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あの日、僕らは隠れてキスをした 石神3話

研修旅行から戻り、帰りの車でサトコを送って行った。

石神
······

彼女がマンションに入るのを見届けてから、ハンドルに腕をつき深い溜息を吐く。

(···何をやっている)

自分自身に向けた言葉。
明日は仕事だからと突っぱねておきながら、こちらから口づけた。
言葉と行動が噛み合っていない。

石神
はぁ···

気を抜けば溜息が出る。
その原因は、今回の研修旅行に他ならない。

(あの時···)

石神
···氷川?

サトコ
「!!」

黒澤
石神さん?

後藤
何か問題でも?

加賀
突っ立ってんじゃねぇ、クソ眼鏡

(奴らが暖簾に手を掛けるまで10秒、声を聞いてから3秒後には上着を投げた)
(誰の目にも入っていないはず···)

そう分かっているはずなのに、心には妙な苛立ちが残った。
苛立ちは別の呼び方をするなら、おそらく “独占欲” 。
上着を掛けたとはいえ、あの姿の彼女を見られたことへの、やり場のない憤り。

(加賀との卓球勝負に持ち込むことで、印象が薄れていればいいが···)

あの夜、卓球をしてそのあと宴会にまで付き合ったのは、すべてあの記憶を薄くするためだ。

石神
······

妙な疲れを感じている。
湯疲れではのは明白だ。

(この疲れをとるには···)

彼女の言う “イチャつく” 時間が必要だと分かっていて。
先程のキスは、その想いが零れたものだと、今、自覚した。

朝、デスクに行くと “温泉大福” の箱が置かれていた。

石神
これは···

後藤
朝、氷川が配ってました

石神
全員で行った旅行の土産を、なぜ配る?

後藤
さあ···おそらく、誰も土産を買わなかったからじゃないですか?

石神
······

(そうだとして、なぜ “温泉大福” にした?)

加賀
クズのクセにわかってるな

サトコ
「恐縮です」

加賀に褒められてヘラッと口元を緩めるサトコに軽く眉が動く。
胸を過ぎるのは、旅行中に感じた苛立ちと同じもの。

(···サトコとの股間が必要だ)

いつまでも感情に抗っていても仕方がない。
対処方法が分かっているなら、実行しないのもまた愚かだ。

どう誘おうか考え、送ったメールは『今夜、時間あるか』という短いもの。
その返事はすぐに返ってきた。

サトコ
『時間あります!』

(あいつはメールからも表情が読みやすい)

満面の笑顔を思い浮かべると、思わず笑みがこぼれた。

津軽
ひ・で・き・くん

石神
······

津軽
ちょっと、聞こえないフリとかイジメの始まりだよ

石神
···何だ

津軽
今、ニヤけてなかった?

石神
お前と一緒にするな

津軽
さっきから、なんでかウサちゃんも機嫌がいいんだよね

石神
···そうか

(俺の想像通りの顔をしているということか)

津軽
あ、今、ニヤけた

石神
ニヤけてなどいない

津軽
唇の端がピクピクしてる

石神
してない

津軽
した

(付き合っていられない)

津軽の上着のポケットが膨らんでいる。

(あそこに入ってるのは···おそらく、“温泉大福” )

津軽
ねー。秀樹くん、もっかい笑って···ぐっ

津軽のポケットの “温泉大福” を口に突っ込み、その場を後にした。

夜、サトコの家に行くと、旅行の土産らしきものが、あれこれと転がっていた。

石神
よくこんなに買うものがあったな

サトコ
「旅館の女将さんからいただいたものもあるんです。そのお米とか、民芸品とか」

石神
そういえば、お前は旅館の仕事の手伝いもしていたようだったが···

サトコ
「女将さんひとりに全部してらうのは気が引けて」

いかにもお人好しなサトコらしい。
彼女のそういう所に惹かれたのは言うまでもない。

サトコ
「今日、誘ってもらえて嬉しかったです」

石神
ああ

サトコ
「私も今夜、会えたらなって思ってたから···」

石神
そうか

(まったく、こんな言葉で喜んでるとは···)

サトコがキッチンに立ち、背を向けていてよかったと思う。

サトコ
「よかったら先にシャワー浴びてきてください。その間に夕飯できますから」

石神
お前も疲れてるだろう。俺も手伝う

サトコ
「いえ!今日は大丈夫です!ほんとに、絶対!」

キッチンに行こうとすると、サトコが振り向き両手を広げて首を振った。

石神
···何かあるのか?

サトコ
「そんな、まさか!今日は全然疲れなかったので、料理くらいして疲れたいな~って」

石神
そうか

何かを隠しているのは、わかっていたけれど。
わかりくらい彼女を見ていると、愛おしさを感じるくらいには、彼女を欲していた。

風呂を借り、夕食を食べ終える。

石神
片付けは俺がやる。風呂に入るか、休んでいてくれ

サトコ
「あ、待ってください。デザートがあるんです!」

冷蔵庫に走ったサトコが持ってきたのはーー

石神
プリンアラモード···旅館で出たものと、ほぼ同じものに見えるが···

サトコ
「夕食の片づけを手伝った時に、女将さんに試しに聞いてみたんです」
「そうしたら手伝いのお礼だって、作り方を教えてもらえて。 “あまみっこ” 卵もいただきました」

石神
···そうか

あの日、遅い時間に大浴場にいたのも。
今日、会いたいと言っていた理由も、さっき様子がおかしかったのもーーすべてが俺を想っての事。

石神
···美味い

サトコ
「本当ですか?よかった···!同じ味になるか不安だったんです」

石神
よくここまで同じ味で作れたな

サトコ
「 “あまみっこ” 卵のお陰だと思います」

(俺はこんなに現金な男だったか···?)

昨日から感じていた、苛立ちという名の独占欲が昇華されていくのがわかる。
それほどまでにサトコの手作りプリンはいろいろな意味で甘かった。

石神
礼をしなければな

サトコ
「秀樹さんが美味しく食べてくれれば、それで充分です!」

石神
それでは俺の気が済まない
···イチャつきたいんだろう?

サトコ
「え···?」

手を伸ばし、その肩を抱き寄せる。

石神
お前の言うイチャイチャとは、どういうものだ?

サトコ
「ええと、具体的に聞かれると、その···」
「秀樹さんの口からイチャイチャという言葉が出ること自体が···!」

石神
心配するな。何を言ってるんだ、という自覚はある

サトコ
「そ、そうですか···」

腕に抱いてしまえば、離せない。
言葉が意味をなさないことがあるというのは、彼女に出会って知った。

石神
どうすればいい?

サトコ
「それなら···抱き締めてください」

石神
もうしている。これだけで満足なのか?

サトコ
「それは···」

腕の中のサトコが、こちらに顔を向ける。
眼鏡を外すと、彼女の唇が微かに震えるのが分かった。

サトコ
「キス、してください···」

石神
ああ

サトコ
「ん···」

唇が触れると、昨日からよく我慢できたものだと思う。
甘い唇を感じれば、何度も繰り返し口づけてしまう。

石神
これはイチャついてることになるか?

サトコ
「ちょっと過激なイチャつきですけれど···」

石神
そうか···でも、これで終わりじゃない

サトコ
「ん···っ」

口づけの場所を変えれば、言葉遊びをする余裕もなくなってくる。

サトコ
「秀樹さん···」

甘い声が理性を揺さぶる。
感情を抑える生き方しかできなかった俺が激情に駆られるのは、サトコのことだけだと。
改めて思い知る夜だった。

Happy End

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