうも。そういうアナタは?

サトコ
「私の趣味は、餃子の食べ歩きを少々···」

後藤
ハハッ!それはいいですね。俺もご一緒したいくらいだ

サトコ
「機会があったら、ぜひ!」

後藤
そうですね

見つめ合うと、言葉にはならない気持ちが伝わり合うようだった。

(早く “誠二さん” で話したいって思ってくれてるかな)

別人のドキドキもいいけれど、近くにいれば、その温もりが恋しくなる。

サトコ
「武者小路誠一郎さんって···長いお名前なんですよね」

後藤
そのくらいの方が覚えやすいんです
そういうアナタも、カッパさんとはめずらしいですね

サトコ
「子どもの頃の愛称が “長野のカッパ” だったので」

恋人の名で呼びたいという欲求に身を焦がしながら、夜の海風に吹かれていた。

to be continued

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