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カレKiss 難波4話

その後の検査で脳などにも特に問題の無いことが分かり、絶対安静を条件に退院が認められた。
潜入は偽名で活動していたため、入院が長引けば関係者に正体がバレる恐れがある。
津軽さんが “兄として” 早期の退院を望んだのは当然だった。

津軽
それじゃ、お世話になりました!

私を乗せた車いすを押しながら、見送りの看護師たちに笑顔で別れを告げる。
でも彼らの姿が見えなくなった途端、津軽さんは真顔に戻った。

津軽
さて、行くとしますか。手間のかかる妹さん

サトコ
「すみません。結局、ご迷惑を掛けちゃって···」

怒られるのを覚悟していた。
私がしたことは、公安刑事として決してしてはいけないこと。
しかもこれまでにも何度となく注意を受けていた行動だったから。

サトコ
「今回のことは···」

津軽
まあ、詳細は後日報告してもらうとして···

サトコ
「?」

私の言葉を遮った津軽さんの声は、予想外に優しかった。

津軽
初任務はどうだった?

サトコ
「反省···してます···」

津軽
子どもを無視できなかったのは確かに···
さらに入院までしてくれたのもちょっと···
しかも、上司の命令は無視···

津軽さんは問題点を次々と挙げていく。

(まったくもってその通り···反論の余地もありません···)

徐々に肩身が狭くなっていく。
でもそんな私に、津軽さんは軽やかに言った。

津軽
言いたいことは色々あるけど、ま、よく頑張りました
花丸という訳にはいかないけど、二重丸くらいはあげちゃう

サトコ
「あ、ありがとうございます···」

(これって一応、褒められてるんだよね?)
(この反応、なんか意外···)

とはいえ、素直に喜ぶ気持ちにもなれなかった。
もし室長が同じことをしていたら、きっともっとうまくやっていたんだろうなと思う。
目立つことなく、でもちゃんと子どもも助けて、
その後は何事もなかったかのようにその場から姿を消す。
そこまでできないのならば、
きっとリスクを冒してまで任務外の誰かを助ける資格などないのだ。

津軽
ところで···

津軽さんは変わらぬペースで車いすを押しながらさりげなく言った。

津軽
サトコちゃんが途中で報告してきた例の件さ
あれ、どうやって気付いたの?

サトコ
「え···?」

(百瀬さんを通して報告した時、あんなにあっさりと却下されたのに···)

どうして今ごろ急に津軽さんがこんなことを言い出したのか、不思議だった。
真意が分からないまま、とりあえずありのままを報告する。

サトコ
「あれは、反与党派の会の会報を見ていて気付いたんです」
「そういえば、捜査資料で見た顔だなと思って···」

津軽
へぇ···

いつの間にか、津軽さんは車いすを押すのを止めて、私の正面に立っている。
そして私の顔をじっと見つめた。

津軽
···てっきり誰かに会いでもしたのかと思ったけど···
そういうわけじゃないんだ

サトコ
「え、誰かって···?」

問い返した私の視線を笑顔でかわすが、津軽さんの目は笑っていない。

津軽
サトコちゃんの実力だったってわけだね
やるなぁ、誠二くんてば···

(なんだろう?この探りを入れてる感···)
(津軽さんは何を知りたいんだろう?)

気にはなるが、それをここで直接聞いても答えが返ってこないのは分かり切っている。
その時、ふと気を失う寸前の光景が頭を過った。

(誰かってもしかして···室長のこと?)
(そういえば、浅沼明太郎の家の前でも見かけたし···)
(このこと、津軽さんに報告しておくべき?)

本来なら、直属の上司である津軽さんには何でも報告するべきだ。
でもそうすることで室長に迷惑を掛けそうな気もして、思わず二の足を踏んだ。
そんな私の迷いに気付いたかのように、津軽さんはますますじっと私を見つめてくる。
その強い視線のプレッシャーに負けまいと、私もじっと津軽さんを見つめ返した。

サトコ
「······」

津軽
······

???
「やるじゃねぇか、公衆の面前でパワハラか?」

突然聞き覚えのある声が聞こえて、私たちは同時にハッとなった。
振り返ると、そこには加賀さんと石神さんの姿。

サトコ
「加賀さん···石神さん···!」

(どうしてこの二人がここに?)

津軽
言葉が悪いな!
俺はいつでも、親しみやすい上司を目指してるよ
ね、サトコちゃん

サトコ
「はぁ···」

津軽
ね~

サトコ
「ね、ね~···」

石神
だとしたら、それは結構な心掛けだな

加賀
どうだか···入院までした部下に向ける顔にはとても見えなかったが

津軽
え、どの辺が?

石神・加賀
「······」

心なしか空気が張り詰め始めた気がして、私はおろおろと皆さんの顔を見た。
でも座った状態で見上げるみなさんの姿はいつも以上に威圧的で、
どうとりなせばいいのか分からない。
そんな私の様子に気付いたのか、石神さんが無造作に箱を差し出してきた。

石神
とりあえず、これでも食っておけ

サトコ
「ありがとうございます···」

(これってつまり、お見舞いってことだよね?)

箱を開けると、中はおまんじゅうとシュークリームの詰め合わせになっていた。

サトコ
「お、面白い取り合わせですけど、美味しそうですね!」

津軽
それ、七味とマヨネーズかけるとさらにうまいよ

サトコ
「え、いや、それは···」

加賀
クソが、相変わらずイカれた舌してんな

加賀さんが吐き捨てる。

津軽
分かってないね~、まあ、別にいいけど
そんなことより、二人ともどうしたの?
サトコちゃんが入院したなんて話、公安の中でもほとんど知られてないはずだけど

石神
···そうか?

加賀
いや、そうでもねぇだろ

石神さんも加賀さんも惚けたふりで首を捻る。

加賀
俺らの耳に入るくらいだ。むしろみんな知ってんじゃねぇの?

津軽
ねぇ···サトコちゃん、愛されてるね~

サトコ
「い、いえ、それほどでも···」

加賀
なに勝手に照れてんだよ。このクズ

サトコ
「すみません···」

(照れる人権さえもない···?)

石神
まあ、俺たちにとっては、氷川は昔の教え子だからな

石神さんは理由にもならない理由を言って、加賀さんと連れ立って去って行った。

津軽
なんだ、あいつら

津軽さんは面白くなさそうだが、私の心はほっこりと温かかった。

(嬉しいな、こうして気にかけて来てくれたなんて···)

数日後。

紅葉
「本当に辞めちゃうの?」

私はいつものカフェで、紅葉さんと向き合っていた。

サトコ
「はい···あんなケガしてしまって、みなさんにもご迷惑をおかけしましたし」
「家族からも止められてしまって···」

紅葉
「そっか···残念。でも、仕方ないわよね」

サトコ
「すみません。紅葉さんには色々とよくしてもらったのに」

紅葉
「そんなのは気にしないで」
「こっちこそあなたのこと、将来の幹部候補だって勝手に期待しちゃって···」

サトコ
「そんな···嬉しかったです。だってそう思ってくれるのは、信頼の証だから」

紅葉さんは嬉しそうに微笑んで、私に手を差し出してきた。
その手を握り返す。
柔らかなその手を握りながら、こうして嘘をついたまま去っていく自分を心の中で詫びた。

(いつもいつも、この瞬間は本当に胸が痛くなる。絆が深まっていればいるほど···)
(でも、しょうがないよね。これが潜入捜査。これが私たちの仕事だから···)

正式に会からの脱退が認められた数日後。
私は久しぶりに潜入生活用の部屋ではなく、自分の部屋に帰宅した。

サトコ
「ああ、疲れた~」

懐かしいこの空間。
やはりいつもの場所はホッとする。
あとは、いつものあの人さえ傍にいてくれれば······

サトコ
「ん?」

フワッといい香りがした気がして、傍らの郵便物に目をやった。

サトコ
「あれ?これ······」

溜まっていたたくさんの郵便物に混じって、宛名も差出人も書かれていない封筒が入っている。
中に入っていたのは、見覚えのある筆跡と、一枚の真っ赤な薔薇の花びら。

サトコ
「室長···」

その香りが、愛しさを掻き立てる。
ずっと抑えてきた会いたい気持ちが、一気に膨らんで溢れ出した。
手紙に書かれていたのは、ホテルの名前と部屋の番号。
私は取るものもとりあえず、駆け出した。

息を切らしながら、その部屋の前に駆けつける。

サトコ
「ここだ···」

喜びに震える指で、部屋のチャイムを押した。

ピンポーン!

部屋の奥で音が聞こえてーー
でも、中からは人の気配は感じられない。

(いない···の?)

<選択してください>

もう一度チャイムを鳴らす

逸る気持ちを抑えられず、もう一度チャイムを押した。
でもやはり、室内には何の気配も感じられない。

(まだ来てない···のかな···?)

ガッカリして、その場を立ち去ろうとした、その瞬間ーー
後ろから誰かに抱き締められてハッとなる。

サトコ
「!」

難波
なんだよ、帰っちまうのか?

サトコ
「室長···!」

難波
お待たせ

私はそのまま、室長の胸に飛び込んだ。

諦めて立ち去る

(まだ来てないのかな···)

ガッカリして立ち去ろうとした、その時ーー

ガチャッ

サトコ
「!?」

難波
諦め、良すぎねぇか?

サトコ
「室長···!」

難波
おっさん相手なんだから、もう少し気長に待ってくれよ

室長は苦笑しながら私の頭にそっと手を置いた。

部屋の前で少し待ってみる

(まだ来てないのかな···)

ガッカリして部屋の前に座り込んだ。

(もしかして、急な仕事が入っちゃったとか···)

色々と想像したくない事態が頭を過り、寂しさが募る。
ここに来れば、すぐにでも会えると思っていたから尚更だ。
期待が外れた瞬間に今までの疲れがどっと出たのか、
私はいつの間にか眠ってしまったようだ。

サトコ
「!」

急に身体が浮いた気がして、ハッとなって目を覚ます。
すぐ目の前には室長の顔。
私は室長に抱き上げられていた。

サトコ
「室長···」

難波
こんな所で寝るとは、物騒だな

サトコ
「す、すみません。待ちくたびれて···」

難波
お待たせしました。眠れる森のお姫様

室長は優しく言うと、まるで私の眠りを覚まそうとするかのように、、そっとキスを落とした。

to be continued

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