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あの日、僕らは隠れてキスをした 津軽1話

歴史を感じさせる建物の中を歩いて部屋に向かっていると。
ポンと後ろから肩を叩かれた。

津軽
はい、これ

サトコ
「はい?」

津軽さんが手荷物として持っていたカバンを押し付けられた。

津軽
部屋に持ってっといて

サトコ
「それなら預ける荷物として渡せばよかったんじゃ···」

津軽
あれだけの荷物を担いだ女将に、さらに持たせるの?

サトコ
「そ、それは···」

津軽
ウサちゃんって、冷血動物なんだね···

サトコ
「持ちます!持って行けばいいんですね!」

津軽
最初からそう言えばいいのに。余計な手間取らせないでよね
さ、混浴、混浴!

サトコ
「······」

(津軽さん、ほんとに混浴目当てで来たのかな)
(あの顔なら、女の子はよりどりみどりだろうに···)

石神
先に会議だ

津軽
何言ってんの、秀樹くん。ここ温泉だよ?仕事なんて存在しない空間···

石神
研修旅行だ。むしろ会議しかないと思え

津軽
聞こえない、何も聞こえない···

石神
聞こえなくとも構わない。来い

津軽
い、いたっ!耳引っ張んないでしょ!

津軽さんは石神さんに耳を引っ張られ、どこか別の場所へと連れて行かれた。

(津軽さんが黒澤さん化してるような気がしなくもないけど···)
(津軽さんのことはお願いします、石神さん!)

サトコ
「あ、津軽さんの部屋番号···」

百瀬
「こっちだ」

サトコ
「百瀬さん、同部屋なんですか?」

百瀬
「······」

(無言で睨まれた···これは肯定か否定か···)
(お前は関係ないーーが正解かな)

津軽班に来て数ヶ月。
余計なことは言わず聞かざるが1番だと、しっかり学んでいた。

部屋に入ると、女将さんに預けた荷物は既に置かれている。

百瀬
「あの婆さん、どういう速さで動いてんだ?」

サトコ
「すごい女将さんですよね。津軽さんの荷物、カバンの横に置いておきます」
「じゃ、私はこれで···」

そそくさと部屋を後にしようとすると。
ガッと脚を引っ掛けられた。

サトコ
「あっぶなっ!」

畳に顔を直撃させる寸前で両手をつくことができた。

サトコ
「なにするんですか!もう少しで鼻の頭、畳で擦るところでしたよ!」

百瀬
「七味を出せ」

サトコ
「は?」

百瀬
「七味だ」

サトコ
「持ってません」

百瀬
「津軽さんのカバンからに決まってんだろうが!」

サトコ
「今の文脈でそこまで憶測するの無理ですって!」

(せめて人間らしい会話がしたい···!)

この願いが叶うことがあるのだろうかと思いながら、津軽さんのカバンを開ける。

(本当に七味なんて···入ってた)

カバンの隅にあった七味の缶を取り出すと、1冊の雑誌が一緒に出てきた。
表紙には “THE☆温泉” の文字。

(こんな雑誌まで買って持ってくるなんて、楽しみにし過ぎでは?)
(···でも、だとしたら会議で缶詰は、ちょっと可哀想かも)

ドッグイヤーがされているページを開いてみると
『 “名月・月の湯” ーー秘湯の混浴』と見出しがついている。

(混浴へのそこまでの情熱は、どこから出てくるの···?)

百瀬
「おい、七味」

サトコ
「は、はい!見つかりました!」

急いで雑誌を閉じて鞄にしまうと、七味をテーブルの上に置いた。

サトコ
「じゃあ、今度こそ私はこれで···」

これ以上絡まれないうちに、さっと津軽さんたちの部屋をあとにした。

どこをどうやって会議から抜け出してきたのか知らないけれど。

津軽
浴衣ってさ、マシマシに見えるよね

サトコ
「それは私に対する感想ですか?さりげなく失礼ですよね···」

旅館の中を散歩していると、いつの間にか津軽さんが横を歩いていた。
そして津軽さんの後ろにはーー

女子大生A
「こんなイケメンに会えるなんてラッキーだよね~」

女子大生B
「あとで写真撮ってもらお!」

女子大生C
「卓球に誘うの、どう?」

(なぜ津軽さんの後ろに女子大生がぞろぞろと···この女子吸引装置!)

サトコ
「会議、いいんですか?石神さん、怒ってますよ、きっと」

津軽
あのね、いちいち秀樹くんのことを気にしてたら生きていけないよ
短い人生楽しまなくっちゃ

サトコ
「楽しむために、混浴···ですか」

(もしかして、後ろの女子大生たちと入るつもり!?)

そう思い至った瞬間、思わず津軽さんの足を踏んづけていた。

津軽
いたっ!

サトコ
「あ、すみません」

津軽
ウサちゃん、なんかトゲトゲしてない?

サトコ
「してませんよ。全然」

(モヤモヤするけど、でも別に、私は津軽さんの恋人じゃないし···)

津軽
ねえ、散歩のわりに速足過ぎない?

サトコ
「これがフツウですよ」

(ああ、もう···!)

ヤキモチという単語が頭を過り、津軽さんの顔を見られなかった。

18時からは宴会が始まり、会議はとりあえず中断らしい。

千葉大輔
「さて、新人はお酌にまわりますか」

佐々木鳴子
「これだけのイケメンと宴会できるなんて、夢みたい~」

サトコ
「じゃ、私は左側から行くね」

石神班の方からお酌に回ると、皆さん手酌でいいと次から次へと横に流されてしまった。

(石神班は優しい···ハラスメントとは無縁の素晴らしい班だよね)

心の中で手を合わせて、次に行くと。

津軽
あー、やっと来た。待ちくたびれちゃったよ

サトコ
「かなり早く来たと思うんですが」

津軽
フツウ、自分の班の班長から、お酌するもんじゃない?

サトコ
「知ってます?津軽さん。石神班の皆さんは手酌でいいって言ったんですよ」

津軽
え?ここで帯クルクル回して欲しいって?

サトコ
「謹んで、お酌させていただきます···」

津軽さんのグラスにビールを注ぐ。

津軽
ウサちゃんも呑まない?

サトコ
「このあと温泉入る予定なので、やめときます」

津軽
ちょっと酔い覚ませば問題ないと思うけどな~。まあ、いいや
ウサちゃんも温泉入るなら、21時に “月の湯” の前で集合ね

サトコ
「え···」

“月の湯” と言われ思い出すのは、あの雑誌の1ページ。

(『 “名湯・月の湯” ーー秘湯の混浴』って···混浴!?混浴のお誘い!?)

津軽
顔、赤いよ

サトコ
「お酒の匂いに酔っただけです!」

津軽
ほんとに?なにか裏があるんじゃない?

サトコ
「!」

(もしかして、雑誌見たのバレてる!?)

津軽
これがどんなお誘いか、わかってる?

浴衣姿で艶やかに微笑まれれば、返す言葉も出てこない。
やっぱり、顔がいいのは、ズルい。

to be continued

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