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ヒミツの恋敵編 難波3話

キャバクラでの仕事を終えて、とにかくタクシーに乗り込んだ。
車窓に流れて行く景色をぼんやりと見つめながら、ため息をつく。
今日は開店前から、ずっとこんな感じだ。

(室長以外の男の人と、あんなこと···)
(しかも、後藤教官と···)

後藤
···誰か来る
いいから、俺に抱き着け

サトコ
「え、抱き着く?」

ガチャッ

???
「お前ら、こんなところで何してーー」

後藤
悪い

サトコ
「え?」

前触れもなく押し付けられた後藤教官の唇。
私たちをじっと見つめる誰かの視線。
混乱と緊張が一気に押し寄せ、私の頭を真っ白にする。

(こ、これは···?でも、なんとか誤魔化さないといけないし···)

ギュッと目を瞑った。
後藤教官も息を止めてじっと相手の反応を待っている。
互いの胸の鼓動が共鳴し合って、どんどん大きくなっていく。

???
「え?あ···おおおっ?」

(この反応···)

おかしな叫び声の主を、後藤教官はゆっくりと振り返った。

後藤
なんだ、小倉さんですか

(え···?)

ホッとして後藤教官の肩越しに見ると、オクラさんがパッと視線を逸らした。

小倉ツネオ
「な、なんだとはなんだ!大体お前たちの方こそ、こんなところで何してんだよ」

後藤
何って言われても···

後藤教官は思わせぶりにチラリと私を見て、含みありげな笑みを浮かべる。

サトコ
「あ、あのですね、これは···!」

小倉ツネオ
「破廉恥だ···破廉恥すぎる···」

オクラさんは茹蛸みたいに耳まで真っ赤になっている。

(大丈夫···オクラさんも相当うろたえてるみたいだし···)

自分で自分に言い聞かせ、小さく深呼吸をする。
まだ唇に残る後藤教官の温もりを感じつつも、気持ちはすっかり任務に戻っていた。
まずはこの状況をうまく乗り切らねばならない。
変に怪しまれて、似鳥に告げ口でもされたら大変だ。

小倉ツネオ
「お、お前ら、最初に言ったはずだぞ!」
「店内恋愛はご法度なんだ。こんなことを似鳥オーナーが知ったら···」

後藤
待ってください小倉さん、実は···

後藤教官は興奮気味にまくしたてるオクラさんをなだめつつ、何事か耳打ちした。

後藤
ーー

小倉ツネオ
「色···色管!?お前、新人のクセに高度な技を···」

後藤
しっ。彼女に聞こえます

(イロカン···?)

オクラさんは尚も不満そうではあったが、一応は納得してくれたようだった。
後藤教官が目線で「もう大丈夫だ」と語りかけてくれる。

(よかった。イロカンて良く分からないけど、とりあえず何とかなって···)

(分かってる。あの状況を乗り切るためにはああするしかなかったって···)

でも、室長を裏切ってしまったようで、胸が痛んだ。

(室長ならどんなことでも受け入れてくれるなんて思ってたけど···)
(こんなこと、さすがに室長に言えないよね···)

サトコ
「はぁ···」

タクシーに乗ってからもう何度目かというため息をついた時だった。
ラジオから流れてきた人気女優のインタビューが耳に飛び込んできた。

女優
『キスシーンですか?』

サトコ
「!」

ちょうど心に引っかかっていたワードが飛び出して、思わずハッとなった。

女優
『そんなのただの仕事ですから。別に特別だとも思いません』

(そっか···でも確かに、そんなことでいちいち悩んでたら女優さんは仕事にならないもんね)
(そうだ、仕事ならしょうがないんだよ。私だって、あれは仕事だったんだから···)

何度もそう繰り返し、自分で自分に言い聞かせる。

(室長に言えないことができちゃったなんて思ったけど)
(ただの仕事なのに、隠す方がかえって不自然だよね)

数日後。
久しぶりに室長の家を訪ねた私は、思い切って後藤教官とのキスを打ち明けた。
恋人としての誠意のつもりで。

サトコ
「あくまでも任務上のトラブルです。でも···すみませんでした」

難波
······

でも頭を下げた私に、室長からは何の言葉も降ってこない。

<選択してください>

「怒ってますか?」と聞く

サトコ
「···怒ってますか?」

聞きながらチラリと顔を見るが、室長は特に普段と変わらない表情だ。

難波
何で怒るんだ?

サトコ
「何でって、その···」

難波
いやぁ、さすがは後藤だ
なるほど···色管な···

「不快なこと言ってすみません」と言う

サトコ
「不快なこと言ってすみません」

難波
さっきから謝ってばっかりだな

ちょっと笑いを含んだような声で言われ、私は恐る恐る顔を上げた。

サトコ
「あの、怒って···」

難波
さすがは後藤···
なるほど···色管な···

チラリと顔を見る

不安になって、チラリと室長の顔を見た。

難波
······

でもその表情は普段と特に変わらない。

(あれ?)

難波
後藤のヤツ、さすがだな
なるほど···色管な···

サトコ
「ちなみに、イロカンってなんですか?」

難波
なんだ、知らないで言ってたのか?
黒服がホステスを管理しやすくするために、わざと恋愛関係になることだよ

サトコ
「なるほど···」

(それでオクラさんも『高度な技』とか言ってたんだ···)

難波
そういうことなら、今後もお前らが二人でいてもちっとも不自然じゃないってことになる
ただのその場しのぎじゃなく、先の先まで見据えた選択だ
さすがは潜入捜査のプロ···とっさの判断で、よくもそこまで思いついたもんだ

サトコ
「···ですね」

室長のあまりの関心ぶりに、なんとなく拍子抜けがした。

難波
···お前は、傷ついたのか?

サトコ
「え?」

驚いて室長を見る。
室長は、真剣な表情でじっと私を見つめていた。

サトコ
「···任務の都合上、そうなったまでのことですし···」

難波
それなら、問題ないだろ

(そっか···そうだよね。仕事なんだもんね)
(そんなことに、室長がいちいち反応したりしなくて当然だよね)

なんだかんだ言いつつ、一番公私混同していたのは私だったのかもしれない。

(一人で混乱してテンパって、恥ずかしいな···)

そんな私の気持ちをなだめるように、室長は優しく頭を撫でてくれた。

難波
気にすんな
よくあることだ

(···え?)

私は驚いて室長を見返した。
でも室長は穏やかな笑みを浮かべたまま、私の頭を撫で続けている。

(よくあることって、どういう意味?)

タダの一般論なのか、はたまた室長の場合なのか···
せっかく落ち着きかけた気持ちが、またざわつき始めた。

翌日。
訓練を終えた私は、夜の仕事までの間に射撃場に籠った。
もやもやした気持ちを吹き飛ばすには、銃を撃つのが一番だ。

(ああ、もう!私のこの乱れた心を撃ち抜いてやるー!)

パンッ、パンッ、パンッ!

サトコ
「···あれ?」

(全然狙ったところに当たってない···)

難波
どうした、全然ダメじゃねぇか

声に振り返ると、室長が立っていた。

サトコ
「あ、室長··」

難波
俺が仕込んだ射撃術、忘れちまったのか

室長は今日も、いつもと変わらなぬ様子で私に接してくる。
でも私は心の乱れを見られてしまったようで、何とも言えず居心地が悪い。
そんな私の気持ちに構わず、室長はスッと私の肩に手を伸ばした。

難波
まずは姿勢が前のめりだ。それから、もっとアゴを引いて···

室長が私の背中やアゴに触れるたび、胸が締め付けられるような気持になった。

(室長はちゃんと仕事とプライベートを割り切って考えられてるから)
(私が仕事でキスしたくらい、いちいち気にも留めないってことだよね)
(てことは室長も、仕事で必要ならこんな風に女性に触れたりするのかな)
(そういえば前に···)

難波
お前は、そいつのことをどこまで知ってるんだ?
もし、そいつが仕事のために好きでもない女を抱くような男でも···
好きだと言えるか?

(あれってつまり、仕事でなら女性を抱くこともあるってことだよね···)

胸の中に、モヤモヤしたものが広がっていく。
でも室長は、そんな私に構わず熱心に射撃の指導を続けてくれた。

難波
よし、じゃあ、これでもう一度撃ってみろ

サトコ
「は、はい」

パンッ!

せっかくの指導の甲斐もなく、弾はさっき以上に大きくそれていく。

サトコ
「あ···」

難波
おいおい、一体どうしちまったんだ?
俺の魂の指導、聞いてなかったのか?

サトコ
「そんなことはないんですが···」

室長に呆れたように見つめられ、ますます気持ちがざわついた。

(ああもう、このままじゃダメだ···!こうなったら、思い切って···)

<選択してください>

昨日のことなんですけど

サトコ
「き、昨日のことなんですけど···!」

難波
昨日のこと?
なんだ、後藤とのこと、まだ気にしてんのか?

サトコ
「いえ、その···そうじゃなくて···」

難波
じゃあ、何だ?

(やっぱり、そんなの聞けない···)

サトコ
「···なんでもありません」

室長はよくあるんですか?

サトコ
「室長はその、よくある···んですか?」

難波
よくあるって···何が?

サトコ
「いえ、その、ですから···」

(ダメだ、なんて聞いたらいいのか分かんない···!)

サトコ
「···なんでもありません」

ちょっと気になったんですけど

サトコ
「実は、ちょっと気になったんですけど···」

難波
何だ?

室長からまっすぐに見返され、決意が揺らいだ。

(やっぱり、なんて聞いたらいいのか分かんないや···)

サトコ
「な、なんでもありません」

難波
おいおい、それじゃ却って俺が気になるだろ

サトコ
「すみません···」

難波
······

難波
まあ、いい。とにかくだな、前にも耳にタコができるほど言ったと思うが···

室長は気を取り直して、再び指導を始めた。
その真剣な横顔をぼんやりと見つめる。

(室長がどこで見せるどんな顔も、私が独り占め出来たらって思うけど···)

私には、そこまで室長を縛る権利があるのかどうかも分からない。

(最近はこうして一緒にいるのが当然みたいになってるけど···)
(別に将来を約束したわけでも何でもないもんね)

サトコ
「ありがとうございました~!」

ようやく少しお客が途切れて、ほっと一息ついた。
控室に戻ろうかと踵を返すと、カウンター内にいる後藤教官と目が合ってしまう。

後藤
······

(『こっちにこい』って、言ってる···?)

後藤教官の微妙な目の合図に気付き、私はさり気なくカウンターの中に入った。
他のキャバ嬢たちがよくしているように、カウンターの中に入ってしゃがみ込む。
それだけのことなのに一気に店内の喧騒が遠のいた。

(そういえば、二人でちゃんとしゃべるのはあのキス以来だよね···)

一瞬だけ動揺が走る。
平常心を取り戻すべく、私はあの時の記憶を必死に振り払った。

サトコ
「どうかしましたか?」

小声で聞くと、後藤教官は立ったまま作業する手を止めず、チラリと足元の私を見た。

後藤
ナナカはどうだ?使えそうか?

サトコ
「情報を持ってるかはまだわかりませんが、今のところ関係は良好です」

後藤
そうか。とりあえずうまく繋いでおけ。味方は多いに越したことはない

サトコ
「はい」

後藤
それから近々、Nに何か動きがあるかもしれないそうだ

(N···似鳥か···)

後藤
周囲を含め、何か少しでも変わったことがあればすぐに報告してくれ

サトコ
「わかりました」

話はもう終わりだと思い行こうとすると、不意に後藤教官が私の隣にしゃがみ込んだ。

後藤
この間のことだけどな···

サトコ
「!」

すぐ間近で顔を覗き込まれ、一瞬で頬が熱くなった。

後藤
状況が状況だったとはいえ、悪かった
基本的に黒服と店の子の恋愛関係はご法度だ
中途半端に誤解されると、俺が店を追い出される

サトコ
「······」

私は黙ったまま、必死に首を振った。
中々出てこようとしない言葉を、何とか振り絞る。

サトコ
「謝ることなんてないです。後藤教官の言う通りだと思います」
「潜入捜査を成功させるためには、仕方のないことだって分かってますから」

後藤
氷川···

サトコ
「むしろ、後藤教官に申し訳なかったなって」

思わず言うと、後藤教官は不思議そうに私を見た。

後藤
···俺に?

サトコ
「だ、だって···心ならずも、あんなことをさせてしまったわけですから···」

後藤
心ならずも、か···

後藤教官はそれだけ言うと、黙り込んだ。

後藤
······

(あれ?私、なんか変なこと言っちゃったかな···)

小倉ツネオ
「おい、新人~っ!」

微妙な沈黙を押し破ったのは、オクラさんのヒステリックな声だった。
新人黒服の顔に戻った後藤教官がすぐさま立ち上がった。

後藤
はい

小倉ツネオ
「お前、そんなとこで何してんだよ」
「忙しいんだから油売ってないで早くこっち来て手伝えよっ」

後藤
すみません!すぐ行きます

後藤教官は軽い調子で答えてから、私を振り返って軽く微笑んだ。

後藤
それじゃ、行ってくる

サトコ
「あ、はい···」

風のように去っていく後藤教官の背中をじっと見つめる。

(結局、室長にも後藤教官にも罪悪感···)
(なかなか割り切るって難しいけど、なんとか気持ちを切り替えて乗り切ろう···!)

to be continued

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