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ヒミツの恋敵編 難波2話

サトコ
「今日から、どうぞよろしくお願いします」

キャバクラ出勤初日。
私は緊張と共に足を踏み入れた。

(すごいな···どこもかしこもキラキラぴかぴかでなんともゴージャス···)

店長
「ああ、レイアちゃんね。待ってたよ、こっちこそよろしく」

顔を見せた店長は、改めて私の全身を見回してから微笑んだ。

店長
「ちょっと君、この子、控室に案内してあげて」

???
「はい」

店長に呼ばれて駆け寄ってきたのは、黒服姿の後藤教官だ。

(後藤教官···)

後藤
一柳玉三郎です。よろしくお願いします

サトコ
「レイアです。こちらこそよろしくお願いします」

(レイアといい、一柳玉三郎といい、室長の付ける名前って独特のセンス···)

互いに苦笑いを噛み締める。
でも見知った顔に出会えて、ちょっと気持ちが落ち着いた。
後藤教官は私との関わりを悟られないように、すでに先週からこの店で働き始めている。

後藤
それじゃ、こちらへ

(後藤教官、すっかり黒服になり切ってる···)

店長から離れ、控え室へとと向かう。
周囲に誰もいないのを確認してから、後藤教官はようやく真っ直ぐに私の顔を見た。

後藤
緊張でガチガチって顔だな。大丈夫か?

<選択してください>

大丈夫です

サトコ
「だ、大丈夫です···」

自分に言い聞かせるように答えると、後藤教官がフッと笑った。

後藤
無理するな。キャバ嬢は初めての設定なんだから、多少緊張しても不思議はない
何かあれば俺がフォローする。ずっと見てるから安心しろ

サトコ
「はい」

後藤教官の心強い言葉に背中を押され、私は控室のドアを開けた。

ちょっと心配ですけど

サトコ
「ちょっと心配ですけど···後藤教官の顔を見たら随分落ち着きました」

後藤
ならよかった。フロアでのことはいくらでもフォローするから安心しろ
でもこれから行く控室は女の世界だ。俺は守ってやれない

サトコ
「···大丈夫です。うまくやります」

後藤
よし、いい表情だ

後藤教官は一瞬だけ温かな笑みを見せると、控室のドアをノックした。

後藤教官は馴染んでますね

サトコ
「後藤教官はすっかり馴染んでますね」

後藤
そう見えるか?

サトコ
「一瞬、本職の方かと···」

後藤
ならよかった。万が一仕事をクビになったら黒服に転向だな

サトコ
「え、本気ですか···?」

思わず笑った私を見て、後藤教官が微笑んだ。

後藤
ようやく笑ったな。今の表情、忘れるな

サトコ
「···はい」

(もしかして後藤教官、私をリラックスさせようとして···?)

後藤
こちらが控室になります

後藤教官は急に他人行儀な言葉遣いで言うと、目で合図してフロアへと戻って行った。

ガチャッ

サトコ
「失礼しま···」

キャバ嬢A
「この、くそナナカ!」

サトコ
「!?」

キャバ嬢A
「その電話番号、今すぐ消せって言ってんのが分かんないの?」

(ケ、ケンカ···?いきなり女の世界全開···)

私は唖然となるが、ナナカと呼ばれた子は、可愛い顔をして平然と化粧を続けている。

(見かけによらず神経図太いな···)

ナナカ
「別に私から聞いた訳じゃないし~」
「指名替えってお客さんの意志でしょ。私に言われても···ねぇ」

同意を求められた隣の子は、呆れたように『ナナカさん』を見る。

キャバ嬢B
「アンタさ、枕してるってもっぱらの噂だよ」

ナナカ
「はあ?なんで私が···」

キャバ嬢C
「普通に考えて、こんなに指名替えが出るのはおかしいって言ってんの!」

言うなり、ひとりのキャバ嬢がナナカさんに掴みかかった。

ナナカ
「きゃあっ!」

サトコ
「あ、あの···暴力はっ!」

???
「ほらほら、その辺にしとけって」

いきなり男性が入ってきて、ナナカさんとキャバ嬢を引き離した。
渋めのその男性は、いかにも高級そうなスーツをビシッと身に纏っている。

(なんとなく室長に似てる雰囲気···)

思わずそんなことを思ってしまってから、ハッとなった。

(この人、まさか···)

ナナカ
「助けてくださいよ~。この人たち、みんなで寄ってたかってナナカを悪者扱いするの」

キャバ嬢A
「悪いのはアンタでしょうが!オーナー、聞いてくださいよ!」

(オーナーってことは···やっぱり、この人が似鳥)

終始穏やかな表情を浮かべた似鳥は、キャバ嬢たちの言い分を頷きながら聞いている。

(こうしてみると、普通の経営者っぽいけど···)

じっと似鳥を見ていると、いつの間にか他のキャバ嬢たちはいなくなっていた。
私の目の前で、ナナカさんが似鳥の首に腕を回している。

ナナカ
「いつもナナカを助けてくれてありがとう。オーナーだけだよ、ナナカの味方は」

似鳥を見つめるナナカさんの視線は、限りなく熱い。

(この子、もしかして似鳥のことを···)

似鳥丈
「ナナカにはこれからも頑張ってもらわないといけないからな。期待してるよ」

似鳥はナナカさんの腕を自然な動作で解くと、微笑みを残して出て行った。
思わず、視線が似鳥を追ってしまう。

ナナカ
「彼はナナカのだから」

サトコ
「え?」

振り返ると、ナナカさんが鋭い視線で私を睨んでいた。

(あれ?もしかして、恋敵だと思われた?)

サトコ
「あの、私は···」

ナナカさんはもう一度私を睨むと、クルッと背を向けて化粧を再開した。

(やっぱり···いきなり敵を作っちゃったみたいなんですけど···)

キャバクラ勤務を始めて一週間。
週末には、早くも疲労が溜まり始めていた。

サトコ
「はぁ···」

鳴子
「また溜息。大丈夫?」

サトコ
「ああ、うん···」

千葉
「大変だよね。講義免除があるとはいえ、昼間は学校、夜はキャバクラじゃ···」

サトコ
「まあ、出勤するだけならいいんだけどね···毎晩お酒を呑まなきゃいけないし···」

そのせいなのか、このところずっと頭がどんよりと重い。

鳴子
「サトコもともと、そんなに強くもないもんねぇ」

千葉
「しかも酔っ払っちゃいけないんだもんな」

サトコ
「前に加賀教官に言われたんだ。『女の方が酒の強さを求められる』って」
「それを今、しみじみ実感···」

鳴子
「そっかぁ、よしよし···」

テーブルに突っ伏した私の頭を、鳴子が優しく撫でてくれる。

(ん?なんか、手が多いような···?)

顔を上げると、千葉さんまで私の頭を撫でていた。

サトコ
「え···?」

千葉
「あ、ごめん···思わず···」

千葉さんは慌てて恥ずかしそうに手を引っ込めた。

サトコ
「ふふっ、ありがとうございます。千葉さんも」

千葉
「いや···こんなことくらいしか、できないからさ」

鳴子
「でもそれ、下手するとセクハラですよ?」

千葉
「あ、そうか···」

(千葉さんも鳴子も、親身になって心配してくれてありがたいな)
(こうしてみると、何だか家族に囲まれてるみたい···)

サトコ
「これで、おうちに帰ったら温かいご飯が用意されてれば最高なんだけどな···」

千葉
「ん?なに、急に」

サトコ
「あ、ごめんなさい。今ちょっと···」

鳴子
「妄想してたでしょ?理想の家族像とか」

サトコ
「うん、ちょっと···」

千葉
「か、家族像ってことは···結婚!?」

サトコ
「こういう大変な時、一人だとしみじみ堪えるなぁって思っちゃって···」

鳴子
「分かる、分かる」

サトコ
「結婚かぁ···」

???
「ほ~」

突然聞き覚えのある声が聞こえて、私は驚いて振り返った。
いつの間にか、室長が傍らに立っている。

サトコ
「室長!?あの、今のはその···」

難波
だいぶ参ってるみたいだな

サトコ
「い、いえ···」

難波
これやるから。引き続き頼んだぞ

室長は瓶入りのドリンクを私の目の前に置いて去って行った。

サトコ
「これ···」

鳴子
「ウコン···」

(室長、ちゃんと私のこと気にかけてくれてたんだ···)
(でも理想の家庭像とか結婚とか、恥ずかしいことを聞かれちゃったな)
(そんなこと考えてんのかって思われちゃったよね···)

照れを隠すように、ウコンのドリンクをぐいっと煽る。

(あれ?苦いかと思ったら甘いんだ···)

程よい甘さに心と身体が癒される。

(温かいご飯とまではいかなくとも、これだけでも十分幸せ···そう思わないと)

その夜。
いつも通り接客をしていると、
後藤教官が “オクラ” と呼ばれている黒服バイトの小倉さんに怒鳴られていた。

小倉ツネオ
「なんでもいいから、とにかくどうにかしろって!」

後藤
わかりました

(オクラさん、相変わらず後藤教官には当たりが強いな···)

そんな2人の姿を見て、キャバ嬢たちもささやきを交わしている。

キャバ嬢A
「オクラ、ま~た玉三郎くん八つ当たり···」

キャバ嬢B
「仕事のできないオタクのくせにさぁ」

この短期間でキャストの人気を掴んだ後藤教官に比べ
オクラさんはキャバ嬢たちから人気が低い。
後藤教官はそんなオクラさんにも笑顔を絶やさず対応すると、私の傍らに来て膝をついた。

後藤
レイアさん、ちょっと···

サトコ
「どうしました?」

後藤
実は、ちょっと困ったことになって···
みんな、ナナカさんへのヘルプだけには付きたくないって言うんですよ

サトコ
「ああ、それで···」

確かにナナカさんはさっきから、一人でいくつものテーブルを切り回している。

客A
「おい、ヘルプも付けずにいつまで待たせるんだよ!」

ついにナナカさんを指名していた10番テーブルのお客が怒りだした。
その様子を見て、キャバ嬢たちは意地悪な笑みを交わし合う。

サトコ
「分かりました。私が」

後藤
すみません。お願いします
10番テーブル、レイアさん入ります!

サトコ
「え~偶然ですね。私も長野出身なんです」

男A
「そうか、道理で気が合うと思ったよ」

ナナカ
「あれぇ?なんか2人、いい感じ~!」

なんとか場を繋ぐこと30分。
ようやくナナカさんが現れた。

ナナカ
「お待たせしちゃってすみません」

客A
「いやいや、レイアちゃんのお陰でなかなか楽しかった」

ナナカ
「それならよかった。喜んでもらえて、ナナカも嬉しい!」

ナナカさんは魅惑の笑みで客に寄り添うと、そっと私に耳打ちした。

ナナカ
「レイアさん、悪いんだけど、今度は5番のお客さんを繋いでもらってもいい?」

サトコ
「もちろんです」

ナナカ
「ありがとう~!よろしくね」

ナナカさんが初めて私に向かって微笑みかけた。

(似鳥さんのことで敵視されちゃってたけど、これで少しは距離が縮まるかな?)

ナナカ
「レイアさん、今日はどうもありがと~!」

サトコ
「あ、ありがとうごさいます···」

(少しどころか、猛烈距離が縮まってる気が···)

閉店後、二人になった控室で、ナナカさんはいきなり私に抱きついてきた。

ナナカ
「ここの子たちはみんな意地悪だけど、レイアさんは違うんだね」
「レイアさんが来てくれてほんとに嬉しいな」

サトコ
「私も、ナナカさんとようやくしゃべれて嬉しいです」
「何となく話しかけづらい雰囲気だったので···」

ナナカ
「えへ、ごめんね。でももう大丈夫でしょ?これからは、いくらでも話しかけてねっ」

ナナカさんはきらきらした大きな瞳で私を見つめてくる。

(わ~···こんな目でじっと見られたら、男の人は堪らないかも···)

ナナカ
「そうだ、LIDE交換しない?」

サトコ
「は、はい!」

ナナカ
「それからその固~い感じの言葉、や・め・て♡」

サトコ
「でも、先輩ですし···」

ナナカ
「ナナカがいいって言ってるんだから、気にすることないよ」
「それに、友達になりたい子に敬語使われるのってさみしいし···」

サトコ
「う、うん···それじゃ···」

ためらいつつも頷くと、ナナカさんは嬉しそうに微笑んだ。

(どうやら心を開いてくれたみたい)
(これで1人、情報源ゲット。うまくキープしておかないと···)

何気ない風を装ってLIDEのIDを交換していると、室長からメッセージが入った。

(ん?今から···?)

指定されたBARに行くと、室長はカウンターで静かにグラスを傾けていた。

サトコ
「室長!」

難波
おお、来たか~
なんだか、店にも行ってねぇのにアフターしてる気分だな

室長は私のうず高く盛られた髪型を見て笑う。

サトコ
「からかわないでくださいよ!いきなりこれからデートなんて言うから」
「急いで来たんですよ?」

難波
悪い、悪い···

サトコ
「用件は仕事のこと···ですよね?」

難波
いや、ただのデートだ

サトコ
「そ、そうですか···」

(なんか、嬉しいな···まさかこんなタイミングでデートに誘ってくれるなんて思わなかった···)

難波
どうした?微妙な顔して

サトコ
「それは···」

<選択してください>

びっくりして

サトコ
「ちょっと、びっくりして···」

難波
昼間、疲れた顔してたろ?
ウコン、ちゃんと効いたかと思ってな

サトコ
「ウコンより、室長の方がよく効きます」

嬉しくて

サトコ
「すごく、嬉しくて···」

難波
そりゃ、よかった
疲れてるから早く帰らせた方がいいか迷ったんだが

サトコ
「室長の顔を見たら、疲れなんて吹き飛びました」

急にどうしたのかと

サトコ
「急に、どうしたのかなって···」

難波
昼間、疲れた顔してたからよ
それに、無性にサトコに会いたくなってな

サトコ
「嬉しい···」

室長のがっしりとした肩に顔をもたせかけた。

難波
今度は何だ?キャバ嬢だけに、誘惑モードか?

サトコ
「違います」

難波
「じゃあ···?」

(こんなこと言ったら、困らせちゃうかな···)

サトコ
「···甘えたいモードです」

勇気を持って言うと、室長は優しく微笑んで立ち上がった。

難波
出よう

室長は、ホテルの部屋もちゃんと抑えておいてくれていた。
部屋に着くなりギュッと私を抱きしめ、優しく頭を撫でてくれる。

難波
サトコは本当によく頑張ってるな

コクリと頷くと、頭上で室長が微笑んだのが分かった。
そのままゆっくりと私の身体をベッドに横たえ、腕枕をしてくれる。

難波
これでいいか?それとも、抱き枕がいいか?

サトコ
「う~ん、どっちも···」

難波
なんだ、今日のサトコは欲張りだな

室長は、今度は私の身体を抱き枕のように抱き締めた。
室長の匂いを思い切り嗅いで、その腕の中に身を委ねる。

難波
よしよし···

室長に撫でられてサラサラと揺れる紙が、眠気を誘った。

(なんて幸せな時間···素直に甘えたいって言ってよかった)
(これからも、思ったことは何でも言おう。室長ならきっと、どんな私も受け入れてくれる···)

私と後藤教官は店の事務所に忍び込んだ。
似鳥の現在の活動に関する情報を探るべく、盗聴器や監視カメラを仕掛ける。

後藤
こっちは完了だ。そっちは?

サトコ
「あと少しで···」

後藤
しっ!

後藤教官の表情が険しくなった。

後藤
···誰か来る

サトコ
「え?」

私には分からないが、後藤教官には気配が感じられるようだ。

サトコ
「でも、まだ似鳥の出勤時間じゃ···」

後藤
いいから、俺に抱きつけ

サトコ
「え、抱きつく?」

後藤教官はもどかし気に私の腕を自分の首に回させた。
二人の顔が一気に近付く。

サトコ
「!」

ガチャッ

???
「お前ら、こんなとこで何してーー」

不自然に椅子が移動された部屋。
ずれたテーブル。
普通に考えたら、私たちは相当怪しい。
たぶん後藤教官も、同じことを考えたようだった。

後藤
悪い

サトコ
「え?」

気付いた時には、キスをされていた。

(ええええっ!?)

to be continued

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