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カレKiss 難波2話

難波
ほら、行くぞ

女性
「うん!」

(誰?あの人···)

自分を落ち着かせるように大きなため息をついた。
ようやく身体の自由が利くようになって、二人に背を向ける。
でもその時になって、ふと気づいた。
室長の左手の薬指に光っていた指輪の存在に。

(あれ?なんで···)

前の奥さんとの結婚指輪を外して以来、室長が左手の薬指に指輪をはめていたことはない。
夫婦役での潜入捜査をしない限りはーー

(そうか、もしかして···)

よくよく見ると、連れの女性も左手の薬指にお揃いの指輪をはめている。

(室長も、潜入捜査中···?)

ようやく気持ちが落ち着いて、改めて室長と連れの女性の様子に目を凝らす。
よくよく見れば、二人の左手に光る指輪はまだ新しい。
それに室長が提げている紙袋は、二人分の食料品には少し多すぎる気がした。

(とりあえず、よかった···まあ、室長がおかしなことをするわけないとは思ってるけど···)
(室長の部屋で薔薇の花を渡された時は、そんな様子微塵も感じさせなかったな)

そういう私も、潜入捜査についてあの場でお茶を濁したのは確かだ。
室長が任務について口を噤んでいたのは当然だし、室長ほどになれば、
それを身近な人間に悟らせない技を身に着けているのも当然と言えば当然だった。

(そういうことなら、邪魔しないようにしないと···)

室長に気付かれないように、足早にその場を離れる。

(余計なことに気を取られてないで、私も自分の任務に集中しよう···!)

サトコ
「ただいま···」

潜入用に用意された住まいは、家具もほとんどなくがらんとしている。
迎えてくれる室長もいなければ、心休まるソファもない。
私は床にペタンと座って簡単な食事を済ませ、
そのまま、今日の集会に関する報告書を作り始めた。

(室長は今頃、あの人とご飯かな···)

難波
バカだな、遠慮なんかするなって

街中で室長が相棒の女性に見せていた優し気な笑顔を思い出し、ちょっと切なくなる。

(会いたいな、室長に···)

カーテンの隙間から窓の外を覗く。
暗闇の先に見えるのは、さっきまで熱気に溢れていた集会場。
まだまだしばらくは、こんな暮らしが続きそうだった。

数日後。
私は駅前で商品を広げているアクセサリーの露店を覗いていた。

サトコ
「これ、かわいい···あ、これも···」

色々と手に取って品定めしている私を、帽子を目深に被った店主が鼻で笑いつつ見つめている。

店主
「おねーさんには、こっちのがいいんじゃない?」

サトコ
「あ、そうですかね···」

店主
「あー、でも、これも似合いそうだな」
「こうなると、選ぶ方も困っちゃうよね」

店主は満更困っている様子もなさそうに言いながら、手に取った商品を次々と無造作に袋に入れた。

店主
「この際だから、全部買ってよ。自腹で」

サトコ
「え···?」

(こういうのって、自腹なの!?)

突っ込みたいのをグッと我慢して、笑顔で袋の中から一つだけ商品を取り出した。

サトコ
「いいです。これだけで」

店主
「ああ、そう···それは残念。それじゃ、1000円」

サトコ
「はい」

1000円札の下に折りたたんだ報告書を隠し、さりげなく店主に手渡した。
帽子の下から、店主が一瞬だけ鋭い視線を投げる。
店主に化けているのは、何を隠そう百瀬さんだ。

百瀬
「まいど」

サトコ
「どうも」

アイコンタクトを交わして行こうとする私の腕を、百瀬さんが掴んだ。

百瀬
「ちょっと、おねーさん」

サトコ
「?」

百瀬
「これ、オマケ」

サトコ
「?···ありがとうございます」

もう一つの袋を、押し付けられるままに受け取った。
店を離れながら中を覗くと、ちょっと大ぶりの楓の葉を象ったブローチが入っている。

サトコ
「これ、もしかして···」

ブローチの裏側にうまく取り付けられているが、それは明らかに盗聴器だった。

さっそく楓のブローチを胸に付けて、紅葉さんと待ち合わせたカフェに向かった。
今日は、紅葉さんから反与党デモに関する資料を色々と見せてもらえることになっていた。

紅葉
「あなたって、本当に勉強熱心なのね」
「これまでにも若い女性の参加者はいたけど、こんなに一生懸命な人は初めて」

紅葉さんに素直に感心され、苦笑する。

サトコ
「ただ、億防なだけです」
「どうせ参加するなら、きちんと色んなことを分かった上でしたいというか···」

紅葉
「分かる。私も結構そういうところあるから」
「あとでそんなつもりじゃなかったってなるの、嫌だもんね」

サトコ
「そうなんですよ···」

共感するたびに、人と人との信頼は深まっていく。
人心掌握術については、公安学校時代にかなりの時間をかけて学ばせられた。
その成果が今、ちゃんと実を結んでいるようだ。

サトコ
「ところで···この会員数ですけど···」

私は紅葉さんと笑顔で話しながら、資料の内容にふと疑問を抱いた。

サトコ
「1年前から急に増えてますよね」

(ちょっと不自然なくらいに···)

紅葉さんはちょっと私の手元を覗き込んで、首を傾げた。

紅葉
「そう言われてみると、そうね」

サトコ
「これって何か、きっかけでもあったんでしょうか?」

紅葉
「さあ、どうかしら?別にこれと言って、何かあったという記憶はないけど···」

サトコ
「そう、ですか···」

(あれだけ事情に精通していそうな紅葉さんでも知らないんだ···)

サトコ
「こういうのって···」

紅葉
「そのブローチ、ステキね」

サトコ
「え?」

(今、話題を無理やり変えたよね?)

紅葉さんの態度に不審を抱くと同時に、チャンス到来と内心でほくそ笑んだ。

サトコ
「これ、駅前の露店で買ったんですけど、お店の人の手作りらしくて」

紅葉
「じゃあ、一点モノってこと?」

サトコ
「そうなんですよ~。でももしよかったら、紅葉さんに差し上げます」
「よくよく考えたらこれ、楓だし。紅葉さんの方が似合うかも」

紅葉
「そんな、悪いわ」

サトコ
「迷惑じゃなければ、是非もらってください」

ブローチを胸から外し、半ば強引に紅葉さんの手に握らせた。

サトコ
「お友達の印に」

紅葉
「···ありがとう。大切にするわね」

紅葉さんはさっそく、嬉しそうにブローチを胸に付けた。

(これで、下準備はすべて完了···)

その夜。
部屋に帰ると、反与党デモの主催団体からの解放が届けられていた。
巻頭の特集は、『NEW、FACE!』。
最近になって会に新たに加わった人たちのうちの何人かが写真付きで紹介されている。

(この人もこの人も、この間の集会に来てたな···)

パラパラとページをめくって何人もの写真を見ながら、ふとあることに気付いた。

(なんかこの人たちも見たことある···でも、どこでだったかな···?)

あの集会ではなく、もっと別の場所。
今見ているこの写真に近い形で彼らのことを見たことがある気がした。

サトコ
「···そうだ!」

私はバッグから捜査資料を取り出した。
はやる気持ちを抑えて、どんどんページを捲っていく。
すると、そこにはーー

サトコ
「やっぱり···」

(この人もこの人も、最近まで与党支持だった人たち···)
(ここ一年で、確実に多くの与党支持者が野党支持に変わってる···)

もう一度様々な資料をつきあわせて調べてみると。
反与党団体の会員数が爆発的に増えた1年前。
大量の与党支持者が会に流れ込んで来ていたことが分かった。

(これ、後援会まるごとの人数って言ってもおかしくなさそうだよね···)

何か大きな力が働いているのを感じ、自然と背筋が伸びた。

(このこと、急いで報告しないと···!)

翌日。
百瀬さんの姿を探して駅前に急いだ。

(あ、いた···!)

サトコ
「あの!」

まだ開店準備中の百瀬さんの傍らに駆け寄る。
百瀬さんの目は、「落ち着け」と語っていた。

サトコ
「あ···」

百瀬
「いらっしゃい、おねーさん」
「悪いけど、返品交換は受け付けてないからね」

サトコ
「そ、そうですよね···」

百瀬
「じゃあこれ、買っちゃえば?」

サトコ
「え?」

(また買うの?)

百瀬
「今の世の中、修理するより新しいの買った方が安いし早いよ」
「はい、まいど!」

百瀬さんは勝手に言って、勝手にアクセサリーを袋に詰めると、私の押し付けた。

百瀬
「1000円ね」

サトコ
「あ、はい···」

今度もまた、用意してきたメモを1000円札に重ねて手渡した。

サトコ
「おつり、欲しいんですけど」

百瀬
「は?」

百瀬さんは一瞬だけポカンとなったが、すぐに私の言いたいことを悟ったようだった。

百瀬
「悪いけど今、小銭の持ち合わせがないんだよね」
「明日までに用意しておくわ」

サトコ
「よろしくお願いします」

百瀬さんに託したのは、津軽さんへの伝言。
できるだけ早く、津軽さんからの返事が欲しかった。

返事は、翌日を待つまでもなくもたらされた。

ピンポーン!

サトコ
「はーい」

宅配業者
「宅配便です」

モニターに映った制服を確認し、ドアを開ける。

ガチャッ

サトコ
「津軽さん···」

宅配業者に扮しているのは、津軽さんだった。

津軽
ちょっと重いので、中までお運びしましょうか

サトコ
「あ、はい、お願いします」

バタン!

ドガが閉まり、二人きりになると、津軽さんは軽そうな段ボールを放り投げて帽子を脱いだ。

津軽
伝言、受け取ったよ

サトコ
「どうしましょう?すぐに調べた方が···」

津軽
あのさ、なにか勘違いしてない?

サトコ
「え···?」

思いがけない反応に、一瞬表情が固まる。

サトコ
「勘違いって···」

津軽
誰もサトコちゃんにそんなこと期待してないってこと

サトコ
「それじゃ···」

津軽
与えられた任務をこなせ
余計なことはしなくていい

津軽さんはそれだけ言うと、再び帽子を目深に被り、ドアを開けた。

津軽
毎度ありがとうございました!

これ見よがしに声を張り上げて、去っていく。

サトコ
「そっか···」

ひとりになった瞬間、へなへなと床にへたり込んだ。

(私、信用されてないんだ···それって、まだまだひよっこだから···?)

難波
おい、ひよっこ

室長の声が聞こえた気がして、ハッとなった。
でももちろん、室長がいる訳などない。
急に、寂しくなった。

(室長に会いたいな···)
(室長はいつも私をひよっこ扱いしたけど、ちゃんと信じてはくれてた)
(でも、津軽さんは···)

公安学校時代、どれだけ室長の大きな気持ちに支えられていたのか···
今さらながら思い知らされる。

サトコ
「室長···」

室長の胸に飛び込んで、優しく抱きしめて欲しかった。
「気にするな、大丈夫だ」と言って欲しかった。
でも······

(ダメだよね、こんなことで弱気になってちゃ···一体、室長にどんな顔で会えばいいっていうの?)
(こんな私、きっと室長だって見たくない)

私は、ともすると折れそうになる心を必死に鼓舞し、決意した。

(こうなったら、自分で調べるしかない···!)

to be continued

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