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あの日、僕らは隠れてキスをした 黒澤3話

そこの通りすがりのアナタ、どうか聞いてください。
今のオレ、バッテリー切れ寸前なんです。

黒澤
はぁ···

(今日も残業···明日も残業···)
(どこぞの大統領来日のせいで、今度の休日も返上で···)

黒澤
会いたい···

難波
『遺体』?誰の遺体があがったんだ?

石神
いえ、今のは胃癌とかの『痛い』かと

(どっちも違いますって)

いつもなら速攻で突っ込むところだけど、今はそんな元気もない。

(最後にサトコさんとイチャイチャしたの···いつだっけ)
(10日···ううん、もっと前···?)

難波
ところで、再来週の出張だが···

石神
ああ、福岡のですか
うちの班からは黒澤を行かせる予定です

(···えっ?)

黒澤
初耳ですけど、それ

石神
当然だ。今、初めて言ったからな

愕然とするオレに、難波さんがさらにトドメを刺しに来た。

難波
そうか、福岡には黒澤が行くのか
2週間、頑張って来いよ

(2週間!?)

無理でしょ!
さらに2週間も、サトコさんとイチャコラできないなんて!

(いや、待てよ)
(福岡に行く前に、ふたりで会える日があれば···)

速攻で、スマホのカレンダーを確認。
でも、ささやかな祈りも虚しく···

黒澤
···ない

難波
なにがだ?

黒澤
休みです!オレの休みがありません!

石神
人聞きの悪いことを言うな。今度の水曜日は休みだろう

黒澤
それじゃ意味がないんです!

(サトコさんと休みが被らないから···!)

難波
あと決めなければいけないのはなんだ?

石神
来週の研修旅行ですね
こちらは行き先もまだ決まってませんが

(······うん?)

難波
銀さんは何て言っているんだ?

石神
今週の会議で話し合って決めろ、と

難波
なんだ、意外と適当だな

石神
興味がないだけだと思いますよ。実際のところ慰安がメインですから

(研修···慰安···お泊まり···つまり······)
(サトコさんと、こっそり抜け出してイチャイチャ···)

黒澤
これだーー!

そんなわけで、事前にプレゼン資料ーー
「初夏の温泉特集★」を用意して会議に挑んだオレ。
結果は、ほぼ予定通り。
さすがオレ、まさにDKK(デキる・公安・黒澤)!

(あとは、メインの「イチャイチャ★プラン」を詰めるだけ···)

の、はずだったのにーー

黒澤
え、温泉玉子の食べ比べ?

サトコ
『うん。鳴子とふたりで行こうと思って』

(いやいやいや!)

違うでしょ!
そこは、まずオレに相談して、ふたりで計画立てて···

サトコ
『うわぁ、いい露天風呂だね』

黒澤
でしょう?ちなみにここ、穴場だそうですから
夕方まで、ふたりでゆっくりしましょう

サトコ
『ステキ···透くん、大スキ···!』

(···これでしょ!こうならないと!)
(そのために今回温泉街での研修をプレゼンしたのに!)

サトコ
『···あ、休憩時間、終わっちゃう』
『それじゃ、また明日』

黒澤
待ってください!研修···

プツッ···
ツーツーツー

黒澤
···うわぁ···

(どういうことなの、透!)
(なんでもっと早く手を打たなかったの!)

芝居がかった口調で自分を責めたところで、結果が変わるはずもない。

(こうなったら、もう宴会を抜け出すしか···)
(ああ、でも、オレもサトコさんも二人部屋···!)
(ヤバイヤバイヤバイ···このままじゃ、研修旅行の意味が···)

真壁憲太
「すみません、遅くなって!」

個室の入り口が開き、息を切らした真壁さんが現れた。

黒澤
いえいえ、気にしないでください。急なトラブルだったんでしょう?
仕事に関することですか?

真壁憲太
「仕事というかプライベートというか···」
「実は、来週警護課で桂木さん主催の訓練合宿が行われるんですけど」
「手違いで、宿泊先の旅館がおさえられていないのが発覚しまして」

黒澤
それは大変ですね。今から探すのは難しいんじゃないですか?

真壁憲太
「そうなんです。近くに、訓練に使える山や滝があって···」
「確実に6人泊まれる宿···ってなると、なかなか見つからなくて」

(6人ってことは、いつものメンツか)
(一柳警部補をはじめとするイケメン集団···)

黒澤
!!

(あった、これだ···!)

黒澤
真壁さん、オレ、いい旅館知ってます!

真壁憲太
「本当ですか?」

黒澤
ええ。実はオレたちも研修旅行に行くんですけど···

かくして、研修旅行当日ーー
ひそかに「ドキッ★ナイショのふたりきり大作戦」が始動。
お昼のミッションこそ、石神さんの策略により失敗したものの···

夜のミッションは、なんだかんだありながらも今のところ順調で···

サトコ
「透くん、部屋まで歩ける?」

黒澤
ごめんなさい、ムリです···

(サトコさんの部屋までしか歩けませーん。なーんて···)

あくまで心の中で呟いたはずの言葉。
けれども、サトコさんは「わかった」とオレの腕を抱え直した。

サトコ
「じゃあ、頑張ってうちの部屋まで歩いて」

(···お?)

サトコ
「透くんの部屋より、だいぶ近いし」
「それくらいなら、なんとかなるよね?」

黒澤
え、ええ

白状しよう。
実は、この時点でちょっとだけ足踏みしそうになった。

(なんか···うまく行きすぎているような気が···)

楽天家に思われがちなオレだけど、本当はめちゃくちゃ小心者だ。
目の前に幸運の女神が舞い降りたら、その後ろに崖がないか確認をーー

(するタイプ···のはずなんだけど···)

困った。
これ以上、頭が働かない。

(訓練で疲れてるし、ビールも呑んじゃったし···)

なにより、隣にいる彼女のやわやわしたあれこれが気になって仕方がない。

(だって、けっこう密着してるし、浴衣だし)
(なにより、こんなに近いの···久しぶりだし···)

少し前、宴会場で膝枕してもらったときも、ちょっとキテいたのだ。
なんかもう···身体の奥底にある熱情のようなものがうごめいて···

(ヤバイかも···これ···)

誓って言うけど、本当は「ふたりきり」になれるだけで十分だった。
福岡出張する前に「プライベートっぽい彼女」に会いたかっただけのはずだ。

(でも、ヤバい)

ちょっと「そういう雰囲気」になって···
ちょっとサトコさんが「そういう気配」を見せてくれたら···

(たぶん、きっと······)

なーんて危惧は、結局ーー

黒澤
痛···っ
痛たたたたたっ

サトコ
「教えて、透くん。本当は何を企んでいたの?」

黒澤
痛たたっ···企むなんて何も···

サトコ
「嘘だよね?」

黒澤
いーーっ、痛たたたたっ
わかりました、話します!話しますから···っ

ーー彼女の、容赦ない横四方固めによって立ち消えた訳だけど。

黒澤
はぁぁ···

(やっぱ、バレてた···)
(嫌な予感、当たってたじゃないですか)

自販機で買ったビールを、ひとり寂しく口にする。
彼女の部屋を出て10分は経つけど、まだちょっと身体の熱はひきそうにない。

(まあ、でも、流されてくれるわけないか)
(いちおう研修旅行中だし)

彼女は、そのへん、すごくしっかりしている。
そういう「よいこ」なところもーー今は決して嫌いではない。

(ああ、でも···)
(やっぱり、まだまだ充電不足かも)

2回も膝枕をしてもらったのに。
そこそこ密着もしていたのに。

(最後の最後には、軽めなキスだって···)

ブルッ、とスマホが振動した。

(あ、サトコさんから···)

黒澤
······

ーー「いちおう伝えておくけど」
ーー「我慢してるの、透くんだけじゃないから」

(う···わぁ···)

オレのなかのバッテリーメーカーが、一気にグイーンって振り切った。
すごい。充電完了。
まさかの、このメッセージだけで。

(そっか···)
(オレだけじゃなかったんだ···我慢してるの···)

立てた膝に、顔を埋める。
ちょっと、けっこう耳の辺りが熱い。

(ヤバい···今すぐ研修旅行を終わらせたい気分···)

けれども、焦がれるように明日を待つのも悪くない。
だって、これはこれで恋の醍醐味なのだから。

Happy End

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