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ヒミツの恋敵編 難波1話

石神
では、ペアを発表する。氷川サトコ

サトコ
「はい!」

(今年は誰につくことになるんだろう···)

ドキドキしながらその時を待った。

石神
今まで通り、後藤とペアだ

サトコ
「は、はい!」

(よかった~!)

思わず、胸の前で小さく拳を握った。
そんな私を見て、後藤教官が苦笑する。

後藤
氷川、またよろしくな

サトコ
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
「後藤教官から変わらなくて、本当に良かったです」

石神教官による補佐官の発表が続く中、小声ながらも思わず本音が出てしまった。

後藤
よかったなんて、いつまで言っていられるか···

サトコ
「お、お手柔らかにお願いします!」

後藤教官は含みありげに微笑んだ。

(確かに···もう二年目だし、去年までとは違って当然だよね)
(一日も早く後藤教官みたいな公安刑事になれるように、全力でついていこう···!)

サトコ
「とりあえず、第一関門突破!」

弾むような気持で次の講義へと向かおうとすると、ポケットの中でスマホが震えた。

(ん?あ、室長からだ)

送られてきたのは、『お気張りヤス』という飛脚のスタンプ。

(こんなスタンプ、いつの間に···なるほど、この飛脚の名前が『ヤス』なのね···)

クスッとしながら、『頑張ります!』と返事を打った。
公安学校2年目の滑り出しは上々だ。

数日後。
突然、室長から呼び出しがかかった。

サトコ
「失礼します」

このところ、室長は忙しそうでなかなか学校に姿を現さない。
久しぶりに顔を見れるというだけでウキウキしてしまう。

難波
おお、来たか~

サトコ
「あれ、後藤教官も···」

後藤
なんだ、いちゃ悪かったか

サトコ
「とんでもない!ただ、ちょっと驚いて···」

慌てて表情を引き締めた。
そんな私の様子に、室長はわずかに苦笑する。

(こいつ、何を勘違いしてるんだって思われちゃったかな)
(気を取り直して、任務任務···)

難波
呼び出したのは他でもない。神野の件だ

サトコ
「!」

神野良太は、理事を務めていたNPO法人『こどもの国』を隠れ蓑に
麻薬の売買をしていたとして逮捕された男だ。
神野のバックには凶悪なテロ組織があるとされ、その組織の全容解明が急がれていた。

難波
捜査員を増員しての継続捜査が決まってな
お前たちにもまた手伝ってもらうことになった

後藤
はい

神野逮捕にまつわる潜入捜査の記憶が蘇り、緊張で背筋が伸びた。

後藤
何か進展があったんですか?

難波
逆だ。神野の野郎がちっとも吐かねぇらしくてよ
取り調べの担当が俺に回ってきた

(それで最近、凄く忙しそうだったんだ···)

後藤
ついに上層部も切り札を使うことにしたわけですね

難波
切り札ねぇ

後藤
そうじゃなければ、このタイミングで室長には回りませんよ

難波
それはどうだか。だいたい、取り調べなんて久しぶりだしな~

室長は軽く鼻で笑って受け流すが、後藤教官の口ぶりからは
室長ならば必ず神野を落とせるという確信が感じられた。

(室長の取り調べってそんなにすごいのかな···?)

難波
似鳥丈(にたとりじょう)か···なるほどな

(す、すごい···!誰が取り調べても完黙だった神野を、わずか30分で···)

それはあっという間の出来事だった。
最初こそ何を聞かれたも黙ったままだった神野。
その沈黙の壁を破ったのは、室長の取り調べとも思えない質問だった。

難波
······

神野良太
「······」

難波
···アンタ、最近何の本を読んだ?

しばらく互いに沈黙が続いたのち、室長は唐突に切り出した。
さっきまで無反応だった神野も、思わずと言ったように室長を見る。

(あ、反応した···!)

でも神野はまたすぐに目を伏せ、元の様子に戻ってしまう。

難波
なあ、頼むから教えてくれよ。アンタ、見たところかなりの読書家だろう?
俺は読書なんてもう何年もしてねぇから、こういう時に語彙が足りねぇんだよ。語彙が
だいたい、語彙って漢字も難し過ぎだろ

言いながら、室長は目の前の紙にへんてこな字を書き始めた。

難波
こうか?いや、こうか?

サトコ
「ちょっと違う気が···」

難波
じゃあ、お前が書いてみろよ

サトコ
「え、私ですか?」

難波
ほらみろ。いやしねぇんだよ、こんな字を書けるヤツは···

室長が言いかけた時、不意に神野の手が動いた。
目の前の紙とペンを引き寄せ、『語彙』と癖のない字で書いて見せる。

難波
おお、これだよ、これ。アンタ、すげぇな
悪いが、もう少し大きく書いてもらえるか?最近ちょっと目が···

室長は老眼でもないくせに、わざとらしく目を細めた。
神野は呆れたようにしながらも、もう一度紙に大きめの字を書く。

難波
もうひと声

神野良太
「···いいだろ、もう」

神野は言い捨て、ペンを放り出した。
室長の表情が一瞬だけニヤリとなる。

難波
おお、ありがとさん。これで俺もまたひとつ賢くなったよ
それにしてもアンタ、賢いな
それなのに何でこんなところにいる?ドジ踏んだのはアンタじゃねぇだろ

神野良太
「······」

難波
俺にもたまにあるよ。こっちにミスは何もねぇのに
ポンコツ上司のせいで大失敗なんてことがな
その時の腹立たしさと言ったら···今のアンタなら、分かるだろ?

神野良太
「······」

難波
まあ、アンタが自分でドジ踏んだっていうなら分からねぇかもしれないが···

神野良太
「俺じゃない···」

溢れる想いを抑えかねたかのように、神野が呟いた。
でも室長は、わざとらしく聞こえないふりをする。

難波
ん?何か言ったか?

神野良太
「だから、俺じゃないと言ってるんだ」

サトコ
「!」

神野良太
「この俺が」
「こんな風に捕まるわけがないんだ。アイツが···似鳥が余計なことをしなければ···」

(吐いた···!)

難波
いや~、俺の腕もまだまだ鈍っちゃいなかったようだな

取り調べを終えて喫煙所に入るなり、室長は満足げに煙を吐いた。

難波
どうだサトコ、見直したか?

<選択してください>

すごすぎです

サトコ
「すごすぎです!感動しました」

難波
俺もだよ。まさかあんなに上手くいくとは···

サトコ
「え、計算じゃなかったんですか?」

難波
もちろん計算はしてたが、相手が相手だからな
でも所詮、完全に黙秘し続けられるヤツなんかいねぇんだよ

急に何を言い出すかと思いましたけど

サトコ
「読書の話を始めたときは、急に何を言い出すのかと思いましたけど···」

難波
筋肉の話とどっちにするか迷ったんだがな

サトコ
「え、筋肉?」

難波
アイツ、なかなかの細マッチョだったろ
ああいうヤツは、きっと語り始めると止まらないはずだ

サトコ
「そういうもんですか···」

難波
所詮、完全に黙秘し続けられるヤツなんかいねぇんだよ

室長が取り調べの名手だったとは

サトコ
「室長が取り調べの名手だったとは知りませんでした」

難波
これでも昔は『落としの仁さん』なんて呼ばれたもんだ

サトコ
「え、そうなんですか?」

難波
冗談だよ
でも所詮、完全に黙秘し続けられるヤツなんていねぇんだからな

(そういうもんか···でも後藤教官がああ言っていた理由はよく分かったな)
(独特の空気噛んでスッと相手の心に入り込んでいく感じ、室長ならではだよね)

後藤
室長、分かりました

後藤教官が資料を手に中に入ってきた。

後藤
似鳥は今、『Robin(ロビン)』というキャバクラのオーナーをしているようです

難波
キャバクラか···

言いながら、室長は値踏みするように私を見た。

難波
いけると思うか?

サトコ
「?」

後藤
···何とか

それでもちょっと渋るようにしてから、室長はようやく頷く。

難波
よし、決まりだ。お前たち二人には、似鳥の経営するキャバクラに潜入してもらう

サトコ
「キャ、キャバクラに···?」

(ってことはまさか、私はホステス役!?)

難波
なんだ、不満か?

<選択してください>

とんでもない!

サトコ
「と、とんでもない!」

難波
まあ、俺はちょっと不安だけどな

サトコ
「え···?」

(それは、恋人としてってこと···?)

後藤
プロに仕上げてもらえば大丈夫だと思います

難波
まあ、そうだよな

(なんだ···ちゃんとホステスに見えるか不安ってことか···)

不満じゃなく、不安が···

サトコ
「不満はないですが、ちょっと不安が···」

難波
まあ、確かにな···

言いながら室長は、改めて心配そうに私を見た。

後藤
プロに仕上げてもらえば大丈夫だと思います

難波
ん?ああ、そうだな

後藤
氷川、腕利きのスタッフを手配するから安心しろ

サトコ
「···よろしくお願いします」

(それで本当に、どうにかなるのかな···)

もっと適任がいるような

サトコ
「不満というより、もっと適した人がいるような···」

(たとえば、鳴子とか···)

難波
言いたいことは分かるが···それにはまず、お前に後藤の補佐官を降りてもらうことになる
それでもいいか?

サトコ
「そ、それは困ります!やります。やらしてください!」

後藤
氷川、よく言った

(もう、腹を決めるしかない···!)

難波
それじゃ、お前たちは早速準備に入ってくれ

後藤
はい

難波
いつものことだが、これは公安単独の捜査だ。他の課との情報共有はしない
潜入の目的は、似鳥丈の動向調査と情報収集
似鳥はテロ組織の一員として公安でもマークしてきた要注意人物だけに、ガードは堅い

後藤
細心の注意を払います

難波
確実に引っ張れるだけの、動かぬ証拠を押さえて来てくれ

後藤
はい!

(久々の潜入捜査···)
(キャバクラなんて行ったこともなくて緊張するけど)
(後藤教官の足を引っ張らないように頑張ろう!)

数時間後。
後藤教官に呼び出されて教官室に行くと、もう潜入捜査用のドレスが用意されていた。

サトコ
「す、すごいですね···」

(胸がパックリ。スリットもバッサリ···)

後藤
とりあえず、一度着てみてくれ。俺の部屋を使ってくれて構わない

サトコ
「え、今ですか?」

(教官たちがいる前でドレス姿を披露するってこと?)

思わず室内を見回したら、加賀教官とバッチリ目が合ってしまった。

加賀
何考えてんだ、このクズ。俺たちがお前のキャバ嬢姿を見て喜ぶと思ってんのか

サトコ
「そ、そういうわけでは···!」

後藤
ただのサイズ確認だ。交換が必要なら早めに連絡したい

サトコ
「分かりました···」

こうして、露出高めのドレスに着替えることになり······

サトコ
「どうでしょうか···?」

石神
こういうのは東雲が得意だろう

東雲
うーん、胸周りがちょっと···

サトコ
「う゛···」

颯馬
でも他はサイズピッタリみたいですね

東雲
じゃあ、ヌーブラ2個付けてみたら?

サトコ
「2個も···ですか」

(確かに貧乳だけど···)

加賀
にしても、全くそそらねぇな···

サトコ
「ですよね···やっぱり私がキャバ嬢って、ちょっと無理があるんじゃ···」

後藤
いや、悪くない。これで行こう

自信なさげな私を安心させるように、後藤教官は軽く微笑む。

ガチャッ

難波
お疲れさん~

いきなりドアが開いて、室長が入ってきた。

サトコ
「わっ、室長!」

思わず胸元を手で覆うと、室長は物珍しげに私をしげしげと見つめた。

難波
おお、斬新だな···

サトコ
「あの、それはどういう···?」

難波
どうでもいいから早く着替えて来い。他にも準備することはたくさんあるぞ

サトコ
「は、はい···」

室長は素っ気なく言って奥へ行ってしまった。

(斬新って、褒めてたのかな?それとも、やっぱり似合わないってこと?)
(本当に大丈夫なのかな、私···あまりに場違い過ぎてお店で浮きまくるんじゃ···)

翌日。
私は事前捜査を兼ねて、キャバ嬢御用達のネイルサロンを訪れた。
不安は日に日に大きくなるばかりだが、私のキャバ嬢化計画は着々と進んでいる。

ネイリスト
「今日はどんなデザインにしましょうか?」

サトコ
「そうですね···どんなのがいいかな···」

(ネイルサロンなんて初めてだし、デザインが色々あり過ぎて分からない···)

ネイリスト
「お姉さんもお店に出る感じですかぁ?」

サトコ
「そ、そうなんです。でもこういう仕事、初めてなので···」

ネイリスト
「お店は?」

サトコ
「『Robin』ていう所なんですけど」

ネイリスト
「なら、ちょっとゴージャス目がいいかな。これなんかどうですかぁ?」

サトコ
「じゃあ、それで!」

勧められるままにデザインを決めると、ネイリストは早速爪を磨き始めた。

ネイリスト
「キャバ初めてってことは、もしかして賀来物産の廃ビルの話」
「まだ知らない感じですかぁ?」

サトコ
「カク物産···?」

ネイリスト
「そこって昔、飛び降り自殺があって」
「その時死んだ赤いドレスを着たキャバ嬢の幽霊が出るらしいんですよぉ」

サトコ
「ゆ、幽霊···!?」

心なしか背筋がスッと寒くなった。

ネイリスト
「それ以来、そこから飛び降りるキャバ嬢が多いんですって」
「お姉さんも気を付けてくださいね~」

サトコ
「え、ええ···」

(ってどうやって気を付けるの?幽霊相手に···)

似合わなぬドレスに幽霊に···不安は募るばかりだ。

サトコ
「どう···でしょう?」

その夜、久しぶりに室長の部屋を訪ねた私は、派手過ぎる両手を恐る恐る差し出した。

難波
おお、すげぇな

サトコ
「なんか、落ち着かないんですけど···」

難波
でもだんだんそれっぽくなってきたじゃねぇか
それにこれ、つるっつるしてて気持ちいいな

室長は嬉しそうに私の爪をずっと撫でている。

(こんなに喜んで、子どもみたい。でもこうして室長に触れられるの、久しぶりかも···)

何となく嬉しくなって、室長の顔を覗き見た。
室長と目が合う。
その瞬間、室長が私の唇を奪った。

難波
不安か?

サトコ
「···いいえ」

一瞬考えたあと、しっかりと首を振る。
でも室長は私の心の中まで全部お見通しのようだった。

難波
無理すんな。でも、今回はお前が頼りだ
頼んだぞ、サトコ

サトコ
「大丈夫です。任せてください」

今度はさっきよりも静かに優しく、室長のキスが落ちてきた。

難波
絶対に俺が、危険な目には遭わせないから

サトコ
「···はい」

頷きながら、室長の胸に顔を埋める。
ずっと渦巻いていた不安な気持ちが、少しずつ薄らいでいく気がした。

to be continued

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