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カレKiss 後藤4話

夫婦岩の陰にある洞窟に調査のために入ろうとした、その瞬間。

サトコ
「んぐっ」

私の口は後ろから伸びてきた手に塞がれていた。

(しまった···!)

口を塞ぐ手は大きい。
恐らく男のものだ。

(きっと力じゃかなわない···どうする?)
(思いっきり腹に肘鉄を入れるか、手に噛みつくか···)

確実な方で行こうと、顔面に入れると···。

後藤
しっ

サトコ
「!」

(誠二さん!?)

私の身体から緊張が解けたせいか、誠二さんの手の力も緩む。
そっと肩を抱くような態勢になり、耳に誠二さんの息遣いを感じた。

後藤
見張りがいる

サトコ
「······」

腕の中でコクコクと頷く。
洞窟の入り口近くの岩の影に二人で身を潜めると···コツコツという靴音が近付いてーー

後藤
······

サトコ
「······」

やがて、遠ざかっていった。

(見つからずに済んだ···)

サトコ
「ありがとうございます···」

後藤
アンタの姿が見えた時は驚いたが、気付いてよかった

身を寄せ合ったまま、小声で話す。

(ここまで来たら、任務の話をしてもいいよね)
(隠しておいたら、お互いの邪魔をしちゃうかもしれないし···)

サトコ
「私の任務は、洞窟の近くに停泊している船···」
「この海域に姿を見せている不審船の目的を探ることなんです」
「もしかして、誠二さんも同じ目的で?」

後藤
いや、俺のは別だ

(別···?ということは、ここで他の事件も起きてるってこと?)

疑問が顔に出ていたのか、誠二さんはその答えを教えるように洞窟の奥を視線で指した。
暗闇の中、懐中電灯らしき灯りがいくつか見えて来て、姿を見せたのは···

藤村龍之介
「ほ、本当にこれで取引できるんだろうね?」

男A
「余計ナ心配ヲスルナ」

男B
「目的のブツさえ手ニ入レバナ」

(藤村教授が不審な男たちと!?)
(格好と話し方からして、あの男たちは不審船の乗組員なんじゃ···)

サトコ
「藤村教授って、いったい何者なんですか···?」

後藤
彼こそが俺の捜査対象だ。藤村にはレアメタルを国外に流す疑いがかけられている

サトコ
「!···レアメタルって、藤村教授が熱心に探していた···?」

後藤
ああ。藤村はこの数年、グリーンタフについて調べ続けていた
だが、なかなか見つけられず、いっそのこと見つからなければいいと思っていたんだが···
今回、海女が歌っていた民謡をヒントに見つけてしまった

サトコ
「え、あの歌は悲恋の恋人を謳った歌ですよね?それから、どうやって···」

後藤
恋の歌というのは、カムフラージュに過ぎない
あの歌は、この海域の底に貴重なもの···レアメタルがあることを示唆する歌だったんだ

サトコ
「どこから、それが···」

(ん?そういえば、民謡には···)

サトコ
「黒鉄の海、悲しき緑青···」

後藤
ああ、そのフレーズだ
民謡が作られたころには、レアメタルという概念など当然なかっただろうが
それでも、特別な何か···という意識はあったんだろう

サトコ
「それで、民謡に残したと···」

後藤
ああ。もしかしたら、民謡が作られたときに、グリーンタフを巡る何かがあったのかもな
だから、悲恋の歌の影に隠されたのかもしれない

この小さな漁村で、グリーンタフーー緑色の凝石灰に、どんな物語があったのか。
様々な想像はできるけれど、真実は見えない。

後藤
藤村は外国人と共謀し、グリーンタフを採取し海外に流そうとしている

サトコ
「どうして、そんなことを···」

藤村教授と男たちの方を見ると、男が大きな箱を運ぼうとしている。

男A
「ヨシヨシ、コレだけ手ニ入レバ···」

(あの中にグリーンタフが入ってる?)

サトコ
「いいんですか?アレをみすみす渡してしまって···」

後藤
問題ない。中身は全て入れ替えてある

(さすが···抜かりがない!)

後藤
流入先の国はレアメタルを使用して軍用武器にするつもりだ
藤村は、そこまで考えずに動いている
ロケット開発のための資金を援助してもらうという話しか見えていない

サトコ
「ロケット開発···」

思い出すのは、桟橋で会った藤村教授のこと。

藤村龍之介
『子供の頃から宇宙が好きで、宇宙に行くのが夢だったんだ』
『母はもう亡くなったけど···これは僕の変わらない夢なんだ』

サトコ
「···夢だったんですよね。藤村教授の」

夢を追いかける姿には好感が持てた。

(私も田舎から公安刑事を夢見て出てきたから···)

その結果、公安学校に不正入学するという波乱もあっただけに。
どうしても夢を叶えたいと願う気持ちは理解できてしまう。

後藤
夢を見るだけなら、誰でもできる。特別なことじゃない

サトコ
「え···」

誠二さんの静かな声が流れ込んでくる。

後藤
感情に流されるのは、あとにしろ
俺たちがするべきことは、この状況を上に伝えることだ

公安刑事としての判断ーー私は個人的な思考を止め、その言葉に頷いた。

サトコ
「それなら···」

スマホを取り出した、その時ーー藤村教授の声が洞窟の奥に響く。

藤村龍之介
「や、約束が違うじゃないか!」

男A
「コレが取れる場所さえ確認デキレバ、お前は不要ダ」

小さな灯りの中、藤村教授に拳銃が付きつけられるのが分かる。

後藤
ここで始末するか···もう少し時間が取れるかと思ったが···
俺は藤村を助ける。なるべく時間を稼ぐから、その間にアンタは連絡してくれ

サトコ
「わかりました!」

頷き合い、誠二さんが拳銃を手に岩陰から飛び出した。

後藤
動くな!

男たち
「ナニ!?」

藤村龍之介
「む、武者小路くん!?」

後藤
今すぐ銃を置いて、男を解放しろ

男A
「コトワル」

男B
「奥ニハ、仲間がイル。お前たちニ勝ち目はナイ」

後藤
だが、確実にお前たちをここで殺すことはできる

(誠二さん、頑張ってください!)

緊迫したやりとりを聞きながら、私は津軽さんに電話を掛ける。

サトコ
「······」

(ウソ、こんな大事な時に出ないの!?百瀬さんは!?)

百瀬さんにも連絡が取れず、気持ちばかりが焦る。

(とりあえず、ここの写真を撮って連絡しておいて···)
(石神さんの連絡先って、知ってたっけ!?)

藤村龍之介
「ま、待ってくれ!話が違う!誰も殺したりしないって言ってたじゃないか!」

男A
「殺しはナイ。生きたママ海に沈めるダケダ」

藤村龍之介
「それ、人殺しだよ!僕は、こんな···人の命を危険に晒すつもりなんか···」

後藤
何を言ってるんですか。アナタの夢は俺どころの話じゃない···
もっと大きな、何百、何千···何万という人の命を危険に晒している

藤村龍之介
「な、何だって?どうして、そんなことに···」

後藤
アナタが流したレアメタルは流入先では軍事兵器の開発に使われるからだ

藤村龍之介
「!」

後藤
その兵器が完成して使われれば···どうなるかは、わかるでしょう

藤村龍之介
「そ、そんなこと彼らは言ってなかった···」

後藤
逃げたいのなら、それでもいい。だが、現実は変わらない
アナタの夢は凶器を生む手伝いをしているんだ

藤村龍之介
「···っ!」

男A
「ゴチャゴチャとウルサイヤツらだ!」

男B
「コイツら、まとめてココで始末するか?」

(誰とも連絡がつかない!あ、そうだ!黒澤さんなら···!)

津軽
はーい、そこまで。時間切れ

石神
全員、動くな

サトコ
「!?」

気配もなく洞窟の入り口に現れたのは、津軽さんと石神さんの両班長。

(いつの間に···っていうか、どうやって、ここに!?)
(連絡、ついてないのに···)

津軽
ウサちゃん、いつまでかくれんぼしてんの

サトコ
「は、はい!」

(隠れてることまで、しっかりバレてる!)

津軽さんに呼ばれ、私も銃を構えて岩陰から出る。

男A
「フン、その程度の仲間デ、ドウにかナルと思ってイルノカ」

津軽
ひとりで充分だと思うけど。モモ、暴れていい···

百瀬
「了解」

サトコ
「!」

どこからか風のように百瀬さんが飛び出してくる。

津軽
ねえ、モモ。食い気味じゃない?いっつも食い気味じゃない?

石神
飼い犬の躾くらい、きちんとしておけ

津軽
うーん···モモは誠二くんと違って忠犬っていうより野犬なんだよね

部下を犬に例える班長を余所に、誠二さんと百瀬さんはあっという間に男二人を拘束した。

後藤
氷川、藤村を頼む!

サトコ
「はい!」

誠二さんが藤村教授の身柄をこちらに投げて渡した。

藤村龍之介
「カッパちゃん!?き、君たちは、いったい···」

サトコ
「···警察です」

藤村龍之介
「!」
「じゃあ、武者小路くんも···」

(それは私が答えなくても、目の前を見ればわかるよね···)

百瀬
「後藤!奥だ!」

後藤
分かってる。そう食い気味に行くな

サトコ
「藤村さんは、こちらへ」

藤村龍之介
「あ、ああ···どうして、どうしてこんなことに···」

サトコ
「······」

うなだれる藤村さんを支えながら、私は彼を安全な方まで連れて行く。
海の方を見れば、海上保安庁の船が見えた。

藤村龍之介
「僕は···ただ、夢を叶えたくて···母との約束を守りたかっただけなのに···」
「何がいけなかったんだ···夢を追いかけることは、罪なのか···?」

サトコ
「夢を見る権利は誰にでもあると思います」
「ただ···」

藤村龍之介
「ただ···?」

サトコ
「その叶え方が、今回は間違ってしまっただけなんじゃないでしょうか」

藤村龍之介
「······」

藤村教授の足取りが重くなる。
消えた夢と、背負ったものと···様々な重さを引きずるように、私は彼を洞窟の外まで連れ出した。

to be continued

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