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ヒミツの恋敵編 難波7話

ついにガサ入れの夜がやってきた。
いつも通りに店用の化粧をしながらも、全身が変に昂っているのが自分でもよくわかる。

(落ち着こう···今日でこれまでの捜査も大詰めなんだから···)

大きく深呼吸する。
この派手な化粧とも露出が高いドレスとも、もうすぐお別れだ。

(ナナカさんには、ちゃんとお別れを言いたかったけど···)

今日に限ってナナカさんはお休みのようだった。

(でも、もしかしたらこれでよかったのかも···結果的に私はナナカさんのことも騙していたわけだし)

気を取り直して、無線機を仕込んだ大きなイヤリングを着けた。
軽くカーテンをめくって外を見ると
店の傍に停められた車の中で室長と石神教官がスタンバイしている。

難波
······

石神
······

(あとは、合図を待つだけ···)

フロアに出てくると、いつもよりは緊張した表情の後藤教官と目が合った。

後藤
ーー

軽く頷き合い、それぞれにさりげなく時間を確認する。

(あと10分···)

踏み込む時刻は、客への影響を考えて開店の30分前と決まっていた。
一斉ガサ入れは組織の統率力と機動力が問われる。
時間は厳守、のはずだったのにーー

バンッ!

(え、どうして!?)

キャバ嬢A
「ええ~、ちょっと何なの?」

キャバ嬢B
「停電とかありえないんだけど」

店長
「誰か、ブレーカー見て来い、ブレーカー!」

突然照明が落ち、店内は騒然となった。

(何がどうなってるの?公安がこんなミス、あり得ない···)

正確な状況が把握できないうちに、予備電源が作動してうっすらと店内が明るくなった。

刑事A
「動くな!警察だ。これより、風営法違反の疑いで店内を一斉捜索する」

(風営法!?ってことは、公安と他の課のガサ入れが被ったってこと?)

後藤
まずいな

いつの間にか隣に来ていた後藤教官が呟いた。

サトコ
「これって、公安が全ての動きを機密に進めてきたから···」

後藤
ああ。ごくたまにだが、こういうことがある

そうこうしている間にも、刑事たちは手分けしてどんどんガサ入れを進めていく。

難波
後藤、サトコ

無線機から室長の声が聞こえてきた。
室長たちには、こちらの物音も会話もすべて聞こえていたはずだ。

難波
こうなったら、似鳥の身柄だけでもこっちで押さえる

後藤
わかりました

後藤教官と頷き合い、似鳥を探しに行こうとした時だ。
従業員用の出入り口の方へ走っていく似鳥の姿を見つけた。

サトコ
「いました!」

難波
追え

後藤
はい、行くぞ、氷川!

後を追って駆け出そうとした瞬間、オクラさんが後藤教官にしがみついた。

後藤
え?ちょっとオクラさん、何してるんですか?離してください

小倉ツネオ
「俺を置いて行くのか?頼む、逃げるなら俺も連れて行ってくれ」

後藤
逃げやしませんよ。ただちょっと外に···

小倉ツネオ
「外って、やっぱり逃げる気じゃないかっ!」

オクラさんは何としても後藤教官を離そうとしない。

(ダメだ···このままじゃ、似鳥に逃げられちゃう!)

サトコ
「玉三郎さん、私、先行きます」

後藤
一人じゃ危険だ。待て

小倉ツネオ
「待つのはお前だ~!」

後藤
ちょっと、何するんですか!?

オクラさんはどこから取り出したのか、ヒモで自分の身体と後藤教官の身体を縛り付けている。

(どうしよう···ここで私が何かやらかせば、また後藤教官の責任になっちゃうし···)

迷っていると、無線機から室長の低く抑えた声が聞こえた。

難波
サトコーー追え

サトコ
「!」

同じ声を無線機越しに聞いた後藤教官が、「ダメだ」と言わんばかりに首を振る。

<選択してください>

室長の言葉に従う

(現場では直属の教官の命令が絶対···訓練でもずっとそう教わってきた。でも···)
(室長はきっと私ならできるって、そう信じてくれてるからああ言ったんだ···)

信じてくれた室長の気持ちに応えたくて。
気付けば、走り出していた。

後藤教官に従う

(現場では直属の教官の命令が絶対···訓練ではずっとそう教わってきたし···)

難波
何してんだ、お前ならできるよ

サトコ
「!」

(室長は、私を信じて言ってくれてるんだ···)
(私は···室長のそんな想いに応えたい···!)

サトコ
「先、行きます!」

私は後藤教官にそう告げると、走り出した。

オクラを引き離す

※運営のミスで『後藤教官に従う』と同じ内容が入ってるため、割愛。

サトコ
「ああ、もう、こんなもの!」

走り出して数歩で、店用のピンヒールを脱ぎ捨てた。

(こんなことなら、早めにスニーカーに履き替えとくんだった···)

裸足の足の裏が、ひんやりとした地面を蹴る。
そうかと思えば、時々襲う鋭い刺激。
小石や何かの破片で足が痛むが、今はそんなことも言ってられない。

難波
どうだ、サトコ

無線機越しに室長が聞いてきた。

サトコ
「まだ見つかりません!」

難波
きっちり捕まえろよ。でも無理はするな

サトコ
「はい!」

その時、少し先にある廃ビルに入って行く、見覚えのある後ろ姿を見かけた。

サトコ
「見つけました!似鳥です」

足音を立てないように、そっとビルの階段を上る。

(このビル···前も似鳥を見かけたビルだよね)
(こんな時にわざわざ来るってことは、やっぱりここが似鳥のアジト···)

考えを巡らせながら最上階まで上がったところで、不意に人の気配を感じた。
そっと中を覗き込むと、似鳥がこちらに背を向けてなにかしているのが見えた。

サトコ
「動かないで!」

似鳥丈
「!」

似鳥は驚いたように振り返ってから、相手が私だとわかりちょっとホッとした表情になった。

似鳥丈
「なんだ、お前か···俺についてこられても、何もしてやれないが」

サトコ
「ただついてきたわけじゃありません。あなたを連れ戻しに来たんです」
「戻ってください、店に」

似鳥丈
「何を言ってるんだ?戻るわけがないだろう」
「あんなところに戻ったら、みすみす警察に捕まりに行くようなものだ」

サトコ
「戻らないなら、私が捕まえるだけですけど」

その瞬間、似鳥の目つきが変わった。

似鳥丈
「···そういうことか···」
「チッ」

サトコ
「!」

バンッ!バン!バン!バン!

似鳥は銃を取り出すと、私に向かって発砲してきた。
私も素早く物陰に身を隠し、太ももに隠してあった小型銃で応戦する。

バンッ!

似鳥丈
「生意気な女だ···」

バン!バン!

似鳥は尚も銃を撃ち続けながら、狂気の目で私に迫ってくる。

(こうなったら、しょうがない···!)

足をめがけて撃とうとした瞬間ーー
似鳥が突然、私の上方に向けて銃を発射した。

(え?)

ガシャン!

サトコ
「きゃっ!」

割れたガラスが降ってきて、私はとっさに目を瞑る。
その瞬間、似鳥が私の首に両手を掛けた。

サトコ
「うっ···」

似鳥丈
「女だてらに俺に楯突くからこうなる」

似鳥は私の首を絞めたまま、ジリジリと窓の方へ移動した。
窓枠が腰にかかり、上体がビルの外へと押し出される。

サトコ
「止めなさい···」

何とか声を絞り出すと、似鳥は勝ち誇ったようにニヤリと笑った。

似鳥丈
「このビルの噂を知ってるか?」
「ここは残念ながら、自殺の名所でね···」

ネイリスト
『もしかして賀来物産の廃ビルの話、まだ知らない感じですかぁ?』
『そこって昔、飛び降り自殺がって』
『その時死んだ赤いドレスを着たキャバ嬢の幽霊が出るらしいんですよぉ』
『それ以来、そこから飛び降りるキャバ嬢が多いんですって』

いつかネイリストから聞いた話が蘇る。

似鳥丈
「残念ながらお前も、幽霊に魅入られて身投げしたキャバ嬢のひとりになる」

サトコ
「そんなこと···すぐに、バレ···っ」

似鳥丈
「どうかな?やってみないと分からない」

サトコ
「···!」

似鳥が私の上体を思い切り外に突き出した。
身体がバランスを崩し、世界の上下がひっくり返る。

(室長、ごめんなさい···室長の期待に応えられなくて···)

ずるりと身体が窓枠から落ちそうになった、その時ーー

バン!

似鳥丈
「うっ···」

どこかから銃声が聞こえたかと思うと、私を押し出す似鳥の力が弱まった。

(なにが···起きたの?)

難波
サトコ!

室長の声が聞こえて。

サトコ
「室長···?」

声は声にならず、伸ばした手は虚しく空を切りーー

難波
サトコ!

落ちていくその瞬間、室長の顔がすぐ近くに見えた。

(やっぱり室長だ···よかった、最後にちゃんと顔を見ることができて···)

サトコ
「さよなら···」

その声が、室長に届いたかどうかは分からない。
でも室長は迷わず、私の後を追うように窓から身を投げ出した。

サトコ
「!?」

難波
ふざけんなっ!

室長の大きな身体が降ってくる。

(何でそんなこと···室長と一緒なら怖くないけど···)
(でも私なんかのために、室長が死んじゃうのは嫌だ···)

ガサッ!

サトコ
「え?」

ビニールの塊に身体が沈み込む。
そこに室長が落ちてきて······

ドサッ!!

サトコ
「!」

難波
ってて···

サトコ
「室長···よかった···」

難波
それは俺のセリフだよ
遅くなってすまん。でも、間に合ってよかった

私は室長の腕の中。
室長はゴミ袋の山に沈む瞬間、私をしっかりと抱き締めてくれたようだ。

難波
大丈夫か?

<選択してください>

はい

サトコ
「はい。室長が守ってくれたから」

難波
俺はボロボロだけどな
年甲斐もなく頑張ると、ロクなことねぇな

室長こそ大丈夫ですか?

サトコ
「室長こそ大丈夫ですか?完全に私の下敷きに···」

難波
心配すんな。オッサンの身体は無駄に丈夫にできてんだ

ちょっと喉が

サトコ
「ちょっと喉がまだ苦しいですけど···」

難波
どれ、見せてみろ。ってて

室長は少し身体を起こした途端、痛そうに顔を歪めた。

サトコ
「室長こそ、大丈夫ですか?」

難波
大丈夫だ。これしきことで参る俺じゃない
かわいそうに···喉が赤くなっちまってる

室長は眉をひそめつつ、私の喉に優しく触れた。

難波
それにしても、俺らは高いところから落ちるのが好きだよな

サトコ
「そう言われてみれば、前にもこんなことが···」

ふと記憶が蘇って、胸が苦しくなった。

(室長は、いつだって私を守ってくれる。こうして命を張って···)

思わず涙が出そうになって、慌てて目をゴシゴシこすった。

難波
どうした、どうした。目が真っ黒になっちまうぞ

サトコ
「だって···」

難波
ん?

サトコ
「裸足で走ったから、足が痛くて···」

難波
そうか···そうだよな。よく、頑張った

室長はクシャッと私の髪を撫でる。

バタバタバタッ

大きな足音が聞こえたかと思うと、後藤教官を筆頭に捜査員たちが駆けつけてきた。

後藤
室長!氷川!大丈夫ですか

サトコ
「後藤教官···」

難波
似鳥は最上階だ。確保を急げ

後藤
はい!

パンッ!

難波・後藤
「!?」

ひときわ乾いた音が聞こえた。

難波
まさか···行くぞ

室長は顔をしかめながら立ち上がり、ビルの中へと入って行く。
私と後藤教官も、後に続いた。

似鳥の元に駆けつけた私たちは、驚愕の光景を目にした。
床に倒れた似鳥。
その顔の両側に広がる、鮮やかな血の海。
似鳥に駆け寄った後藤教官が、脈を確認して首を振る。

後藤
死んでます

難波
こめかみを銃で一撃か···

サトコ
「自殺したということでしょうか」

難波
恐らく

(そんな···こんな結末って···)

翌日。
私と後藤教官は室長に呼び出され、事の顛末を聞かされた。

後藤
似鳥は自殺じゃないーー?

難波
ああ、銃痕が似鳥の持っていた拳銃と一致しなかった

サトコ
「じゃあ、似鳥は誰かに殺されたってことですか?」

難波
そういうことになるな

(それじゃ···もしかして、組織が口封じのために?)

難波
とはいえ、似鳥が関わっていた人身売買まがいの商売に関わる連中はウチですべて逮捕した
他の課の奴らに案件を奪われなかったのがせめてもの救いだな

後藤
······

難波
そうそう、コイツも検挙したぞ

室長に見せられたのは、いつかのネイリストの写真。

サトコ
「あ、この人···あのビルの噂を教えてくれたネイリスト···」

難波
その噂、あのビルを根城にしていた似鳥が人を寄せ付けないために
意図的に流していたものらしい

後藤
ということは、その女が似鳥に頼まれて噂を···?

難波
そういうことだ
人目に触れないのをいいことに、用済みの女を飛び降りに見せかけて殺してもいたようだ

(許せない···これまでもああやって、何人もの女の子たちを殺していたんだ···)

難波
これで、あとはもう一人

室長に写真を見せられて、ハッとなった。

(え···この人···)

あまりのことに、それからしばらく呆然となっていた。

後藤
氷川、行くぞ

後藤教官に声を掛けられ、慌てて我に返って後に続こうとする。

難波
サトコ、お前は残れ

サトコ
「え?」

後藤

部屋を出かけていた後藤教官も、思わずといった様子で振り返る。

(何だろう?)

後藤教官は室長を見て、それから私を見て。
僅かな寂しさと安堵がないまぜになったような笑みを浮かべた。

後藤
それじゃ、俺は

バタン···

二人きりになると、室長はさっきまで浮かべていた表情の厳しさをフッと消した。

難波
サトコ、ちょっと今から車出すか

サトコ
「···え?」

to be continued

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