カテゴリー

あの日、僕らは隠れてキスをした 黒澤2話

(マズい···まさか津軽さんまで来るなんて)

サトコ
「え、ええと···誤解です!」
「セクハラしてる人なんて、ここには誰も···」

東雲
透ですよ

(東雲さん···!)

颯馬
ええ、黒澤でしたね

(颯馬さんまで···!!)

津軽
そう···透くんが、ウサちゃんにセクハラを···

黒澤
嫌だなぁ、誤解ですってば

(そうだそうだ、誤解だ!)
(誤解ってことにしておかないと···)

黒澤
ほんの、ちょーっとだけ
サトコさんに膝枕してもらっただけじゃないですか

(バカ!)
(透くんのバカバカ!!)

津軽
へぇ、ウサちゃんに膝枕を強要······
秀樹くーん···

サトコ
「待ってください!本当にちょっとだけです!」
「それに強要されたわけじゃないですし!」

東雲
え、さっき『セクハラ』って···

サトコ
「冗談です!もののはずみで言っただけです!」

津軽
じゃあ、ウサちゃんが自主的にやったってこと?

(うっ···)

津軽
おかしいなぁ。うちは職場恋愛禁止のはずだけど
ただの同僚に、ふつう膝枕なんてする?

サトコ
「そ、それは、その···」

(マズい···いよいよ崖っぷち···)

ダラダラと冷や汗をかく私の隣で、透くんが「えー」と唇を尖らせた。

黒澤
しますよー、するでしょー、同僚に膝枕くらい

津軽
本当に?

黒澤
ほんとですって!
なんならオレ、上司にもしてもらいますね

(えっ、上司って、まさか···)

黒澤
それじゃ、見ててくださいね
石神さーーん

(ちょ···っ)

颯馬
おや···

東雲
うわ···

黒澤
お疲れさまでーす!ぜひ膝枕···

ゴツッ···

(あ、やっぱり···)

黒澤
ううう···

サトコ
「···大丈夫ですか?」

黒澤
大丈夫じゃないですよぉ
石神さんってば、イケズなんだからぁ

颯馬
でも良かったのではありませんか?津軽さんは納得したようですし

東雲
ていうか、爆笑してましたよね
『秀樹くんのあんなカオ見たの初めて』って

(たしかに···)

東雲
あーでも、なんかムカつくんだけど
このまま透の思惑通りになるの

(···思惑通り?)

黒澤
イヤだなぁ、何を言っているんですか。歩さんってば

東雲
なにって、単なる事実じゃん

颯馬
皆、気付いていないとでも?

颯馬さんの視線が、何故か一瞬こちらに向けられた。

(え、なに、今の···)

明らかに、その目には含むような色があって···

(······まさか······)
(でも、そういえば···)

(昼間は、鳴子がいなくなった途端···)

黒澤
お疲れさまです。今日の研修先はどちらでしたっけ?
···食べ比べ!いいですね
そういうことなら、鳴子さんの代わりにオレが···

(それに、さっきも···)

黒澤
桂木さんの部屋に、皆さんで集まるんでしたっけ
まさに「イケメン大集合」って感じですね

佐々木鳴子
『私、反省会に参加してくる!』

(あれって、まさか鳴子を···)

黒澤
あ~、サトコさーん

ふいに、透くんが私にもたれかかってきた。

黒澤
どうしよう~オレ、石神さんに怒られたショックで動けな~い
このままだと、ひとりで部屋に戻れないかも~

東雲
うわ、こいつ、上司のせいにした···

颯馬
無視して構いませんよ、サトコさん
その辺に放っておけば、ひとりで帰るでしょうから

サトコ
「いえ、部屋まで運びます」

颯馬・東雲
「!」

笑顔を取り繕ったわりに、低い声が出た。

サトコ
「せっかくのご指名ですし、ちゃーんと部屋まで運んで···」

(どういうことなのか、しっかり吐かせないと)

とはいえ、透くんの部屋は遠いので···

黒澤
さあ、休憩、休憩。おじゃましまーす

鍵を開けるなり、透くんはご機嫌な様子で部屋に入って行った。

(これも、たぶん狙い通りだよね)
(鳴子を警護課の反省会に誘導したのも、たぶんこうなるため···)

黒澤
サトコさん、こっちこっち!早く隣に座ってください

サトコ
「うん···」

問題はここからだ。

(どうやって透くんに白状させるか)
(話術だと、どうやっても透くんには勝てっこない···)

黒澤
ふふーん

(ちょ···っ)

私が考え込んでいるうちに、透くんはえいっと膝に頭を乗せてきた。

黒澤
いいですよね、さっきの続き
今はふたりきりですし

サトコ
「う、うん···」

私が頷くと、透くんは満足そうに目を細めた。

(う···っ)
(く、悔しいけど···)

触りたい。
今すぐ、髪の毛とか頬とかに触れてしまいたい。

(でも、今は研修旅行中だし)
(そもそも、これだってたぶん透くんの狙い通りで···)

黒澤
···撫でてくれないんですか?

サトコ
「!」

黒澤
オレ···好きなんだけどなぁ
サトコさんに、頭を撫でてもらうの

(わ、私だって好きだよ!)
(こういうことに、透くんの髪の毛を梳くの···)

黒澤
久しぶりなのになぁ。ふたりきりになれるの

(う···)

黒澤
お互い、忙しくてなかなかプライベートでは会えなくて···
3週間···4週間ぶり···?

サトコ
「そこまでじゃないよ」

正確には19日だ。

(昨日数えたもん···実は···)

黒澤
でも、心情としては半年ぶりくらいです

(それは、まぁ···)

黒澤
もっと触れたいなぁ···

サトコ
「······」

黒澤
···いけませんか?

透くんの指先が、私の下唇をなぞる。
静かに、優しく···どこか遠慮がちに···

黒澤
サトコさん···

透くんの声は、魔法だ。
名前を呼ばれただけなのに、つい引き寄せられてしまう。

(いっか···少しだけ···)
(ほんの少し、キスするだけだもん···)
(19日ぶりに···ちょっとだけ···)

石神
お前はハメを外すなよ

サトコ
「うわあああっ!」

黒澤
ちょ···っ

悲鳴と同時に、膝頭を立ててしまったらしい。
透くんの身体は畳に放り出され、ゴンッと鈍い音が耳に届いた。

黒澤
ひどい···
こういうの···今日二度目なんですけど

サトコ
「ご、ごめん。つい···」

口では謝りつつも、冷静なもうひとりの私が「よし!」と親指を立てていた。

(···そうだ、流されるところだった)
(こんなことをするために、透くんを部屋に入れた訳じゃないのに)

このままでは「透くんの計画を白状させる」という当初の目的を果たせない。
とにかく、こっちが主導権を握らないと話にならないのだ。

(そのためには「奥の手」···)
(そうだ···あの「奥の手」を使うしかない!)

決意を固めるように、私は拳を強く握りしめた。

(正直、苦手な「やり方」だけど···)
(透くんにだけは···効果的かもしれないから···)

まずは、透くんににじり寄ると···
こつん、と肩口におでこを埋めた。

サトコ
「ごめん、透くん···」
「さっきの···痛かったよね」

黒澤
······

サトコ
「でも、透くんとのキス···久しぶりだったから」
「なんだか恥ずかしくて···」

囁くように伝えて、それとなく透くんの背中に手を回す。

サトコ
「今度こそ···したいな···」

黒澤
······

サトコ
「リベンジ···してもいいかな···?」

黒澤
ええ、もちろん

サトコ
「本当に···?」

顔を上げて、至近距離で透くんをジッと見つめる。
透くんは、僅かに視線を泳がせた後、サワサワと私の背中を撫でた。

黒澤
本当···ですよ

サトコ
「嬉しい···じゃあ······」

(······今だ!)

サトコ
「えい···っ」

黒澤
おわっ!?

すっかり力の抜けていた透くんの身体を、勢いよく押し倒す。
さらに浴衣の後ろ襟をつかみ、内股に手を差し込んで···

黒澤
痛···っ
痛たたたたたっ

サトコ
「教えて、透くん。本当は何を企んでいたの?」

黒澤
痛たたっ···企むなんて何も···

サトコ
「嘘だよね?」

黒澤
いーーっ、痛たたたたっ
わかりました、話します!話しますから···っ

サトコ
「···つまり、こういうこと?」
「研修旅行のプランを積極的に提案していたのは、私とふたりきりになる機会を作るため」
「警護課を巻き込んだのは、鳴子と私を引き離すため」

黒澤
······

サトコ
「これって完全に私的事情だよね?」

黒澤
そ、そうですけど···っ
だって、仕方ないじゃないですか!
プライベートで1ヶ月以上会えなくて···

サトコ
「いえ、19日間です」

黒澤
甘い!
オレ、このあと出張を控えているんですよ?
つまり1ヶ月以上会えなくなるところだったんですよ?

(そ、そうなの?)

黒澤
それでも平気なんですか、サトコさんは

サトコ
「そ、それは···」

(平気じゃない···けど···)
(今、それを言ったら負ける気が···)

黒澤
だいたい、ひどいじゃないですか
色仕掛けのあと、横四方固めを決めてくるなんて

(うっ···)

黒澤
まさに天国から地獄ですよ
サトコさんにハニートラップ仕掛けられたら
オレ、120%引っかかりますよ。自信ありますよ!

サトコ
「ご、ごめん···」

黒澤
許さない!ひどい!
透、泣いちゃう!

サトコ
「だ、だから、ごめんってば···」

(···あれ?)

どうして、私が謝っているのだろう。

(元はと言えば、透くんがいろいろ企んだことが原因···)

黒澤
だったら、ひとつ約束してください
研修中は我慢しますから···

サトコ
「う、うん。なに?」

黒澤
明日の研修後、オレの家に来てください
それで、いーっぱいイチャイチャさせてください

サトコ
「わ、わかった」

黒澤
それと···

(え···)
(ちょっと!!!)

黒澤
19日ぶりのキス、いただきましたー!

サトコ
「バカ!透くんのバカ!」
「研修中にこんなことして···!!」

黒澤
いやーそんな真っ赤な顔で責められてもー

サトコ
「···っ」

一瞬、石神さんの顔が脳裏をよぎった。
それでも透くんを責めきれない私がいた。

(ほんと、ずるい···)
(ずるいよ···バカバカバカ···っ)

けれども、満足そうな彼の笑顔を見ると、やっぱり私は何も言えないのだ。

Happy End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする