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あの日、僕らは隠れてキスをした 難波3話

<カレ目線>

来週末、久々の休暇が取れることになった。

難波
週末に休めるなんて、いつ以来だ?

嬉しくなって、こっそりとサトコの出勤予定を覗き見る。

(お、サトコも休みだな。これは久しぶりに熱い夜を過ごすしかねぇか?)

思わず顔がニヤけて、慌てて表情を引き締めた。
一応俺も立場のある人間だ。
職場で意味もなくニヤけているのは望ましくない。

♪~

難波
ん?

(以心伝心······サトコか?)

LIDEの着信音に、スマホを取り出した。
でも、メッセージは黒澤から。

『来週末、公安課の研修旅行で温泉に行くことになりました!来ますよね、当然』

(黒澤かよ···しかも折角の俺とサトコ共通の休みの日に、よりによって研修旅行かよ···)

心の中で軽く舌打ちをする。

(だいたい、部屋が凍結になってるこの俺が、どのツラ下げて研修旅行に行くんだ?)

こういう無神経なところが黒澤の悪いところであり、時としていいところでもある。

(確かに、お前のその空気読まない感じが有り難い時もあるけどさ···今度ばかりは···)

溜息をひとつついて、そのまま返事もせずにスマホをポケットにしまいかけた。

(でも、誘われて無視ってのも大人げないな。こういう時は···)

『温泉楽しみにしてるな♡』

難波
これでどうだ···

黒澤からの返事はすぐに来た。

『さすがは難波さん、そうこなくっちゃ!一緒に温泉で熱い夜を過ごしましょう!!』

(あのな···俺が温泉で熱い夜を過ごしたいのはお前じゃなくて···)
(ていうか、やっぱり行きてぇよな、温泉。もちろん、サトコと···)

あれから色々策を練り、研修旅行当日にサトコを旅館から連れ出すことにした。
協力者は後藤。
曲がりなりにも研修と名のつくイベントを邪魔するのは多少気が引けたが、そこはご愛嬌だ。

(どのみち、予算の帳尻合わせだろ。数時間くらいサトコが姿を消したところで···)

シャベルを肩に担いで、サトコが現れるのを待った。

ピヨピヨ、ピーヒョロロロ······

難波
ああ、もう、うるせぇな

なぜかさっきから、俺の顔やら肩に小鳥が止まる。

(止まり木かなんかと勘違いしてるのか?)

最初こそその都度追い払っていたが、そのうちどうでもよくなった。

(どうせこれから大自然と一体化するんだ。心を無に···)

目を瞑り、大きく深呼吸をした。
再び目を開けた時······
木々の間を抜けて、待ちに待ったサトコが姿を現した。

難波
おお~、気持ちいいぞ
さすがはジンズメイド···

出来立てほやほやの温泉に飛び込んだ。
お世辞抜きに、本当に気持ちいい。
この上なく最高だ。

難波
ほら、サトコも来いよ

手招きするが、サトコはもじもじと入ってこようとしない。

サトコ
「わ、私は止めときます。なんかこう、開放的すぎるというか···ちょっと、あれなんで」

難波
あれって?

(まあ確かにな。女の子に外で裸になれってのは、さすがにハードル高すぎるか···)

分かってはいたが、ちょっと意地悪心で知らんぷりをした。
困っているサトコも、かわいくて結構好きだ。

サトコ
「それは、ほら···」

難波
ったく、本当にお前は···

可愛すぎでため息が出た。
でも、口から出たのは全く別の言葉。

難波
いつまで経っても優等生のひよっこだな

そんな自分に苦笑しながら、サトコの腕をグイッと引き寄せる。

難波
おらっ

ザッパ~ン!

サトコ
「な、な、な···」

服のままでお湯に引き込まれたサトコは、信じられない表情で俺を見た。
驚きと怒りと戸惑いがまいなぜになって、言葉もなく俺を見つめる。

難波
どうだ、気持ちいいだろ?

サトコ
「もう···」

しょうがないと言いたげに笑った頬を、透明な雫が伝い落ちる。
夕日を映して、赤く揺れながら。

(キレイだな···)

思わず見とれてしまった自分が照れくさくて、誤魔化すように頬をつついた。

難波
どうなんだ?気持ちいいのか、よくないのか

サトコ
「···いいです。すごく」

難波
だろ?

(よかった、喜んでもらえて···)

こんな風に、サトコの喜ぶ顔を見るのが楽しみになったのはいつからだろう。
好きな女の笑顔は麻薬だ。
一度見るとクセになる。
クセになって、止められない。

難波
サトコ···

気付いた時には、サトコを抱き寄せていた。

サトコ
「し、室長?」

サトコはバランスを崩すように俺の胸の中に倒れ込む。
小さなしぶきが上がって、俺とサトコの顔を濡らした。
その雫を辿るようにサトコの頬に唇を這わせ、そのままゆっくりとキスをする。

(この唇も、ずいぶん熟れて来たな···俺が育てただけのことはある)

変な満足感。
出会ったばかりの頃のサトコは青臭くて乳臭くて、本当に “ひよっこ” だった。

(俺はロリコンなのかって、今でも時々不安になったりするが···)
(そんなことどうでもいいと思えるくらいに、今の俺にはサトコが必要だ)

サトコの存在は、日に日に俺の中で大きさを増していく。

(今ではもう、こうして抱き締めていられるならそれだけでもいいと思ってしまうほどに···)

西の空に見えていた太陽は、いつの間にかわずかに頭をのぞかせるだけになっていた。

(ああ、そろそろこいつを戻してやらねぇとな···本来居るべき場所に···)

そこに自分が一緒にいられないのは悔しいけれど、こうして秘密の時間を満喫できたお陰で、
何とか次の休暇までは耐えられそうだ。

難波
じゃあ、気をつけてな

浴衣姿も眩しいサトコに手を振って別れを告げた、その時ーー
腰に、覚えのある激痛が走った。

難波
あ···いでっ···

サトコ
「室長!?」

腰を押さえて屈んだ俺に、サトコが慌てて駆け寄った。

サトコ
「腰ですか?」

難波
···みたいだな

サトコ
「もう···穴なんか掘るから···」

サトコは近くの切り株に俺を座らせ、困ったように天を仰ぐ。

サトコ
「やっぱり私、やめます。宿に帰るの」

難波
それはダメだって、言ってんだろ?

サトコ
「でも、こんな室長置いて行けないし···」

難波
大丈夫だから

(サトコは優しいからな、こういう時こそキッパリ断らねぇと···)

難波
あれ、取ってくれ

言いながら、少し離れたところにある荷物を指差した。
サトコは訝し気に荷物を持ってきて広げると、湿布薬を発見して目を丸くする。

サトコ
「え···用意してたんですか?」

難波
だから言ったろ?俺の行動は、常に綿密に計算されてんだよ

サトコ
「あ~はいはい。それじゃ、貼りますよ~」

慣れた手つきで、サトコが腰に湿布を貼ってくれた。

難波
ありがとな···

(湿布薬以上に、貼ってくれたお前のその手の温もりが、一番の “手当て” だよ···)

難波
俺はもう大丈夫だから、早く行け
宴会に間に合わないと、また津軽にあることないこと勘繰られるぞ

サトコ
「···はい。それじゃ、行きますけど···」
「もうこれ以上、年甲斐のないことしちゃダメですよ?」

難波
年甲斐ねぇ···

(それって温泉掘ったことか?それとも、お前をこうして研修から連れ出しちまったことか?)
(考えてみりゃ、温泉に服のまま引き込んだことも)
(別れがたくてしょうがなくてなんとなく時間を引き延ばしているのも···)
(やってることは、意外と若い気が···)

難波
おっさんをバカにするな
俺だってな、まだまだ気持ちは若いんだ

次の瞬間には、サトコを押し倒していた。

サトコ
「し、室長、こんなことしたら、また腰が···」

難波
痛みなんか、もう忘れたよ
お前のこんな姿見ちまったらな

浴衣の裾が乱れて、わずかにはだけた胸元が悩ましいほどに白い。
サトコの魅力と腰の痛みで心なしか頭がくらくらする。
このまま激情のままに突っ走るのか、
はたまた理性で歯止めをかけるのか。
この先の展開は神のみぞ知る···だ。

Happy End

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