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あの日、僕らは隠れてキスをした 津軽2話

21時に “月の湯” の前でーー津軽さんの声が頭をグルグル回っている。

(いくら混浴が前提だからって、津軽さんと一緒にお風呂に入るなんて···)
(津軽さんは上司で、上司で···私の···なに?)

佐々木鳴子
「サトコ?着替え持って、温泉?」

サトコ
「え!?」

(な、なにやってるの、私は!)

無意識にカゴにタオルを入れていた手に気付き、ハッと止める。

(うやむやな関係の中で、混浴なんてよくない!)
(断ろう!)

サトコ
「ちょっと、飲み物買ってくるね」

佐々木鳴子
「うん、いってらっしゃい」

(津軽さんに丸め込まれる前に、第一声で『混浴はお断りです!』って言わなきゃ!)

断り文句を頭の中で繰り返しながら、“月の湯” の前に行くと。

百瀬
「俺は納得できません」

津軽
モモ···

(え、百瀬さんと津軽さん?)

二人が “月の湯” の前で、なにやら真剣な顔で話をしていた。
正面を向いて、互いを見ていないのが緊張感を増している。

(事件の話?)

声を掛けられず、自販機の陰に身を潜めて話を聞いていると。

百瀬
「津軽さんの背中を流すのは俺です」

津軽
うん、だからさ、さっき入ったよね。背中も洗ったよね

百瀬
「何度でも」

津軽
いや、だから···
······

(···うん、今は邪魔しないようにしておこう)
(ついでに、このまま全部なかったことにしよう!)

何もかも忘れ、自販機コーナーでリンゴジュースを飲んで一休みしていると。

津軽
うわああっ!

百瀬
「あーっ!」

サトコ
「!?」

(な、何事!?)

二人の声が響き渡り、慌てて立ち上がる。

( “月の湯” の方!)

走って声のした方に行くと、他の皆さんも駆けつけてきた。

石神
なにがあった?

サトコ
「 “月の湯” に津軽さんと百瀬さんが!」

黒澤
「 “月の湯” って、混浴風呂ですよね?

加賀
あいつら、なにやってやがんだ?

万が一の事件の可能性を考え、集まった先にあったのはーー

津軽
もう、お嫁に行けない···

百瀬
「大丈夫、まだ、大丈夫です」

乱れた浴衣で半裸状態の津軽さんと百瀬さんが “月の湯” の前で座り込んでいた。

サトコ
「どうしたんですか!?」

津軽
三途の···

百瀬
「脱衣婆···」

石神
どういう意味だ?

後藤
暗号か?

サトコ
「津軽さんと百瀬さんは一緒に “月の湯” に入ったと思うんですけど···」

黒澤
混浴に、わざわざ男二人で入るって···
後藤さん、オレと一緒に入りましょう!

後藤
断る

断った後藤さんを、ムリに黒澤さんが “月の湯” に押し込もうとした時。

津軽
ダメだ!

百瀬
「地獄を見るぞ!」

サトコ
「いったい、この暖簾の向こうに何があるんですか!?」

我慢できずに、中を見ようとすると。

おばあさんA
「はあ、いいお湯だったね~」

おばあさんB
「ぴちぴちの若い肌も拝めたしねぇ」

出てきたのは、老人会のおばあさんの集団。

黒澤
こ、これは···

颯馬
浴衣の乱れについては聞かない方が良さそうですね

加賀
脱衣婆とは、よく言ったもんだな

サトコ
「失礼ですよ!」

石神
混浴とは、そういうことだ

津軽
正論なんて聞きたくないよ!

百瀬
「······」

津軽
ちょ、モモ!どこ行くの?

百瀬
「電話···夜、アイツに電話するって言ったんです···」

津軽
自分だけ安全圏に逃げようとするなんて、ズルい!

おそらく彼女に電話するであろう百瀬さんがフラフラと立ち去っていく。
残された津軽さんは、まだしゃがみ込んだまま。

加賀
ちっ、くだらねぇ。時間の無駄だ

東雲
飲み直しますか

難波
カラオケでも行くか~?

見世物は終わりだとばかりに、さっさと皆さんが戻っていく。

津軽
······

(わ、私はどうしよう···体育座りをする津軽さんを放置していいものか、どうか···)
(まあ、半裸のイケメンなら、私じゃなくても助けてくれる人が、たくさんいるはず)

サトコ
「じゃあ、私もそろそろ寝ますね!」

津軽
······

一歩歩き出そうとすると、ぐっと浴衣の裾が引っ張られた。

サトコ
「···離して下さい」

津軽
こんな可愛そうな俺を捨ててく気?

サトコ
「自業自得じゃないですか」

津軽
それが傷ついた上司に言う言葉?

(···うっとうし!)

軽く裾を引っ張ってみるも、津軽さんの手が離される気配はない。

サトコ
「はあ···貫一お宮をやりたいんですか?」

津軽
なにいきなり『金色夜叉』の話してんの

サトコ
「足蹴にされたいんですかって言ってるんです」

これだけ言っても津軽さんの手はますます強く固められるばかりだ。

(壊れた上司を回収するのも、部下の役目か···)

サトコ
「立ってください」

津軽
ん···

屈んで立たせると、やっと立ち上がる。
その浴衣を整えると、帯を結び直した。

サトコ
「向こうに休憩できるスペースがあるので、そこで飲み物でも飲みましょう」

津軽

うなだれたままの津軽さんを、庭園の休憩スペースへと連れて行った。

サトコ
「はい、お茶です」

津軽
ありがと

小さな日本庭園にあるベンチに津軽さんを座らせ、ペットボトルのお茶を渡す。

津軽
あー、もー···見た?皆の、あの哀れむような目。今夜、夢に見そう

サトコ
「そもそも、なんでそんなに混浴にこだわるんですか?」

津軽
混浴は男のロマンでしょ

サトコ
「こういう言い方は自分でもしたくないんですが···」

コホンと前置きをしてから、続ける。

サトコ
「津軽さんの顔があれば、女の子の裸なんていくらでも見られますよね?」

津軽
ものすっごい明け透けな言い方するね

サトコ
「オブラートに包んでも、伝わらないからです」

津軽
混浴じゃなきゃ、見せてくれない子もいるじゃん

サトコ
「いるんですか?」

津軽
······

津軽さんの瞳がこちらに向けられている。
ぼんやりとした明かりの下で見る彼は、いつも以上に格好良くて艶っぽくて。

(な、なんで私を見るの!?)

津軽
モモだって彼女に慰めてもらってるんだから
俺のことはウサちゃんが慰めてよ

サトコ
「!?」

軽く舌を舐めた津軽さんの顔が、グッと近付いてくる。
見つめられ動けなくなる私に···
ふっとその吐息が掛けられた。

Happy End

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