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エピソード0 難波2話

警察大学校での6ヶ月の研修を経て、いよいよ警察庁での勤務が始まった。
配属先は、公安課。

同僚A
「ご愁傷様···」

俺の配属先を知った瞬間、同僚たちの顔に同情が広がった。

難波
やっぱりそう思うか?

同僚A
「当然だろ。公安なんて、得体が知れなさ過ぎて俺ら新人には荷が重いよ···」

同僚B
「公安って、人を騙したり、時には身内を騙したりってイメージだもんな」

(やっぱりそうか···)

俺も何となく、そんなイメージを抱いていた。
目の前にいる窃盗犯や殺人犯、それを捕まえるという方が分かりやすくていい。

(国家とか平和とか、そういうデカいもんを語る柄じゃねぇし···)

最初はピンとこなかったのは確かだ。
でもそんな戸惑いの中で出会ったのが、のちに妻になる同僚の女性。

同僚の女性
「難波くん、こんなところにいたの?山田室長が呼んでる。急いで」

難波
あ、ああ···

彼女は、実にさっぱりした女性だった。
自分が今いるべき場所がどこであれ、与えられた場所でベストを尽くすタイプ。
なんだかその真っ直ぐ差が眩しくて、気付けば俺は、彼女に付き合いを申し込んでいた。

小澤誠
「確かに、俺らが守るべきもの、相手にしてるものはデカい···」
「デカすぎる···俺も最初はそう思ったよ」

仕事が終わると、いつも連れて来てもらう屋台のラーメン屋。
そこで、上司の小澤さんはいつもながら熱弁を振るっていた。

(相変わらず、熱い人だな···)

その熱さは、お酒が入るとますますエスカレートしていく。
でも不思議と嫌みのない、暑苦しさもない、気持ちのいい熱さだった。

小澤誠
「何かあったら、そのときは俺がケツ拭いてやるから、とにかく恐れずに進むことだ」

難波
はい···

小澤さんは責任感の人だ。
そして信頼の人。
信頼した部下には、とことん任せる。
任せたうえで、責任はちゃんと取る。
俺にとって、理想の上司以外の何ものでもなかった。

難波
小澤さんに迷惑を掛けないように、精一杯頑張ります

決意を語った俺の背を、小澤さんが笑いながらバシッと叩く。

小澤誠
「固いよ、固い!」
「難波はさ、いいんだよ。そんな風に無理にしちゃちこばらなくて」

難波
はあ···

(この人には隠せないなぁ···)

公安課の雰囲気は独特だった。
気付けばいつの間にか俺も、その雰囲気に馴染むように振る舞うようになっていた。
大学時代は、あんなにいい加減な男だったのに···

小澤誠
「お前は確かに優秀だけど、面白くない」

難波
でも俺、普通にしていたら浮きますよ。明らかに

小澤誠
「いいじゃないの、浮けるもんなら浮いてみせろよ」
「それが個性ってヤツだろ。それを失っちまったら、お前はただのロボットだ」
「俺はロボットの部下なんか欲しくない」

難波
小澤さん···

(ホントこの人って、いい人だよな···)

人として情が深く、公安刑事として正義感も強い。
いつしか俺は、「こんな風になりたい」と思うようになっていた。

難波
じゃあ俺、好きにやらせてもらいますよ?

小澤誠
「おお、そうしろ、そうしろ」
「オヤジ、ラーメンもう一杯ずつね」

小澤さんは、景気よくラーメンのおかわりを頼んだ。

難波
え、おかわりですか?

小澤誠
「だってお前、全然腹いっぱいじゃないだろ」

難波
え···ま、まぁ···

20代の食欲は、恐ろしいほどに旺盛だ。
小澤さんはそんなことも、ちゃんとわかってくれている。

難波
俺、よかったです。小澤さんみたいな人が上司で

小澤誠
「ラーメンを腹いっぱい食わせてくれるからか?」

難波
そうじゃなくて、その···

言いたいことはたくさんあった。
でも、何から口にすればいいのかわからない。
それほどに、小澤さんには恩を感じていた。

小澤誠
「お前もさ、なれると思うぞ。いい上司に」

難波
え?

突然の小澤さんの言葉に、驚いて隣を見た。
小澤さんの表情は······結構真剣だ。

小澤誠
「お前は飄々としてるけど、胸に強い正義感を秘めてる」
「俺には、それが分かる···」

言われて、思わず自分の胸を見た。

(正義感、か···)

あまり考えてみたこともなかったが、俺も人並みに警察官らしくなったということか。

小澤誠
「そういうヤツは、いい先輩、いい上司になる」
「お前、意外と向いてるかもしれないぞ。後輩の面倒を見る役目」

難波
俺が、ですか?

(おいおい、後輩の面倒なんて、考えたこともないぞ···)
(だいたい誰かの面倒みるよりもまず、俺自身が成長しなきゃいけないレベルだ)

戸惑いが先立って、しばらく麺を啜るのを忘れていた。

小澤誠
「なんだ、どうしたよ?」

難波
いや···なんか、イメージわかなくて

小澤誠
「もちろん今すぐって話じゃない。だけど、これだけは覚えておいてくれ」
「正義ってのは一つじゃない。もちろん、その使い方も」

(正義の···使い方···)

俺はそれに答える代わりに、思い出したようにラーメンをすすりあげた。

小澤誠
「難波、よくやった」

仕事をひとつクリアするたび、それがどんなに小さな案件でも、小澤さんは必ず俺を褒めてくれた。

難波
ありがとうございます!

小澤さんに俺の中の正義感について指摘された日から、
自分でも何となくそれを意識するようになり始めた。
それ以来、仕事へのモチベーションも明らかに変わってきている。
公安という、最初は得体が知れないと思っていたその仕事に、徐々にやりがいを見出いしていた。

同僚の女性
「仁、最近変わったね」

難波
え?

同僚の女性
「なんか、すごくいい顔になってきた」

彼女にそう指摘された時、何だか同志を得たような気分になった。
多くを語らなくても、想いを、状況を共有できる存在。

(そういうのって意外といるようで、いないよな···)
(タイミング的にも、今かもしれない)

ようやく自分のペースで仕事を切り回せるようになってきた。
色んなことを考えるのに、ちょうどいい時期だったのかもしれない。

難波
あのさ···

同僚の女性
「ん?」

難波
しないか?結婚···

同僚の女性
「!」

彼女の目に驚きと喜びが浮かび上がる。
考えてみればこれが、二人にとって一番最高の瞬間だったのかもしれない。

そのことに気付いたのは、彼女と結婚式を挙げてひと月ほど経った頃だ。

(ん?これ、なんかおかしくないか?)

きっかけは、ちょっとした違和感だった。
でもその違和感が、なぜかどうにも拭えない。
俺の中の正義感が、何かを訴えかけてきていた。

(まさか、公安課の山田室長が不正を···?)

to be continued

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