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エピソード0 後藤4話

警察の合同慰霊碑の前に屈んでいると、一柳が姿を見せた。

一柳昴
「お前も来てたのか」

後藤
···ああ

一柳昴
「夏月の月命日だからな」

後藤
······

言われて、そうなのだと気が付く。
あれから相変わらず時間の感覚は希薄で、日付もろくに分からない状態だった。

一柳昴
「報告書を作るんのサボってっから、日付も分かんなくなんだよ」

こちらのことなどお見通しといった顔をしながら、一柳は手にしてた和花を供えた。

一柳昴
「今日は夏月に報告があって来た」
「俺は警護課に行ってSPになる」

後藤
刑事を辞めるのか

一柳昴
「ああ」

先程刑事失格だと言われた俺には、その言葉が重く突き刺さった。

後藤
「理由は?もとからSP志望ってわけでもなかっただろう」

一柳昴
「俺なりに考えた結果だ」
「俺はSPにしかできない “守る” ことで任務を全うする」

守るーー夏月を守れなかった俺には、重い言葉だった。
一柳がなぜその道を選んだのか···今、それを聞く気にはなれなかった。

一柳昴
「お前は、どうする」

後藤
どうするも何も···公安なんかに放り込まれて、どうしようもねぇ

一柳昴
「どうしようもねぇのは、お前だろ」

後藤
なに?

一柳昴
「お前がどうしようもねぇと思ってる限り、何にもできねぇだろうよ」
「いつまでそうやって、夏月にお守させる気だ?」

後藤
テメェ!ふざけたこと言ってんじゃねぇ!
俺は今でも夏月の無念を···!

こうして誰かの胸倉をつかむのは、あの夜から何度目だろうか。
これまでの反応と同様、一柳は微動だにせずこちらを見ている。

一柳昴
「いつまでも、夏月を言い訳にしてんじゃねぇ」
「悲劇の主人公を気取るのも大概にしろよ」

後藤
俺は···!
俺は···

(ただ、夏月の仇をとりたくて···)

ーーとりたくて···何をしていた?
心に空いた穴から湧き上がってきた自問に頬が強張る。

(あの夜から抜け出せないまま、捜査を続けていたが···)

空回りだったのは、事実。
現実を突きつける周さんの言葉が脳裏に蘇る。

颯馬
感情で動いて、どうにかなる事態だと思っているのか?
誰も言わないなら、俺がはっきり言ってやる
今、お前がやっていることは無駄だ

(何も出来ない事実も···それでも、夏月の仇をとるためだと言い聞かせて···)
(あの夜から俺は···)

現実を見ていないーーそれは認めざるを得ない事実。

一柳昴
「お前が前を向いて歩かない、情けない姿を···いつまで、アイツに見せるつもりだ」

一柳の視線が慰霊碑に流れ、やや間があって目が伏せられる。
微かに震える睫毛を見れば、ヤツも様々な感情を抑えていることが伝わってきた。

(『悔しいのは、お前だけじゃない』···か)

あの時語気を強めた周さんの胸にも夏月の姿があったはずだ。
そして、今の一柳の胸にも。

一柳昴
「お前が公安にいんなら···そこでしかできねぇことがあるんじゃねぇのか」

後藤
······

次の道を一柳は自分で決めた、だから、夏月に報告しに来た。

(それに比べて俺は···)

胸を張って言えることなど、ひとつもない。
何もできなかったことを報告しに来ただけだった。

繁華街のネオンが灯り始める夜。
客が入り始めた馴染みの居酒屋の前に気が付けば立っていた。

(よく刑事課の面々で飲みに来た···つい、この間のことだってのに)

ここで何度も聞いたはずの夏月の笑い声が今は上手く思い出せない。
それでも、チラチラと壊れたテレビのように断片的な記憶が蘇ってくる。

飯島夏月
「誠二と昴を見てると、仲良すぎて妬けちゃうなぁ」

一柳昴
「は?」

後藤
何を言ってんだ

飯島夏月
「だって、ケンカしてる二人ホントに楽しそうだから」
「二人の掛け合い、私は好きよ」

後藤
あのな···

一柳昴
「掛け合いって···」

昴・誠二
「コントじゃねぇんだから」

飯島夏月
「ちょっと···ははっ、息合いすぎ!」

後藤
······

あんな日々がずっと続くと思っていた。
今だって居酒屋の戸を開ければ笑って夏月が手を振りそうな気がするのに。

(もう···いねぇんだ···)

どんなに自分が立ち止まっていても、周囲の時間は流れて行く。
月命日が過ぎ、一柳は新たな道を見出し、俺の居場所も変わった。
けれど、俺自身が動かずにいたらーー

(自分を慰めるための捜査なんかに意味はない)
(認めろ···今の俺じゃ、夏月の真実に辿り着けないんだ)

これを認めることは刑事としての無能さを露呈するようで怖かった。
夏月に顔向けができなくなるようで怖かった。

(どっちにしろ、向けられる顔なんてない)
(この手で事件を解決する、その日までは)

後藤
······

立ち尽くしていると、地面に小さな染みができていく。
雨···土砂降りの匂いがする。

(今の俺にできることは···)

降り出したら、あっという間だった。
黒く染まっていくアスファルトを見つめながら、答えが出るまで立ち尽くしていた。

後藤
ターゲットの行動範囲を調べ直しました。以前の尾行ルートにはないものも入っています

石神
ほう···

まとめた資料を石神さんに渡すと、その眼鏡を押し上げた。

石神
少しはまともな面構えになったな

後藤
···はい

資料に目を通し頷く石神さんに頭を下げた。

後藤
これまで反抗的な態度を取って、すみませんでした
ここでやらせてください

石神
言っただろう。お前の居場所は、ここしかないと
死んだように生きるなら、ここで死ぬつもりで任務に当たれ

後藤
···はい

復讐の火は消えない。
忘れることも出来ない。
だがーー

(同じ場所にいたままじゃ、前へは進めない)
(進まなければ、夏月の事件は絶対に解決できない)

いつの日か、夏月の無念を晴らすためには、今与えられた仕事に向き合う必要がある。
どんなに遠くても、時間がかかっても···復讐を果たすために歩き続ける。
この公安という世界の中で。
あの雨の日に失ったものを引きずりながら、生きていくーー

to be continued

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