努力というのは、意外と裏切らずついてくるものだった。
大学卒業後、国家公務員Ⅰ種の試験に一発で通り、やっとこの人の下に辿り着いた。
銀
「4月には公安学校の卒業生が配属されてくる」
津軽
「もうあれから2年ですか」
銀
「これが卒業生のファイルだ。お前も目を通しておけ」
津軽
「はい」
銀さんから分厚いファイルを受け取る。
(公安学校か。一流の公安員を育成する目的で設立されたけど、銀さんは否定的だった)
(現場の空気も知らない若造が頭でっかちのエリート集団になったところで邪魔でしかないって)
銀さんがそう思うのには、確固とした理由がある。
十数年前に、上の間違った判断で部下を死なせているらしい。
銀
「公安学校の指揮を執っていたのは主に難波室だが、俺は奴らを受け入れるつもりはない」
津軽
「はい」
銀
「4月から難波室は凍結させる」
津軽
「わかりました」
(難波さんもかなりの曲者だとは聞いてるけど)
(そこは凍結させるとは、さすがだな···)
感心すると同時に、いかに今回の件が本気かが伝わってきた。
(この人が排除したいと思うなら、それに従うまでだ)
同じ過ちは繰り返さないと、銀さんの背中が語っていた。
津軽
「特に注意すべき人物はいますか?」
銀
「ファイルの1番上にある。氷川サトコ」
津軽
「氷川サトコ···女?」
銀
「首席で入学し、首席で卒業している」
「石神班、加賀班の連中にも目を掛けられているようだな」
津軽
「···そうですか」
(あの秀樹くんと兵吾くんに可愛がられてる?めずらしい人材もいたもんだな)
津軽
「その卒業生、俺の班に入れといてください」
銀
「ああ、そのつもりだ」
配属されればわかるだろうと、彼女の資料は後回しにする。
(首席で入学卒業、あの曲者に目を掛けられる···ゴリラみたいな女かな)
頭の中で、浅黒いマッチョ女がこちらを見ていたけれど、
実際に遭遇したのは、ぴょこぴょこ飛び跳ねる白いウサギだった。
徹夜で仕上げた報告書をゴミ箱に放ったのは、久しぶりに笑える出来事だった。
津軽
「♪~」
百瀬
「機嫌、いいですね」
運転席のモモがチラリと視線を送ってくる。
津軽
「今日、ちょっと面白いことがって」
百瀬
「それはよかったですね」
津軽
「今、俺が鼻歌歌ってた曲、なんだっけ?」
百瀬
「REVACEの曲ですよ。これ」
モモがすぐにその曲を流す。
津軽
「そうそう、これだった。あ、次の信号、左に曲がって」
百瀬
「寄り道ですか?」
津軽
「ペットショップ」
百瀬
「津軽さんって、イヌアレルギーありませんでしたっけ」
津軽
「だからガラス越しに見るんじゃん」
百瀬
「帰りの車で、赤くなるまで鼻かむのに」
なんだかんだと言いながらもモモはペットショップに向かってくれる。
新しいボックスティッシュをダッシュボードから出して用意しながら。
津軽
「よしよし、おいでー」
百瀬
「ガラス越しでも寄ってきませんね」
津軽
「なんでモモの方にばっか集まんの?」
百瀬
「さあ?」
津軽
「仲間だと思ってるのかもね」
百瀬
「······」
津軽
「さあ、こっちおいで~」
俺の呼びかけも無視して、イヌはエサを食べ始めた。
(エサといえば、あの子···チャンスを混ぜたエサを与えたら、まんまと食いついたな)
(報告書はバカ正直なほど丁寧)
(額面通りの意図で依頼したものなら花丸の出来だったけど)
思い出す、あの時の顔。
津軽
「冗談を真に受けちゃダメだよ」
サトコ
「じょう···だん···?」
津軽
「化粧、下手だね」
サトコ
「は···?」
(あそこまでされて、泣かないのは面白かったな~)
そう面白い。
近くに置いて弄り倒すにはいい人材だ。
けれどーー
(言葉の裏も読めない公安刑事なんて必要ない)
(仲間は自分の命を預けられる存在でなきゃいけないんだから)
仲間の殉職は何としても防ぐーー銀さんのためにも。
(···あの子の名前、なんだっけな?)
首を傾げると、ウサギのケージが目に入った。
(ま、いっか。ただのウサギだし)
ウサギは適当に飛び跳ねているだろう。
津軽班という小さなケージの中で。
to be continued