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ヒミツの恋敵編 難波5話

週明け、私と後藤教官は似鳥への警戒を強めた。
この間、オクラさんがペラペラと似鳥の錬金術について話してくれたからだ。
似鳥のいる事務所に仕掛けた盗聴器の内容は録音されているとはいえ、
ご指名がかからない間は、その音声にじっと耳を傾ける。

ガチャッ!

(誰か入ってきた···!)

イヤフォンを通して聞こえてきた物音に、緊張が高まった。
それと同時に、大ぶりなイヤリングに仕込んである無線機から、後藤教官の声が聞こえてきた。

後藤
今、Nが事務所に入った

サトコ
「了解」

盗聴してるのがバレないよう、控室周辺の物音にも気を配らなくてはいけない。
二カ所に注意を払うというのは、結構神経を使う作業だ。

似鳥丈
『もしもし、似鳥です』

不意にイヤフォンから似鳥の声が聞こえてきた。
どうやら誰かと電話で話しているようだ。

(ここで電話するってことは人にも聞かれたくない話のはず···久々に動きがあるかも)

似鳥丈
『ええ、今月も2人···まさか最初からこうなるように仕向けられていたとは』
『彼女たちも思っていなかったんでしょう』
『この世の終わりみたいな顔していましたよ』

抑えたような低い笑い声が響く。

似鳥丈
『何も考えずに言われるままに金を借りて、本当にバカな女どもだ···』

(オクラさんの言ってたこと、どうやら本当みたいね···)

似鳥丈
『ええ、暫くはこの調子でコンスタントに金を流せる予定です』
『これだけ資金作りに貢献してるんだ』
『組織にはもう少し、俺の待遇を考えてもらってもいいと思いますが?』

(思った通り···似鳥は、キャバ嬢を風俗に売り払ったお金を組織に···)

有力な証言を得て、自然と気持ちが高ぶった。

似鳥丈
『え?一度にそんなに?』

急に似鳥の声のトーンが変わり、再びイヤフォンに集中する。

似鳥
『そうなると、かなり上玉が必要ですね···ええ、もちろんいますよ』
『ナナカっていう、ちょうどいい女がね』

サトコ
「!」

(もしかして、ナナカさんが次のターゲットってこと?)

ナナカさんが大切な情報源だからということだけでなく、同じ女性として到底見過ごせない。

(知った以上、ナナカさんが目の前で騙されるのを黙って見ているなんてできないよ)

とはいえ、ナナカさんを助けようとする行為は
今回の潜入捜査の目的を阻害することにもなりうる。

(何とかできないかな···)

サトコ
「ナナカさん!」

ナナカさんが店を出るのを追いかけて、街に出たところで声を掛けた。
ナナカさんは驚いたように振り返る。

ナナカ
「どうしたの?」

サトコ
「ごめんなさい、ちょっと話があって」

ナナカ
「そっか。でもごめん、ナナカもこれから用があって」

サトコ
「それって···」

ナナカ
「オーナーとだよ」

ナナカさんは耳元で囁いた。
その声からも、溢れる喜びが伝わってくる。

(似鳥はナナカさんを罠にかけようとしてるのに···!)

サトコ
「だめ、行っちゃ!」

ナナカ
「え?」

思わず感情的な声が出て、自分でもハッとなった。

(冷静に···うまくやらないと。ナナカさんにとっても、捜査にとってもいい結果になるように···)

サトコ
「実は、ちょっとその···オーナーの危ない噂を聞いたりしたから」

ナナカ
「なにそれ~?どうせオクラや店の子たちの妄想でしょ」

サトコ
「そうじゃなくて···」

ナナカ
「···じゃあ、なに?」

サトコ
「それは···」

(まさか、盗聴してたなんて言えないし···)

ナナカ
「···信じらんない、友だちだと思ってたのに」
「結局あいつらと一緒になって私の邪魔をするんだ」

サトコ
「そういうんじゃ···!」

ナナカ
「私、急ぐから」

ナナカさんはプイッとそっぽを向くと、さっさとタクシーを止めて行ってしまった。

(ああ、やっちゃった···何やってるんだろう、私···)

翌日。
私は後藤教官とふたりで室長室を訪れていた。
昨夜の似鳥の件、そしてナナカさんとのことを報告すると、室長は厳しい表情でアゴを撫でる。

難波
似鳥の件は分かった。こちらでも手を回してみる

後藤
よろしくお願いします

難波
それからサトコ、そのナナカって子だけどな
お前の気持ちも分からんではないが、感情で仕事すんのはまだ早いんじゃねぇか

<選択してください>

そうですよね

サトコ
「そう···ですよね」

(分かってる。分かってはいるんだけど···)

難波
まだ納得はいってねぇって顔だな

でも私は···

サトコ
「でも、私は···!」

後藤
氷川

難波
言っておくがこれはお友だちごっこじゃないんだぞ

······

サトコ
「······」

(それは分かっているけど···)

難波
納得いかねぇか

サトコ
「そういうわけでは···」

難波
お前のそういう正義感は嫌いじゃない。でもな

難波
新人のうちこそすべて割り切れ
そうしねぇと、お前が壊れちまう

サトコ
「え···」

(私が···?)

難波
まだまだスキルの足りねぇうちから、ハイレベルなことすんじゃねぇって言ってんだよ
だいたい後藤、お前は傍にいながら何やってたんだ
何でこうなる前にサトコをちゃんとフォローしない

後藤
申し訳ありません

後藤教官が頭を下げる姿を見て、罪悪感が込み上げた。

サトコ
「室長、後藤教官は何も···」

後藤
氷川

サトコ
「······」

難波
まだ分かんねぇのか?
訓練生であるお前とコンビを組んでいる以上、すべての責任は指導係の後藤にあるんだよ

サトコ
「······」

後藤
以後、気を付けます

後藤教官はもう一度、さらに深く頭を下げる。

(悪いのは全部、勝手な行動をした私なのに···)

婚姻届をもらった後だけに、仕事とはいえ室長の叱責が殊更に胸に突き刺さった。

サトコ
「後藤教官、本当に申し訳ありませんでした···!」

屋上で2人きりになるなり、私は後藤教官に勢いよく頭を下げた。

後藤
もう謝るな

サトコ
「でも···」

後藤
アンタのしたことで頭を下げるのはもう慣れてる
俺もアンタの立場なら、きっとそうした

サトコ
「後藤教官···」

後藤
それに室長は、アンタのことを心配してるからこそああ言ったんだ

後藤教官は穏やかに微笑んで、ふっと空を見上げた。

(そうなのかな···)

私は思わず、ポケットに触れた。
実はあれ以来、いつも肌身離さず室長から貰った婚姻届を持っている。
それが私の今の心の支えとなってくれていたから。

(でもたとえ婚姻届をもらったからって、仕事での立場はまた別だもんね)
(余計なことをすれば怒られるのは当然)
(こんなことでいちいち打ちのめされたりしてたらダメだ···)

身の引き締まる思いと共に、後藤教官を見上げた。

サトコ
「私···頑張ります」

後藤
よし、その表情なら大丈夫だ
今後もお互い、しっかりやろうな

私の肩をポンと軽く叩いて、後藤教官は去っていく。

(これ以上後藤教官に迷惑を掛けないためにも、気持ちを入れ替えて頑張ろう···!)

サトコ
「おはようございま~す!」

いつものように出勤するが、いつもなら飛びついてくるはずのナナカさんは振り向きもしない。

(やっぱり、怒ってるよね···)

気まずい思いのまま、少し離れた鏡の前に座った。
隣で化粧をしていたキャバ嬢Aが面白そうに私たちを見る。

キャバ嬢A
「ケンカでもしたの?」

サトコ
「別に、そういうわけでは···」

キャバ嬢A
「大丈夫だよ、気にしなくて。ナナカなんかとうまくやれるわけないんだから」

キャバ嬢B
「そうそう。今までがおかしかったんだって」

キャバ嬢C
「よかったじゃん、ナナカと付き合ってもロクなことないよ」

ナナカ
「······」

キャバ嬢たちは嬉しそうにくすくす笑いながら、ナナカさんを見ている。

サトコ
「本当に、別にケンカとかじゃありませんから」

必死にその場を納めようとする私に構わず、ナナカさんはさっさと出て行ってしまった。

(あーあ···でも気にしない、気にしない。私のすべきことは、もっと他にあるんだから···)

後藤
いらっしゃいませ!ご新規3名さまご来店です!

一際大きな声が響き、私は思わず入り口を見た。
するとそこには、見慣れた3人組の姿。

(し、室長に加賀教官に黒澤さん!?)

難波
この店で一番の子、お願いね

後藤
かしこまりました

黒澤
それからあそこにいる彼女もお願いしますね

黒澤さんが指差しているのは、私だ。

(···まあ、そうなるよね)

難波
ナナカちゃんだっけ?オジサン、気に入ったなぁ

ナナカ
「え~、仁ちゃん全然オジサンじゃないし~」

難波
それがさ···そうでもないんだよな~

ナナカ
「そうなの~?でも仁ちゃん渋くてかっこいいから、オジサンでもナナカはOKだよ!」

難波
おお~!おい黒澤、今の聞いたか?
仁ちゃん渋くてかっこいいってよ

サトコ
「······」

室長は嬉しそうに笑って言いながら、さりげなく黒澤さんのグラスにお酒を移す。

黒澤
いやー、さすが!若い子にモテモテですね!

難波
オジサンになってみるもんだな

黒澤
ここはひとつ、フルーツの盛りでも行ってみますか!?

難波
ん?おい、黒澤、お前な···

ナナカ
「わあ、嬉しい!ついでにピンクのシャンペリも入れてほし~!」

黒澤
いいですね!入れちゃいましょう!

ナナカ
「え、本当に?いいの、仁ちゃん?」

難波
もう、しょうがないな~

時々黒澤さんを睨みながらも、ナナカさんの隣で室長はさっきからご機嫌だ。

(室長、きっと私の代わりにナナカさんに近づこうとしてくれてるんだよね···)
(······とはいえ、満更でもなく楽しそうだけど!?)

加賀
おい

サトコ
「は、はい!」

ぼんやりと室長を見ていたら、思い切り加賀教官にどつかれた。

加賀
客がタバコ出したら言われなくとも火ぃ点けるもんだろうが

サトコ
「失礼しましたっ!」

黒澤
レイアさん、なんか体育会系な空気ダダ洩れですよ

サトコ
「あ···」

黒澤さんにすかさず耳打ちされて、思わず居住まいを正した。

難波
なんだなんだ、黒澤はその子を口説いてんのか?

黒澤
へ?ええ、もう口説きまくりですよ!

難波
確かに、なかなかその子もかわいいな

サトコ
「あ、ありがとうございます」

この場を盛り上げるリップサービスだとわかりつつも、思わず頬がポッとなる。

加賀
クズが、喜んでんじゃねぇ

加賀教官が私にだけ聞こえるように吐き捨てた。
ナナカさんは、ちょっと心外そうに室長を見る。

ナナカ
「仁ちゃん、もうよそ見して~。ナナカがお気に入りなんじゃなかったの?」

難波
この俺が、部下の気に入った女にちょっかい出すわけないだろ
なぁ、黒澤?

突然話を振られて、黒澤さんはビクッとなった。

黒澤
もちろんですとも!難波さんは、理想の上司ですから。ね、加賀さん?

加賀
まぁな

難波
いいだろ?こういう男同士の信頼関係
君らはどうなの?ある?キャバ嬢同士の信頼関係

ナナカ
「それは···」

<選択してください>

ありますよ

サトコ
「もちろん、ありますよ」

ナナカ
「え?」

サトコ
「私はナナカさんを信頼してるし、尊敬もしてます」

難波
へえ~、ナナカちゃん慕われてるな

あるわけないじゃないですか

サトコ
「あるわけないじゃないですか。普通は」

難波
普通はってことは···

サトコ
「私は、ナナカさんのことは信頼してるし尊敬もしています」

ナナカ
「レイアちゃん···」

難波
なんかいい関係だな、君たち

あると信じたいです

サトコ
「あると信じたいです。私は」

難波
へえ、もしかして君、最近店の子とケンカでもした?

サトコ
「ケンカというか···一方的に私が怒らせてしまって」

チラリとナナカさんを見る。
室長はすかさず、大きく頷いた。

難波
なるほどな···ナナカちゃん、もう許してあげなよ

ナナカ
「べ、別に···ナナカ、怒ってなんかないよ?」

サトコ
「本当に?」

難波
さすがはナナカちゃん、心が広いね

ナナカ
「なんか、照れちゃうな···」

さり気ない室長の取り持ちで、久しぶりにナナカさんがまっすぐに私を見てくれた。

閉店後、改めてナナカさんに頭を下げる。

サトコ
「この間は、ごめんなさい」

ナナカ
「···私も言い過ぎちゃったし」
「なんていうか···怒った手前、後に引けなくなっちゃっただけで」
「べ、別にもう、怒ってないっていうか···」

サトコ
「ナナカさん···」
「仲直りしてくれる?」

ナナカ
「···とーぜんっ」

(よかった···)

ナナカ
「そういえば仁ちゃん、太客だったね~」

サトコ
「うん···だね」

(室長、一見楽しんでそうだったけど目がちっとも酔ってなかった···)
(こうしてさりげなくフォローしようとしてくれて、ありがたいな)

それから数日して。
私はいつかのように、後藤教官とカウンターの下にしゃがみ込んでいた。

後藤
室長、今日も来るらしいからよろしくな

サトコ
「またですか?今週、もう3回目ですよね」

後藤
どうやらナナカから情報をとろうとしてるらしい

サトコ
「へえ、それで···」

(室長がとろうとしてる情報って何だろう?)
(でも室長自ら動くってことは、末端の私たちには知りようのない情報なのかも···)

小倉ツネオ
「い、いらっしゃいませ!」
「ナナカさん!レイアさん!」

オクラさんのテンパった声が聞こえて、カウンターから顔を出す。
入り口には、室長の姿があった。

ナナカ
「仁ちゃ~ん、また来てくれたの?嬉しいっ」
「でもちょっと向こうの常連さんに挨拶しないとだから、少しだけ待っててね」

ナナカさんが行ってしまって、私だけが室長のテーブルに取り残された。

サトコ
「お、お酒、お作りしますね」

難波
ああ、頼んだ

ナナカさんがいないうちに、お酒ではなくウーロン茶をグラスに注いだ。

(なんか、久しぶりだな···室長とこうして二人になるの)

変に緊張して、氷が上手く掴めない。

難波
おいおい、大丈夫か?

言いながら伸ばした室長の手が、私の手に触れた。
そのまま、室長は私の手をギュッと握る。

サトコ
「!」

難波
······

見つめ合ったまま、しばらく身動きも出来なかった。
すぐ傍にある室長の目が、ヒゲが、唇が、愛おしくて。

ナナカ
「仁ちゃんお待たせ~って、あれ?」

私は慌てて手を引き抜くが、室長は余裕の笑みでナナカの肩を抱き寄せる。

難波
待ちくたびれたよ、ナナカちゃん

ナナカ
「嘘、レイアちゃんに乗り換えようとしてたクセに」

難波
なわけないだろ?そんなに疑うなら、今夜付き合ってよ

(そ、それってアフター···?)

難波
俺の本気、見せちゃうから

ナナカ
「わ~、見たい見たい、仁ちゃんの本気!」

難波
じゃあ、決まりだな
どこ行きたい?

ナナカ
「それは、もちろん···」

ナナカさんはチラリと私を見た後で、ちょっと恥ずかしそうに室長の耳元に囁いた。

難波
なんだ、悪い子だな

ナナカ
「だってナナカ、仁ちゃん大好きだもん!」

(何て···言ったんだろう?)

ナナカさんは嬉しそうに室長の腕に絡みつく。
その動きが妙に艶めかしくて、私は思わず目を逸らした。

(まさか、ホテルに誘ったりしてないよね···?)
(でももし誘われたら···室長は、行くんですか?)

私は思わず、お守りのようにクラッチバッグの中に潜ませてある婚姻届に触れた。

そして、翌日。

ナナカ
「おはよ~」

サトコ
「お、おはよう。ナナカさん」

ナナカ
「もう超寝不足···クマ出てないかな~···」

(昨日のこと、聞くとしたら今がチャンスなんじゃ···?)

サトコ
「き、昨日のお客さんとどこに行ったの?」

ナナカ
「ん?気になる?」

サトコ
「えっ、あ、き···気になるかな、ちょっとだけ···アフターってしたことないから···」

ナナカ
「かわいー!」

(気になるのは別の理由だけど···!)

するとナナカさんが、私の耳元へ唇を寄せた。

ナナカ
「ホテルだよ」

to be continued

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