カテゴリー

エピソード0 後藤2話

夏月の葬儀に現れた、ひとりの男。

石神
葬儀に集まった顔を見れば、彼女の功績は分かる
だが···死んでは何にもならない

その一言に火を点けられたように、俺は男に掴みかかっていた。

後藤
お前に···お前に何が分かる!

石神
飯島夏月に関する基本的な情報は把握している
履歴書及び、入庁してからの経歴も調べてある

後藤
そういう話をしてるんじゃねぇ!
夏月が、夏月がしてきたことは···!

(何にもならないなんて···そんなこと言わせねぇ!)

石神
では聞くが、彼女は事件解決に有効な何かを残したのか?

後藤

拳を大きく振り上げていた。
その眼鏡ごと吹き飛ばしてやろうとしたが···

一柳昴
「やめろ!」

後藤
···っ

俺の拳を受け止めたのは一柳だった。
間に割って入った奴に、距離を取らされる。

後藤
邪魔をするな!

一柳昴
「ここでコイツを殴って、何になる!」

石神
······

後藤
何にもならなくていい!夏月を侮辱する奴は、俺が許さねぇ!

石神
···まだ時期尚早といったところだな

後藤
何?

石神
頭を冷やしておけ

男は襟元を直すと、そのまま去っていく。

後藤
待ちやがれ!

一柳昴
「後藤!」

追いかけようとすると、グッと一柳に止められた。

後藤
あんな野郎に好き勝手言わせて、お前は悔しくねぇのか!

一柳昴
「悔しかったとしても···夏月を送る日に騒ぎを起こすのか!」

後藤
···っ

一柳の言うことが正論だということくらいはわかり、やり場のない怒りに拳を握った。

後藤
······

一柳昴
「どこに行く」

答える言葉は出ず、会場から遠ざかるように歩き出す。
きちんと別れを言わなければいけないと、理解はしているのに。

(俺は、まだ···)

夏月がいない世界を受け入れられないーー

それから数日後。
飯島夏月殺害の件は、ホームレスの男による犯行だと断定され、捜査は打ち切られた。

後藤
······

(何か見落としていることがあるはずだ)
(警察官の連続殺人···単純な事件なわけがない)

捜査の打ち切りを聞いた時、何度も抗議したが上は聞く耳を持たなかった。

(容疑者が逮捕されているとはいえ、対応が早過ぎる)
(上は何か隠しているのか···?)

皆が帰った後、ひとりで捜査を進めるようになった。
殆ど家には帰っていないが、幸いにして相棒を失った俺の行動に口を挟む輩もいない。

(夏月の事件だけを調べても進展はない)
(他の警察官殺害の件まで洗っていかねぇと···)

最初の事件に関するデータを閲覧しようとすると、表示されるのは『アクセス制限エラー』の文字。

後藤
クソっ!

理由は分からないが、過去の警察官殺害事件について調べようとすると、この壁にぶち当たる。

(何を隠してる?)

俺は元からデータを調べ上げ、情報と軸として捜査する方ではない。
だが、ここまで情報が隠されていることが、おかしいということくらいはわかる。

後藤
······

『アクセス制限エラー』ということは、上層部の人間ならアクセスできるのかもしれない。
しかし、頼れる人間はいなかった。

(こっちがダメなら、足を使うまでだ)

調べた紙の資料を手に、夜の街に出る。
昼と夜、明け方と真夜中···時間帯によって、現場というのは大きく顔を変える場合がある。

(今夜は最初の被害者の殺害現場を張るか···)

デスクの上には通常業務として処理しなければいけない書類の山が出来ていたが。
そんなことは全く気にならなかった。

事件現場のあらゆる時間帯を調べ上げるために、生活時間はひどく不規則になった。
刑事かに戻る時間も様々で、同僚と顔を合わせる機会も減る。
今の俺には、その方がありがたかった。

(捜査の打ち切りを疑問に思ってるのが、俺だけなんて···)
(他の腑抜けた連中の顔なんざ見たくもねぇ)

顔を合わせてもすぐに目を逸らされるような日が続いた、ある日。

???
「いつまで、こんな暮らしを続けるつもりですか?」

背後から聞こえてきたのは、小汚い路地に似つかわしくない柔らかな声。
この声は、よく知っている。

後藤
周さん···どうして、ここへ?

颯馬
こうでもしないと、会えないからですよ
ここ数日、刑事課にろくに顔を出していないでしょう

後藤
夜には行ってます

颯馬
勤務時間っていう言葉を知ってる?
真夜中に来て朝方に倉庫の隅で寝ていては、出勤しているとは言いませんよ

後藤
あのまま捜査打ち切りで終わらせられるわけがない
俺ひとりでやります

颯馬
刑事は基本的にニコイチで行動するもの。単独行動は感心しません

後藤
···俺が夏月を殺した犯人に狙われたら困るからですか?

颯馬
この事件が解決していないと思うのは分かる。だが、今は手を引け

周さんの手が肩にかかり、その声が真剣味を帯びる。

後藤
なぜです?周さんだって、あの男が犯人だなんて思ってないはずだ!
なのに、どうして捜査しないんですか!

颯馬
今は何もできないからだ。それに復讐心は目を曇らせる
···時間をおけ

後藤
何で···っ

最近、同じことに怒りを感じている気がする。

(一柳もそうだった···周さんまで、どうして···っ)

後藤
そんなに冷静でいられるんだよ!
俺の相棒が···俺たちの仲間が殺されたんだぞ!?

颯馬
そんなことわかっている

肩に置かれた手を振り払うと、周さんの鋭い視線に射抜かれた。

颯馬
悔しいのは、お前だけじゃない

後藤
だったら···!

颯馬
感情で動いて、どうにかなる事態だと思っているのか?

後藤
······

颯馬
誰も言わないなら、俺がはっきり言ってやる
今、お前がやっていることは無駄だ

ここまで強い周さんの声を聞いたのは初めてかもしれない。
彼の口調が変わる意味は、俺もよく知っている。

(周さんも確固たる思いで言ってる···)

颯馬
···早く日常に戻れ

後藤
······

立ち去る背中に目を伏せる。
最近、こんなことばかりだ。

(俺は間違っているのか···?)

その答えは出ないまま、時間だけは経って行ってーー

後藤
異動···?

颯馬
ええ。来週からだそうですよ

正式な辞令の前に、周さんが耳に入れてくれた話。
夏月の事件で行き詰まる俺に下された異動先は···考えたこともないところだった。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする