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本編カレ目線 津軽1話

“普通” という言葉を初めて意識したのは、小学4年生の誕生日のすぐ後だった。
“普通” じゃないから、“普通” を意識する。
一度壊れた日常は戻ったりなんかしない。
半身はいつも、あの血だまりの家の中にいるーー

10歳の誕生日当日。
学校のクラスで誕生日会が開かれた。
日が落ちるのがすっかり早くなった10月の終わり。
『ただいま』と玄関を開けた瞬間から、違和感はあった。
生臭い血の匂い。
滅多に取らない有休を俺の誕生日に合わせて取っていた親父は不運としか言いようがなかった。

家の電話線は切られていた。
両親の携帯はなく、隣の家で電話を借りた。
手に血をべっとりとつけた俺に向けられたのは、“普通” ではないものを見る目。
『お父さんとお母さんが死んでます。お母さんのお腹には弟がいます』
泣いていたのかどうかは記憶にない。
通報の言葉が記憶通りかどうかも、わからない。
当時の記憶は曖昧で、あとで脳が勝手に補足したものだろう。

警察官A
「君が通報したんだね?君は?名前は言える?」

警察官B
「こりゃあ、ひどいぞ。両方めった刺しだ」

警察官C
「凶器は見つかっていないのか?」

警察官D
「容疑者はまだ近くにいるかもしれない!一帯に規制線を張って、避難させろ!」

警察車両の赤色灯が、血の色に重なった。
息をしようと思っても、心臓が潰されたように呼吸ができない。

警察官A
「おい、子どもが倒れたぞ!」

警察官B
「救急車を呼べ!」

家の記憶はそこで終わってる。
次に目が覚めたのは病室。
事件現場となった家に帰れる日は、もう訪れなかった。

見舞いに訪れる親族はいなかった。
というのも、両親を殺したのは父の弟である、叔父だったから。
病室に来るのは警察官とカウンセラーのみ。

カウンセラー
「今は無理しなくていいんだよ。思い出したくないことは思い出さなくていい」
「思い出してしまうことがあっても、それはそれで受け止めよう」

この時、“Survivor’s guilt”ーーサバイバーズ・ギルドという言葉を知る。
戦争や災害、事件現場などで生き残った者が覚える、罪悪感。
当然、俺もそれを長く抱えることになる。

親戚A
「なんで、この子を引き取ったりなんかしたのよ」

親戚B
「仕方ないだろう。マスコミは親戚関係まで嗅ぎ回ってる」
「こいつを児童養護施設にでも送った日には、何を書かれるか···俺の出世にも響く!」

マスコミのしつこさと汚さを知ったのも、この頃だ。
カウンセラーは日常に戻ることを意識しろと言うが、向けられる多数のカメラがそれを許さない。
それでも事件は風化していく。
だが世間が別の事件に意識を向けても、俺の事件が消えてなくなるわけではない。
マスコミの目が消えれば俺は不要の存在となり、遠縁の家まで転々とすることになる。
その頃にはなぜか、何を食べても味を感じなくなっていた。

底辺高への入学が決まった15の春。
数年ぶりに警察に呼ばれた。


「お前の身柄は、今日から俺が預かる」

表情のない刑事だった。
どこかで見た記憶があると思ったら血の匂いが蘇ってきて、事件の日にいた刑事だと思い出す。
こちらは随分と背も伸び成長したのに、
目の前の男は記憶の姿のままで時が止まっているようだった。

銀の妻
「高臣くん、今日からよろしくお願いします」


「甘やかす必要はない」

銀の妻
「もう、そうやってすぐに怖い顔するんだから」
「高臣くんを迎えたからには、ここを自分の家だと思ってもらうの」
「部下に接するような態度は禁止にします」


「···わかった」

銀という刑事は強面だが、妻には頭の上がらない案外不器用な男だった。
警察官だから、被害者遺族の扱いを周知していたのかもしれないが。
ただ居場所を提供してくれる銀家はーー心臓が潰れたように苦しかった日から。
初めてフツウに呼吸ができる場所になった。

山本コースケ
「たかおみくん、K大受かったって!?」

佐内ミカド
「マジかよ!K大って、あれだろ!?スゲー頭のいい、アレ!」

阿佐ヶ谷タクヤ
「その言い方がアタマ悪すぎ」

佐内ミカド
「俺はバカだから仕方ねーだろ!?」

高野マツオ
「それよりK大ってことは、関西行くの?」

佐内ミカド
「ウソだろ!?高臣がいねぇ毎日なんて、考えらんねーよ!」

一流大を目指したのに、深い理由はない。
居場所を与えてくれた銀家の恩に少しでも報いたかったからだ。
偶然、奪われなかっただけの命。
どうせ死ぬなら、あの人たちの役に立ってから、“殺されたい” ーー

to be continued

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