カテゴリー

あの日、僕らは隠れてキスをした 難波1話

後藤
ちょっと、いいか?

後藤さんが不意に耳元でささやいた。

後藤
LIDEを見ろ

サトコ
「え、LIDEですか?」

後藤
しっ!

後藤さんは辺りに細心の注意を払いながら、唇の前に人差し指を一瞬だけ立てる。

後藤
いいから、早く

サトコ
「は、はい」

(この感じ···何かただならぬ予感···)

さり気ない風を装いつつ、ポケットからスマホを取り出し画面を確認した。
メッセージは、室長から。

『着いて早々に悪い。頼みたいことがある』

(頼みたいこと?なんだろう···)

次のメッセージには座標らしき数字の羅列があり、
どうやらその場所まで1時間以内に来いということのようだった。

(行先の場所を明示できないのは情報の漏洩を防ぐため?)
(ってことは、かなり重要で秘匿性の高い任務···)
(やっぱりこれは、ちゃんとした研修だったんだ···)

旅行気分で緩んでいた気持ちが一気に引き締まった。

後藤
分かったら早く行け

サトコ
「は、はあ···でも···」

(研修なのに、何も言わずに姿を消したりして大丈夫なの?)

後藤
津軽さんのことは俺が何とかする

後藤さんは、私の心中を見透かしたように言って小さく頷いた。

サトコ
「それじゃ、よろしくお願いします」

後藤
任せておけ

後藤さんの頼りがいのある強い頷きに見送られ、室長から指定された場所へと急ぐ。

森の中に足を踏み入れるなり、地図アプリの信号が途絶えた。

(えええ~?もしかして、この先はGPSが通じないってこと!?)
(私、この辺の土地勘全然ないんだけどな···)

念のためと持ってきた周辺地図が役立つときが来た。

サトコ
「ええっと···こっちが北だから···」

地図をクルクル回しながら、進むべき方向を見極める。

サトコ
「こっちか···」

歩き出してすぐに、木の枝に結びつけられた風呂敷の切れ端が目に留まった。

(ん?これは···?)

目を凝らすと、少し先の方の木の枝にも同じ布切れが結んである。

(もしかしてこれ···室長が?)
(てことは、そっか···これを頼りに進めばいいんだ。さすが室長···!)

一気に心強くなり、ズンズン先へと進んでいく。

(そういえばさっき室長から)
(『つけられてないか十分注意して進め』っていうメッセージが来てたっけ)

不自然にならないタイミングで、時々後ろを振り返った。
でも追跡者は今のところ居ないようだ。

(これだけ厳重警戒で向かう先に待ってる指令って、一体何なんだろう···?)

突然目の前が明るくなり、開けた場所に出た。
真ん中の木には、ゴールを示すかのようにひときわ大きな布切れがぶら下がっている。

サトコ
「ここ···?」

(でも、室長の姿は···)

乱れた呼吸を整えつつ用心深く周囲を見渡すが、室長らしき姿はどこにも見えない。
その時ーー

ガサガサッ!

サトコ
「!」

背後の熊笹が不穏な揺れを見せた。

(まさか···クマ!?)
(どうする?逃げる?それとも死んだふり?)

あたふたとしているうちに、熊笹の茂みが割れて大きな黒い影が現れた。

サトコ
「ひぃぃっ!って、室長···」

難波
ようやく来たな、サトコ

茂みから出てきたのは室長だった。

サトコ
「驚かさないでくださいよ···」

難波
ああ、悪い。驚かせちまったか?

室長は右の肩に大きなシャベルを2本担ぎ、左の肩には鳥を乗せている。

(ん?···鳥?)

突っ込みどころなのか一瞬迷ったが、室長の表情はいたって真面目だ。

(そりゃそうだよね。これはあくまでの任務なんだから···)

私も表情を引き締めた。

サトコ
「なんとかご指定の時間までに到着しました。それで、頼みたいことというのは···?」

室長は、渋い表情のままで担いだシャベル2本を振り上げると、
目の前の地面にグサリと突き立てた。

難波
これだ

サトコ
「?」

難波
これより、ここを二人で掘る

(···掘る?なんで?)

サトコ
「あの、ここに何か···」

(何かの事件に関わる重大な証拠があるとか、誰かの遺体が埋められてるとか、そういうこと?)

難波
掘ればわかる。さあ、始めるぞ

サトコ
「···はい」

ザクッ!ザクッ!

静寂の中に、二人が地面を掘る音だけが響く。

(はぁ···疲れた)
(こんなところに、本当に何か埋まってるの?)

天に向かって大きく溜息をつき、額の汗を拭ったときだ。

サトコ
「ん?」

突然、足元が濡れたのを感じた。

サトコ
「え、水!?」

いつの間にか、掘り進めていた場所から水がしみ出し始めている。

難波
出たか!

室長が勢い込んで私の足元を覗き込んだ。

難波
おお~!こっちだったか
よし、この先はここを二人で掘り進もう

サトコ
「は、はぁ···」

室長は私の返事を聞くよりも早く、足元の地面を掘り返し始めた。
掘れば掘るほど、水気はどんどん増していく。

難波
来てるぞ、来てるぞ~

(室長、妙に嬉しそうなんだけど···なんで?)

難波
ほら、サトコ、お前ももっと頑張って掘れ

サトコ
「はい···でもあの、これは···」

難波
ん?

室長は、地面を掘る手を休めない。

サトコ
「もしかして、土地の調査か何かですか?」

難波
土地の調査?なんだそれ

サトコ
「ほら、最近よくあるじゃないですか」
「外国人が日本人なら買わないような辺鄙な土地を欲しがって···って話」

難波
へえ···物好きな奴らもいるんだな

(え、違うの?じゃあ、ますます何のために穴なんか···?)

難波
サトコ

サトコ
「はい?」

難波
なぜ、山に登る?

室長はようやく掘る手を止めると、真剣な目で問いかけた。

サトコ
「それは···そこに山があるから···」

(って、確か誰かが言ってたような···?)

難波
その通り
つまりな、穴を掘るのも同じだよ

サトコ
「ええと···あの、どの辺が?」

(すみません、室長···言ってる意味が、ほぼほぼ分かりません···)

難波
穴を掘る理由、それは···

サトコ
「それは···?」

難波
そこに温泉があるからだ!

室長は、シャベルを担いで得意げにポーズを決めた。

(お、温泉!?)

サトコ
「それじゃ、これは任務という訳では···」

難波
ないないない···温泉を掘るなんざ、あくまでも趣味以外の何物でもない

サトコ
「···ですよね」

難波
実はここはな···

室長は私の戸惑いにも構わず、嬉しそうに辺りをぐるっと見回した。

難波
温泉が出るって、地元では有名な場所なんだよ

サトコ
「······」

(そ、そうだったんだ···)

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする