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あの日、僕らは隠れてキスをした 颯馬2話

颯馬
これから温泉ですか?

サトコ
「はい···」

暗がりの中で問われ、コクリと頷く。

颯馬
酔った状態での入浴は危険ですよ?

サトコ
「殆ど飲んでないので大丈夫です」

颯馬
では行きましょうか

サトコ
「え?」

(どこに···?)

有無を言わせぬ勢いで手を取られ、薄暗い庭から連れ出された。

颯馬
予約しておいてよかった

連れて来られたのは、貸し切りのプライベート温泉。

颯馬
ここなら誰にも邪魔されずに貴女との時間を堪能できます

カチャッ

颯馬さんは、どこか乾いた笑みを浮かべて鍵を掛けた。

(2人になれるのは嬉しいことだけど···)
(颯馬さんは、何か怒ってる···?)

颯馬
宴会では手伝いに追われて疲れたでしょう

サトコ
「いえ、それほどのことはしてませんから」

颯馬
ゆっくり温泉に浸かって疲れを癒してください

サトコ
「ありがとうございます。でも颯馬さんこそ大丈夫ですか?結構お酒をー」

颯馬
飲んでませんよ。貴女が注ぎに来てくれなかったので

サトコ
「え···」

(まずい···目が笑ってない)

サトコ
「行きたくても、黒澤さんやおばあさんがずっと隣にいて···」

颯馬
おばあさんの傍にいてあげてと言ってのは、どこのどなたですか?

サトコ
「···!」

颯馬
貴女の望み通りにしたのですから、今度は私の望みを叶えて貰います

(ひゃっ!)

あっという間に浴衣を脱がされ、湯船の中へとさらわれた。

サトコ
「ちょっと颯馬さん···ダメですって···」

お湯の中で、颯馬さんの手が水を得た魚のように自由にしなやかに私の身体を撫でていく。

颯馬
疲れた身体は隅々までしっかりとほぐさないと

サトコ
「あっ···」

颯馬
この辺りも凝ってるんじゃないですか?

サトコ
「ん···」

(もうダメ···溺れそう···)

颯馬
大丈夫ですか?

サトコ
「···少しのぼせたみたいです」

脱衣場のベンチでぐったりする私を、颯馬さんは満足げな顔で見下ろす。

颯馬
部屋まで送りますよ

サトコ
「···いえ、ちょっと火照りを冷ましてから戻ります」

颯馬
そうですか。かなり熱くなっていましたからね

颯馬さんは、くすりと小さく笑う。

(もう、誰のせいでこんな···)

颯馬
ではお先に

サトコ
「はい···」

暫く冷めそうにない火照りと乱れる鼓動を感じながら、先に出て行く颯馬さんを見送った。

サトコ
「はぁ···」

少し休んで火照りが落ち着いた頃、部屋へ戻ろうと廊下へ出た。

ガタッ

サトコ
「?」

(庭の方?おばあさんかな?)

???
「気を付けろよ」

???
「わりぃ」

(誰···?)

庭を覗き込むと、2人の人影が何やらコソコソと話しながら動いている。

(あの人たち···さっき廊下で声を掛けてきた2人組?)

怪しい動きが気になり、私は迷わず庭へ出た。

サトコ
「そこで何してるの?」

男たち
「やべっ!」

叫んだ男たちは、いくつもの盆栽の鉢を抱え逃げ出した。

サトコ
「待ちなさい!」

咄嗟に近くにあった竹ぼうきを掴んで追いかける。

サトコ
「あなたたち、盆栽泥棒だったのね!」

男A
「ここのは上等品が多いから高く売れるんだよ!」

男B
「でか、あれ?アンタ、さっきの子じゃね?」

サトコ
「だったら何?」

ニヤついて近付いてくる男たちに向かって、私は竹ぼうきを振り上げた。

男A
「わーお!勇敢だね~」

男B
「さっきも言ったけど俺、気の強い女の子、好みなんだよね~」

サトコ
「つべこべ言ってないで早くその盆栽を戻しなさい!」

バシッ!

男たち
「うわっ!」

サトコ
「これはおばあさんの大切な宝物なんだから!」

手にした竹ぼうきを素早く持ち替え、柄の方を竹刀に見立てて振り下ろす。

サトコ
「面!胴っ!!」

ビシッ!バシッ!

男たち
「わ、わかった!盆栽は返すから···もう勘弁してください!」

それぞれ一撃ずつお見舞いしてあげると、男たちはあっさり観念した。

サトコ
「ふぅ···」

パチパチパチ!

サトコ
「!?」

津軽
やるね~

百瀬
「···」

黒澤
さすが我が課イチの美貌と実力を兼ね備えたサトコさんだけあります!

(もしかして···皆そこで見てたの!?)

サトコ
「み、見てたなら助けてください!」

津軽
だってウサちゃん凄すぎて、俺の出る幕なし

黒澤
いやー、実に素晴らしかったです!ハイ!

千葉
「本当に···」

ぼそりと言って、千葉さんは目を背ける。

サトコ
「?」

颯馬
全く、貴女という人は

駆け寄ってきた颯馬さんが、サッと羽織を掛けてくれた。
見ると、浴衣が少しはだけていた。

(わ···いつの間に!)

慌てて浴衣を直していると、颯馬さんがそっと耳元で囁く。

颯馬
安心して。俺が付けたマークは見えてなかったから

サトコ
「!」

颯馬
肩先と、内腿のね

サトコ
「!!?」

一気に全身が熱くなり、再びのぼせてしまいそうになる。
そんな私をみんなの視線から隠すように、颯馬さんが背中で庇ってくれる。

黒澤
サトコさん大丈夫ですか?

颯馬
大丈夫ですよ。それより、盆栽を元の位置へ

黒澤
了解です!

黒澤さんたちが、男たちが荷台に積んだ盆栽を戻していく。

颯馬
それも渡してもらおう

颯馬さんは、すぐそこで尻もちをついたままの男たちに手を差し出した。
その手に、男たちはすごすごと盆栽を差し出す。

颯馬
さて、始末の方法ですが···

男たち
「お、俺たち始末されるのか?」

颯馬
窃盗犯ですからね

男たち
「ひっ!」

(颯馬さんの目、こわ···)

颯馬さんがニヤリと冷酷な笑みを浮かべた直後、宿のおばあさんが泣きながらやって来た。

おばあさん
「お嬢さんありがとうね···なんてお礼を言ったらいいのか」

サトコ
「いえ、盆栽が無事でよかったです」

おばあさん
「おじいさんの大切な宝物を守ってくれて、本当にありがとうございました」

盆栽の鉢を愛おしげに抱き締めながら、おばあさんは何度も頭を下げてくれた。

(ちゃんと守れてよかった···)

改めてホッとする私の隣で、颯馬さんも柔らかな笑みを浮かべていた。

翌朝ーー

佐々木鳴子
「一泊だとあっという間だね」

サトコ
「ほんと」

帰り支度をして、ロビーに集合する。

佐々木鳴子
「サトコも朝風呂入ればよかったのに」

サトコ
「そうなんだけど···」

(まだ内腿のマークが消えてないから···とは言えないし)

サトコ
「盗難騒動の疲れで起きられなくて」

佐々木鳴子
「私も見たかったな。サトコの華麗な盆栽泥棒退治!」

サトコ
「華麗って程でもないけどね」

笑いながら鳴子と話していると、颯馬さんとおばあさんが挨拶を交わしているのが見えた。

おばあさん
「···フフフ、やっぱりね」

颯馬
···

(何話してんだろう?)

おばあさんと話す颯馬さんはとても柔らかく、それでいてどこか誇らしげに微笑んでいた。

Happy End

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