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あの日、僕らは隠れてキスをした 石神1話

研修先の旅館の中は、外観と同じように歴史を感じさせる建物だった。
ギシギシと音を鳴らす廊下を歩いていると、隣に秀樹さんが並んでくる。

石神
今回の旅程について、何か聞いているか?

サトコ
「いえ、特に何も聞いてませんが···何か予定とかあるんですか?」

石神
予定という程のものはないが、夕食の時間や浴場の交代時間などを書いたものがある

秀樹さんがA4版の紙を取り出し、見せてくれる。

サトコ
「え、こんなに細かく決められたスケジュールがあったなんて!」
「津軽さん!どうして教えてくれなかったんですか」

津軽
えー、俺もそんなの知らないけど。ね、モモ

百瀬
「はい」

サトコ
「知らないって、それじゃ困るんじゃ···夕飯の時間とか···」

津軽
困らないつもりだったけど、これで決まりだね

サトコ
「決まりって、何がです?」

津軽
今回の旅の添乗員はウサちゃんに決定~。ご飯の時間とかお風呂の時間教えに来てね

サトコ
「ここにスケジュール表があるんだから、自分で覚えてくださいよ!」

津軽
俺は温泉でのんびりするから、無駄な脳みそは使わないの

サトコ
「······」

(温泉に来てまで、津軽さんの面倒を見ることに···)

呆然とする私の肩が軽く叩かれた。

石神
フォローしてやる

サトコ
「石神さん···」

小さく耳打ちされた言葉に、秀樹さんの優しさを感じて胸が熱くなった。

(こんなに優しい秀樹さんに面倒を掛けるわけにはいかない!)
(しっかり時間覚えて、やることやろう!)

宿に着いてからの予定をジッと見ると、それを頭に叩き込んだ。

18時からは小宴会場での食事。
津軽さんに声を掛けると、順調に皆さんが集まってくる。

サトコ
「難波さんの挨拶のあと乾杯があるので、それまでビールは待ってくださいね」
「冷たい蕎麦茶を用意したので、そちらを楽しんでください」

佐々木鳴子
「サトコの仕切り、すごいね!」

千葉大輔
「石神教官の元補佐官、本領発揮だな」

サトコ
「この宿、人手が足りてないみたいだから」

佐々木鳴子
「そういえば、夕飯の給仕も全部女将さんひとりでやってるっぽいよね」

千葉大輔
「何者なんだろうな、あの女将さんは···」

女将
「はい、ビール1ケース、ここに置いておきますよ!他の飲み物は···」

サトコ
「あ、私がまとめて、後でお願いしに行きます!」

女将
「そういうことなら、頼みましたよ!」

(他の仲居さんも見かけないし···本当にあの女将さんが、全部ひとりで切り盛りしてるのかな)
(だとしたら、何か手伝えることがあったら手伝おう)

サトコ
「津軽さんはビールの他に飲みたいものありますか?」

津軽
じゃ、リンゴジュース

サトコ
「リンゴジュース1本と···」

メモを取り、次は秀樹さんのところに行く。

サトコ
「石神さんは、何か飲みますか?」

石神
いや、この蕎麦茶があればいい。それより···

秀樹さんは周囲に目を配ってから、声を潜める。

石神
お前は大丈夫なのか?ろくに座ってもいないだろう

サトコ
「このあと温泉入りたいので、飲まないつもりなんです」
「なので、それならできるだけお手伝いしようかなと」

石神
···お前らしいな

苦笑する秀樹さんに微笑んで返し、飲み物の注文をとっていると難波さんの挨拶が始まった。

難波
あー、まあ、せっかくだから楽しんでくれ。乾杯!

全員
「乾杯!」

女将
「はい、じゃあ、お料理お運びしますよ!」

乾杯が終わると同時に、すごい速さで料理が配られていく。

後藤
···素人の動きじゃないな

加賀
なんなんだ、あの婆さん···

公安の皆さんを驚かせるほどのスピードでお膳の料理が揃った。

サトコ
「ん···この小鉢、美味しい!」

佐々木鳴子
「全部美味しいよ!SNS映えとか全然ないけど、こういうのでいいんだよね~」

千葉大輔
「ここの白米、美味しい···米そのものに甘みがあるっていうか···」

サトコ
「地元のお米だったら、売店で売ってたよ」

千葉大輔
「ほんとに?土産で買って帰ろうかな」

(鳴子や千葉さんと、こんなふうにゆっくりご飯食べるのも久しぶり)
(研修旅行も悪くないかも)

次々と追加されていく料理に舌鼓を打っていると、あっという間にデザートになった。

佐々木鳴子
「へえ、デザートはプリンアラモードなんだ」

サトコ
「このプリンアラモード···」

研修旅行が決まった時の黒澤さんの言葉を思い出す。

黒澤
ここの名産、卵なのに甘みのある “あまみっこ” をたっぷり使ったプリン・ア・ラ・モード
季節限定、抹茶アイス付き

(これが秀樹さんの目当てのプリンアラモード?)

秀樹さんの方を見ると、彼はじっとプリンアラモードを見つめていた。

佐々木鳴子
「ね、石神さんって、プリンアラモード嫌いなの?」

サトコ
「え、ど、どうして?」

(嫌いどころか大好きなんだけど!)

佐々木鳴子
「親の敵みたいな目で、じーっと見つめてるから···」

サトコ
「あ、ああ···あれはきっと、どう地元の食材が使われてるのかとか、考えてるんじゃない?」

佐々木鳴子
「そうなの?」

千葉大輔
「さすが氷川、よく石神さんのことがわかるな」
「石神さんはプリンアラモードひとつでも、俺たちの100倍くらいは考えてるんだろうなぁ」

(多分、美味しそうってことしか考えてないと思うけど···)

コクコク頷く千葉さんに、それは言わないでおく。
そして秀樹さんがプリンを一口、口に運ぶ姿が見えた。

(あ、ほんの少しだけど目尻が下がった!このプリン、気に行ったんだ)

サトコ
「ちょっと飲み物足りてるか聞いてくるね」

佐々木鳴子
「サトコ、ほんとに働き者だよね~」

千葉大輔
「俺に手伝ることあったら、言って」

サトコ
「うん、ありがとう」

席を立つときに、そっとプリンアラモードを手に持つ。
そして誰にも見られないようにササッと動くと、秀樹さんの横に滑り込んだ。

サトコ
「石神さん、飲み物足りてますか?」

石神
ああ、充分だ

サトコ
「よかった。それとついでに···これをどうぞ」

スッと秀樹さんのお膳にプリンアラモードを置く。

石神
これは···

サトコ
「お腹いっぱいになっちゃって。よかったら、食べてください」

石神
お前が食べろ。なかなかない、甘みの強いコクのある硬めのプリンで美味しかった

サトコ
「だからこそ、食べて欲しいんです」

石神
氷川···

強く頷くと、私の想いを察するように秀樹さんがプリンアラモードを受け取ってくれる。

石神
有り難くいただく

サトコ
「どうぞ!」

(秀樹さん目当てのプリンも楽しめたみたいでよかった!)

宴会はつつがなく終わり、流れで片づけを手伝っているとーー思わぬ幸運に恵まれてしまった。

女将さんから “あること” を教えてもらった私はホクホク顔で大浴場に向かう。

(帰ってからが楽しみだな)

プリンを気に入っていた秀樹さんを思い浮かべながら、浴衣を脱ぎ落していた時。

津軽
あー、食べ過ぎた

東雲
食べ過ぎで温泉って大丈夫なんですか?

(皆さんもお風呂入りに来たんだ。でも、声がやけに近いような···)

津軽
いざとなったらモモがおんぶしてくれるでしょ

百瀬
「パンツ履いてからにしてください」

石神
お前ら、子どもみたいに騒ぐな

(声、すぐそこからしてない!?)
(ど、どうして!?)

下着姿のまま固まっていると。

石神
···氷川?

サトコ
「!!」

脱衣場の暖簾を上げたのは、秀樹さんだった。

to be continued

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