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カレKiss 後藤3話

翌朝。
いつものように早朝に不審船の確認に行き、進展のないまま宿で朝食をとっていた。

(これだけ滞在していて、なにも掴めていないのはマズイ···)

津軽さんから特に連絡が入らないのも、かえってプレッシャーだった。

(初めての単独任務を失敗させたら、津軽班での立場が危なくなる!)
(そろそろ別の手段を考えないと···)

朝食の鮭を頬張りながら、ふと誠二さんのことを考える。

(聞けないけど、誠二さんの任務はどんな内容なのかな)
(誠二さんのことだから、順調に進んでるんだろうな)

この差は経験の違いだと思いたい。

(もし相談できたら···どんなアドバイスをくれる?)

これまでのことから、想像を巡らせていると···昨晩の誠二さんの声が耳に蘇ってきた。

後藤
研究でも何でも···視野が狭くては、見つかる答えも見つけにくくなるものです

(見つかる答えも見つけにくくなる···もしかして、私の視野も狭くなってる···?)

昨夜のことを思い出していると、指先がジワリと熱を帯びる。
その原因はーー

武者小路誠一郎さんな誠二さんと他愛のない会話を楽しんでいると。
海風が次第に強くなってきた。

後藤
そろそろ風も冷たくなってきた···戻りましょうか

サトコ
「はい」

(もう少し一緒にいたいけど、今は任務中!)
(お互いの任務が終わるまで、我慢、我慢···)

普段の私たちなら手を繋いで帰るところだけれど、今日は並んで歩き出す。
砂を踏みしめる音と波の音だけが、暫く聞こえて。

(もうちょっとだけ···)

半歩だけ誠二さんの方に近寄ると、手がぶつかった。
次の瞬間、軽く手を握られる。

サトコ
「あ···」

後藤
······

冷たい手が絡んだのは、ほんの一瞬のこと。
けれど、すぐにほどかれた手には、しっかりと熱が灯された。

後藤
おやすみなさい

サトコ
「おやすみなさい」

宿の前で挨拶を交わす。
経験のない名残惜しさを胸に、私は自分の部屋に戻った。

サトコ
「はぁ···生殺しって、こういう状態を言うのかも···って、お味噌汁が冷める!」

色ボケと独り言はほどほどに朝食を済ませる。

(視点を変えるために、今日はこの辺りで、あんまり行っていない場所を調べてみよう)

いつも海岸沿いばかり気にしていたので、まずは反対の方向へと向かってみる。
丘がある方へと歩いていけば、桟橋が見えてきた。

(あそこに立っているのは···藤村教授···)

藤村龍之介
「あの夫婦岩、若き乙女が出会う鳥~♪手と手を取りて、岩屋に秘する~♪」

どうやら歌はあまり得意な方ではないらしく、調子っぱずれな民謡が聞こえてくる。
彼は桟橋から遠くを眺め、何かを考えているようだった。

(昨日、浜辺を走って行ったけど、その件と関係があるのかな···)

少し迷って、声をかけてみることにする。

サトコ
「藤村教授も、その民謡覚えたんですね」

藤村龍之介
「カッパちゃん!カッパちゃんから、僕に会いに来てくれるなんて~!」
「さ、こっちにおいでよ」

サトコ
「いえ、偶然です···こんなところで、ひとりで何されてるんですか?」

藤村龍之介
「んー···ちょっと初心を思い出してたって言うのかな」
「お気に入りの本を読み返してた」

そういう藤村教授の右手には1冊の本があった。

サトコ
「宇宙工学の本ですか?」

藤村龍之介
「これはね、ロケット設計の本!」

サトコ
「ロケット設計···藤村さんって、ロケットを作ってるんですか?」

藤村龍之介
「正確に言うなら、これから作りたい···かな」
「夢なんだ。自分の手でロケットを開発するのが」

藤村さんが私に見せてくれたのは、ところどころ擦り切れた子供向けのロケット本だった。

藤村龍之介
「子どもの頃から宇宙が好きで、宇宙に行くのが夢だったんだ」
「そんな僕に母が、この本を買ってくれてね。繰り返し、繰り返し読んだよ」
「母はもう亡くなったけど···これは僕の変わらない夢なんだ」

グリーンタフのことを語った時と、同じ強く輝く瞳。

(変な人で典型的なオヤジタイプとか、いろいろ思ったけど)
(この宇宙について熱く語る目···夢を追いかける姿は本物だ)

どんな分野の人でも、自らの夢を真剣に追う人には好感が持てる。

サトコ
「夢、叶うといいですね」

藤村龍之介
「可愛い女の子からの応援があれば、頑張れるよ」

さらりと息をするようにお尻を撫でられ、さすがにその手はバシンと叩き落とした。

藤村龍之介
「おおっと。手が勝手に···悪い手だね~、こいつめ、こいつめ!」

サトコ
「···今度また同じことをしたら、武者小路さんに言いつけますよ」

藤村龍之介
「そ、それだけはどうか···!武者小路くんはね、ああ見えて怒ると怖いんだよ!」
「無言の圧力っていうかね···時々、ただ者じゃない感じがって···!」

(そりゃそうだよね···中身は公安刑事の誠二さんなんだから···)

サトコ
「それなら、もうやめてくださいね」

藤村龍之介
「はい···」

念を押して、藤村さんの横を通り抜ける。
そして桟橋を過ぎると、丘が見えてきた。

丘の上に立つと、いつもの浜辺から見える海とは違う海が見える。

(ここからだと、不審船が見える場所は裏手になる···だから、あまり気にしてこなかったけど)
(見落としてたり、もしくは最初から視野に入れてなかった場所があるかもしれない)

昨晩の誠二さんの言葉を思い出し、あらためて漁村の地形を確認していると。
スマホが小さく震えた。

サトコ
「!」

(ついに津軽さんから電話が···!)

サトコ
「は、はい···」

津軽
ダイビング、楽しんでる~?

サトコ
「いえ、あの、その···」

津軽
うちの子なら、調査は軽く済ませて海を楽しむくらいの余裕はあるよね

サトコ
「······」

(進展がないことへの圧がスゴイ···)

痛いところを突かれながらも、なんとかフォローを考える。

サトコ
「今、見落としていたところがないか確認していたんです」
「不審船が出没する海岸とは反対側を見に来ました」

津軽
何が見える?

サトコ
「ええと···民謡に出てくる夫婦岩が見えます」

津軽
ああ、海女さんが歌ってるってやつ?どんなだっけ

サトコ
「あの夫婦岩、若き乙女が出会う鳥~♪手と手を取りて、岩屋に秘する~♪ーーっていう···」

津軽
ウサちゃんの歌って、微妙···

サトコ
「ええ!?7こんな感じの歌ですよ!民謡だから、独特の節があるんですってば」

津軽
ふーん

(ふーんって···これ、全然信じてない声だ)

津軽
岩屋は?

サトコ
「え?」

津軽
夫婦岩があるなら、その後に出てくる岩屋はないの?

サトコ
「ここからは見えませんけど···」

(民謡の歌詞を考えたら、夫婦岩で男女が密会してたってことだよね?)
(それで、手と手を取りて、岩屋に秘するってことは···)
(岩屋があるとしたら、あの夫婦岩の近く?)

サトコ
「今から泳いで、夫婦岩の近くまで行ってみます」

津軽
さすがカッパちゃん。着いたら、また連絡して

サトコ
「はい!」

津軽さんとの電話を切り、私は丘を降りてこちら側の海岸線に出る。
そして持ってきていたダイビング服に着替えると、夫婦岩を目指して泳ぎ始めた。

(やっぱり、夫婦岩の影の岸壁に洞窟があった!)

水と湿った匂いを感じながら、足元に気を付けてライトをつける。
そして、津軽さんへと電話をかけた。

津軽
どう?

サトコ
「夫婦岩の影に洞窟を見つけました」
「民謡に出てくる岩屋は、多分このことだと思います」

津軽
洞窟探検か~。サスペンスドラマの次は探検隊ものだね

サトコ
「そんな気楽なこと言ってる場合じゃないですよ。こっちは暗くて視界も悪いし···」

津軽
民謡に出てくる男と女が心中して、そこで白骨化してたり···

サトコ
「ちょ···怖いこと言わないで···」

その時、洞窟の上から垂れてきた水滴が首筋に落ちた。

サトコ
「ひゃあっ!」

その拍子に持っていた懐中電灯が手から地面へと転げた。

津軽
あった?骨

サトコ
「そんな期待するような声で聞かないでください!そうそうないですよ、人骨なんて」

(あったら困る)

津軽さんに文句を言いながら懐中電灯を拾おうとすると···その光の先に白いものが見えた。

サトコ
「ほ、骨!?」

津軽
あった!?

(だから、どうしてそんなに嬉しそうに···)

バクバクとした心臓を押さえながら、よく見ていると。

サトコ
「これは···白い塗装···?剥がれた白い塗装のようなものが落ちてます!」
「しかも、そんなに古くはない···」

津軽
つまり、そこには最近人の出入りがあったてことか
いつもみたいに、それ送っておいて

サトコ
「わかりました」

岩にこびりつくように落ちている塗装を写真に収める。

サトコ
「とりあえず、今は人の気配はないみたいです」

津軽
じゃ、そのまま調査続けて。何かあったら、連絡して~

サトコ
「え、ここで切っちゃうんですか?」

(まだ洞窟の奥への探検が残ってるのに···)

津軽
だって、もうすぐ10時。おやつの時間じゃん

サトコ
「······」

ブツッと、こちらから電話を切って小さく溜息をついた。

(津軽さんって、そういう人だよね···うん、分かってた)

真っ暗い狭い洞窟の奥を慎重に探ってみるも、この時は何も見つからず。
また別の時間帯に出直してみることにした。

そして、その日の夜。
洞窟の入り口に再びやってくるとーー

(不審船が近くまで来てる!夜はこっちに来てたんだ!)

反対側の海に来ているわけだから、いつもの浜辺からは見えないはずだ。

(ということは、やっぱり洞窟の中の白い塗装は···)

今なら、洞窟の中に不審船の乗組員がいるかもしれない。
とりあえず不審船を写真に収め、深呼吸して洞窟に入ろうとすると···

サトコ
「!」

(誰!?)

背後に気配を感じた時には遅かった。

サトコ
「んぐっ」

私の口は後ろから伸びてきた手に塞がれていた。

to be continued

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