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エピソード0 難波5話

小澤さんの葬式は、殉職者とは思えないほどこじんまりと行われた。
参列者も驚くほど少ない。
明らかに、何かがおかしかった。

難波
玲さん、座っててください。俺がやりますから

小澤さんの奥さんの玲さんは、臨月のお腹を抱えて辛そうだ。
それでもなんとか夫のために、必死に喪主としての役割を果たそうとしていた。

難波
玲さんはここにいてくれれば、それでいいんですから

小澤玲
「ごめんね。ありがとう、仁くん」

難波
お礼なんて···

(そもそも、小澤さんが死ななきゃいけなかった原因を作ったのは俺なのに···)

でもそんなことは口が裂けても言えなかった。
言えば、玲さんやお腹の子まで巻き込むことになる。

(小澤さんのためにも、この二人の事だけはなんとしても守らないと···)

参列者A
「殉職なんてカッコいいこと言っても、命令無視の勝手な行動だったんだろ?」

参列者B
「道理で···みじめなもんだな」

参列者のささやき声が聞こえてきて、玲さんが身を縮める。

(小澤さんはただ、正義を行っただけなのに···)

ぶつけようのない怒りが込み上げた。

難波
玲さん、胸張ってくださいよ。小澤さんは何も悪くない

小澤玲
「でも···」

難波
誰がなんて言ったって、そんなの無視してりゃいいんです

(いつか、俺が絶対に明らかにする。小澤さんが本当にやりたかったこと。その死の真相)
(そしてあいつの、罪の全貌···)

???
「小澤くんの奥さんですね」

声が聞こえて、振り返った。

難波
山田室長···

俺は思わず、山田室長を睨んでいた。
でも山田室長は、余裕の表情を崩さない。

山田勝彦
「君は、確か小澤の部下の···」

難波
難波です

山田勝彦
「そうか、しっかりと奥さんを支えておあげなさい」
「それじゃ奥さん、この度は本当にご愁傷様でした」

小澤玲
「ご丁寧にありがとうございました」

山田勝彦
「それでは」

さっさと行こうとするその背中に、思わず言った。

難波
もう行かれるんですか?

山田勝彦
「···?生憎、なかなか忙しい身の上でね」
「今日も、警備局長との会合をキャンセルしてここに来たんだがね」
「小澤が余計なことをしてくれたお陰で、こっちも迷惑してるんだ」

最後は、俺だけに聞こえるように耳元でささやいた。

難波
ふざけるなっ!

小澤玲
「仁くん!?なにするのっ」

気付いた時には、胸倉をつかんでいた。
でも山田室長は、表情ひとつ変えない。

(なんだよ、その顔は···『殴れるものなら殴ってみろ』とでも言いたいのか?)

グッと拳を握る。

(でもここで殴ったら···小澤さんの死が無駄になる)

胸倉をつかむ腕から力が抜けた。
山田室長は、そんな俺を嘲笑うように見て去って行く。

(小澤さんのためにも俺はこの場所で、公安でのし上がる···)
(小澤さんの死に報いる方法は、それ以外にない)

それからの俺は、ひたすらに仕事に打ち込んだ。
そして仕事が終わると、一人で屋台でラーメンを食う。
今はもう隣にいない、小澤さんを想いながら。

(小澤さん、俺···偉くなりますよ)
(『お前一人じゃ無理だ』なんて言われないくらいに···)

♪~

電話が鳴って、ふと我に返った。

難波
なんだ、あいつか···もしもし?

我ながら、面倒臭そうな声が出た。

難波の妻
『あなた?···もしかして、今日も飲んでるの?』

難波
だから?

難波の妻
『だからって···仕事、終わったんならたまには家で一緒にご飯食べましょうよ』
『そんな生活してたら、そのうち身体が···』

難波
いいんだよ、俺の身体なんて
今はそんなことよりも、大切なことがあるんだ。じゃあ、切るぞ

まだ何か言いたそうな妻の言葉を遮って、終話ボタンを押した。
その瞬間、罪悪感が込み上げる。

(悪いな。お前の気持ちは嬉しいが···今の俺には、その気持ちが重いんだ)

妻を見ると、どうしても玲さんのことが頭に浮かぶ。
玲さんから大切な旦那さんを奪っておきながら。
自分だけ夫婦だんらんを楽しむ気にはなれなかった。

(それにしても、どうして小澤さんは···)

再び湧き上がる疑問。
臨月の奥さんを残して、我が子との対面も間近に控えていながら、
なぜあんな無茶をしたのか分からない。

(俺の暴走を止めたかったというのは分かる)
(でも、それだけなら他にいくらでもやりようはあったはず···)
(何か他に、理由が···?)

数日後。
久しぶりに自宅に帰った。

難波
ただいま···

もしかしたらまだ妻が寝ているかもしれないと、控えめに声を出した。
でも室内は、シーンと静まり返っている。

(こんなに早くに、もう出掛けたのか?)

妻の不在に何となくホッとして、とりあえず水を飲んだ。
視線の先で、何かが光る。

難波
···ん?

怪訝に思い近付くと、テーブルの上に指輪が置いてあった。
その下には、記入済の離婚届。

難波
マジか···

ため息が漏れる。
でも、驚きはなかった。
近い将来、こんな日が来るような気がしていた。

難波
ごめんな···

(悪いのは全部俺だ···)

一人になった自宅は、妙にガランとして寒々しい···。

女子高生
「この人、痴漢です!」

その日の通勤途中、電車を降りたところで声が聞こえた。
声の方を見ると、女子高生が若い男と揉みあってる。

女子高生
「この人、さっき女の人のお尻触ってました!私、見ました!」

ホームにいる乗客たちは何事かと彼女を見つめている。
でも、誰も手を貸そうとはしない。
そうこうする間に、アナウンスが次の電車の到着を告げた。

(ヤバい···!)

俺はとっさに二人に向かって走り出した。
若い男はその場を逃れたい一心で、全力で女子高生を突き飛ばす。

難波
あぶないっ!

女子高生が線路の方へ吹っ飛んだ。
電車が、ホームに滑り込んでくる。
俺は空中で彼女の身体を抱きかかえ、必死にホームに引き戻した。

難波
···ってえ、大丈夫か?

腕の中で女子高生は、ギュッと目を瞑っていた。

(まったく、無理しやがって···)

痴漢のことは、遅ればせながら駆けつけた駅員がしっかりと確保をしていた。
俺もようやくほっとして、女子高生と共に立ち上がる。

難波
痛いところは?

女子高生
「あ、ありません···」

難波
それならよかった
ちなみに俺、こういう人

警察手帳を見せると、女子高生の目が驚きに見開かれた。

難波
君の行動は勇気があって立派だった。でもな
自分を過信しすぎるな
君一人の力で出来ることなんて···

言いかけて、ハッとなった。

(小澤さんはもしかして···俺にもそれを伝えたかったのか?)

to be continued

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